8話 人の気持ちは複雑で
日曜日のリフレッシュを挟み、ブルーマンデーな月曜日でも爽快に目が覚める。
先週末は、とても有意義だったからな~。
寝巻き代わりのジャージ姿で、スキップでもしたい気持ちを抑えながら、一階に向かう。
「おっはよ~、お母さん♪ まっつり~♪」
「おはよう、ゆかりちゃん」
「やー、おっはー」
今日も、可愛いく綺麗な母とカッコ凛々しいマイシスターが、軽快に挨拶を返してくれる。
「ゆかりちゃん、もうすぐご飯できるわよぉ」
「は~い♪」
今日も美味しい朝ご飯を楽しみにして、心の中で踊りながら、顔を洗うため洗面所に向かう。
「お姉ちゃん、昨日からすごく機嫌良いけど、土日に出かけたのが関係あるのかな?」
「日曜日にデートだったみたいだから、そのせいじゃないからしらねぇ」
「デデデデェト!? お、お姉ちゃんが!?」
「そうよぉ。『今日は友達の信幸のとこに遊びに行くから、お昼ご飯はいりません』って言ってたものぉ」
「あわわわ、部活なんて行ってる場合じゃなかった。お母さん笑ってる場合じゃないよ! 緊急事態だよ!」
今日は時間に余裕があるので、自分の通学路である大きな公園内を、のんびりと歩く。
朝ご飯中に妹が、日曜日の事を聞いてきたので、友達のところに遊びに行ったと答えた。
しかし、いつも落ち着いてる妹には珍しく、答えた後にもソワソワ此方を見ていた。
高校生の生活でも気になるのだろうか?
大人っぽい妹なら、年上の生活に興味とかありそうだな。
そのうち、大人な俺の生活とかを聞かせてやるか。
晴れ渡る青空を見上げながら、少し興奮してる気持ちを落ちつけながら歩く。
初登校から昨日までのことを思い出すと、最初は色々上手くいかなかった。
初日の衝撃は、思い返しても吃驚だ。
それよりも、身体&体力測定が残念だった。
信幸に色々聞いていただけに、とても期待、ではなく警戒をしていたのに。
しかし、あの日の俺に言いたい!未熟者め!と!
「着替えなら、体育があるたびにあるじゃんなーハッハッハッ」
この世の真理を声に出し、悟りを受けた映像を脳裏に浮かべる。
千早さんの引き締まり割れた腹筋がこう、一気に飛ぶように近づいてきて…その後、鍛えられた筋肉に包まれ、かなりしっかりしたヘッドロックをかけられて窒息気味に…。
あれ?色気の欠片もないな…。
気づいたら校庭に居たから、もしかしたら妄想の類だったのかもしれない。
だが、毎週必ず着替えがあるのは事実なのだ。
「通学一週間目で真理を悟るとは、俺ってばすごい奴だな」
それに、孤児院を見に行けたのも良かった。
一人で行くのに躊躇してたが、信幸が付き合ってくれて無事に見に行けたのだ。
俺の話をすると、皆悲しそうにするのが辛かったが、同時に嬉しくも感じたな。
俺の野望を、代わりに叶える!と言う子も居て、頼もしかった。
孤児院を見た後、信幸の家に行って、その翌日も信幸と遊べて、色々あったストレスも完全リフレッシュだ。
軽くスキップしながら、学校へ向かう。
サラリーマンっぽい人や小学生が、半眼でこっちを見るけど、気にしな~い。
生徒用玄関に着いたので、俺は少し警戒して、自分の下駄箱を開ける。
警戒する理由は簡単だ。賢明な人ならすぐに気づくだろう。
ラブレターを警戒しているのだ!
