9話 フラグ?
ずるずるずる…もぐもぐもぐ…。
これはアゴ出汁か。
関東ではカツオ出汁が主流だが、讃岐うどんにはアゴ出汁の方が好みだ。
「ここのうどん美味いなぁ」
「でしょ? 値段も200円だしね。体育会系の部活をやってる人とかは、三杯食べる人も居るよ」
今日は信幸と話す為に、昼は学食に食べに来ている。
「そっちのカツ丼も美味しそう」
「一切れなら食べてもいいよ」
優しい友の言葉に、遠慮なく一切れ貰う事にする。
こ、これは!衣はサクッとして噛み心地がよく、肉自体は程よい歯ごたえがあり、噛めば噛むほど旨みが出てくる!
卵のとろみと、出汁の風味、そして肉の味が渾然一体となり、三重のハーモニーを奏でている。
「うーまーいーぞー」
「あはははは、口から光でも出したら完璧だね」
たわい無いやり取りをしつつ、楽しく昼食を食べる。
「それで、何か相談したい事があったんじゃないの?」
楽しく食事が進むので、本題をすっかり忘れてた。
うっかりさんめ!…俺の事だけど。
「昨日の将棋勝負の原因だけどさ。皆でお泊りする家をどうするかで、菩比さんと月夜さんが揉めたからなんだよねー」
「あぁ、その仲裁をして欲しいってこと?」
「いあいあ、違いますって」
何処に泊まるかも問題ではあるのだが、それよりも頼みたい事があるんだよ。
「信幸も、一緒にお泊りに参加してくれ」
「ぶっ」
飲んでいたお茶を少し吹きこぼしている。
きちゃないぞ、信幸くん。
「な、なんで僕が参加しなきゃいけないの?」
「そりゃあ、人生初お泊り会だし? 友達が月夜さんしか居ないのは不安じゃん? と言うか信幸が居ないと不安だ」
仲良くなる為とは言え、泊まりの中で友達が月夜さんしか居ないのは不安だ。
あの人の場合、居る事自体がある意味不安だ。
「友達が御堂さんだけって言うのは、まぁ置いておくけど、りゅ、大日さん、ちなみにメンバーは?」
「んーと、発案の菩比さん、月夜さん、千早さん、瑠璃さん、それに俺と信幸」
うむ、これで全員のはずだ。
「あー、大日さん、昔読んだハーレム物の主人公に対してなんて言ってたっけ? 美女四人に主人公が囲まれるやつ」
「皆の好意を受けて、ニヤニヤしてむかつく。誰か一人に決めるんじゃなくて、鈍感な振りしてダラダラ良い目ばかり見やがって、極大トラップにでも嵌って昇天すればいいんだ」
何故奴らハーレム主人公はもてるんだ。
俺なんて、女の子にもてたことなんてなかった。
むしろ、男から嫌がらせにラブレター貰ったりだったと思うと、むぉおお、許せん!
俺だって、多数にもてたいとは言わないが、男のうちに恋愛くらいしたかった。
「うんうん、その気持ちを思い出してくれて良かった。じゃあ、さっきの提案を振り返ろうか」
「うん?」
ハーレムとお泊りで何かつながりがあるのか?
「参加メンバーは、普通に可愛い女の子の菩比さん、超美人のお嬢様な御堂さん、スリムなポニテの火之夜さん、文系美形眼鏡の尾母鐘さん、それに大日さんだね」
間違ってないけど、俺は良いとして、火之夜千早さんだけ可愛いとか美の装飾がありませんでしたよ?
