3話 ゴシック
この話から、本編開始みたいな感じです。
5月に入ったばかりの空は曇天。
病院の入り口の自動ドアを抜けて、最初に見たのは暗雲立ち込める曇り空。
「やー、お姉ちゃん、曇り空だよ! 良い退院日和だね~」
「ほんとねぇ。ゆかりちゃんが退院するから、しっかり曇ってくれたのねぇ」
妹と母が、楽しげに話しかけてくる。
退院する日に曇りのどこが、良い日和なのだろう。
「晴れてると、お姉ちゃんの体に悪いもんね」
なるほど、退院してすぐの体には、強い陽射しは辛いのではという配慮だったのか。
退院出来るというのに、あまり前向きな気持ちになれないな。
転生してからの約1ヶ月の苦痛の日々を思い出すと、自分でも仕方ないと思ってしまう。
苦痛の日々…女の子になってるとか、転生先の人間関係で困ったとかではなく――
文字通り、転生直後から暫くは、怪我の痛み――苦痛に耐えていたのだ。
天照が右手をかざし、光が溢れて意識を失ったと思ったら、すぐに目が覚めた。
そして、体を動かそうとした瞬間に、物凄い激痛を感じて即意識を失った。
次に眼を覚ました時は、体を動かさずに自分の状態を確認した。
感覚的に、右手と両足、それに胸が固定されいる感じだ。
口にはプラスチックのマスク?をされている。
目だけ動かし回りを確認すると、点滴っぽい物や、よくわからない機械があった。
体を動かさなくても、じんじんする鈍痛を感じていたが、妙な眠さの為すぐに眠ってしまった。
三度目に目覚めた時は、すぐ横にナース服を着た人が居たので、声をかけてみた。
すると、その人は目を開けて驚き、先生っと叫びながら居なくなったが、すぐに白衣を着た男性と共に戻ってきた。
そのどう見ても医者っぽい男性に、意識はしっかりしてるか、痛みはどうかと聞かれたので、意識はしっかりあるし、痛みは動かなければ大丈夫と伝えた。
医者からは、事故にあって病院に居るということを伝えられた。
自分の事について覚えているか確認されたが、覚えてるわけもなく――誰に転生したのか知らないし――記憶喪失という事にした。
その後、体を色々調べられたり、体に入っていた管(体のどこかは言えない!)を抜かれたりした。
この時に、自分が女の子になっている!という事がわかった。
その次の日に、別の個室の部屋に移され、家族と面会をした。
会う前は緊張していたが、部屋に入っってきた三人が、良かった良かったと涙を流すのを見ていたら、緊張なんてどこかに行ってしまった。
申し訳ない気持ちで、記憶喪失だと伝えると、「おー今度は記憶喪失設定なんだね!お姉ちゃん!」と良い笑顔で返された。
疑われないのはいいのだが、あっさり受け入れられて困惑してしまった。
自分で動けるようになるまでの二週間、父母妹の三人は毎日お見舞いに来てくれた。
鋭い眼つきで髭を蓄え、背が高くスーツの上からでもわかる筋骨隆々の父。ダンディでかっこいい。
小柄ながらも出る所は出て、締まる所は締まっている母。綺麗な黒髪の長髪が眩しい見た目20代前半、下手すると10代に見える。
スレンダーな体型で背が高く、髪は短いスポーツ系、父親似だろう鋭い眼つきをした凛々しい妹。つーか、母親より年上に見える。
父は、顔を出してすぐに居なくなったが、一家の大黒柱だし仕事があったりしたんだろう。
母と妹は、体を拭いてくれたり、食事や生理現象関係を、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
体が動くようになってから、自分のことを色々聞いた。
名前は、大日縁(おおひるゆかり)。15歳女子高生。
変な名前と思ったりしつつ、15歳という事に疑問を持った。廊下の鏡で自分を見たが、背は小さく胸ぺったんで、顔は可愛いけど子供的可愛さだったし。
前世よりさらに背が低い事がショックだったのは蛇足かな。
なぜ病院に居たかと言うと、高校入学式の帰りに車に轢かれ、瀕死の重体で病院に運ばれたらしい。
轢かれる時に、少年が突き飛ばしたおかげで、一命をとりとめたとか。
残念ながら、その少年は亡くなってしまったらしい。
どこかで聞いた事があるお話しですね。ってか、死んだ少年って俺だよね。
そういえば、助けようとした女の子って、制服を着た10歳くらいの見た目だった気がする。
家族の事も少し聞いた。
父は仕事の為、東京に単身赴任中らしい。俺が動ける様になるまで、仕事があるのに無理にお見舞いに来てたらしい。
母は専業主婦で、妹は中学三年生の学生さん。
両親に娘二人という、ありふれた家族構成のようだ。
その後、体は順調過ぎるほど回復し、リハビリも1週間で終わり、入院は三週間と少しで終わった。
曇り空の中、母と妹に先導されて、病院の駐車場にある車に向かいつつ考える。
瀕死の重体が、一ヶ月もかからず治るっておかしいよね?