信幸曰く、通学して一週間もすれば、可愛いと評判が広まって、大量のラブレターや告白を受けるのが、女の子に転生した者の運命らしい。
中学時代の悪夢を嫌でも思い出ながら、下駄箱を開く…。
「ふむ」
下駄箱を閉じる…開く…閉じる…開く…。
何度確認しても、俺の上履きしかないな。
無用な警戒だったと、心の底から安心して、上履きに履きかえる。
教室に向かう最中に、自分の中で不満な気持ちがあることに気づく。
「あれー…俺って可愛くないのかなぁ…?」
教室に入ると、常駐罠である御堂トラップが発動せずに、自分の席に座ることが出来た。
にこにこ顔で此方を見つめてくるが、何もしてこないはずがないので油断は出来ない。
「おはようございますわ。大日さん」
「み、御堂さん、おはよう」
今にもあのロールが伸びてくるんじゃないかと考えて、少しどもってしまう。
自在に伸びるロール…ちょっと見てみたい。
「聞きましたわよ」
何を聞いたというのだろう。
先程の、伸びるロールを見てみたいという俺の心の声だろうか。
「お泊り会をするそうですわね!」
「うぃおぅ」
言葉と共に、顔を一気に近づけてくるので、ビビッて後ろに反り返ってしまった。
伸びるのはロールだけで良いというのに、顔もセットでくるとは、俺の予想内に納まらない御仁だ。
「先日の菩比の提案の事を、お嬢様に報告したのですよ」
状況説明をしつつ、反り返り後ろに倒れそうな俺を、そっと背中から支えてくれる千早さん。
菩比さんの提案というのは、確か、中華料理食べ放題だからうちに泊まりに来ない?というものだ。
なんとなく下から千早さんの顔を見ると、今朝の妄想映像を思い出して、思わず赤面してしまう。
羞恥か罪悪感だかで、俺の体が細かく震え、冷や汗が出る。
まるで恐怖に震えるてるような自分の体に、妄想ですら、そこまで気にする自分の誠実な精神に賞賛を贈りたい。
「あ、ありがとう。千早さん」
「いえいえ」
「…千早…」
体勢を戻すと、御堂さんが何やらぼそっと千早さんの名前を言っていた。
「そういえば、私が居なかった日に、二人が迷惑をかけたりしませんでしたか?」
「迷惑なんてなかったよ。二人とも気軽に話しかけてくれて、面白かったよ」
「気軽に…ですか…」
御堂さんには珍しく、俺と話しているのに笑顔じゃないな。
体調でも悪いのかと、本人に聞くのもどうかと思ったので、後ろの瑠璃さんを見てみると、一筋の汗を流していた。
瑠璃さんも具合悪いのかな。
千早さんを除いた主従が、いつもと違い重い雰囲気を漂わせてたので、俺も言葉を出せずに黙ってしまう。
そうしてると、担任が扉を開けて教室に入ってくる。
うっかり扉の方を見て、朝から極上の微笑みを頂き、今日のやる気がたっぷり減少した俺でした。
三時間目を終えて、休み時間になったのだが…。
今日の御堂さんはおかしい。
いや、俺の常識で言うのなら、存在自体がすでにおかしいのだが…。
いつもなら、休み時間のたびに俺に即座に話しかけてきて、大量のお声を頂戴するのだ。
しかし、今日に限っては、千早さんが話しかけてきて、その後話してくるという奇異な行動をしなさる。
千早さんが話すまで、大きな胸をしてるのに、チラチラと此方を窺う始末だ。大きな胸をしてるのに。
唯一の女友達なのだから、心配になってしまう。
「御堂さん、具合が悪いの? 大丈夫?」
「…いえ、具合は悪くありませんわ」
その姿は、明らかに元気がない。
「信幸を除いた、たった一人の友達だから、何か悩んでるなら相談に乗るよ?」
「…たった一人…? 信幸…瀬田君の事ですか…。しかし、彼を除いて唯一の友達?」
言葉を呟くにつれ、萎びたロール…ではなく、御堂さんが元気を取り戻していく。
「お聞きしたいのですが、千早と瑠璃の事は、どう思ってるんですの?」
もちろん、取巻きA&Bです。
「千早さんと瑠璃さんは、御堂さんの護衛のクラスメイト?」
「私の護衛…そうですわね。私の護衛ですわね。オ~ッホッホッホッ」
元気100倍ロールパンニャ。と言った感じで、胸を張り高笑いを始めるお嬢様。
それとは逆で、影が出来る千早さん。
息を吐いて、安堵してる様子の瑠璃さん。
三者三様の変化に、俺がついていけない。
「そういえば、大日さん。何故二人は名前で呼んで、私は苗字なんですの?」
二人を名前で呼ぶのは、なんとなくです。
御堂さんが苗字なのは、簡単です。
名前、知らないっす。
「え、えーと、ほら、うん、御堂さんが私を大日さんって呼ぶから、私も御堂さんって呼んだほうが良いのかなって」
