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開扉

『その店は、あるようでないところにあって、ないようであるところにない』

 そんな店あるかいな。

 と、思っていた。

 古ぼけた……いや、ぼろい。ぼろい掘っ立て小屋にしか見えない。しかも小屋を複雑に組み合わせたかのようなでこぼこした造りだ。かろうじて入り口と分かるガラス戸には、ぺったりと張り紙がしてある。字にはやる気のなさがにじみ出ているようで、線の太さが一定でなく、殴り書いたかのようにも見える。

『遺失物取扱専門店』

 これがその『あるようでないところにあって、ないようであるところにない』店らしい。別に『あるようでないところにある』店じゃ駄目なのか。『ないようであるところにない』っていらないだろ。

「ったくー、なんで僕がこんな所に来なきゃいけないんだっての」

 もちろん、用事があるからだけれど。

「すいませーん、誰かいませんかー」

 声を張り上げながらガラス戸を引く。たてつけが悪いのか、なかなか開こうとせず、無理矢理開けようとしたら木と木が悲鳴を上げるかのような耳の痛い音が出た。

「すいませーん」

 いろんなものがごちゃごちゃと置いてあるものだ。整頓なんて一切されていない。ただ物置に放り込んだガラクタであるかのような、そんな扱い方。とりあえず人が通れるだけの通路は一本だけ空いているが、これでは一方通行しかできない。それをこの店も分かっているのか、細い通り道には矢印と『じゅんろ』と書かれている。……ああ、『順路』ね。

 何が置かれているのか、軽く見てみると、よくあるボールペン(ペン先に空気が入ってしまっている)、ハンカチ(どろどろに汚れている)、本(大正って……)、携帯(絶対にもう充電は切れているに違いない)、鍵(金庫の鍵とかあったし)、更には『重要』と書かれた書類まで(中身がぶちまけられている)あった。

 ――『遺失物取扱』って、本当にそこに『ある』だけじゃん。これでは見つからないのと一緒だ。

 だが、もうここしかない。

「すいませーん。遺失物取扱専門店ですよねー」

 答えがない。誰もいないのだろうか。

「すいませーん!用があってきたんですがー!」

 ついに叫ぶ。この増殖していったかのような店いっぱいに響き渡るほどの大声で。客を待たせるとは何事だ!

「……ん、何度も言わなくても、聞こえてるから、君」

 ……へ?

「探し物だろう?勝手に探していってくれ。僕はすることがあるから」

 いきなり感じた気配に驚いて後ろを向けば。

 針金がそこに立っていた。

 いや、針金といって片付けてしまうのは可哀想なので、きちんと紹介することにしよう。人には優しく!僕のモットー!

 まず針金は形容だ。実際に針金が立っているはずもない。隠喩を直喩にするとすれば、「針金が立っていた」ではなく「針金のような人が立っていた」かな。ひょろっこい長身の男性が、よれよれのコートを羽織ってそこにいた。元は黒色だったのだろうが、今は埃にまみれて白っぽくなっている。ふわふわとした天然パーマで白髪交じりの髪に整った顔立ちをしているが、それ以上に、目にひきつけられる。アーモンド形のその目は、灰色だった。澄んだ印象を思わせる色だ。

「あ、え、えっと……?」

 思わずどもってしまう。

「だ、か、ら。勝手に探して持って帰ってくれって言ってるの。僕は忙しいんだ、手伝いはしないよ」

 ――だ、か、ら。

「じゃあ、だ、か、ら。ここは遺失物取扱専門店なんだろうが。『店』なんだろうが。え?そこの店員が何もしないなんておかしいだろうがあっ!」

「君うるさいよ。ちょっと黙っててくれない。僕にも今探し物があるんだから」

 と、なんの苦もなく僕の隣を歩き去る。この狭い幅で二人がすれ違えるって、どんだけ細いんだ。

 というかうるさいって。黙ってろって。客にいう態度?

 文句の一つでも言ってやろうと思うのだが、針金男はあまりにも真剣に探し物をしている。なんだか、邪魔するのも悪い。

「おい、おーい」

「だからうるさいって」

「何探してんの?僕も手伝う」

「……は?」

「……馬鹿か、みたいな顔するのやめてくれない」

「いや、だってあれでしょ、実際馬鹿なんじゃないの、君」

「じゃかしいわ。さっさと言え、探すから。そしてさっさと僕の探し物の手伝いをしろ」

 このガラクタ……じゃない、遺失物の山の中から物を探すなんて、まさに干草の山から針を見つけるようなものだ。一人で見つけられるかっての。

「君が見つけられるとでも?このガラクタの山から?そんな馬鹿な」

「自分でガラクタって言ってどうするんだよ。僕言わないようにしてたのに!」

「ふむ、本を探している。ハードカバー、赤色の表紙、ページ数三五八、題名と著者名が油性マジックで塗りつぶされている。本の中にもひどく書き込みがなされていまして、はっきり言って読めたもんじゃあない」

「それが探し物?」

「本を探しているといっただろ」

 冷ややかな目で一瞥された。ねえ、いらっとしていいかな。それが物を頼む態度ですか。

「探してくれるんなら、さっさと探す。たぶんこの部屋のどこかにある――はずから」

「あっそ……」

 僕は髪をかきあげ、視界を良好にしてからそれを探しだした。


 それらしい本はいくらでもある。しかし彼が言うようなかなりひどい状態の本は見つからない。

 この本は、赤くない。

 この本は赤いけれど、ページ数が違う。

 この本には塗りつぶしがない。

 どんどん僕の傍に本の山が積みあがっていく。

 何をしているんだろう、僕は。

 自分で自分の探し物を探す、それだけでいいのに。

 昔からお節介といわれてきた。

「お節介だから、もうやめろ」

 そういわれ続けてきた。だから、人と関わるのが嫌いになって、物事を斜に構えて見るようになった。

 なのに、なのになんで僕は、またお節介を焼いているんだろう。関わる必要もないのに勝手に本探しをかってでて。どうせまたお節介といわれるにすぎないだろうに。

「お、それだ」

 針金男が僕の脇から、僕の目の前のものを取っていく。ハードカバー、赤色の表紙、ページ数三五八、題名と著者名が油性マジックで塗りつぶされている。ボロボロの本。

「よく見つけてくれた。……馬鹿に見えたけれど、そうでもないんだな」

 頭にぽすんと手を置かれ、そのままわしゃわしゃと撫でられる。

「ちょっ、やめっ……」

「ん?頭撫でられるの、嫌いか?まあ、ありがとう。助かった」

 ……ありがとう。

 ……たすかった。

 思わず緩みかける頬を押さえる。

「さて、せっかく助けてもらったわけだし、お返しはしないといけないな」

 嬉しさと気恥ずかしさで何もいえない僕に向かって、彼は左手を差し出して。

「さあ、君の探したいものはどこ?」

 格好付けてくれるものだ。畜生、格好いいじゃないか。

 灰色の瞳が僕の顔を映し出す。僕の姿は小さなガラス玉に閉じ込められたかのようだ。

「どこって、あんたに聞くんだろうが……あんたさ、いつからここの店員やってる?」

 不思議そうな態度で僕に小首を傾げる。一瞬僕の姿が瞳から消え、再び現れた。

「随分前だが。僕がだいたい一〇歳くらいの時からずっとここの店主だ。今年で一六年になる」

「そうか、だったら知ってるかも――って、ちょっと待て、あんた今二六歳なの?」

「何か文句あるか」

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