17話 鈴白部長と夏樹先輩
「ちっが~~う! 縁、君はバカか! そこを、ここと同じ素材にしたら駄目だろう!」
「で、でも」
「明確に間違ってる時は、口答えしない!」
うぐぅ、必死に頑張るが、なかなかOKを貰えない。
今俺は、設計図を書いている。
何の設計図かというとですね。
「そんなんで、ボクの作った巨神クマ兵に匹敵する物が、作れると思ってるの!?」
「ひぃーーー、が、がんばりますーー」
手芸部の部長である鈴白部長が作成した、でっかいクマ人形に対抗できる作品を作ろうとしているのだ。
鈴白部長は、丁寧に教えてくれるのだが、迫力がとても怖い。
真面目にやらないと怒るよ!という雰囲気が、体中から出まくりなのだ。
なんで人形を作る事になったかというと―――
「大日縁です。今日から、正式な部員として頑張ります! よろしくお願いします!」
入部届けを提出して、初めての部活動で、まずは挨拶をした。
手芸部の部長及び、部員の方々には、俺は恩を返さねばならないのだ。
そう気負い、挨拶から気合を入れていた。
「あっはっは~、ゆかりん、そんなに頑張らなくていいよ~?」
「歓迎するよ、縁。 夏樹は頑張らないと、注文落とすと内申に響くよ」
鈴白部長となっちゃん先輩を筆頭に、他の手芸部の人達も歓迎してくれる。
「じゃあまず、縁ちゃんはどうするネ?」
「ん、鳴さんはどうするの?」
「私は、追加分の三角覆面の注文品を届けなきゃいけないネ」
むむ、鳴さんは既に注文を受けるほどのレベルなのか。
なっちゃん先輩が居るとは言え、鳴さんが居ないと、ちょっと不安だ。
「鳴、その三角覆面は注文の量が多いけど、何処の注文なんだい?」
「……その質問に答えるには、蒼井先輩の許可が要るネ」
「響子のか。うん、好きにしていいよ。その件で、ボクに関わらないでね」
「了解ネ」
なんだろう、注文先を気にしてた部長が、あっさり引いた。
蒼井先輩って、何者なのかな。
「では、私は行って来るネ。いつ戻るか分からないので、縁ちゃんをよろしくネ」
「うぇーい。めいっち、私にま~かせなさい」
「鳴さん、いってらっしゃい」
うぅ、友達が居なくなってしまった。
しかし、そんな事で怯んで居られない。
俺は頑張らなきゃいけないんだ。
「鈴白部長、私も何か皆の為になることがしたいです」
「うん? やる気があるのは良いけど、具体的な目標でもあるのかな?」
目標…目標かぁ。
そういえば、恩返しとか考えてたけど、どうすれば良いかとか、考えてなかったなぁ。
こう言う時に、信幸が居ればいいのに、今日も部活の会合とやらに出るとかで、付いて来てくれなかった。
そんな事を考えてると、ふと、人類の夢の結晶が目に入る。
うむ、どうせやるなら、人類の夢を目指すくらいが良いかもしれない。
「部長と同じような、もふもふの抱きつきたくなる、でっかい人形が作りたいです!」
「へぇ、ボクに挑むとは感心だね。じゃあ早速、作ってもらおうかな」
「は、はい! でも、人形なんて、どうやって作ればいいか分からないです」
「そこは大丈夫だよ。ボクが丁寧に教えてあげる」
部長自ら教えてくれるとは、なんて幸運。
これはもう、この幸運を逃さない為に、しっかり念を押した方がいいのではないか。
「ぜひ、最後まで教えてくれると嬉しいです」
「わかった。最後まで、ボクがしっかり教えるよ」
「ゆかりんは、チャレンジャーだったんだね……」
俺と部長の温かい会話を聞いて、何故かなっちゃん先輩と他の部員の人たちが、同情の視線で見てくる。
「泣いても、怒っても、逃げても、作り終わるまで、ボクがしっかり教え込むよ」
頭の上の一本髪を揺らしながら、楽しそうにプレッシャーを放ってくる。
あれ、もしかして鈴白部長って体育会系……?
