14話 部活見学
大恩ある孤児院の院長曰く。
『人の世の中、金とコネ。義理人情は大切に』
お金とコネと言い切った後に、義理人情と言う辺りに、人の良さが滲み出ている。
そんな教えを踏まえて、誘われたからには行かねばなるまい部活見学。
てなわけで、今週はチア部に料理部、最後に改めて手芸部に見学しに行くことになりました。
さっそく、運動部系の部室棟にやって来た。
「き、緊張するね」
「そんなに緊張なさらずに、背筋を伸ばして堂々となさってほしいですわ」
言葉通りに背筋を伸ばして、女性をアピールしまくりですね。
横に居る月夜さんは、お稽古を休んで一緒に来てくれたのだ。
当初は鳴さんが来てくれるはずだったのが、何故かお弁当の事で鳴さんと揉めた月夜さんが、部活見学は私が行きますわ!と主張するので、月夜さんが一緒に行く事になったのだ。
いつも一緒の護衛役の二人は、付いて来ない様に帰された。
月夜さんと二人だけで行動するのは、初めてなので緊張する。
「チアリーディング部ですわね。早速行きましょう」
緊張するけど、頼りになる優しい友達だ。
コンコンコンコン
月夜さんが、扉をノックして一緒に中へ入る。
「失礼します。部活見学に参りましたわ」
「失礼しま~す。部活見学に来ました~」
部室の中は天国が広がっていた。
着替え途中なのか、下着姿のお花がいっぱい。
これは事故だ。決して見ようと思ったわけじゃない。
驚いて、固まって、じっくり見てしまったとしても、事故だから仕方ないのだ。
「あ~、来てくれたんだね。大日さん」
「は、はい」
月夜さんと一緒に固まってると、女子の中から、前に会ったチア先輩(仮)が出てきた。
「此方の貴女は~」
「えっと、同じクラスの…」
「保護者ですわ」
「なるほど」
疑問も抱かず、保護者で納得された…。
「丁度良い時に来たね。今から、着替えて練習に行くところだったんだよね」
「部長~、その子達はなんですかー?」
「見学に来てくれた大日さんと、保護者さんだよ」
チア先輩は部長だったのか。
チア部長に質問した部員さんの一言で、部室に居た他の部員の人達も、俺達に注目してる。
「折角だし、ユニフォームに着替えて参加してもらおうかな。誰か、予備の持ってない~?」
「は~い、私ありま~す」
「髪が長いから、結んだほうがいいんじゃないですか?」
「ピンクのポンポンとか持たせたら、似合いそうだよね」
わいわい集まってきて、何やら相談を始めている。
この雰囲気は知っている。商店街で服を買った時の、母&店員と同じ雰囲気だ。
危険を察知し、保護者に助けを求めようとしたら、既に自分の分の着替えを借りて離れてた。
「じゃあ、ちゃっちゃと着替えて行きましょうか」
チア部長の一言で、砂糖に群がる蟻の如く、俺に襲いかかる部員さん達。
服を脱がされ蹂躙されても、過去に悟りを啓きかけた俺は、この程度では動じない。
……諦めの境地とも言うけどさ……。
赤と白のユニフォームに着替え、チア部全員で第二体育館に集合です。
「可愛いね~」
チア部の人だけじゃなく、隣で練習中の女子バスケ部の人達も、わざわざ見に来て同じ事を言う。
「素晴らしいですわ」
月夜さんも褒めてくれる。
今の俺の格好は、もちろんチア部のユニフォーム。それだけなら、周りの人達と同じなのだが…。
髪をツインテールに結ばれて、両方に真っ赤なでっかいリボンを付けられ、何故か一人だけピンクのポンポン持たされた。
ユニフォームは、サイズが大きいので、上はぶかぶかで肩がちょっとずれていて、下はあまった部分をピンで留めてる。
褒められるのは嬉しいけど、男としては微妙だ。…今女の子ですけど。
「それじゃあまず、準備体操ね。特に柔軟はしっかりすることー」
チア部長の号令で、準備体操が始まる。
「いっちにーさんっしー」
皆が声に合わせて屈伸をすると、スカート短いからか、一瞬白いものが!?
思わず喜んだが、自分も同じだと思うと、かなり恥かしい。
なので、ゆっくりとスカートが捲れないように緩やかにやってしまう。
「縁さん、筋をしっかり伸ばさないと、怪我の原因になりますわよ」
「う、うん」
注意されたので、横に居る月夜さんのをなんとなく見ると…。
真っ白いお腹とおへそがチラチラ見えてる!?
