12話 部活
学生ならば、大抵が憂鬱になる中間試験期間が終わり、軽い足取りで登校する。
ちゃんと勉強してはいたが、昔ほどではなかったので、テストの結果は推して知るべしだ。
院長と信幸に教えてもらわなきゃ、特待生とか無理だったしなー…。
暗記物ならまだしも、数学とか何?公式って美味しいの?
まぁ全体的に点数は悪くなかったしいいのだ。
数学だけは、千早さんと友情を結べるレベルだったが。
「ねぇねぇ、そこの一年生の子」
校門を抜けて、生徒用玄関を目指していたら、女生徒に声をかけられた。
「え、えっと、なんですか?」
知らない人にいきなり声をかけられると緊張する。
「へぇ~、実物はやっぱり可愛いわね。ねぇ貴女、チア部に入らない?」
「チ、チア部?」
「うん、そう、チア部。チアリーダー。ミニスカートを履いてダンスとかするやつ」
応援団の女の子版みたいなのだっけ?
「きゅ、急に言われても」
「まぁそうだよね。少しでも気になったら、見学に来てよ。じゃ、よろしくね」
言う事言って、颯爽と去っていく。
なんかサッパリした人だったな。
「一年生の大日さん…ね?」
「は、はい」
チア先輩(仮)を見送ってたら、確認するように別の女生徒に声かけられた。
「チア部より、うちの部活に入ってみる気はない?」
「う、うちの部活とおっしゃられると?」
「家庭料理部よ」
家庭料理、なんとなく良い響きだ。
「女子なら、料理は上手になっておくと得よ」
「そ、そうですね」
「放課後は、部室棟か調理実習室に居るから、いつでも見学に来て頂戴」
そう告げて、身を翻し歩いていく。
料理先輩(仮)は、妙にかっこよかった。
「あ、あの大日さん」
今度は男子に声をかけられた。
ちっ、男子か。女子じゃないと、ちょっと損をした気分になる。
また部活の勧誘かな。
「なに?」
「お、俺、同じ一年の横島って言うんだけど、今度一緒にデー…」
「「そこまでだ!」」
一年生の横島君は、言葉終わらぬうちに、ガシっと両手を左右の男子に掴まれる。
「えーと…確か…あ、推定相川君!」
「はい、同じクラスの相川です。名前を覚えて頂き恭悦至極に存じます」
確か、将棋の時に担任に意見してた推定相川君だ。
「こいつには、ちょっと用がありますので、引き取ります。おい、黒須行くぞ」
「はっ、相川隊長」
「な、なんだ、お前ら、なんなんだよ!」
反対の手を押さえている推定隊員黒須君に顎で合図をし、一年横島君を防風林代わりの木陰に引っ張っていく。
部活の縄張り争いかな。大変だね。
靴を履き替えようと、下駄箱を開けると封筒が一つ。
「ふむ、ふむふむふむ」
表裏と確認しても、特に名前とかは書いていなかった。
でも、コレが何かわかるつもりだ。
「あ、大日さん、ちょっといいかな?」
封筒を鞄に仕舞おうとしたら、見知らぬ男子に声かけられる。
今日は、なんだか声をかけられる日だな。
「なにか用?」
「その封筒なんだけど、僕が間違えて入れちゃったんだよね。出来れば返してほしいんだけど…」
「はい、いいよ。返す。ちゃんと渡したい人のところに入れるんだよ」
大事な手紙を間違えて入れるとは、おっちょこちょいだな。
「ごめんね、手間取らせちゃって」
「ん、気にしない」
間違えた先の俺が居ても入れづらいだろうから、封筒を渡して小走りで教室に向かう。
「…駆除漏れした…を回収し……任務完…」
残った男子のかすかな声が聞こえた気がした。
教室に入ると、クラスメイトから挨拶される。
「おはよー、大日さん」
「おはようー」
名も知らぬクラスメイト達に挨拶をされ、挨拶を返す。
朝の挨拶って素晴らしい。
名前を知らないのは、中学ではクラスメイトの名前を覚える必要がなかったから。
積極的に名前を覚える習慣がないのだ。
「これが、例の…ナンバーは…1ですか、意外ですわね」
「自分が表に立ち過ぎても駄目らしいネ。よく分からない理屈ネ」
「気持ちは分かりますわね。しかと受け取りましたわ」
月夜さんが、金色のクレジットカードみたいな物をくるくる回してる。
俺を除いて楽しく会話なんて、ずるい。
「ねーねー、その金のカードは何~?」
「縁さん、おはようございますわ」
「おはようネ。縁ちゃん」
「おはよう御座います。大日様。今朝も太陽の如き輝きで御座います。天照」
瑠璃さんの言葉に、ちょっと引っかかるが気にしない。
「これは、なんと言いましょうか。ある組織に所属してる証ですわ」
「その中でもゴールドは特別ネ」
「さすが月夜さん、ゴールドとか似合うね!」
お嬢様的な意味でとても似合う。お金持ち=金。我ながら何て安直なんだ…。
「そういえば、千早さんは?」
「千早は、拷も、もがっ」
「お、お嬢様、お口が滑らかすぎます。八兵衛」
「火之夜さんは、見知らぬ人と自然に仲良くなる方法を教えに行ってるネ!」
「ほへー、そうなんだ」
誰に教えに行ってるか知らないが、今度俺も教えてもらおう。
休み時間にトイレから戻ると、信幸と鳴さんが楽しそうに話してた。
「これが例の物ネ」
「その言い方だと、悪い事してるみたいだよ」
「実際、私的には半々ネ。それで、ゴールドは幹部の証ネ」
「そこまでして貰わないでも良かったんだけどね。ありがとう」
月夜さんが持ってたゴールドカードと同じ物を、信幸も持ってる!
