7話 期待と結果はままならない
前話の真面目さはどこいった主人公な話ですかねー
「お母さん、祭、明日の為に協力して!」
夕飯を食べ終えて、明日に備え装備を整える為に、事情を説明して、母と妹に協力を仰ぐ。
明日のイベントでの最適な装備は、俺だと間違える恐れがあるからだ。
「ゆかりちゃん、これなんてどうかしら?」
「お母さん、それは派手すぎるのでは。意外とこれが正解の可能性は?」
「野生の熊も確かに素晴らしいわねぇ。悩むところだわぁ」
明日の刹那の戦いの為に、完全武装しなくてはならないのに、一向に決まらない。
信幸が語るには、お約束として肉体と肉体の直接戦闘があるのだとか。
転生者の特典イベントだよ!と熱く語る様は、記憶にある友と差異を感じたが、そんなことは小事だ。
「あー、お姉ちゃん、普通にこれにしとけば?」
「特別仕様じゃなく、平常と油断させて不意を討つのか」
「大人しい外見で油断させて、がぶりと行くのねぇ」
「…いや、そんな深い意味はないよ…」
妹の作戦にも一理あり、俺と母の熱弁はさらに増す。
こうして、決戦前日の大日家の夜は更けていった。
結局、母と俺の議論は決着がつかず、最後は妹の案で落ち着いた。
「ふぁぁ~」
万全を期そうと、遅くまで起きてたせいで、ちょっと眠い。
「あら、大日さん、眠そうですが大丈夫ですの?」
「夜更かししてただけだから、大丈夫~」
隣の御堂さんに返事をし、担任の言葉に耳を傾ける。
「と言う訳で、今日は一日、身体測定と体力測定だ。男女別に別れ、手早く受けるように」
そう、今日は全校での身体測定&体力測定の日なのだ!
信幸が言うには、着替えや測定の最中に、女子同士のキャッキャウフフのコミュニケーションがあるとか。
前向きに今の人生を生きると誓った俺は、このイベントを正しい女子として参加せねばならない。
言い訳ではなく、決して、男子としての邪な気持ちなどないのだ。
ないのです。ないのですよ?
「では、皆さん参りますわよ。私についてきてください」
着替え終わり、廊下に整列して並んでいた俺は、御堂さんに手を引かれ付いて行く。
あれ、着替えでの『あら可愛いお召し物ですね』的なイベントは…?
自分の脳に回想を注文し、着替えを振り返る。
全校での測定って事で、着替えは更衣室ではなく、各教室に男女別れて着替える事になってた。
体力測定もあるので、体操着に着替えるのだ。
うちの教室に、別のクラスの女子が来て着替えるわけですが、お互い他クラス半々のせいか、黙々と着替えるだけでした。
上は事前に着込んでる人も多く脱ぐだけで済み、下もスカートをしたまま履いて、履き終わるとスカートを取るという、実にシステム化された素晴らしい動きでした。
ちなみに俺は、ぼーとしてたら、取巻きA&Bさんに素早く着替えさせられました。
正味三分もせずに、全員の着替えが終わり、廊下に整列したのでした。
回想終わり。
出鼻をくじかれた気分だが、今日はまだ始まったばかり。
信幸も、焦らず臨むんだ。と助言してくれたではないか。
御堂さんに手を引かれながら、この後にある何かに胸を躍ら――警戒して挑もう。
そういえば、御堂お嬢様、学級委員でも保険委員でも体育委員でもないそうだ。
なぜ、先頭を歩き仕切ってるんですかね。
うちのクラスは、まずは身体測定の身長、体重、胸囲の測定を受けるらしい。
とは言え、すぐに受けれるわけではなく、先に受けるクラスが終わるまで、廊下で整列して待つことに。
廊下で待ってる間に、その中のある一つの項目について考える。
あら、貴女はメロンですのね。
そう言う貴女はリンゴですのね。
まぁあちらの方はスイカですわ。
ちょっと、触って熟し具合を確かめさせて頂きましょうか。
想像の中での果実の輝きは素晴らしかった。
何故か脳内の言葉遣いが、どこぞのロールのお嬢様になってしまった。
目の前の、手をつないで静かに立っている御堂さんを見る。
メロン…いや、これはスイカ…?