サイズが小さいのか、それとも溢れんばかりのお胸様のせいか、上着の丈が微妙に足りてない。
準備運動だけで、こんなにもトキメキいっぱいとは、チアリーディング部恐るべし。
「準備体操終わったら、軽くランニングして、二、三年は連携の練習。一年は、んー、バトンの練習かな」
いっちにいっちにの掛け声と共に、ランニングを終えて、一人一人バトンを受け取る。
「それじゃ、こんな感じで回す練習」
チア部長自ら、一年の指導をしてくれるようだ。
すごい上手に、片手両手と使い、バトンをくるくる回してる。
そういえば、あんな風に棒を回して空を飛ぶアニメがあったような…。
「む、ぐ、にゅ」
イメージでは同じようにしてるのに、これがかなり難しい。
上手に回せないどころか、落としてしまった。
「む、むずか、しいね。月夜さん」
「そうですか?」
何でもない風に返事が来たので、自分の手を止めて月夜さんを見みてみると。
「ば、馬鹿な!?」
そこには、縦横無尽にバトンを回す姿があった。
縦に横に回すだけでなく、右手で回したのを左脇を通して背中から左手に、それを左右逆に、さらに高く投げ上げたのを上手に取ってまた回す。
「う、上手いねぇ。実は経験者かな?」
「いえ、コレを回すのは初めてですわ。ヌンチャクや三節棍の応用ですわ」
はっ、そうだった。この方はただのロールをつけた常識人ではありませんでした。
様々な武道に精通した、スーパーお嬢様だったのだ。
初めてのバトンとて、チア部長が若干引くほどの上手さなのだ。
「ほ、ほら、皆、御堂さんは例外だって。落ち込まないでガンバ」
チア部長が励ましてくれるが…俺を含め一年生10数名、すっかり自信を無くし動きが止まる。
同じ一年で、しかも初めてというのに、アレほど見事なのを見せられたら…。
暫く皆で、お嬢様劇場を見るしかなかったのでありました。
やる気のでない一年生は、今日は皆で見学になった。
月夜さんは、体を動かしたいとのことで、二、三年生に混ざってる。
最初は渋ったチア部長も、参加した月夜さんの動きを見たら、今はもう普通にセンターとかやらせてる。
「うわぁー、御堂さんってすごいねぇ」
「うん、すごいよね」
隣に座る瑞葉さんに返事をする。
月夜さんが、先輩達の練習に参加してから、俺に色々話しかけてきたのだ。
「それよりも…」
さっきから、見ててずっと気になる事があるので聞いてみる。
「その、スカートの中の白いのが、動くたびに見えてるけど、皆気にならないのかな?」
「アンスコ着てるから平気だよ?」
何を言ってるの?と言った顔で返事をされた。
アンスコと言うと、下着の上から履かされた白い下着の事だろうか。
見えてもいい物なのかもしれないけど、そうだとしても、チラチラ見える白い物に目が行ってしまう。
これがあれか!チラリズムという奴か!