「ねーねー、何の話何の話? そのカードなんで信幸も持ってるの?」
「あぁ、大日さん。これは、僕の安全を保障してくれるんだよ」
「さらにゴールドで幹部だから、色々自由が利くネ」
幹部だとぅ!なんだその秘密組織っぽい響きは!
小さい頃、秘密基地とかに憧れたものだ。
でも、よく考えると秘密基地って、特撮物だと悪役側の基地に多くない?
「ずーるーいー、私も欲ーしーいー」
「えっと、大日さん、これは君にはあげられないんだよ」
「えー」
「縁ちゃん、我が侭言ったら駄目ネ」
「でーもー」
「コレのおかげで、瀬田君は縁ちゃんと仲良くし易いネ。瀬田君と仲良くしたくナイネ?」
よく分からんが、信幸が俺と仲良くする為に必要なのか。
うぎぎ、悪の幹部とか、ちょっと憧れるが仕方ない。悪の組織かわからんけども。
「わかった。我慢する」
「おー、偉いネ。なでなでネ」
撫でられるのは、嬉し恥かし、くすぐったい。
親友もこっちを見ながら微笑んでいる。
仲良くしてくれる人が居るって、嬉しいな!
高校にも慣れたもので、平穏無事に放課後となりました。
今日もお稽古な月夜さん達に、また明日の挨拶をする。
そして、放課後を一緒に遊ぼうと信幸の席に向かう。
「…より女の子らしくして欲しいって、縁ちゃんメーカーでもしたいネ?」
「…そう言う訳じゃないけど」
「…報酬は何ネ?」
「…ゴディなチョコ」
こそこそ二人で密談をしてる!
やはり、あの二人は悪の組織とかの幹部なのか。
「密談なら、私も入れて!」
「うわっ!?」
飛ぶように顔を出して、二人の間に入る。
鳴さんは驚きもしなかった。なんとなく負けた気分。
「で、何の話をしてたの?」
「あ~…部活の話ネ。縁ちゃんの部活の世話をお願いって、頼まれてたネ」
「うん、そうなんだよ。菩比さんなら信頼出来るからさ。お願いしていい?」
「もちろんネ」
そういえば、鳴さんって俺を部活に勧誘するのが目標だったっけ。
「そういえばね、チア部と料理部の先輩に見学にきてって言われた」
「それはまずいネ。先約として、この後うちの部に遊びに来ないネ?」
鳴さんの怪しさは変わらないけど、友達だし了承するかな。
「特に用事とかないし、鳴さんの部活に行って見る。信幸は?」
「僕は、新しく入った部活の会合に行かなきゃいけないんだ」
俺と相談なしに、部活に入るとは寂しいぞ。
「離れてる時間が愛を育むネ。縁ちゃん、一緒に行くネ」
鳴さんの差し出された手を握って、一緒に部活へ向かう。
離れて愛が育まれるのは、ロミジュリ的な恋人同士だろうに。
鳴さんの言う事は、いつもどおりよくわからない。
鳴さんに案内されて、文化部用の部室棟にやってきた。
「ここが手芸部の部室ネ」
手芸部と書かれたプレートがあるドアを開き、鳴さんが部屋に入る。
その後に続いて部屋に入る。
「お邪魔しま~す。おぉ…」
扉の先には、色とりどりの糸やら綿が置いてある棚や、綺麗な布が仕舞ってあるガラスケース、裁縫で使うのか小さな人形が並べてあるミシン机やら、色々な服が吊るされた衣装ケースもある。
しかし、一番目を引くのは…。
「鳴さん、あれは!」
部屋の最奥に鎮座するどでかいクマを指差す。
「あれは、部長作デカックマンネ」
2mくらいあって、丸くてふかふかそうな大きなクマだ。
「あ、あれ触っていい?」
「あー、なっちゃん先輩、触ってイイネ?」
「いいよー。触るどころか、抱きついてもおっけー」
先に部室に居たと思われる先輩らしき人が、OKの返事をくれる。
クマに目が行って気づかなかった。
「ではお言葉に甘えて! 縁、行きま~す!」
クマに向かって、強襲をかける!
ぉお、毛はさらさらして、抱き心地はむちむちじゃ、素敵すぎる。
「めいっち、何あのぷりちーな生物は」
「噂の一年の大日縁ちゃんネ」
「例の非公認公式ファン倶楽部の?」
「ソウネ」
む、なんたること、肉球まである。
手触りがつるっとして、ぷにっとしてる!?