「あ、あの、お手柔らかに…」
「大丈夫、怖いのは最初だけだよ」
何で人形作るのに、怖いと言う単語が出るんですか。
待ち受けるだろう何かを感じつつ、人形作成が始まった。
昨日から始まった人形作りは、既にかなり挫折気味だ。
部室に入り、椅子に座って突っ伏してしまう。
「部長~、これが今の私の限界ですぅ」
なんとか書いた設計図を渡し、審判の時を待つ。
まぁ下る審判は、否だと分かってるだけに、恐怖に耐えるしかないわけだけど。
「うーん、ウサギさんと言うのが、大きくするとどうなるか不安だけど、とりあえず問題はないかな。よく頑張ったね、縁」
ぉぉおお。予想外のOKを貰えた。
ここまで来るのに、25回やり直しをさせられた上に、ほとんどを鈴白部長のクマ人形の設計図を参考にした代物ですが。
「うぅ、ありがとうございます」
「いや、泣く程の事かな? 細かい部分は手直しが必要だし、まだまだだよ?」
OKを出しといて、実は駄目とか中々のハードプレイ。
鈴白部長は、言い方は丁寧だけど、容赦がなさ過ぎる。
「ぶちょ~、このままじゃ、ゆかりんが泣いたままなので、息抜きが必要だと思います~」
「そうだね。ボクだって、アレは夏休みも入れて三ヶ月かけて作ったしね。無理は良くないね」
無理は良くないと言う割りに、二日で素人に設計図を書かせるとか、鬼じゃ…。
「縁ちゃん、ゴメンネ。部長って、頼み事すると100%の全力でするネ。先に言っとけば良かったネ」
鳴さんが、鈴白部長について教えてくれるけど、その情報は昨日聞きたかったです。
半泣きで、机に突っ伏していると、鈴白部長が背中に手を置いてさすってくれる。
「その、ごめん。裁縫の事になると、熱くなり過ぎちゃって」
「私が、部長と同じ様なのを作りたいなんて、軽く言ったのが悪いんです…」
お互いに、シュンとしてしまう。
鈴白部長は、きっと優しい人だと思う。
ただちょっと、裁縫に関して体育会系なだけで。
「ってな訳で、皆で行きましょうぜカラオケへ! ゆかりんと私の分は、ぶちょ~のおごりで!」
部室の中に、お~という声が上がる。
どうやら皆、カラオケへ行くのに賛成のようだ。
鈴白部長も、俺に目配せをしてくるので、頷いておいた。
「よし、入部歓迎の意味もこめて、皆でカラオケに行こうか!」
「いぇ~ぃ。レッツからおーけ!」
「もちろん、夏樹は自腹でね」
「そんなばーかーなー!?」
喜んで手を上げたポーズのまま、下に沈む。
楽しい提案をして、オチまで自分でするとは、なっちゃん先輩は兵だね。
駅前にあるカラオケ店にやって来たは良いけれど、実はカラオケ初体験です。
ちなみに、夏樹先輩はお金がないからと、部室に残った。
なんだか悪い気がして、お金を貸そうとしたのだが、部員全員から止められた上に『夏樹は、自分の趣味でもあるコスプレ衣装の注文が大量にあるので、残ってやっておく事』と、部長に止めまで刺されていた。
なっちゃん先輩、成仏して下さい。合掌。
「部屋は203だって、行くよ」
鈴白部長を先頭に、手芸部員六名が続く。
薄暗い廊下を通り、203の部屋に入る。
「よし、早速歌おう」
「部長は、歌う順番最後ネ」
「なんで?」
「初っ端、スマイルやら、スイートや、ハートや、フレッシュや、二人なアニメの曲を歌われたら、私たちが困るネ」
「か、可愛くていいじゃないか」
鈴白部長が、最初に歌うのが駄目なのは、部員の総意らしい。
しかし、アニメの曲とか歌いたいとは、鈴白部長って意外と可愛い。
「ここはまず、縁ちゃんネ」
「うぇ、いきなり私? カラオケ初めてで、よくわからないよ」
何の歌が良いとか、どうやって歌えば良いとか、さっぱりわからない。
「歌いたい曲があったら、私が入力するネ。歌う時は、このマイクを持って歌えばイイネ」
マイクを持って歌うとか、なんか本格的ですね。
TVに出てくる歌手を想像して、ちょっとやる気が出てきた。
流行の曲とか知らないけれど、信幸の家で見たアニメの曲にしよう。
歌をテーマにした、何とかフロンティアってアニメだ。キスを誰とするか聞いてたような歌だっけ。
確か曲名は――
「ん、鳴さん――って曲お願い」
「了解ネ」
部屋にあるTVの画面が変わり、俺が注文した曲が始まる。
さて、頑張って歌うぞっと。
カラオケ店に入って、二時間が経過した。
そろそろ帰らないと、家族が心配すると思う。
「んっと、鳴さん、そろそろ帰りたい」
「ぉお、ソウネ。未成年の保護者なしの18時以降のカラオケは問題ネ」
「あぁ、気づかなかった。支払いはボクが纏めてするから、皆先に出ておいて」
鈴白部長は、皆からお金を受け取り、一人会計に向かうようだ。
