5話 見守る人と英霊
家族が自宅に揃った日から数日後、やってきました登校日。
登校日と言っても、夏休みに行くやつではなく、単にGWが終わった最初の平日と言うだけですが。
事故やら転生やら入院やらで、一ヶ月遅れでの登校どころか、別人として登校です。
知的な男子から、可憐な少女へ変わってしまったのはどうしようもないとして、せめて勉強くらいはと、GWの残りで一ヶ月遅れを取り戻すべく、教科書を見て勉強した。
国語の漢字や英語の単語、歴史系等の暗記物は、一人で勉強しても十分進むのだが、数学って詰まるとお手上げだよね。
それを食卓で言ったら、妹が勉強中に部屋に来て、教科書を見ながら数式を解いて教えてくれました。
あれ?もしかして妹って、俺より頭良くね?
お礼として、中学三年生の高校受験生であるマイシスターに、受験勉強をたっぷり指導してあげました。
姉より優れた妹など居ないのですよ。
そんなこんなで、登校する為、玄関で忘れ物がないかチェックする。
筆記用具に、教科書全部とノートに体操着と上履き、そして母謹製のお弁当。
ティッシュにハンカチもばっちり持った。
完璧だ。
「ゆかりちゃん、そろそろ行かないと遅刻しちゃうわよ」
いつも素敵な笑顔の母の顔が、心なしか少し崩れている。
「お母さん、登校初日と言うのはとても大切なのです。教科書を忘れても、貸してくれる人が居るか不明だし、体操着を忘れていきなり見学とかすると、目立って後で何を言われるかわかりません。お弁当を忘れたりなんかしたら、昼休み以降、どれだけ悲しい気持ちで過ごす事になるか」
前世が準ぼっちだった俺は、その教訓を生かし準備万端で臨むのだ!
「そ、そうねぇ。お母さんもそう思うけど、荷物の確認は15回目だし、時間も八時過ぎちゃったから、そろそろ出発した方がいいかなぁって思うのよ」
確認が十分かは議論の余地があるが、時間的猶予がないのは事実だ。
「そうですね。時間的にまずいので、そろそろ行きます」
学校指定の鞄と、私物のバッグ、それと体操着袋を両肩にかけて立ち上がる。
「では行ってきます」
「いってらっしゃい」
重いが十分持てる荷物を抱え、新たな一日を歩き出す。
向かうは私立天原学園高校。
俺が特待生として入学した高校だ。
設立してまだ数年の私立校で、進学校として売ってはいるが、まだ実績は不十分なんだとか。
何でそんな内部事情を知ってるかと言うと、面接の時に期待半分愚痴半分で色々言われたから。
場所は、大日家から近所の大きな公園を突っ切って、徒歩で15分から20分位の距離にある。
家を出るのが遅かったせいか、校門付近にも生徒がほとんど居なかった。
ちょっと急ごうっと。
最初の難所である生徒用玄関に入る。
うん?何が難所かわからないですと?
ふふふ、何を隠そう自分のクラスがわからん!
クラスがわからないと、自分の下駄箱の位置もわからないわけですよ。
開いてる下駄箱を使ったり、隅っこにこっそり靴を置いといたり、下駄箱の棚の上に置いてたりすればいいじゃん?と思うかもしれない。
しかし、そんな誰の靴かもわからない靴は、片付けられたり、持って行かれたり、捨てられるかもしれない。
被害妄想な気もしないでもないが、苛められっ子としては靴って結構気になるんです。
ということで、『靴用~びに~る袋~』の出番です。あ、言い方は四次元的な言い方で。
上履きに履き替え、靴を回収し、次なる関門へと移動する。
えー、クラスがわからないと、教室に向かうことが出来ないわけで、そうなると目指す先は職員室。
一応、母が事前に電話で連絡をして、入院が終わり今日登校すると伝えてくれているのです。
だけど、職員室って用事があっても入るの緊張するよね?
職員室のドアの前で、何て言って入ろうか悩んでいると、ガララと扉が開かれる。
出ようとしていた女性の先生と目が合う。
突然の事で焦った俺は急いで言葉を口にする。
「入院してた一年の大日縁と言います!」
思わず大声になってしまった!
