第2話:事務員採用
「このビルの3階なんだ。」
それだけ言って男は階段を上がって行く。そのビルは路地裏の雑居ビル、といった感じで綺麗とは言い難い。むしろ、古くて小汚い印象を受ける。
男に連れられて事務所の扉を開けた時、思わず固まってしまった。
何というか……整理のせの字もない部屋だ……。
汚い、といいよりは混沌としてる。
扉の向かいには窓があるけれども何だかくもっているし、窓の前には立派な事務机があるが、書類やら本やら何かわからないようなもので埋まっている。
左右の壁には本棚があって、本がたくさん詰まっている。ただ、右の本棚には本以外もあるようだ。オセロなどのボードゲーム類やお風呂にありそうなアヒルの人形。それにもしかしてあれはPS2か??
部屋の真ん中には大きな机と、それを挟んで長ソファーが2つある。なるほど、ここは相談所っぽいな。
そしてさっき俺が混沌としていると言った理由は、主に本のせいだ。
本がそこいらに散らばっているのだ。本当に部屋のありとあらゆる場所に。長ソファーや机の上にもいくらかあるし、床から積み上げられているものもたくさんある。
これは……足の踏み場に困る……。
固まってる俺をおいて、男はひょいひょいと本を上手く避けながら歩き、長ソファーに座った。俺も男のように本を避けながら歩き、男の向かいの長ソファーに座った。
「とりあえず、はじめまして。僕はこの相談所の所長ってところかな?オサダっていうよ。」
そう言うと男はご丁寧に名刺まで出してくれた。
『長田 弘毅』
これが男の名前だろう。オサダ相談所所長、とも書いてある。
「オサダ コウキって読むんだけどね、ナガタって読む人が多いから片仮名にしたんだ。」
そう言って男はニコッと聞こえそうな笑顔で言った。オッサンと呼ばれる見た目と年齢だろうが、終始笑顔なせいでどこか子どもっぽく見える。
「ども、有田一郎っていいます。」
とこちらも応えると、ある事を思い出した。
「あのー、今履歴書持ってないんスけど……」
そう言うとそんなのいらないよ〜と笑顔でパタパタと手を降っている。はぁ、何て気のない返事をしながら男の質問に2、3答えている時、奥に誰かいたことに気付いた。
本の陰に隠れるように、しかも積み上げられた本を椅子代わりにして、本を読んでいる人がいる。
女の子だ。中学生ぐらいでショートカットの。顔は暗くてよく見えないが、着ている服はセーラー服だろう。
親子かな、と思いながら男に視線を戻した。
男との面接は、途中から面接というより雑談になっていた。
この事務所に来て30分ほど経った時に、男がうん。と言った。
そして突然、
「鈴ちゃんはどう思う?」
と隅っこで本を読んでいた女の子に話しかけた。
女の子が顔を上げてこっちを見た時、俺はわって思った。かわいい、いや、どちらかと言えばきれい、だったからだ。そして失礼だが存在感がないなぁ、何て思ってしまった。印象の薄い美人ってこんな感じか、と思った。
その鈴ちゃんとやらは、そんな事考えてる俺を、何考えているかわからない目でじっと見つめた後、こくん、と小さく頷いた。
それをオサダさんは満足そうに見た後俺に向き直って
「うん、それじゃ採用!」
と嬉しそうに言ってくれた。
……こんな簡単でいいのか……?
何だかスロースペースな気がしますが……気長に付き合っていただけたら嬉しいです。