1話 一歩目はジャンプ
桜咲く季節。
澄みきった青空の下、爽やかな風を受けつつ、俺こと相模隆一(さがみりゅういち)は、高校の入学式を終えて帰路を歩いている。
なんとなく空を見上げながら、嬉しさと共に入学までの苦労の日々を振り返る。
高校入学といえば世間一般では当たり前の行事だろうが、俺にはそうじゃなかった。
何せ孤児だったから。
赤ん坊の俺は、孤児院の前に捨てられていたらしい。
そして孤児院で育てられる事になったわけだが、小さい頃は特に苦労なんてしなかった。
孤児院は貧乏だったが小学校に入学するまでは院の仲間と遊んだり、年長者や院長から読み書きを習ったりと、充実したお子様ライフを満喫していた。
小学校に入学してからも低学年のうちは特に何もなく普通の学生生活だったと思う。
しかし小五の時に一変した。所謂イジメの対象になったのだ。
親が居ないということで直接や遠回しに様々なイジメを受けた。
運動神経がよくて体育でヒーローにでもなればまた違ったのだろうが、生憎と俺は運動神経が貧乏だった。
教師すら見て見ぬ振りをして辛かったが、友達が一人居た事が救いだった。
その友達のおかげでなんとか小学校生活を送れたと言っても、大げさではないだろう。
だがまぁ所詮子供だったので、卒業式の日に我慢できず爆発した。
孤児院に帰って院長に泣きながら「何でイジメられるのか」とか「あいつらを見返したい」と言った様な気がする。
そんな俺に院長は俺が落ち着くのを待ってから、こう言ったのだ。
「お金持ちになりなさい」と
子供ながらにそんな答で良いのかと少し疑問に思わなくもなかったが、お金はとても大事だと知っていた(孤児院が貧乏だった)ので納得した。
そうか、お金持ちに成ればいいのか、と。
それから中学入学までにお金持ちになる方法を必死に考えた。
まず考えたのが孤児院の先輩達の仕事のこと。
孤児院では中学を卒業すると皆働きに出るが、肉体労働系の会社に就職が多かった。
そこで大成できるか考えて―――無理と結論する。
ひ弱な自分が肉体労働出来るか、という根本的問題があったから。
次に考えたのがプロスポーツ選手になることだったが、即座に却下する。
運動能力が売り切れている俺がプロスポーツ選手とか、それどんな奇跡……。
ならば芸術家系はどうだろうか。絵や皿を作ってそれを高値で売るのだ。
たぶん高価ではない絵具や土から高額な品を作成する。まさに錬金術!いいんじゃな~い。
と思ったが……問題があった。芸術家になる方法がわからなかった。
グルメな陶芸家のコネでもあればよかったのだが、院長にもそんなコネはなかったし、無理か…。
色々考えた結果、良い学歴ををつけて一流企業に就職という、当たり前?の結論にたどり着いた。
面白くない?平凡?もっと夢を見ろ?
所詮凡人たる俺には、現実的な道しかなかったのだよ。
一応、夢もあるんだ。
大人になったら宝くじで4億当てるんだ♪
学歴をつける為の第一関門が高校の事だった。
ぶっちゃけ金がないので、学費免除の特待生制度がある高校を探した。
孤児院の近所に学力での特待生制度がある高校があったので、そこを目指すことにした。
中学に入学してからは必死に勉強をした。
相変わらず友達は一人だったので、勉強する時間はたっぷりあった。
友『達』なのに、一人とはこれいかに………。
そして三年間頑張って勉強したおかげで無事に特待生として高校に入学できた。
一流企業に就職という夢にはまだまだだが、今日この入学という日は確実な一歩のはずだ。
人類にとっては小さな一歩だが、俺にとっては偉大な一歩なのだ。
そう!今日という日が俺のサクセスストーリーの第一歩目なのだ!
「そう!今日という日が俺のサクセスストーリーの第一歩目なのだ!」
「たぶんナレーションなんだと思うけど、声に出てるよ……隆一」
はっ……つい興奮して声に出ていたのか。
過去の回想に思わず夢中になってしまった。
「それで今日はどうする? 新作のラノベが出たし、布教用のを借りに僕の家に来る? あ、それともゲーセンデビューをしてみるかい?」
「うーん、どうするかな~」
今、俺の隣で爽やかに話しかけてくる男こそが、唯一の友達にして親友の瀬田信幸(せたのぶゆき)だ。
背は165cmで俺より10cm以上大きいが、特に威圧感などはなく、むしろ優しい笑顔が眩しい癒し系の男子だ。
その安心感ある雰囲気でクラスの男女から人気があった。
そんな人気者がなぜ俺の友達なのかは謎だが。
「新しい本は院の皆も喜ぶから魅力的だな~。世に聞くゲームセンターとやらにも行って見たいが、むむむ」
「まぁ入学初日だしね。焦って夢の高校生活をエンジョイすることもないかな?」
「だな。今日は貰った教科書読むためにも、真っ直ぐ院にかえ…」
ブゥォォオオン!!!
帰る。と言おうとした処で急に重低音の車のエンジン音が聴こえてきた。
明らかな法定速度違反の速さでその車が、歩行者が渡っているゼブラゾーンに迫ってくる。
車の進行方向の信号は赤だがスピードを緩める気配がないので、周りに居る人達も避難を始めていた。
エンジン音が聞こえた時から俺達がいる所まで距離があったのが幸いして、道路からは全員が避難している。
―――はずなのに、一人車の方を見て動けない、制服を着た10歳くらいの女の子が道路の真ん中で突っ立っていた。
気づいた時には女の子に向かって走り出していたが、間に合いそうにない。
車が目前に迫ってきている中でせめて女の子だけでもと思い、ジャンプをし突き飛ばした処で―――
俺は意識を失った。
お金持ちも良いけど、人助けをしたヒーローも良いよね。
なんてことを思いながら―――