すぐ笑ったり、落ち込んだりする可愛い人なのに。
「この女子五人のメンバーの中に、男の僕が入ったら、僕がハーレム主人公みたいで、むかつくでしょ?」
「あー…」
確かに、客観的に見ると信幸がハーレム主人公だな。でもまぁ…。
「信幸ならいいよ。親友だし、応援するよ。ハーレム作りたいなら応援だけはするよ!」
「ぐわっ、失敗した!? この方向じゃ駄目だった!?」
信幸なら仕方ない。実際顔は良いし、性格も良いし、親友だし。
きっと、全員に誠実に向き合う事だろう。
「隆一は良くてもさ、クラスの男子とかに知られると、僕が怨まれちゃうかもしれないから!」
「その可能性はあるか」
「うんうん、それに親御さんも、僕が泊まるのとか反対するはずだしね!」
「うーん、じゃあ保留にしとくかぁ」
よく考えたら、参加者や泊まる先の許可も取らなきゃいけないのか。
「よ、良かった。これで僕は助かった…」
保留になった事で、安堵している。
そんなに周りに気を使わなくてもいいと思うが、それだけ人が良いと言うことだろう。
「そ、それとさ、ちょっと気になったんだけど、友達が御堂さんだけってどういう事?」
「友達になろう。みたいな話になったのは、月夜さんだけだからだよ?」
友達になりたいの?と聞こうとしたら、なりたいと俺から言ってるような流れになったが、ちゃんと友達関係になるならないの会話は、月夜さんとしかしてない。
「他の三人とも結構話してると思うけど、嫌いだったりするの?」
「全然そんなことはないぞ?」
菩比さんは仲良くなりたいって言ってくれるし、千早さんに瑠璃さんは俺が失敗するとさり気無くフォローしてくれる。
「楽しそうに話したり、お弁当も一緒に食べたり、それにお泊り会をするなんて、もう十分友達だと思うよ」
「そ、そうなの?」
「そうだよ」
そうだったのか…。
友達の定義なんて、俺には正直わからなかった。
もう友達だと言われても、友達になりましょう、はい、とか言葉で確認したわけじゃないし…。
「ち、千早さんと瑠璃さんの前で、友達は信幸と月夜さんだけって言っちゃった…」
「それは、まずいかもしれないけど、そんなに落ち込まないで、戻ったら謝ってみたら?」
「うん、わかった…」
「あー、謝るだけじゃなくて、もう一歩頑張ったら、皆喜ぶかも?」
自分の失敗の対策を信幸に聞きつつ、楽しい昼食は反省と共に終えたのだった。
「今日はこれで終わりだ。帰っていいぞ」
言い出せないまま、帰りのHRまで終わってしまった。
「それでは縁さん、また明日ですわ」
月夜さんが挨拶をして、それに二人が続いて帰ろうとしている。
後々になるほど気まずくなって、言えなくなってしまいそうだ。頑張れ俺。
「ちょ、ちょっと待って」
引き止めると三人が此方に振り返る。
「どうしましたの? 縁さん」
「千早さんと、瑠璃さんに言いたい事があって…」
「我々にですか?」
「貴女、またうっかり大日様に抱きついたりしたんですか? 10万馬力」
二人に話があると分かると、月夜さんは一歩下がって二人を前に出す。
「ごめんなさい」
「え? え? あれ、尾母鐘、私何かしましたっけ?」
頭を下げて、二人に謝罪する。
千早さんは、謝ってるのは俺なのに、自分が何かしたと思い慌ててるようだ。
「昨日、二人の事を友達じゃないみたいに言って、ごめんなさい。信幸に注意されて、悪い事言ったと気がつきました」
「大日様、お気になさりませんように。私達はお嬢様の影たる存在なのですから」
「そ、そうですよ。謝る事なんてありませんよ」
二人とも、逆に俺を気遣ってくれる。良い人だ。
もっと大事な事を言わねば。緊張する。
「よ、よよよければ、私とお友達になってくだちゃい!」
噛んだっ!
頭を下げたまま、怖くてあげることが出来ない。
二人はどんな様子なのかな…。
「まぁ、嬉しいです。大日様」
瑠璃さんはおっけーみたいだ!良かった!
千早さんの反応がないので、ゆっくり顔を上げてみる。
ぷるぷる震えてるな。
「大日さん、私でよければ是非友達になりましょう! 嬉しいです!」
動いたと思ったら、一瞬で距離を詰め、力強く抱きついてくる。
喜んでくれてるみたいで、頑張って言って良かった。
喜んでもらえたのと、新しい友達が出来た俺自身の喜びとで、興奮してるせいか意識が徐々に遠のいていく。
リンゴーンリンゴーンという鐘の音が聞こえ始め、急速に眠くなっていく。
頑張ったし…もう、眠っていいよね…。
「お、落ち着きなさい! 千早!」
月夜さんの声が遠くで聞こえた。
羽の生えた赤ん坊との邂逅から帰還を果たし、次は菩比さんと思ったら、すでに教室に居なかった。
明日言わなきゃと思いながら、洗濯物を畳む。
「そう~、お友達が出来て良かったわねぇ~ゆかりちゃん」