「なるほど、そうでしたの」
俺の適当にでっち上げた言い訳に、納得してくれる。
意外と素直な人かもしれない。
「でしたら、私は縁さんって呼びますわ。ですので、私の事は、月夜とお呼び下さいな」
「わ、わかった。月夜さん」
名前で呼ぶと、すごく喜ぶ月夜さん。
変身でもしそうなほどの、溢れんばかりの喜びオーラがでておる。
きっと、三回は変身を残しているに違いない。
朝から、お嬢様のテンション上下に振り回されて疲れた。
一体なんだったんだ。
溢れる喜びを、千早さん&瑠璃さんに振りまく月夜さん。
心なしか、影が残ったままの千早さん。
今度は千早さんが、具合悪くなったのかね。
パラレルワールドの学園生活を満喫しつつ、より成長する為のお昼ご飯タイムに突入だ。
「お嬢様が異様に元気だけど、ナンネ?」
中華弁当かと思いきや、卵焼きに赤いウィンナー、ハムやレタスにプチトマト、おにぎりには海苔で可愛い顔が作ってある、これこそ家庭の手作りお弁当!といったお弁当を食べる菩比さんが、開口一番にそんな疑問を口にする。
「私と縁さんの素晴らしき友情を確認して、ちょっと喜んでいるだけですわ」
名前で呼んだ件の事だろうか。
確かに、友達から名前で呼ばれたら嬉しいかもしれない。
そんな月夜さんのお弁当は、ある意味予想通りのお重だ。
三段ほどになっていて、伊勢海老や伊達巻、その他よくわからないけど、高そうな食材がいっぱいだ。
年末に28,000円で承ります。とか広告で見そうなやつだ。
「大日さんと仲良くなってなりによりネ」
「ありがとうございますわ」
月夜さんも元気になって、平和なお昼の時間が経過する。
お弁当も食べ終わって、雑談でもする雰囲気になる。
「そういえば、お泊り会をするそうですわね?」
「ソウネ。私と大日サンの親睦を深める為に、企画したネ」
「素晴らしいですわね」
「もちろん、御堂サンも参加するネ?」
俺としては、お泊りというより、中華料理を食べるのが目的なのだが。
でもまぁ、友達も入れてお泊りとか、本の中だけのことを自分も参加できると思うと、少し楽しみと言えなくもない。
「その事ですが、どうせ泊まるのなら、私の家など如何でしょうか?」
「あぁん?」
菩比さんが、そこらの不良みたいな声を出して、剣呑な雰囲気を漂わせる。
「お嬢様の邪魔をするきはないネ。でも、今回の話は、私と大日サンの親睦が目的ネ」
「しかし、縁さんをお泊めするなら、お友達である私の家のほうが相応しいと思いますの」
青筋立てて睨む菩比さんに対し、笑顔で迎え撃つ月夜さん。
いつの間にか、危険領域に入っている。
俺の鶏センサーが、危機を訴える。
こういう時こそ、護衛の出番だ!
平穏無事に抑えてもらおうと、護衛の二人を見る。
千早さんは、なぜかぼーとして居る。
瑠璃さんは、眼鏡がキラーンと輝き、どことなくやる気満々だ。
鏡や携帯電灯もないのに、どこの光を反射して光ったんだろう…。
「共に譲れぬのであれば、戦の場を設けたいと思いますが、どうでしょうか? お嬢様」
眼鏡のやる気は煽る方だった!
「いいですわ。用意しなさい。瑠璃」
「受けて立つネ!」
君たち、女の子なんだから、もっと平穏に過ごそうよ…。
多数の兵を揃え、両者の睨みあいが続く。
「これでどうネ!」
菩比さんの指示に従い、歩兵が前に突き進む。
「そのような手、問題外ですわね」
そこに月夜さんに従う歩兵が、歩みを進め敵を討つ。
「それは予想済みネ。甘いネ」
素早い槍兵が、月夜さんの歩兵を貫く。
しかし、それすらも予想の内か、逆に月夜さんの槍兵に討たれてしまう。
「かかったネ!」
月夜さん有利と思った処に、竜馬の幼生が槍兵を惨殺する。
一進一退の攻防を繰り広げ、多数の兵士を犠牲にし、ただひたすらにお互いの王を討ち取ろうと進む兵士達――
「そんなに香車が欲しいのなら、あげますわよ」
パチンパチンと、駒を打つ音が響き、順調に将棋の盤面が進む。
戦として、瑠璃さんが用意したのは将棋だった。
「うーん? どっちが勝ってるの?」
「どちらとも言えませんね。まだ序盤なので、これから次第と言う所でございます。大日様」
瑠璃さんに戦況の説明をしてもらい、のんびりと盤面を見学中だ。
いやぁ、一瞬中国4000年の歴史と、物語の中の人の戦闘が始まるかと思ったが、平和な戦いでよかった。
可愛い女の子同士のくんずほぐれつの戦いなんて、誰も見たくはないよね。
……誰が将棋なんて作ったんだろうね?