人生初の女の子の友達に対し、変な事を考えてはいけないと言う天使。
今は自分も女の子だし、この後の触れ合いとか考えてもいいんじゃね?と言う悪魔。
今まさに、俺の中でハルマゲドンが行われている。
そんな天使と悪魔による最終問答中に、うちのクラスの番になり、測定が行われてる教室に入る。
「では、次のクラスの方は、順番に入って下さいねー」
教室に入ると、白衣を着た看護師の女性が、言葉と共に白いカーテンで間切りした場所を指している。
身長、体重、胸囲と、各カーテンにプレートがかかり、中に入ると外から見えないようだ。
思うにこれは、一人ずつ順番に入って測定するのではないだろうか。
個人情報保護の問題は、こういう場所にまで浸透しているのか。
素晴らしいな!個人情報保護法め!
法整備の素晴らしさに歯噛みしつつ、自分の番が回ってきたので、身長、体重、胸囲と順番に受ける。
身長と体重は、するーと何事もなく終わったのだが、胸囲で変な出来事が…。
「えっと…大日さんね。8cm足しておくわね」
「いえ、そのままでいいです」
「そう…そうね。5cmにしとくわね」
「いえ、そのままでいいです」
「…わかったわ。3cm…」
「そのままで」
「…貴女は強い子なのね」
女医さんとのやり取りが謎だった。
いや、なんとなくわかるよ!わかるけどさ!
言葉に出来ない悔しさだか恥かしさだかが、胸に渦巻く。
良いんだよ。そのうち育つんだよ、きっと。育って欲しいかは俺自身わからないけどさ。
無事に三項目を消化したうちのクラスは、続いて視力の検査を受ける。
女子としてのコミュニケーションがありそうな項目はすでに済んでしまったので、落ち着いた気持ちで残りを受けられる。
非常に残念だ。いや、無事に済んでよかった。
終わった事は置いといて、次の検査を受けないと。
気になることがあったので、視力はしっかり受ねば。
「ここは? これは? ここ………」
「上、上、下、下、左、右、左、右…」
医師の指示に従い、円の開いてる部分を答えていく。
「3.0ですね。いや、最近の子にしては目がいいですね」
結果を聞いて、やはりか、と心の中で呟く。
聴力の検査だが、これはちょっと問題があった。
「今のが聞こえた? 間違ってボタンを押したわけじゃなく?」
「音が聞こえたので、押したんですが…」
「おかしいなぁ。今のって犬とかなら聞こえるかもしれないけど、壊れたか」
耳にイヤホンをつけて、音が聞こえたらボタンを押すという、簡単仕様だ。
何も考えず、ピーと音が聞こえたら押したのだが、まずかったらしい。
人が聞こえない音が聞こえたっぽい…。
これは俺自身、予想外だったが、予想内でもある。
その後、測りなおして、聴力も問題なく終わった。
残りの身体測定の項目では、別段何もなかった。
心肺の測定で変な機械をつけたり、X線の検査では外の専用車に行ったりしたくらいだ。
最後の女医さんの診察でも、健康で特に問題なしでした。
午前の身体測定を終えて、お嬢様と取巻きA&Bさんとお昼ご飯を食べようとしていると、中華娘が近寄ってくる。
「私も大日サンと親睦を深めたいネ。一緒してもイイネ?」
「菩比さんですか。仕方ありませんわね」
そこで俺ではなく、何故御堂さんに聞くんだ。
誰も疑問に思わないのか、さっさと席を五つくっつけ準備する。
「午後は体力測定ネ。戦力の確認の為にも、発破をかけるか、その逆をしなくてイイネ? 御堂サン」
「体育祭の布石でしたら、余計な事をしないほうが良いかと。下手をして教師に目を付けられる方が面倒です」
菩比さんに対し、何やら答える取巻きBさん。
「個人的に、普通に一生懸命やればいいのではないかと思います」
優等生的な台詞を言う取巻きAさん。
うん、一生懸命すると言うのは大事だ。
今回は、前世で運動能力が売り切れてた俺も楽しみなのだ。
「一生懸命やって、楽しめばいいと思う」