医者も、神の奇跡だ。とか言ってましたよ。…神の奇跡…ね。
「おのれ、あの偽神め! 女にした挙句、異常な肉体にしてくれたな! 次に会ったら覚えてろよ! 神め!」
「おぉ、お姉ちゃん全快だね! 神とか言ってると安心するよ~」
『条件どおりじゃろ!?』とか言う風の音はスルーする。
妹の返しもよくわからんので、スルー。
「ゆかり~、まつり~、行くわよぉ」
母が、車の運転席から俺達を呼んでいる。
神への復讐は置いといて、車に乗るべく、腰まである黒髪を跳ねらせつつ小走りで向かった。
優しい家族に不満はないし、新しい生活は不安もあるが、楽しみだった。
病院を出て五分もせずに自宅についた。
自宅の敷地が周りの家に比べると、二倍の二区画分使っている。家の大きさもそれに比例して、周りの家に比べると二軒分の大きさだ。
豪邸と言うほどではないが、お金は持ってそうなお家です。
「んー?どうしたのお姉ちゃん?ぼ~としちゃって」
「いや…でっかいなぁと思って」
そう?とか言いながら家に入って行く妹に、慌てて着いていく。
初めての家に入る事に、緊張で一人じゃ入る自信がなかったからね!
前世では、知らない家なんて、信幸の家しか行った事がありませんでしたし。
家に入り、手を洗ってうがいをした後、二階に上がろうとする妹に声をかける。
一応、外見は女の子なので自分のことは私と言っておこう。
「えーと、部屋着に着替えたいんだけど…私の部屋ってどこだっけ?」
病院から帰ったままの服は、着替えたかったのだ。
「あー、そっか。記憶喪失設定だけど、服はいつものがいいんだね~。お姉ちゃんの部屋はこっちだよー」
快く案内をしてくれる妹について行き、二階の『ゆかり』とネームプレートがかかった部屋の前に来る。
じゃあ私は下に居るね~と去っていく妹を背中に、部屋に入る。
前世を含め人生初、女子の部屋に――孤児院の仲間の部屋は除く――入るので、年頃の男としてはどきどきの瞬間です。
が、期待したような、もとい、警戒したようなピンク色いっぱいの人形が沢山ある部屋ではなかった。
部屋の机やベット、カーテンなどが白と黒を基調とした、すごく落ち着いた部屋でした。
ふむ、見た目と違って、失礼、大人な子だったのかもしれない。
さて、部屋着を探す為にクローゼットを開けるか。
スカートくらいなら、履く覚悟をしつつ、ゆっくりと扉を開けてゆく。
どたどたどた!と足音を立てて、一階に居る家族の下へ向かう。
リビングらしき所に入り、妹を発見する。母は居ないようだ。
緊急事態を伝えるべく、妹に向かい声を出す。
「なんで服が黒とか白のドレスしかないの!? ウォークインクローゼットの中、ドレスしかなくて吃驚だよ!」
「えぇ!?」
妹も驚いている!
