15話 ゆかりちゃんの休日
朝ご飯を食べ終えて、出かける準備をする為に、部屋で洋服を選ぶ。
今日は日曜日で、信幸と遊ぶ約束をしているのだ!
ジャージで出かけるなら、すぐに出かけられるのだが、母も妹もそれは駄目と言うのだ。
まぁ俺も、可愛い子がジャージで居るより、ちゃんとした服のほうが良いと思うので、服を選ぶわけです。
部屋着はジャージが、俺のジャスティスではあるけどね。
この黄色い服にするか、又は剣の英霊のような礼服チックなのも捨てがたい。
ここはドレスか?母はドレスを推してたな。
いやいや、妹の祭が推してた翠の服も捨てがたい。
姿見の前で、様々な服を合わせては替えるを繰り返す。
貴重な親友との休日なのだ。頑張って服を選ばねば。
出かける準備を完了させて、玄関へ向かう。
靴を履いていたら母が来た。
どうでもいいけど、ロングブーツってパッと履けないよね。
「あら、ゆかりちゃん、今日も気合を入れてるのねぇ」
「ん、折角の貴重な休日ライフなので、頑張ってみました」
リボンタイが付いたアイボリホワイトのブラウスに、白とライトグリーンの十字模様のミニスカートだ。
六月の爽やかな陽気に合わせて、軽めの明るい色にしてみました。
姿見で確認して思わず自分で、むぉっこれ可愛くねっ!と思ったコーディネートです。
「髪型も可愛いし、バッグも持って行くのねぇ。お泊り準備はばっちりね!」
「いえ、バッグは買い物する為です。お財布とか入れてます」
髪型は鳴さん直伝、後頭部右側の肩辺りで纏めた髪を、翠のリボンで結び、わざと前に垂らす髪型だ。
色々他にも教えてもらったんだけど、複雑そうなのは無理だった。
そしてバッグは、服に合わせた翠のバッグだ。ヘルメスって英文字や、□にOとか入った文字が書いてある高そうなバッグだ。
「気合を入れるのも解るけど、気をつけて行くのよぉ?」
「はい、気をつけて行ってきます。お母さん」
気をつけますとも。特に車なんかには。
信幸の家は、学校を挟んで反対側なので、いつもの通学路の公園を通過して行く。
日曜日だからか、子供連れの家族が目立つ。
実にほのぼのした陽気と、心温まる光景だ。
「おかーさーん、あのおねーちゃん可愛いねー」
「そうねぇ」
母親と娘さんと思われる二人が、俺を見て話している。
お姉ちゃん、頑張りましたとも。
親友と遊ぶ日だし、気合を入れて服とか髪型とか選んだしね。
その母娘に手を振ると、笑顔で手を振り返してくれる。
自分の事を可愛いと言われたので、ついつい嬉しくなってしまう。
先程の娘さんの言葉を思い出し、笑顔で進む。
可愛いと言われたら、そりゃ喜んじゃ……う……ん?
何か重要な事が頭を掠め、しかしそれが何かわからない。
俺の根幹を成す部分が、現状に違和感を感じる。
親友と遊ぶ為に、可愛くして向かってるというだけなのに……。
……可愛くして?