残った俺達は、先にお店の外に出て待つことに。
「それにしても、縁ちゃん歌も上手いネ」
「そ、そうかな?」
「まるでプロ歌手のような、綺麗な歌声だったネ」
途中から、歌うのが気持ち良くなって、自分の歌声は気にしてなかった。
予想外に褒められたので、顔がにやけてしまう。
「笑顔で楽しかったようで、何よりネ」
「ん、楽しかった。また、いつか来たい」
「そうだね。今度は全員で来よう」
支払いを終えてやって来た鈴白部長が、最後にそう言って場を締める。
カラオケって楽しいね。
そろそろ慣れてきた手芸部の部室に行くと、一人瞑想するなっちゃん先輩が居た。
真面目な顔をして、無表情で目を閉じてると、何かを考えてるように見えてしまう。
なっちゃん先輩に限って、そんなわけはないのにね。
「なっちゃん先輩、何の遊びをしてるんですか?」
「ゆかりん、私は悩んでるんだよ」
悩んでると言われても、きっと今日のご飯は何にしようとか、そういう話だろう。
「そろそろ冷やし中華とかお勧めですよ?」
「そうだねー、暑い夏はさっぱりちゅるんと、って! ご飯で悩んでるわけじゃないってばさ!」
食べ物の事でもなかったか、だとすれば一体何に悩んでいるのか。
悩んでること自体が、フェイクだったりするのかもしれない。
「実はねぇ、私一人じゃ解決できない問題があってさ。途方に暮れてたんだよね~」
「あれ、本当に普通に悩んでたんですか」
「ゆかりん、仮にも先輩に対して、失礼じゃまいか~」
う…確かに、先輩に対して失礼だったかもしれない。
素直に謝り、ここは悩みの相談に乗ることで挽回しよう。
「すいませんでした。悩み事の相談に乗るので、許して下さい」
「お~、それはあれかな? 私の悩みに協力してくれるって事かな~?」
「そう言う事です」
俺が返事をすると、夏樹先輩の笑顔が深まる。
笑顔って言うか……ニタァと笑った感じの…あれ、鳥肌が。
「じゃあ、ゆかりんが自主的に協力してくれるって事で、お願いしたい事があるんだよね~おっけ~?」
「は、はい」
嫌な予感がしつつも、吐いた言葉は飲めないので、頷くしかないのです。
髪型をふわっとしたツインテールの強化版のようにされ、さらに煌びやかなセーラー服のような衣装を着せられた。そして、様々な言葉やポーズを要求される。
「きゃ、きゃるぅん」
「はい、そこ! 恥かしがっちゃだめ~!」
夏樹先輩の悩みを解決する為と言うことで、用意されたのは数十枚の衣装の嵐。
妙に輝いたセーラー服モドキや、真っ赤なドレスもあった。
「あ、あのー、先輩、これはどういう…」
「試着具合を、客観的に見ないと、出来が分からないからね~。じゃあ次これね!」
つまり、夏樹先輩が受けてた注文の衣装の、完成具合を見るために、生贄が欲しかったので悩んでいたと。
こう言う時に限って、他の部員の人が来ないのは、何故なのか。
「ふっふっふ~、ゆかりん、助けを求めても無駄だよぉ。今日は注文を受けに行ったり、品物を受け渡したりで、皆すぐに来ないのさ~」
「なんですとぉ!?」
だから鳴さんは、先に行っててと言ったのか。
もはや、助けが来る事は絶望的なのか。
「諦めたところで、次はこれを着てってば~」
「こ、これは」
渡してきたのは、猫耳カチューシャに軍服のような上着、そして今は伝説と化したブルマーだ。
これだと、ブルマー丸見えの、太もも丸見えで、ちょっと恥かしい。
「あ、あのぅ、なんでブルマーなんですか?」
「ん~? そういう衣装だから? それが嫌なら、こっちの縞パンでもいいよ~」
水色と白の縞々のパンツをひらひら振って、存在アピールをされる。
人前で、パンツ丸出しって、どんな衣装だ。
「あ、ブルマー履いたら、これを足につけてね~。一応直立できるように作ってるから~」
追加で渡されたのは、金物だかプラスチックだかで作られた、穴のあいた鉛筆キャップのような物だ。
「これ、全部着なきゃ駄目なんですか…?」
「そうだよ~。猫耳、軍服、ブルマー、ウィッチ用ユニットでワンセットだからね~」
「はうぅ~…」
俺はしぶしぶ、渡されたカチューシャをつけ、軍服を着、ブルマーを履いて、足に謎のユニットを装備する。
「ぉぉお~~~! いいね! 可愛いね! で、ちょっと、えっちだね!」
「うにゃぁ~~」
最後の言葉に、思わず手で下を隠す。
あんなに情熱的な目で、見ないでほしい。
羞恥で身もだえ、逃げたいけれど、逃げられない。
「うひひひ~、いいねいいね~、いい素材が手に入ったよ~~」
こうして、夏樹先輩による羞恥体験は、鈴白部長が来るまで続いた。
教訓、契約する時は慎重に。…うぅ。