冷静に考えると、ドレスしか無い訳がない。おそらく、別の見てない場所にあるのか。
俺とした事が、ぱっと見20着以上のドレスを見て、思わず動揺してしまったらしい。
「赤色のドレスもあったと思うけど?」
「色の問題じゃないし!? 赤色どころか羽根が付いてるドレスまであったけど、問題はドレスしか無いって事でしょ!?」
簡単に探したが、Tシャツすらありませんでしたよ?
「え…だって、お姉ちゃんが…」
妹が、今度こそ真剣な顔をして声を出す。
「『オ~ホホホホ、高貴なる堕天なワタクシには、絢爛なるドレスこそ相応しいわ』って言って、中二の時にゴシックドレス買いまくって、それ以外捨てたんじゃない」
そうか、あれはゴシックドレスと言うのか。と冷静な俺は新たな知識を得る事に成功する。
「初めて着る女物の服がドレスだとぅ…。神よ!どこまで、俺に試練を課すというのだ…」
病院では、患者用の服やリハビリ時のシャツやジャージくらいしか着てなかったので、正真正銘の初女物になるわけです。
ドレスを着て、座ってる自分を想像する。……くっ、可愛い。
ドレスを着る覚悟を、じわじわ決めてるところで声がかかる。
「んー、違う服着たければ、リハビリ用で使ってたジャージにすれば? 動き易いし部屋着にいいでしょ?」
「ですよねー、だよねー、そうですよねー」
うん、ドレスを着た自分も良いかな?なんて思ってなかったよ?本当ですよ?
妹にジャージを進められた直後に、母が来て夕飯についてどうするか聞いてきた。
母的には、退院記念に豪勢にしたいらしい。
その家族愛的思考に、思わず感動する。
転生した後、知らない人たちを家族と思えるか不安がないわけじゃなかった。
しかし、入院中にして貰った色々な世話は、涙が出るほど嬉しく感動的だった。
その恩を返す為に、この家族の為に尽くそうと思うほどには。
母と呼ぶには、まだ恥ずかしいが、亡くなった本物の縁さんの分まで、娘として頑張ろう。
結局夕飯は、退院して直は豪勢なご飯は体の負担になる、と言う妹の意見が通り、いつもどおりのメニューにするらしい。
妹が満漢全席は駄目だからね!と強く言っていたが、満漢全席ってなんですかね。全席漢で埋めるとかですか?
夕飯の内容の話し合いが終わった後、ジャージに着替えて、妹に家を案内してもらった。
一階は、父と母の部屋や、リビング、ダイニングキッチン、トイレにお風呂場洗面所、洗濯用の乾燥室などがあった。
二階は、俺と妹の祭(まつり)の部屋と、使ってないか倉庫にしてる部屋が何個かありました。
ゆっくり案内して貰ってたので、終わった頃にはご飯が出来て、母に呼ばれて三人でご飯を食べた。
初めての家庭料理と思うと嬉しくて、味は良くわからなかった。
ご飯を食べ終わり、リビングで妹とのんびりTVを見ていると母から
「ゆかり、まつり、お風呂沸いたから入っちゃいなさい。ゴールデンウィーク中だからって、夜更かしは駄目よ。特にゆかりは、退院したばっかりなんだから」
と言われた。
連休による夜更かしを注意しつつ、気遣いまで見せるとは。まさに良妻賢母とは、母の為の言葉だろう。
「私はゆっくり入りたいから、祭が先に入ると良いよ」
「んー、わかったー先に入ってくるぅ」
妹がお風呂に行ったので、一人でTVを見る事にする。
気づいたら横に母が座っていて、一緒にTVを見ている。
優しい口調で、もう体は大丈夫?と問いかけてくるので、大丈夫と返事をした。
こういうちょっとした気遣いが、母親というものなのだろうか。
お風呂場の方から、妹がお風呂あがったよーと大きな声で叫んできたので、自分の部屋に向かう。
着替えの下着と、パジャマを取りに向かう為に。
どたどたどた!と足音を立てて下へ向かう。
リビングに入り、母を発見する!
娘の危機的状況を、母に報告しなければならない!