目の前の先生も、ちょっと吃驚なさってる。
実質の登校初日で、一人だけ朝から職員室に来るとか、緊張するよね?大声も仕方ないよね!
「…あ、入学式の帰りに事故に遭ったっていう子?」
「は、はい!」
「それで、職員室に来たってことは、何か困った事でもあった?」
優しく話してくれるおかげで、少し緊張が解ける。
「えっと、自分のクラスがわからなくて…」
「なるほど。えっ…と、居た居た。付いて来て」
言われるままに、職員室に入り着いていく。
「天之先生、事故に遭って入院してた大日さんです。後はよろしくお願いしますね」
そう言って去っていく女の先生。そして目の前には、白衣を着た眼鏡の男の先生。
髪は短く整って、端正な顔に眼鏡をかけているので、すごく理知的に見えてカッコいい。
だけど、無表情で怖いです。
「あぁ、大日さんだね。今日来ると聞いてたが、此処に来るとは、何かあったのかな?」
無表情で怖かった顔が一変、此方を向いて話しかけてきた瞬間、柔らかに微笑む。
さすが教師、事故に遭って登校できなかった生徒を気遣っているのですね。
さっきの女の先生といい、この先生といい、素晴らしい。中学までの苛め放置の教師に見習わせたい。
「自分のクラスがわからなかったので…」
「入学式の日に事故に遭ったから、覚えてないのか。いや、すまない。俺が担任の天之だ」
一生徒である俺に対し、真摯な態度で話してくれる。
「教室には、事故のこともあるし、俺と行こうか。しかし、その大量の荷物はどうしたんだい? 外履きもあるようだが」
「自分の下駄箱がわからなかったので…。あと、授業のスケジュールがわからなかったので…」
「そうか、わかった。今授業の予定表をコピーしてくる。それと、下駄箱に付ける名札も用意するから。教室に行く前に生徒用玄関にもよって行こうか」
素早く予定表をコピーして、渡してくれる。
絶えず笑顔で、生徒に向けるというより、母が俺に向けるような優しい笑顔で対応してくれてる。
「鞄が重そうなので、一個貸してくれないかな? 教室に行くまでだが、俺が持つよ」
「あ、ありがとうございます」
「気にしないでくれ。君みたいな小さい少女が、重そうな荷物をもってるのを放置するなんて、大人として心が痛いからね」
言葉と共に、鞄を持ってくれる。
予想外に優しく対応され、嬉しくて顔が赤くなってるであろう俺。
そんな俺を見て、微笑みながら先導してくれる先生。
なんて良い担任なんだろうか。
生徒用玄関に寄った後、まっすぐ教室に向かい、今教卓の前に立っている。
緊張して、教室を見渡すなんて余裕はなく、目の前の教卓の上をじーと見てしまう。
「えー、事故に遭い入院してた大日さんだ。怪我も治り、今日から復帰する事になった。大日さん自己紹介に何か一言あるかな?」
お約束の自己紹介ですね。
昨夜から、イメージトレーニングはばっちりだ!
「お、大日縁と言います。一ヶ月遅れですが、よろしくお願いします」
ゴチンッ
言い切って、勢いよくお辞儀をして教卓に頭をぶつける。
わっと沸く笑い声。
「こんなに小さい子が頑張ってるんだから、皆笑わないように」
先生がパンパンと手を叩きながら、真剣に注意する。
確かに、背が高ければ頭をぶつけなかったですね。
くそっ、イメージトレーニングでは教卓はなかったんだよ!
「では、大日さんの席はそこなので、席についてくれるかな」
優しい笑顔で俺に話しかけて、席を教えてくれる。
失敗した生徒へのフォローも忘れないとは。
恥かしさに顔を俯けながら、教卓のすぐ前の席に着く。
「さて、出席を取るぞ。相川」
最初の挨拶を失敗した。
その恥かしさと焦りから、頭の中でぐるぐるぐるぐると、過去の事やら今後の事を考えて油断していた。
「大日」
「ひゃい!」
再びどっと沸く教室内。
華麗に挨拶をこなし、目立たず平和な学生生活を送る予定は、授業前の朝のHRから崩壊した。
「休みは瀬田だけか。皆、しっかり大日さんの面倒を見るんだぞ」
先生が、フォローっぽい何かを言って教室を出て行くが、恥かしさで身もだえ突っ伏してた俺には、何も聞こえませんでした。
机の上にぐで~と体を預け、先の失敗を思い返しながら突っ伏していると、後ろから声がかかる。
「大日さん、相変わらず突飛な行動をして目立とうとなさるのね」
いえ、目立ちたくなかったんですよ?