見えそうで見えないというか、たまにチラッと見えるのが、俺の心をドキドキさせる。
あ、なんか新しい扉を開いちゃいそう。
そんな自分の煩悩に悶々されながら、チア部の見学は終了した。
昨日は、スーパーお嬢様月夜さんの、おへそと実力をたっぷり思い知った。
だが、今日はそうはいかない。
お嬢様は、普段料理をしないだろう。
「よく来てくれたわね。大日縁さんに…御堂月夜さんだったかしら? あら、可愛い髪形ね」
「は、はい」
「えぇ、今日はよろしくお願いしますわ」
二人調理実習室に来ると、料理先輩(仮)が迎えてくれた。
俺の今日の髪形は、チア部のときのツインが可愛いと月夜さんが皆に伝えたら、右側に髪を纏めたサイドテールにされました。
「昨日今日と、スープ作りの練習をしているのよ」
「スープですか?」
「コース料理の基本かしらね。仕込みは昨日終わってるから、味を見てもらおうかしら」
家庭料理部なのに、コース料理を学ぶとは、看板に偽りがあるような。
コース料理とか、俺にはサッパリですよ…。
「部長、スープが濁って綺麗になりませ~ん」
「灰汁取りシートや、布で濾した?」
「したんですが、透明にはならなかったです」
料理先輩(仮)は、料理部長でしたか。
チア部も料理部も、部長に誘われてたのか。
待ってるだけでは暇なので、調理中の生徒達の方へ歩いてく。
おや、細かくスープが濁っているけど、これくらいなら。
「透明にしたいなら、ちょっと試したい事があるんですが、いいでしょうか?」
「大日さん…。そうね、皆悪いんだけど、ちょっとその子にやらせて貰えるかしら」
料理部長の許可が出たので、さっそくお試し開始だ。
「卵ってありますか? あとボウル二個と泡立て器も」
「はい、これ使って下さい」
調理してた女子部員の人が、言った物を用意してくれた。
卵を白身と黄身に分けて、白身を軽く泡立てる。
「泡立てた白身を、スープに入れたいんですけど良いですか?」
「良いわ、やって頂戴」
白身をスープの鍋に入れて、火をかける。
スープの上辺に貯まった白身が、固まるまで火を通したら完了だ。
「後は、白身を取り除いたら終わりです」
「それくらいは、私達でやりましょう」
料理部長が白身を取ると、その下からかなり透明になったスープが現れる。
「これは、イタリア…いえ、フランス料理の…?」
料理部長が何やらぶつぶつ言ってるけれど、イタリア料理もフランス料理もよく知りません。
この灰汁取り方は、孤児院に伝わる、対お客様(寄付金狙い)用スープ作成術なのだ。
院長が、稀に連れてくるお客様用に作る料理用にと、俺達に教えてくれたのだ。
「フランス料理の技法ですわね。透明なコンソメスープなどを作る時に使う技法ですわ」
「なるほど、フランス料理、そう、そうだったわね」
月夜さんが、調理法について説明してくれる。
そういえば、料理にも詳しかったよね。フカヒレもどきの時とか。
「調理に手馴れた感じと、その知識、貴方達二人とも、是非家庭料理部に入ってほしいわね」
料理部長が、とても感心したように勧誘してきましたとさ。
改めまして、手芸部を見学です。
手芸部は自分の部活、と言うことで、今日は鳴さんが一緒です。
あの巨大クマを見た月夜さんの反応も、見てみたかったな。
前回と同様に、鳴さんと一緒に部室に入室する。
「あっら~? ゆかりん、おっかえり~」
部室に入ると、なっちゃん先輩が出迎えてくれた。
入ったら早速、なっちゃん先輩を含んだ五人の女子に注目される。
注目されると、ちょっと緊張するよね。
「あ、改めて、見学に来ました」
「そんなに注視すると怯えるネー。皆じっと見すぎたらダメネー」
「そうだぞー、こんなぷりちー生物を怖がらせちゃ駄目なんだぞー」
鳴さんとなっちゃん先輩がフォローしてくれる。
状況から考えて、もしやなっちゃん先輩の正体は!
「ふふふ、なっちゃん先輩、貴女の正体がわかりましたよ!」
「な、なんだってー」
「手芸部長だったんですね!」
「くっ、とうとう見破られたかー」
やはりそうだったか!
「夏樹、ボクを差し置いて、いつから部長になったんだ?」
「なんとなくノリでなりました~」
一番奥に座ってた、頭に一房髪が立ってる女生徒が物申した。
「鳴から聞いてる。君が大日縁ちゃんかな?」
「は、はい」
まるで、男の子みたいなしゃべり方の女の子だ。
「ボクが手芸部部長の鈴白遥だ」
「よ、よろしくお願いします」
胸を張って威勢よく喋っているのだが、頭の跳ねてる髪がふよふよ動いて台無しだ。
「うちの部活は、基本自由だ。第三土曜も出るのは自由だしな」
天原学園では、毎月第三土曜日は部活動の日。
帰宅部の人にとっては、普通に休みの日ですね。
「じゃあ、私は毎回休んで良いですか~?」
「休んで良いよ。代わりに注文の品は全部担当させるけど」
「やだな~、ぶちょ~、冗談ですよ~」
なっちゃん先輩…休みたいなら、何故部活に入ってるんだろう。
それにしても、注文とはなんぞや。
「注文ってなんですか?」
「そういえば、活動内容をまったくちっとも教えてなかったネ」
「夏樹といい、鳴といい…実は君達アホの子?」
なっちゃん先輩は、アホの子だと思います。口には出せないけど。
「うちの部はね、生徒や教師、演劇部なんかからの服とか小物の作成依頼を受けてるんだよ」
「作成依頼ですか?」
「うん。期限を決めて、作成して、しっかり納品、そしてお金を貰ってる」
学生間の金銭のやり取りは、問題とかないのかな?