「お母さん!下着が、黒とか赤の透けてて際どいのとか、花の刺繍みたいのに紐が付いたのとかしかないよ!?」
「「えぇ!?」」
妹の声もした。居たのねマイシスター。
ゴシックドレスの時は、まだドレスとわかったが、こんな下着は知らない。
こんな履いても見えちゃうような…くっ!
高校一年の少女の部屋に、こんなものがあるとはいったい誰の仕業だ!
物凄い変態の怪盗の仕業に違いない!
「ゆかりちゃん…」
母が優しく声を出す。
娘の部屋に、変態が侵入したかもしれないのだ。気遣ってるのだろう。
「ゆかりちゃんが、中二の時に『魂の格をあげる為には、肌に付く衣こそ雅にしなくてはいけないわ!』って言って、お母さんと買いに行ったじゃない」
日本語なのに意味がわからない。
うん?中二の時に買いに行ったと言われた気がするけど…。
中学生に、こんな下着は駄目だと思う。大人でも駄目だと思うけど。
「お母さん! こんな下着買わせちゃ駄目でしょ!? こんな見えそうで恥ずかしい下着…」
こんな下着を良識ある母が買わせる筈がないと思いつつ、娘に甘くて止められなかったんだろうと思い浮かぶ。
「そんな恥ずかしいなんて…ちゃんと同じようなのを、お母さんも履いてるから大丈夫よ!」
「あんな丸見えなのを履いてどうするの!? 人妻で母親が何の為に!? 良妻賢母な母はどこに行った!?」
俺の母親というイメージは、貞淑で気遣いが出来て優しい、さっき一緒にTVを見ていた母だ。
「ゆかりちゃん、人妻にはね…」
母が真剣な顔をして言葉を発する。
何か壮大な理由があるというのか。思わず喉がごくりと鳴る。
「何時何処でも誰の挑戦でも受けなきゃいけないのよ!」
「誰の何の挑戦を受ける気だ!?」
「そんな、ゆかりちゃんが知るには、まだ早いわ。ぽっ」
可愛らしく頬を染め、恥らう母。
やばい、いくら可愛らしくしてても、このままでは家庭崩壊の危機だ!
ついでに、俺の常識の危機だ!
「祭!お母さんを正気に戻す為に協力して!」
もう一人の家族である妹に視線を向け、助けを請う。
ソファにTシャツと下着姿で、横になっている妹を見る。
「妹よ、その格好はナンデスカ」
「えー?変かな?」
幾ら自宅とは言え、下着姿でのんびりしてるのはよくはないだろう。
が、今はそんなことが問題ではない。
「なんでそんな下着を履いている!?」
「えー、お姉ちゃんが『私の妹ならば、私と同じ妖艶たる衣を纏うべきね!』って言って、私の下着を全部こういうのにしたんじゃない」
そうですか、そんな事だろう思いました。
「それに、お姉ちゃんやお母さんより、私の方が似合うしね~」
確かに、この中では一番大人っぽい妹が似合うだろう。
あ、その格好でこっち向かないで!
しかし、中学生どころか、未成年は履いちゃ駄目なものだ!もちろん、人妻も駄目!
「二人とも、ここに座りなさい!」
なんで?と首を傾げる母娘の二人。
「淑女の嗜みと、正しい中学生の下着を教えてくれる!」
二人は、首を傾げたままソファに座る。
即、俺は家庭崩壊を止める為に、自分が知ってる貞淑な妻の嗜みを語り――
――次に中学生の下着は縞パンや水玉で十分だ!(孤児院ではそうだったんだよ!)という事を力説した。
主に、自分の常識を守る為に――
小一時間ほど、この家庭を守る為に努力した後に
「わかったわ。じゃあ、明日皆で買いに行きましょう」
と、母は明るい笑顔で言ってくる。
笑顔で言ってる様は優しい母なのだが、油断してはいけない気がする…。
「そういえば、パジャマはなかったな…」
そう疲れ切って漏らした俺に、妹はおいでおいでと手を振り、俺の部屋に向かった。
そして、薄く透けてフリルの付いた布を渡してきた。
ベビードールと言うそうだ。
新居に来た初日、俺はジャージ姿で枕を濡らし就寝した。