「そうですわね! それが一番ですわ!」
「策士、策に溺れる言うネ。今回はそうするネ」
俺の素直な気持ちを言葉にしたら、賛同してくれた。
しかし、菩比さんの言う事は、毎回いまいちよくわからない。
そして、やってきました体育館です。
此処では、握力、上体起こし、前屈の測定でございます。
くっくっく、前哨戦に丁度良い。
「では皆さん、うちのクラスは握力からですわ。頑張りすぎて怪我などはしないようにしますわよ」
御堂さんが、クラスメイトに指示を出しつつ、無理しないようにと気遣いもしている。
正直、ちょっと見直した。
お返しに、俺がただのミニっ子少女でないと、御堂さんに見直してもらうか。
程無くして、俺の番が来たので、測定器を握る。
全力を出すと怖いから、九割くらいの力でいくか。
「んぐぐぐぐ…」
「はい、貸してください。…あら、55キロね。すごいわね」
ふふふ、やはりだ。
転生してから気になっていたのだ。
瀕死の重傷が一ヶ月くらいで治ったり、昔の俺じゃ重くて持つのが大変な荷物を普通に持てたり、走るのがちょっと速い気がしたり。
あのお子神が言っていた『最高に健康』ってのは、人類最強並に健康とかの事に違いあるまい。
魔王推しだったのを考えると、魔王と戦える勇者のように健康が近いのかも知れないけど。
左手は45キロと落ちたが、十分だ。
男子には負けるかもしれないが、女子の中では断トツだろう。
俺が元男のプライドを満足させていると、御堂さんの番になったようだ。
終わったら、俺の記録を教えなければいけないので、終わるのを見守ってるか。
「ふっ!」
一瞬気合を入れ、ぐっと右手を握り締める。
「はぁ、65キロですか。鈍っていますわね」
何か聴き間違いをした俺を気にすることなく、お嬢様は左手も測る。
「こちらは60ですか、バランスが悪くなってますわね」
測定を終えた御堂お嬢様が、俺のほうへ駆け寄ってくる。
調子の悪くなった俺の聴力を補完するべく、質問をする。
「御堂さん、あの…記録は?」
「恥かしいのですが、右65、左60と、バランスが悪かったですわ」
「そうじゃなくて、なんでそんなに握力あるの!?」
「あぁ、それは護身術として、空手、柔術、ムエタイ、中国拳法、武器術を習っているからですわ」
そんなに習って身につくものなんですか!
お嬢様の習い事といったら、お華やらお茶だと思ってたが、やはり未来の英霊の現し身は計り知れない。
「私は才能がありませんから、千早の方がすごいですわよ」
それだけ習えてる時点で、俺より色々な才能がありそうだ。
で、千早って誰ですか?
そんな知り合い居ないのですが。
俺の疑問に答えるように、横に居る取巻きAさんに顔を向ける。
「私の記録ですか? 右が95、左が94でした」
すごいですね。
もはや女子とかじゃなく、人として凄まじ過ぎませんか。
名前が取巻きAじゃない事にも、少し動揺する俺。
名前があるのは当たり前だけど、取巻きAと言うモブキャラだと思い油断していた。
よく見ると、髪はポニーテールにし、長い睫毛に柔和な顔の和風美人さんじゃありませんか。
細い体型と、和の雰囲気で、袴でも着たら武士って感じだ。
「お嬢様の護衛の為に、普段から鍛えているだけですよ」
その謙虚な佇まいに、完全敗北を悟る。
女子の中で一番だぜ、いぇーい。とか思ってた自分が情けない…。
その後、なんとなく結果を聞いた中華娘にも負けました。
中華鍋振るには、かなりの握力が要るんだそうだ。
世の中の女子って、俺が思ってたより強いのかな…。
傷心のまま、体育館での残りを消化する。
前屈はそれなりだったけど、上体起こしはぼろぼろでした。
でも、上体起こしってさ、上半身が長くないといくら伸びても駄目だよね。
俺が小さいからじゃないんだよ…。
さて、過去の傷心は忘れ、外に出てからが本番だ。
メイン種目と言ってもいい、50m走や、ソフトボール投げ。幅跳びがある!