重要な事に気づいた俺は、ぞっと恐怖に身を震わせる。
これはピンチだ。助けを求めなければいけない。
歩いてた足が、小走りになる。
目的地までは、ちょっとあるが問題ない。今の俺ってば、持久力があるからね。
目的地に到着後、急いで呼び鈴を鳴らす。
すると、玄関が開いて、中から一人の男の子が出てくる。
「あ、ねーちゃん、来たんだ」
「おはよー、正樹。信幸居る?」
出てきたのは、信幸の弟の正樹だ。
生前…じゃなかった。前世でも俺とは顔見知りだ。昔は何故か『ねーちゃんはにーちゃんなの? じゃあ、おねにーちゃんだね』と、訳の分からない事を言って、俺の事をおねにーちゃんと呼んでいた。
信幸が言うには、マンガのキャラの事だから気にするなと言ってたが。
今世でも、何回か来てる内に顔見知りになったというわけだ。
「にーちゃん、部屋に居るからあがりなよ」
「そっか、んじゃ、おじゃましま~す」
勝手知ったる他人の我が家。
階段を上がり、信幸の部屋に向かいドアを開けて入室する。
そして開口一番、俺の現状を伝えねばならない。
「信幸! 俺このままじゃ女の子になっちゃう!」
そこには、どら焼きを食べようと大口を開いた親友が居た。
「このままじゃ俺ってば、女の子になっちゃいそうだってば」
どら焼きを持ったまま、何故か固まってる親友に、再度現状を伝える。
くっ、この緊急時にどら焼きを食べてるとか、何を考えてるんだ。
「あー……。ごめん、何かのクイズ? 僕には答えがわからないよ」
「クイズとかじゃなく、俺の現状を言ったんだよ!」
「現状…?」
「現在の状態の事だな」
まさか、現状の意味が分からないとは。信幸め、テストの点数は良いのに、うっかり者だ。
言葉の意味まで教えたというのに、余計に困り顔をするのは何故だろう。
「良いかい、大日さん、良く聞くんだよ? 君は既に女の子、染色体XXの女性なんだ」
「ちっが~~う! 誰が体のことを言ってる! 心の問題だ!」
「あ~」
どら焼きを皿に置いて、なるほど、と言った様子で手をポンッと打つ。
漸く通じたようだ。俺の非常にピンチな状況が。
「それの何が問題なのかな?」
「大問題だろう! 男が、可愛い服を着て、それを褒められて喜んだら駄目だろう!?」
「でも、今って女の子だから問題ないんじゃないかな? 今日の格好を、すごく頑張って可愛いくしたのを誰かに褒められて、喜んだ自分にちょっと焦ったとかなら、問題ないんじゃないかな?」
「……あれ? ……うん?」
はて、親友が見てきたように説明し、平然と問題ないとおっしゃる。
なんだか、問題がない気がしてきた。…って騙されるな俺!
「可愛い格好をするのは、この体が可愛いからだよ! 可愛い女の子は、可愛くしてる方が、世の中みんな幸せだろ! 俺自身が可愛い服とか着たいわけじゃないよ!」
「その可愛い体が、今後の自分なんだから、問題ないでしょ?」
それは一理あるのか……?自分が可愛い女の子なら、似合う可愛い服を着るべきか?
言い訳として、そんなことを考えたことはあるが、女の子は可愛くしてる方が、男子な俺も嬉しいのは確かだな。
「って、違う! 15年生きた俺の男のアイデンティティーは、女子が好きなのだ! 女子が好きだからって、女子に成りたいわけじゃないんだ!」
「でもほら、性転換物のお話は、段々女の子らしく成ったり、女としての自分を受け入れる物だし、早い内に女子としてのアイデンティティーに成ったらいいと思うよ?」
人事だと思い、簡単に言ってくれる。
15年も男をやってた俺が、女の子としての自意識など無理だ!
ぶっちゃけると、男を好きになるとか無理!女の子が好きです。
体が女になったくらいで、十年以上の男の意識を無視して、女としての自意識を持つとか信じられぬ。
「ってか無理だから! 気のせいか、さっきから、女性志向に誘導しようとしてないか!」
「…ちっ」
今一瞬、親友が俺の知らない黒い顔をしたが気のせいだろう。気のせいであってほしい。
「まぁ、無理だよね。うちでやってた格ゲーや、RPGでも、女性キャラばっかり使ってたしね。その理由が…」
「当たり前だろう。何が悲しくて男をずっと見てねばならん。RPGなんて、自キャラの背中をずっと見るんだぞ? 何が悲しくて、男の尻を追いかけねばいかんのだ」
「ほんとに……男らしい理由だよね」
どうせなら、可愛いかったり美人な女性を見てるほうが楽しいよね。
同級生の女子達に、ほとんど無視されてた俺には、ゲームくらいは女の子を見たかったんだよ。