「生徒とのお金のやり取りって、いいんですか?」
「あれ? 知らない? 部活説明会で説明があったはずだけどな」
「縁ちゃんは、部活説明会出てないネ」
入院してたからなぁ。
「擬似的な物だけどね、うちの学校では、部活を通して商売みたいな事を認められてるんだよ」
商売と言われても、ぴんとこない。
「物を作って売るとか、組織の運営を学ぶとか、実践的な事を勉強する為って事らしい。もちろん、金銭のやり取りは部活動として、全て顧問の先生に報告の義務がある」
「手芸部だと、服を作って売ってるのが、それですか?」
「そうだね。うち以外だと、料理部なんかは手作りのお弁当を売ったりしてる。ちなみに、運動部はそう言うのはない」
はへー、アルバイトするつもりだったから、部活動の事まったく知らなかった。
「だけど、頑張った分アルバイト料みたいな物は出ないんだ」
それだと、実際にアルバイトでもしたほうが良いような?
「まぁ黒字分は、部活の打ち上げとかに使えるから、頑張った分の還元はある」
なるほど、きっとなっちゃん先輩は、それ狙いだな。
「それだけ聞くと、楽しく無さそうだけど、学校から支給されてる予算分、自由に色々作ったりしていい。私立だけあって、予算は割りとたっぷりあるしね。自分用のクッションや人形や服とか、居ればだけど、恋人用のマフラーとか作るのも自由さ」
なんでも自由に作っていいと言うのは、ちょっと惹かれる。
「注文も、作るのは強制ではナイネ。担当する人が居なかったら断るネ」
「その辺が、あくまで擬似的商売ってとこだね」
しかし、高校の部活動で商売っぽい事するなんて、私立とは言えすごいな。
「最近は、コスプレ衣装ばかりで、ちょっと嫌です~。ぶちょ~、断って下さ~い」
「その依頼を受けたのは、自分だろうが。責任もって、スマイルな衣装を作れ」
なっちゃん先輩は、後先考えないタイプだな。
「後はあれだね、ボクが入部してからだけど、クリスマス用に一品は作成してもらってる」
「クリスマス用って言うと、パーティーでのプレゼント交換用ですか?」
女の子とのプレゼント交換!ちょっと憧れる!
…今は自分も女の子だけど。
「違うよ。近所の孤児院の子達に、クリスマスプレゼントに人形とかを贈る為さ」
孤児院?
クリスマス、孤児院、人形…はて。
「ボランティアの一環って事で、クリスマスに孤児院に人形とかを贈ってるんだ。ボクが入部してからだから、二年前からかな」
孤児院は、クリスマスとかに実用的な物を送られることがある。
企業のイメージ戦略の一環だ。と院長は言ってた。
そういや、うちの孤児院に中二中三の時、可愛い人形が複数贈られてきたけど…。
「その孤児院って、牧師みたいな院長がいるとこですか?」
「うん、そうだね。知ってるんだ? ボクの家が近所でさ、そこに居る子達に、少しでも何か出来ないかなって、一年生の時に当時の部長と顧問に提案したんだよ」
あれは、年下の子達が喜んでた。
貧乏な院だから、実用性優先で、人形とかの娯楽品は貴重だったんだ。
「とまぁ、うちの部活はそんな感じ。文科系の部活でも地味な方かな。後は自由に色々見ていくといい」
鈴白部長が、説明が終わったという事か、元の席に戻っていく。
「縁ちゃん、どうしたネ?」
裁縫をすると、苦労してた事を思い出しそうで、入る気はなかったんだけど…。
『義理人情は大切に』
何処からか、そんな声が聞こえてくる。
受けた恩は返さないと。
いや、入部したからって返せるわけではないけれど。
「鳴さん、私決めた!」
「うん?」
鈴白部長に向き直り、居住まい正して決意を告げる。
「手芸部に入部します! よろしくお願いします!」
「そっか、うん。縁、これからよろしく」
俺の決意表明を、快く受け取ってくれた。
院長、院の皆、受けた恩、少しでも返しておくからね。