1500m走もあるけど、地味なんで眼中にありませぬ。
まずは50m走だ。
握力では敗北を喫したが、今の俺は走力も高いはずだ。
こっそり心の中で、取巻きAさんこと千早さんに負けまいと、やる気を出す。
50m走のスタート地点に着き、心を整える。
イメージは弾丸だ。ひたすら前に進み、ゴールを目指す。
係りの先生の号令を待ち、呼吸を整える。
「位置について、よーい」
パンッ!
乾いた音と共に、体を前のめりに倒しつつ、左足の全力で地面を蹴る。
左足で踏んでいた地面が、バンッと音を立てて後ろに削れる。
そして、イメージどおり、弾丸のように前方に飛んでいく。
弾丸のように、右に螺旋を描きながら―――
「にゅぉおおぉおおお」
右螺旋を描きながら、空中に放り出され、その後地面に叩きつけられ、されど止まらず回りながら地面を転がる。
ごろごろごろ、と暫く転がった後に停止する。
「だ、大丈夫ですの!? 大日さん」
声で御堂さんが近寄ってきたのがわかるが、俺は目を回して動けない。
怖かった!怖かったよ!
いきなり景色が、空の青と地面の灰色の二色になり、ぐるぐるぐるぐる入れ替わった。
訳が解らないうちに、体が何か(たぶん地面)に当たり、強い衝撃を受けたと思ったら、引っ張られるように右に回ってた。
御堂さんが体を起こしてくれて、介抱してくれたが、正常に戻るまで数分かかった。
50m走ってこぇー…。
結局、50m走はもう一度走る事になったが、恐怖の為に、のんびりとしか走れなかったよ。
先程の恐怖を払拭する為に、ソフトボール投げに全力を尽くす!
これなら、失敗しても回るのはボールだ。俺じゃない。
未だに良い所がないので、ここは気合を入れて投げよう。
投手用の円の中に入り、強くボールを握る。
ゆっくりと、しかし全力で投球する。地面を抉らない様に。
雷のように、真空を駆け抜ける球をイメージして!
「うりゃー!」
ダンッと大きな音をして跳ねたボールが、すごい高さに上がっていく。
軽く60mの線を越えた所に落ち、そのまま転がっていく。
ぱっと見大記録なのだが…。
「ただいまの記録、10mでーす」
記録係りの先生の声が響く。
ダンッと鳴った10mの地点にまっすぐ飛んで行ったしね。
もう一球投げれるので、次はもっと記録を出す為に、作戦を立てる。
うん、軽く投げたら25mも飛んだよ!
俺の記録は25mで、前世の13mをしっかり更新したのだった。
全力尽くした自分の肉体性能が、自分では扱えない事が発覚した俺は、その後の種目を程よい力でこなした。
おかげで、幅跳びも平均以上、1500m走なんかクラスで三番目だ。
上位二名は、千早さんに御堂さんでした。
あの二人に関しては、全種目上位と言うか、千早さんは男子を入れても一番だったんじゃないかな…。
転生特典とかで、色々ボーナスがあるはずだよ!って信幸は言っていたが、今日は一日、期待したようにはいかなかった。
一緒に帰る信幸に、愚痴をこぼしてしまう。
転生しても、ちゃんと頑張らないと駄目なんだなぁ。
「アレ? 大日さんはどこネ?」
「すでに瀬田君と帰りましたわよ」
「な、なんで男子と二人きりで帰るのを黙ってるネ」
「彼なら安パイでしょう? 影から千早をつけていますし。それで、菩比さん、何か用事があったんですの?」
「大日さんを、部活にスカウトしようカト…」
「今日はすでに無理でしょう。諦めなさいませ」
「くぅ、世の中ままならないネ…他に動かれる前に、手を打たなきゃ。瀬田君を脅すのが効果的かな…」
切が良かったので、今回も出番をカットされる中華娘。
これで、初期プロットもどきのお話が尽きました。
果たして今後、出番はあるのか中華娘!
そして、ネタがあるのかきつねねこ!
次回「逆襲の中華娘」で会いましょう。では~
嘘予告ですよ…