きっと全国には、俺の意見に賛同する同志が居るはずだ。居るよね?居てよね。
「初恋もしてない癖に、しっかり女の子が好きなのが不思議だよね」
「それは心外だ。初恋くらいちゃんとしたぞ」
失礼な事を言うな。
俺だって、ちゃんと初恋くらいしたのだ。
目を大きく見開き、信じられない物を見たようなまま固まらないでほしい。
「え、えっと、いつ? 何処の男子に?」
「まてぃ! 何故男子に恋をする! ちゃんと女子だ!」
転生してからなんとなく、親友とのずれを感じる。
やはり此処は、俺が昔いた世界ではなく、パラレルワールド的異世界なのだろうか。
「小二の時の、別のクラスの保険委員の子だよ。信幸が保険委員だったから、たまに見かけたあの子」
「それって……りゅ、大日さんが怪我した足を治療してくれた子の事?」
「そだよ。俺だってちゃんと初恋をしたのだ」
体育祭の時に、こけて足を怪我した俺を、保健室に連れてって治療してくれたのだ。
あの時は、恥かしくて上手く話しかけれなかった。
……今も女子には上手く話しかけれないが…。鳴さんや月夜さん達には、信幸と同じように話しかけられるが。
……男子にも上手く話しかけられないな。苛めのトラウマのせいで。
「…もしや、髪型を変えたせいで気づかれなかった…? 僕はお節介をして、決定的な失敗を…?」
人が初恋をカミングアウトしたというのに、俺を放置して一人ぶつぶつ呟いてる。
信幸は最近、一人悩んでるような事が多い。親友なんだし、俺に相談してくれれば良いのに。
暫く待ってると、信幸が再起動した。
「まぁ、あれだよね。そういう気持ちがあるなら、心配しないで良いんじゃないかな?」
「そうかなぁ?」
「余計なことを考えずに、新しい事をどんどんやって、楽しんだ方が上手くいくと思うよ」
「そういうものかぁ」
信幸が言うのだから、きっと正しいのだろう。
いつもいつも、俺が間違ってると正してくれたしな。
受験勉強の時の、苦手な数学対策のスパルタ講座とかがそれだ。院長とダブルで教えてくるから、恐ろしかったが。
よし、これからも俺らしく、男らしく頑張っていこう。
「信幸に言って、なんとなくすっきりした! んじゃ買い物に付き合ってくれ!」
「それは良かったよ。そういえば、買い物って何かな?」
「学校の授業で使う物だよ。鳴さんが、信幸と買いに行くといいって言ってた」
「……急に腹痛と頭痛と腰痛がしてきたから、今日は寝ようと思うんだ」
「何冗談言ってるんだ。さくさく駅前に一緒に行くぞ~」
どことなく顔色が悪くなった親友の手を引っ張り、部屋から連れ出す。
きっと、俺の相談を真剣に悩んでくれて、疲れたんだな。
いつもありがとう、信幸!
日曜日の商店街は、人がゴ…溢れていた。
最近お祭とかでよく見る、車での移動販売店のケバブ屋さんとかもあるなー。
一回も食べた事ないけど、美味しいのかな?
「何か気になる物でもあった?」
「人がいっぱいなのが、すごいなぁと思って」
「田舎から出てきた人じゃないんだからさ…」
東京のベッドタウンの市に住んでいたとはいえ、駅から遠かったし、田舎者です。
駅前になんて、ほとんど用事がなかったし、来る事自体がまだ新鮮だ。
皆で来たゲームセンターを通り過ぎると、甘い匂いが漂ってきた。
「この甘い匂いは、なんじゃろかー?」
「あぁ、あのピンク色のクレープ屋さんの匂いじゃないかな」
「ほっほー」
朝から結構な距離を歩いて運動したし、どら焼きも見たので、甘い物は食べたくなる。
そういえば、信幸の部屋に置いてきてしまったどら焼きは、無事だろうか。
「食べた事ないなら、食べてみる? お小遣いは貰ってるんでしょ?」
「食べた事ない! 信幸が良いなら、食べてみたい!」
俺の用事に付き合わせてるのに、さらに俺の事で時間をとらせるのは悪い気がしたが。
二、三人並んでるので、後について列に加わる。
すごく甘くて、美味しそうな匂いがする。
「そういえば、買い物って、何を買う予定なのかな?」
「鳴さんが、お店に着くまで信幸には言うなって言ってた」
「菩比さんは、策とか好きそうだよね。策に溺れるタイプだと思うけど」
それには同意する。しっかり準備して、その上で、本番でうっかり何かミスるタイプだ。中華鍋を使えず、項垂れてた姿を思い出す。
雑談をして待ってると、俺達の順番になる。
「はーい、次のお客様、ご注文は何に致しますかー?」
「ど、どれを選べばいいんだ? 信幸」
「食べたいと思うのを、選べば良いんじゃないかな?」
それはそうだな。