「おたくの担任が、正式な部活にしちゃったんだっけ?」
「理事長の孫らしく、その権力を使ったらしいネ」
「世も末だねぇ」
はっ、生意気にも牙がある。牙も柔らかいな。
じゃあ、口に頭を入れて、たーべーらーれーるー。
「部長の作ったクマ、気に入ったようネ」
「部長が一年の時に、でっかい事は良い事だーって言って作ったらしいわよ?」
「あのサイズであんなにモフっとしてると、私でも抱きつきたくなるネ」
「文化祭で展示すると、お子様に大人気らしいよ。めいっちも抱きつけば?」
「遠慮するネ」
丸い尻尾までもふもふか、けしからん、けしからんぞ。
「平和だねぇ」
巨大なクマさん人形に抱きつくのは、人類の夢である。
その夢を叶えられて、俺はとても満足だ。
「この人が、手芸部員で二年のなっちゃん先輩ネ」
ジュースみたいな名前だ。
「よ、よろしくです」
「は~い、なっちゃん先輩です。初めましてよっろしくぅ~」
明るくて親しみやすそうな先輩だ。
「部活の見学に連れて来たんだけど、他の人はどこネ?」
「テストのストレスで、カラオケに行ってる~。私はお金が無いので居残り~」
見学に来たというのに、活動をしてないのか。
乗り気だったかは別にして、来たのにやってないと思うと残念だ。
「折角来たんだし、何かやってく?」
「活動説明だけしても、つまらないネ。何かして良いならお願いするネ」
「お願いします」
「ほ~い、じゃあコスプレ…は別の部活になっちゃうか。んー…軽くミシンでも動かしてみる?」
ミシンを動かすと、効果音はミシッとかだな!
…なぜそんな事を思いついたんだろう…。
「どの布とか使ってイイネ?」
「その辺にある奴ならなんでもいいよ~?」
なっちゃん先輩は、部屋の中央のテーブルにある一角を適当に示す。
「あれ? これって型取ってませんか?」
「あ、それ、クッション作ろうと思ったんだけど、型取りしたら飽きちゃってさ~自由にしていいよ~」
ここまで丁寧に寸法を測って型取って、もったいない。
「これ、使わせてもらいますね」
「は~い、ご自由に~」
手をひらひらして、了承の意を表してる。
「じゃあ、縁ちゃん、ミシンの使い方ネ」
「あ、このタイプならたぶん大丈夫」
針に糸が通ってるのを確認して、電源を入れる。
布をセットして、足でスイッチを踏んで稼動させる。
ダダダダダダダ
「…縁ちゃん、ミシン使えるね?」
「ん、裁縫はそれなりにやったことがあるから」
孤児院で、穴が開いた服を縫ったり、蕎麦屋さんで貰ったそば殻で枕を作ったりした。
使えない服で雑巾を作ったりとかも、よくしたものです。
「うわ~、これはもしや、入ったら即戦力みたいな~?」
「もしや、私より上手ネ…?」
単に既に型取り終わって、まっすぐ縫っていくだけの簡単なお仕事なだけ。
「…モデル要員で連れて来たんじゃないんだ?」
「…そのつもりだったネ。しかも、あれで料理も出来る子ネ」
そんなに近くのヒソヒソ話は、丸聞こえです。
料理も裁縫も、家庭レベルだから威張れないんだが。
「あ、綿かビーズか貰っていいですか?」
「そこらにあるの使っていいよ~」
縫った布を裏返して、置いてある綿を詰めていく。
「あ、最後のここ縫うのに針とか貸して欲しいんですけど」
「これどうぞ~」
快く、針と糸を貸してくれるなっちゃん先輩。
打てば響くように答えてくれて、なんかやりやすい人だ。
綿を詰めるのにあけてた部分を縫って、完成だ。
「完成!」
「お~、上手だね~」
「…縁ちゃんって、女子力高いネ」
ふ、そんなに褒めても、今はクッションくらいしかあげられません。
「なんとなく完成させたけど、このクッションどうしよう?」
「なっちゃん先輩、縁ちゃんが要らないなら、私が預かろうと思うけどイイネ?」
「いいんじゃないの~? ほしい人も多そうだしねぇ」
「じゃあ、鳴さん、はい」
手に持ってたクッションを鳴さんに渡す。
「有効に使わせてもらうネ」
鳴さんに使われるなら、クッションも本望だろう。
「入部するかは置いといて、またきなよ~ゆかりん」
ゆかりんって、俺の事だろうか。
カリン星出身とかじゃないんだけどなぁ。
「ん、ちょっと楽しかったので、鳴さんが良ければ、また来ます」
「是非また一緒に来るネ」
「んむんむ、んだば、今日はぼちぼち帰るべさ~」
そう言って、部室の電気や戸締りを確認する。
部活は入らず、アルバイトでもしようと思ってたけど、入部も少し考えるかな。