突飛という部分は、不本意ながら認めるけど。
いきなり目立ったせいで、もう目を付けられたかと思い後ろを向く。
「まったく、中学の時から変わりませんのね」
後ろを向き、目を見開き固まってしまう。
「自己紹介だけで、クラスの全員の心を掴もうとするなんて、やりすぎじゃありませんこと?」
そこに居たのは、俺の認識では物語の中でしか存在しない、伝説の人物だった。
腕を組んで豊かな胸を突き出し、綺麗な顔にある怜悧な目で上から見下ろしてくる女生徒。
すごい美人だとか、胸が大きいとかが問題ではない。
左右後方に、取巻きA&Bが居る事も些事だろう。
「縦髪…ロールだとぅ!?」
そう!髪型がロールなのですよ!
顔の横から伸びる髪が、縦に巻き巻きしております。
享年15歳という俺だけど、その人生の中でロール髪の人など見たことがない。
映画やドラマの中、或いはフランスのお貴族様くらいしか、してる人を思いつかない奇跡の髪型。
「わ、私の髪がどうかしましたの?」
おまけに、一人称がワタクシと言う、これまた本の中のお嬢様しか使わないだろう言葉をお使いなされる。
何か色々話しかけられているが、あまりの感動に頭に入らない。
今の俺は、伝説の英霊を目にしたような衝撃に襲われているのだから。
キーンコーンカーンコーン
あ、授業が始まる。
チャイムの音で硬直が解け、授業の準備をしようと鞄から教科書等を取り出す。
ロールお嬢様も、俺の後ろの席に着く。
挨拶の失敗も忘れ、感動に身を震わせ授業に挑む。
あんな人実在するんだなぁ。
感動したのもはるか昔、ロールの英霊にげんにゃりです。
休み時間のたびに、なんだかんだと絡んでくるのだ。
「あら、大日さんまだノートを取り終わってなかったの? 早くしないと消されてしまいますわよ」
「まだ練習問題を解いてるんですの? そんな処で悩んでいて大丈夫ですの?」
「先程指名された箇所を答えられませんでしたわね。あんな事も知らないなんてまずいのではなくて? なんなら私がお教えしましょうか?」
等々、毎回嫌味を言われるのだ。
言われる事も、正論というか、否定できず、反論もできなかった。
そっちは英霊なんだから、俺みたいな一般人に絡まんでもいいだろうに。
昼休みになった瞬間、お弁当を持ってダッシュで教室を出た。
「あ、大日さん、一…に、おひ…」
後ろでロールの英霊が何か言ってたが、構わず逃げ出し今に至る。
校舎の特別教室等がある側の、屋上へ続く扉の前の階段で、一人お昼を食べる。
屋上へ出れないように、扉が閉まっているので、誰も来ない場所っぽい。
ここなら、ロールの英霊もくるまい。
「はぁ、初日から目を付けられ苛めにあうとは…もぐもぐ…」
しかも、相手はロールの英霊だ。
英霊なら英霊らしく、聖杯でも求めてればいいだろうに。
剣とか持ってないが、どう戦うんだろうか。
あれか、ロールの先で相手を突くのか。それとも、ロールがドリルになるのか、それはちょっと素敵だ。
そんな詮無き事を考えて、心を癒し対策を考える。
友達が一人も居ない状況では、打てる手なんてほとんどない。
相手が英霊なら、もうあれだ。動かすべきはマスターしかないですね。
「と言うことで、天之先生。ロールの英霊に襲われてるので助けてください」
お弁当を食べた足で、職員室に向かい、切り札である助けて先生を行使する。
「あー…うん。助けるのは決定だが、何がどう困っているのかわからないので、説明してくれるかな? 大日さん」
事情もわからず、助けるのが決定なのか。やはり、良い先生だ。
優しく諭す様に説明を求められたので、俺は休み時間であった事を、残らず報告した。
「御堂か、あのお嬢様はまったく…。寄付金を餌に、無理やりクラス分けにも口を出してきてたが…」
見た目や言動だけじゃなく、実際お嬢様だったんですか。
「事情はわかった。そうだな…帰りのHRで注意しよう。申し訳ないが、それまで我慢してくれ」
了解の意を示し、職員室を後にする。
苛めの相談をして即日動こうとするとは、ぱっと見はクールに見えるけど、熱い先生なのかもしれない。
何故か、五時間目の授業が終った後の休み時間には絡まれなかったので、平穏な時間を過ごせた。
無事六時間目も終わり、帰りのHRとなる。
「さて、今日もこれで終わりだが、最後に注意しておくことがある」
厳かに言い放つ天之先生。
「御堂、大日を苛めるのはやめたまえ」
注意と言うか、ストレートすぎませんかね。
皆の前で、苛められてましたよ。と公開されるのは、ちょっと嫌だ。
「そんな! 私は苛めてなどいませんわ!」
「直接、我ら大人が守るべき、可憐な少女である大日から聞いたのだが?」
「確かに、大日さんが可憐で可愛らしく愛らしい少女というのは認めますわ! ですが、私が苛めてたと言うのは、誤解です!