うむ、初めてだから、緊張して当たり前の事すら聞いてしまった。
「あ、あの、イチゴいっぱいのあれください」
「はい、ストロベリークレープですね。彼氏さんの方は何にしますか?」
「あ、僕はいいです」
なんとなく、イチゴいっぱいで美味しそうなので指差したが、他よりちょっとお高いです。
値段を見ないなんて、俺はどれだけ緊張してたんだ。
それに、信幸は頼まないなんて、完全に俺だけの用事に時間をとらせてしまっている。
「ん、出来るまで、信幸はあっちのベンチにでも座って休んでてくれ」
「じゃあ、そうす「あれー? 彼氏さんがお金払うんじゃないんですか~?」」
先程の店員さんが、信幸の言葉にかぶせるように、そんな事を言う。
俺が食べる物を買うんだから、俺がお金を払うのが当然だろうに。
「初めてだしね。ここは僕がおごっておくよ」
「でも、それは悪い気がする」
「駄目ですよ。こういう時は、男の子を立ててあげないといけませんよ」
店員さんはそう言うが、納得がいかない。しかし、信幸が素早く支払いを済ませてしまう。
うーむ、そういう物なのだろうか。
親友を立てるのは、俺としても問題はないのだが。
「はい、どうぞ。楽しんできて下さいね~」
出来た物を、店員さんが笑顔で渡してくれる。
クレープを受け取り、信幸と一緒にデパートに向かって歩き出す。
歩きながらクレープを食べると、温かい生地と甘い生クリームにイチゴの味が口に広がる。
「美味しい?」
「ん! 甘くて美味しい! 信幸ありがと!」
こんなに甘くて幸せな味の食べ物があるとは、世の中は広いね。
親友に感謝しつつ、はむはむ食べ進めました。
「大日さん、ここは僕には無理だよ」
「俺も一人でなんて無理だ。一緒に頑張ろう信幸」
デパートについて、目的の売り場へ来たのだが、そこは予想以上な城砦だった。
面積の少ない、色とりどりの服が並べられている。
下着といっても良いほどの、その際どい着衣たちは、見るだけで俺の心を刺激する。
「女性用水着売り場は、僕には無理だよ。ギブアップだよ」
「俺だってそうだけど、今週から学校の授業でプールがあるんだから、買わないと駄目なんだよ」
今週から、男女順番にプールがあるのだ。
うちの学校のプールは、室内プールで実質水遊びだと、とある部活の夏樹先輩が言ってた。
「スクール水着があったはずだよ。大日さんは、アレこそ似合うはずだから、それでいいじゃないか」
「派手じゃないなら、私物の水着もOKって言ってたし、鳴さんが、ちゃんと私物の水着も持ってないと駄目だって言ってたんだよ」
スクール水着は、持ってるのは確認済みなのだが、ちょっとしたトラウマがだね…。
アレを着ると思うと、泣きたくなると言うか、逃げ出したくなると言うか…。
小さい頃のトラウマは、自分ではどうにも出来ないのだ。
「男が女性用水着コーナーに居るのは、拷問だよ。大日さんもわかるでしょ。今度、御堂さん達と来ればいいと思うんだ」
「わかる。わかるけど、既に明日授業があるから、今日買わないと駄目なんだよ。じゃないと、スクール水着のトラウマで、辛いんだよ」
「くっ、トラウマって言うとあの事だね。意図しない伏線まで使うとは、これが孔明の罠なのか」
若干、信幸が混乱してるのが伝わってくる。
孔明と言うのは、中華繋がりで鳴さんの事だろう。
「隆一、お互い長時間戦える体力はないよね? 電撃作戦で、短時間で目標を達成しよう」
「おう! 俺だって、この理想郷に長く滞在は出来ない。短期決戦は望むところだ」
俺と信幸は、水着コーナーの入り口で敵を睨み、覚悟を決める。
「行こう!」
「おー!」
こうして、俺達二人は決死の戦いへと赴いた。
最初こそ嫌がって恥かしがってた信幸だが、途中から目を輝かせて水着について熱く語っていた。
ビキニだけが色気があるわけじゃない、ワンピースタイプにも、捨てがたい魅力があるとか。
パレオは駄目だよ。なんでわざわざ水着になるのに隠すのか。あれは悪だよとか。
その熱い親友に引き上げられて、俺のテンションも上がったせいか、何着か試着をしてしまった。
スポーツタイプのぴったりブラは良いのだが、普通のビキニを試した時は、とても残念な気持ちになった。その時の気持ちは、すごく千早さんに会いたくなったとだけ言っておこう。
なんだかんだで、一時間以上水着コーナーに居たわけです。
買ったのは、真っ白いワンピースの水着でした。
それにしても、デパートの水着売り場も侮れないね。
1cm幅の紐の様な水着なんて、誰が買うんだろうね。