「くっ、まさかその様な手が…」
「ふふ、守備を捨てての一転集中ネ」
俺が、肉弾戦闘から平和にどう繋げるかと言う、高尚な命題に耽っている間に、大分進んでいたようだ。
「瑠璃、護衛として私の代わりに打ちなさい」
「逃げるネ? お嬢様」
「えぇ、私では勝てなさそうなのは認めますわ。ですから、私の全力をもって貴女を倒しますわ」
「似非眼鏡に負けるつもりもないネ。盤面このままの代打ちなら認めるネ」
潔く負けを認めるのは良いのだが、代わりに瑠璃さんに打たせるのは、若干卑怯じゃないかと思わないでもない。
菩比さんが認めてるので、問題はないんだけどさー。
「いくらあんたでも、ここから持ち直せないでしょ」
「お嬢様に勝るほどとは、称賛いたしますわ。白眉」
「あんたも潔く負けを認めるとイイネ」
「農業や産業関係が得意そうな貴女が、私に知恵で勝てると思わないことですね。ダイ―――」
瑠璃さんの言葉と共に、新たな戦いが切って落とされたのだった。
「ギギギ、こ、これはまずいネ」
「あぁ、もう一息で終わってしまいますね。ふふふ、馬謖さん」
将棋には詳しくないけど、どうやら瑠璃さんが勝利を収めそうだった。
「お前達、真剣に将棋をやってるのはわかるんだが、授業が始まるというよりは、すでに授業中だ。辞めろ」
担任が、昼休みが終わって授業をしに教室に入り、至極真っ当な注意をする。
あの人に注意されると、当たり前のことにすら疑問を持ってしまう。
「五月蝿いネ。この一戦に大日さんの未来がかかってるネ。ついでに、負けたら、あの協定も無しネ」
「敵の王の右前に金を置け。それで相手の金が出てきたら、王の左後ろに銀をはれ」
「くっ、鬱陶しい手を打ちますね。一生独身貴族」
かかってるのは俺の未来だったのか!?
泊まる先の争いだから、まぁ俺の未来でもあるか。
しかし、なぜ担任はすぐさま菩比さんにアドバイスしてるんだろう。
「先生、授業はどうするんですか?」
一人の男子生徒が、担任である天之先生に質問をする。
その当たり前の質問に、担任は肩を竦めてやれやれをする。
「か弱く儚げで、月下美人の華の様な大日さんの運命がかかっているんだぞ? 相川、お前も高校生なら、授業とどちらが大切か、わかるだろう?」
その言葉に、周りのクラスメイト達はうんうんと頷いている。
質問した推定相川君も、感銘を受けたように頷いている。
聞く状況次第では、確かにいい台詞なんだけど…。
「それに良い機会だ。社会に出て年寄りの会社役員共の機嫌をとるのに、将棋や囲碁は十分役立つ。クラス全員この戦いを見て、将棋を学ぶといい」
言ってる事は悪くないのだが、言い方が物凄く悪いです。
お年寄りに恨みでもあるんでしょうか。
担任のせいでクラス全員を巻き込みつつ、授業そっちのけで将棋が続く。
信幸だけは、戦場に集まる級友を苦笑いしつつ、生暖かい目で見ていた。
結局、勝負は菩比さん&担任連合が勝利したのだが、三本勝負と言うことになって、二戦目を行ってるところに、六時間目の授業をしに来た女性の先生に、クラス全員が説教をされたことで、あやふやになってしまった。
クラス全員と言うのは、もちろん担任も含む。
と言うより、主に担任が説教されていた。
あの説教は、院長に通じる物があったね。見習いたい。
勝負の原因となったお泊り会の事を、信幸に相談しようとしたら、『今日はさすがに部活に顔出さないとまずいから、先に帰ってて!』と強く言われた。
月夜さんは、稽古があるからと、連日素早く帰ってしまうので、帰りはとぼとぼ一人で帰った。
お泊り会のことを、明日にでも信幸と相談しなければ。