いや、うん、なんだろう。
苛めとかより、変な形容詞が混ざってるよ?
「御堂よ、君のような年増と、愛でるべき幼い華である大日の言い分、どちらを信じると思うのかね」
御堂さんと俺って同級生ですよ。先生。
「あ、貴方は教師だと言うのに、生徒を愛でるなど…。そんな目で、大日さんのような幼女を見るなど、犯罪ですわよ!」
いえ、貴女と同級生ですよ?ロールな御堂さん。
「くっくっく、犯罪だと? 我らは小さき華を影から守り、慈しみ、愛でるだけだ! 直接触れることはもちろん、盗撮、盗聴等の犯罪は一切しない!」
天之先生が、クールな見た目と裏腹に、とても熱く語ってらっしゃる。
「くっ、法を掻い潜り蠢く貴方は取り締まれないと言う事ですの…」
「我らの同志は、皆見守る事を第一としているからな。その為に、大日の席を教卓の前にしたのだ」
とりあえずあれだ、先生は小さい子が好きだというのは、さすがにわかった。
信頼してた教師が変態と言う事実に動揺し、無意識に立って下がろうとする。
すると、後ろに引っ張られた。
「大日さん、申し訳ありません。このような恐ろしい危機に貴女が晒されている事に気づけずに…」
俺の前に手を回し、背中からぎゅっと抱きしめてくる御堂さん。
あ、頭の後ろが気持ち…こほんっ。
「ですが、気づいたからには此のままには出来ませんわ!」
「くっくっくっ、御堂、特に悪い事をしていない俺をどうにか出来るとでも?」
先生が悪役チックな台詞を吐く。
「法で裁けぬならば、力で成敗するまでですわ! 全員!構え!」
ガチャ!という音が教室中から聞こえる。
俺は御堂さんに抱きしめられて動けないので、音しか聞こえないが…。
「ま、まて、お前ら。悪乗りしただけで、冗談半「撃てぇええええええ!!」ちょま、カッターはしゃれになら、あ…」
乱れ飛ぶ教科書、消しゴム、上履き、サッカーボールにテニスボール等々。
その中で誰かが投げた缶ペンが、スコーンという音と共に、担任の頭に直撃し、撃沈する。
「悪は滅びましたわ!」
静かになった教室に、ロールの英霊御堂さんの勝利宣言が高らかに響いたのだった。
下校する為に、教室を出て、下駄箱に来る。
なぜかクラス全員が、俺の後ろについてきますよ?
「担任と同じ様なのが、何処に居るかわかりませんわ。自宅まで護衛いたしますわ」
校門に来ても、背中にぞろぞろ続くクラスメイトの気配を感じ焦る俺。
一人で帰れるので、大丈夫です。着いてこないでください。と叫ぶように言い放ち、後ろを見ずに駆け出す。
逃げ出したい俺の気持ちに応える様に、妙に早く走れました。
走りながら思ってしまう。
明日からの高校生活どうしようか。
最後の、変態と英霊の掛け合いは予定より短めにしました。
あ、人に物は投げちゃ駄目ですよ?