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短編小説

さよなら三角

作者: 仲町鹿乃子

 子どもって、どうしようもない。親のお金で生きているんだからしょうがないけど、引っ越しなんてしたくない。


 絶対に!


「ほら、真美。新しい家を見に行くぞ!」


 週末になるとお父さんは、車に私と母と弟を乗せて新しい家を見に行く。お父さんは、仕事で成功した。だから、そのお金でとてつもなくでかい家を建てた。

 四人で住むのに、部屋が七つもあった。トイレも二つ。庭には池があって(今度、鯉を貰ってくるって言ってた)、緑色の芝生も生えていた。お茶室もあって、「水屋」っていうのまである。

 お風呂も二つ、おまけにサウナまであった。掃除機なんて、ノズルを各部屋の壁にある穴に差し込んで、スイッチを入れると使えるようなもので(つまり掃除機をガラガラと押すことはない)妙な感じだった。


 まだ、コンクリートが乾かないとかで、入居はしていない。そんながらんとした家の中を、弟は走り回っている。


「真美、凄いだろう。お父さん、がんばっただろう。おまえたちが転校しなくてもいいようにこの土地を見つけたんだぞ」


 誇らしげなお父さんのそんな顔を見ていると、むかついてくる。


「家を建ててなんて言ってないもんね」


 こら、真美、とお母さんが言う。お父さんも顔をしかめる。


「転校しなくていいなんて、そんなの誤魔化しじゃん。だって、本当はここって、隣の学校の学区域だよ。越境じゃん。嘘つき」


 そんな言葉を言い捨てて、自分の部屋に走っていく。部屋は日当たりがよくて、おまけに部屋からバルコニーに出られた。窓からは梅の花が咲いているのが見えて、とてものどかな風景だった。

 でも、私の心は真黒な嵐がぐるんぐるんに吹き荒れていた。


「新しい家なんて、欲しくない」


 大きい家になんて住みたくない。今の、あの路地にある、小さな家が大好きだった。木の階段とか、昇ることが出来る屋根の上とか。

 そして、路地に並んだ家々。

 大好きな由美子ちゃん、咲ちゃん、庸ちゃん、友くん、淳ちゃん。そして、初めて好きになった、今でもとってもとっても大好きな祥くん。


 あの場所に、私はいたかった。

 大事なのは、人だった。

 場所だった。


 たくさん遊んで、いたずらをして。真っ暗になるまで遊び呆けた、そのことだった。


 いくら大きくて、立派でも。こんな家、ちっとも欲しくない。


 お父さんなんて。

 お父さんなんて。

 全くなんにも分かっていないんだ。

 私たちの為に、なんて。

 そんなの嘘だ。


 自分が建てたいから建てたのに。恩着せがましくそんなことを言うのが、嫌だ。


 家も、お父さんも大嫌い。嫌い。


「お姉ちゃん」


 走り回っていたはずの弟が部屋の扉を開けた。


「ご飯、食べに行くって。どこがいいか、ってお父さんが聞いたよ」

「分かった」


 床にペタンと座ったまま、私は答えた。弟も、ペタンと座る。


「この家、なんか要塞みたいだなぁ」


 しみじみとした声で、弟が言う。


「誰かと戦うのかなぁ、お父さんは」


 そんなことも言う。




 戦う、かぁ。

 お父さんの顔色はいつも悪かった。

 夜は私が寝たあとに帰ってきて、朝は私が学校に行く前に仕事に出ていた。


「いこっか」


 弟に声をかける。弟も立ち上がる。


「『住めば都』だって」

「なにそれ」

「お母さんが、溜息つきながら言ってたよ」

「ふーん」


 ふーん。


 お母さんは大人だけど。それでも、お母さんはお母さんの思う通りには生きられないのかもしれない。


「さよなら、三角 また来て四角~」


 弟が歌いだす。それは、最近学校で流行っている歌だった。


「四角は豆腐 豆腐は白い」

「白いはウサギ ウサギは跳ねる」

「跳ねるはカエル カエルは青い」

「青いは葉っぱ 葉っぱはゆれる」

「ゆれるは幽霊 幽霊は消える」

「消えるは電気 電気は光る」


 そこで私と弟は顔を見合わせる。


「「光るはおやじのハゲ頭!」」


 そう言って大笑いした。


「おまえら~ 誰がはげているってぇ~」


 お父さんがのそりと、私たちの後ろに立った。そして、逃げようとした私たちを、後ろからぎゅっと抱きしめてきた。


「うえ~! 親父臭い~!」

 私たちはそう言いながら、ジタバタとした。

「なぁ、ふたりとも。昼飯、何が食べたい?」

「「龍々軒のラーメン!」」

 弟と私の声が揃う。その答えに、お父さんは苦笑いしながら、「よし、行くか」と言った。お父さんが行きたいレストランよりも、今の家の側にあるラーメン屋が一番のご馳走だった。


 そう思って言ったけど。


 だけど。


 お父さんの笑った顔を見て、今日だけは我慢してあげようと思った。


「私、レストランでもいいよ」


 お父さんの背中に言う。お父さんがくるっと振向く。


「おっ? そうか?」

「ラーメンのあるレストランがいいなぁ」


 弟がそんなことを言う。


「ラーメンは、そうだなぁ。じゃぁ、中華のレスランにいくか?」


 お父さんの顔が、ぱっと明るくなった。


 大人も、結構大変なのかもしれない。なんか、そう思った。




 新しい車の匂いが嫌で、窓を開ける。目に映る景色が、びゅんびゅん移動する。


 一瞬。


 大好きな今の家の側の風景が、窓の向こうから飛び込んできた。


 もうすぐしたら、あそこには帰れなくて。あそこは、本当にただ前を過ぎる景色の一つになるんだろうなぁ、と思った。


 そして、私があそこからいなくなっても、何が変るということでもなくみんなそれぞれで遊んでいるのだろう。


 そう思うと、悲しくなった。でも、一人でこのまま今の家に住み続けるわけにはいかない。弟は、私がいないと宿題をやらないし、お母さんだって私がいないと淋しいと思う。


 お父さんが、私がいてもいなくても、どうなのかは分らないけれど。

 けど。

 中華のレストランに行くには、人数が多いほうがいいと思うしさ。




 さよなら三角


 またきて四角。






 遠くなる景色を見ながら、私はそっとそうつぶやいた。 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 新居へ引っ越し、という出来事に対し一人称(真美)からみる家族それぞれが「どう思っているか?」の描写が良いと思います。 <真美の率直で強い気持ち>→<弟の気持ち>→<母親の淡泊な気持ち>→…
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