序-森の魔女のおはなし-
昔々、今はもう滅びてしまったある国に、一人の魔女がおりました。
魔女と言いましても、暑そうな黒服に年がら年中大鍋をかき混ぜているような、そんな引きこもりさんではありません。
なぜならその魔女は、とても人との間で生きていくのが、好きだったからです。
魔女は魔女なのですから、魔法が誰よりも上手に使えました。
なので干ばつでみんなが困っているときには、雨を降らせ。
病気の人がいれば、治しに行き。
そうして得意の魔法で、たくさんの人を助けていたのでした。
ところが。
平和なその国に、ある時、兵隊さんがいっぱいやってきたのです。
戦争です。
しかし、その国には魔女がおりました。
魔女は魔女なのですから、戦争を終わらせることだって簡単です。
あっという間に、戦争は終わりました。
けれども戦争が終わったあと、その国には、異国の文化が入ってきました。
その中には、宗教という考え方も含まれていたのです。
その宗教は言います。
魔女は、
―――悪魔の手先だと。
人々の魔女を見る目は、いつの間にか変わっていました。
武器を持って、魔女を追いかけてくるようになったのです。
魔女には分かっていました。
人々が変わってしまったわけではないと。
変わったのは彼らの考え方の、ほんの少しのところだけだと。
だから、魔女は、絶望したのです。
魔女は人から離れ、『かげろう』と呼ばれるものたちと、森で引きこもりさんになりました。
そんなある日のことです。
森の中に、一人の青年がやってきました。
長く人と会っていなかった魔女でしたが、彼の優しさに触れるうちに、魔女は彼を帰したくないと思うようになりました。
だから彼のためにたくさんの贈り物をして、彼のために毎日楽しい宴を開き、帰ってほしくないと言いました。
けれども青年は、帰るという言葉を変えることがなかったのです。
魔女はたずねました。
「ここにいったい、あと何が足りないというの?」
青年は答えます。
「ここには、人がいない」
そこで魔女は気がついたのでした。
いつの間にか魔女は、長い年月の中で、人ではなくなっていたのです。
魔女は青年に二つの魔法をかけました。
青年がずっとずっと森を出られないように、魔女のとっておきの魔法です。
一つは、森の支配者としての権利を、青年に与える魔法。
そして、もう一つは…………
今はもう亡き、誰かの物語です。