0 檻
『パパ! パパ!』
こんなにも必死な叫び声に、人は気が付かないものなのだろうか。その声は目一杯反響して、やがて遠くに飛んで行ってしまった。ならば、その声は眼前の男性に届いても良い筈である。なのに、男性は振り返る事をしない。
やがて、純白の法衣を纏ったその男性は、たくましい手に握られた、洒落た装飾の銀の槍の持ち手を、振り返る事もせずに幼子に掴ませようとする。だが、彼の意志も虚しく、幼子は銀の槍に触れた所でそれを落としてしまった。重かったのだろうか。それとも、槍などよりも、眼前の男性の事が気にかかって仕方が無かったのだろうか。
男性の眼前には人影が集って、まるで塊の様相である。そんな塊であるが、無数の人が集っているのにも関わらず、誰一人として声も出さずにいるから、場の空気はまさに異様。そんな構図がそこにあった。
しばらくして、塊の中の一人は静かに静かに、手を天にかざす。するとそれに追従して、塊を構成している人々が次々に手を天にかざす。とうとう、全員の手が天にかざされた所で、誰かが何かを言った。すると、大地に亀裂が走り、やがてそれは大きくなって、人一人分程の隙間となって止まった。
そうしてその隙間から、恐らく大地から作られたであろう無数の『棘』が幼子に向かって飛来してきた。速度は高くない。しかし、人間の走る速度と比較すれば格段に速い。当然幼子はそれを回避出来ないので、当たれば恐らく死ぬ。
だが、男性はそこから退かない。彼が阻んでいるから、結果として幼子にそれが届く事は無かった。しかし、ならば棘は。
*
男性は、突然地面に伏した。そうして、男性と同じ法衣を纏った人物が、男性に近寄ってくる。その人物は、男性の体を起こそうとして、しかしそれは叶わないと知ると、幼子を素早く抱き上げて、眼前の巨大で荘厳な建物の入り口に駆けた。
『パパ! パパー!』
幼子の視界から、伏した男性は確実に小さくなってゆく。それでも幼子を抱いた人物の脚は止まらない。幼子は、突然持ち上げられた事に対する驚愕からか、それとも自分を抱えた人物が余りに激しく走るからか、大声を張り上げるのだが、決して伏した男性に届く事は無い。
なぜなら、男性は死亡したのだから。
悪夢は、不可避です。
-チラ裏-
本作は、2014年04月18日に完結した
『光る少女のお仕事と、大きな古い光の塔』
の『ずーっと後のお話』です。(文明が何回も築かれては、朽ちたというレベルの)
加えて、その『ずーっと後のお話』のサイドストーリー的な扱いとなってます。
過去作品を読まれずとも、問題なくお楽しみ頂ける様に作りました。
従いまして、読まれる順番でお話が分からなくなる事は御座いません。
本作は、上記過去作品と比較してライトな内容です。
例えば、話の命題の比重だったり、R15と定義しましたが過激な描写が無かったりと言った点です。(この辺は、都合で変えます 笑)
ですから、割合重厚感のある話を好まれる方には予め、詰まってない頭を下げて謝罪させて頂きます。
もう少し具体的に述べますと、戦う、恋愛、ギミック少々、思想の違いという点をピックアップしてます。