夕飯を終えて、家族団欒の話題として今日のことを話してる。
何で俺が洗濯物を畳んでいるかと言うと、可能な限り家事を手伝おうと決めてるからだ。
今の所、お風呂の準備と掃除、洗濯物を畳むくらいしか出来てないが。
しかし、これがかなり重要な仕事なのだ。
お母様ったら、油断すると人妻にあるまじき下着を使ってるからね…。
見つけたら、家族平和の為に説教だ。
「んー、それで、結局お泊りは何処ですることになったの~?」
「二人とも譲りそうにないからなぁ。どうしたらいいと思う? 祭」
「お姉ちゃんが、お泊りはうちでいいですか? とでも言えば、丸く収まりそうだけどー?」
「まぁ、うちにゆかりちゃんのお友達が、お泊りに来るなんて素敵ねぇ」
どうやら、親的にも妹的にも、うちに呼んでもいいようだ。
ちなみに、父は仕事で帰れないらしく、今日は家に居ない。社長って大変だね。
「うちに泊まってもいいなら、明日提案してみる。それと、信幸も参加していいかなぁ? 親の許可がないと駄目って参加保留にしてるんだよね」
「まぁまぁまぁまぁ、信幸くんをゆかりちゃんは参加させたいのね? うんうん、参加おっけーよ」
「へー、うんうん、私も良いよー。どんな人か見てみたいし」
一も二も無く、了承してくれる母に妹。
二人分のブラを畳みながら、二人に返事をする。
何故二人分かは、察するといい。
「じゃあ、明日泊まるのうちで良いか、皆に聞いてみるね。信幸にも、うちの家族は参加しておっけーって言ってたって伝えとくね」
「えぇ、信幸くんには、是非来てもらわなきゃね」
やけに乗り気ですね、お母さん。
ちょっと早めに来た朝の教室で、菩比さんを見つけた。
彼女にもちゃんと言わなきゃ。
「おはよう。菩比さん」
「おはようネ。大日サン」
誰も居ない教室で、頭のお団子を作成中だったようだ。
髪を下ろしてるのが珍しいせいか、いつもより可愛く見える。
誰かに聞かれたら恥かしいし、頑張って今言おう。
「えっと、菩比さん、お友達になって下さい!」
昨日、千早さんと瑠璃さんに言った経験からか、噛まずに言えた。偉いぞ俺。
菩比さんは何故か、きょとんとした顔で細い目を開いてこっちを見てる。
何か失敗したかな。
「あははははは」
急に楽しそうに笑い出した。
どうやら何か失敗したらしい。恥かしい…。
「ごめんごめん、嫌われてるんじゃないかって思ってたから、あまりに予想外のことを言われてさ。なんだか可笑しくなっちゃったの」
「そ、そうなんだ。別に嫌ってなんかいないのに…」
ちょっと怪しい人くらいにしか思ってなかったのに。
「ん、大日さんから、そう言ってもらえて嬉しいな。私の事は鳴でいいよ。よろしくね」
居住まいを正して、そう告げてくる。
「私の事は、縁でいいよ。鳴さん」
「呼び捨てで良いんだけどね。縁…ちゃん」
ちゃん…うーん、ちゃんは断りたいけど、自分の見た目を思い出すと、断りにくい。
せっかく友達になったんだし、ちゃんくらい受け入れるか。
そういえば、お泊り会の泊まり先の提案をしなきゃ。
「鳴さん、お泊り会の事なんだけど――」
パクッと、フォークに巻いたスパゲッティを口に入れる。
クリーム状のソースの滑らかな舌触りに、ベーコンの塩味、黒コショウの程よい刺激が合わさって、複雑な味わいを出している。
その美味しさに、思わず手をパァンと叩いてしまう。
「旨し!」
「そのカルボナーラは、女子に人気のメニューだね」
今日も我が友信幸と、一緒に学食に来ている。
「それで、皆とは上手くいった?」
「うん! おかげで、友達が一気に三人も増えたよ!」
ちゃんと仲直り?出来た事を、信幸に報告している。
「後はお泊り会の事だね。それは、僕は協力できないけど、頑張ってね」
「あ、それなんだけど、俺の家に泊まる事になったんだ」
「そうなんだ。仲裁までするなんて、成長したね。りゅ――大日さん」
うむうむ、新しい人生の中で、俺は日々成長中なのだ。
「で、月夜さんや鳴さんも、信幸参加して良いって。うちの家族も、おっけーって言ってたよ」
「ぶぶっ」
飲んでる烏龍茶を吹きこぼしている。
風邪でも引いてるのかな。
「皆でお泊り楽しみだなっ。信幸も一緒に楽しもうな! 月夜さんに話したい事があるって言われてるから、先に教室戻ってるね」
ちょっと早足で、食器を片付けて教室へ向かう。
「なんでだ、頑張ってフラグは折ってるのに、なんで外堀が埋まるんだ。このままでは僕の命が…ま、負けない、僕は負けない!」
戦う決意をした、確固たる意思を持った言葉が後ろから届く。
あんなに生き生きと覇気がある信幸の声は、初めて聞くな。
何を頑張るのかわからないが、親友として応援しよう。
頑張れ、信幸!
信幸君が出ると真面目になりがちです。