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頑張れない私たちへ

作者: 栗エイ太一
掲載日:2026/05/29

時々、無性に不安に駆られることがある。


理由は分からない。

何かが起きたわけでもない。

それでも、ふとした瞬間に襲ってくる。


周りを見れば、同年代で輝いている人がいる。


仕事で成果を出している人。

幸せな家庭を築いている人。

将来の目標を持ち、そこへ向かって進んでいる人。


そんな人たちと比べて、自分はどうだろう。


特別仕事ができるわけでもない。

誇れるような実績もない。

明確な夢があるわけでもない。


ただ何となく、今日を生きている。


それなのに、将来への漠然とした不安だけは消えない。

でも——何か行動を起こせるわけでもない。


「何とかなる。」


そんな言葉で、不安に蓋をして生きている。


30代になると、人は少しずつ差が見え始めると言われる。


20代で努力を積み重ねてきた人は、

30代になって、その結果が形として現れ始めるらしい。


それなら、自分はどうだろう。


20代、何となく仕事をして、

何となく休日を過ごしていた。


自己研鑽なんて、ほとんどしてこなかった。


本当に、それで良かったのだろうか。


今さら考えても遅いことは分かっている。

それでも考えてしまう。


あの時、もっと頑張っていれば。

あの時、違う選択をしていれば。

あの時、逃げずに向き合っていれば。


後悔に意味なんてないと分かっているのに、

人は何度でも過去を振り返ってしまう。


——皆さんは、「安定」という言葉が好きだろうか。


私は、特別好きでも嫌いでもない。

それでも何かを選ぶ時、気づけばいつも「安定」を選んできた。


子どもの頃の私は、映画制作の仕事に憧れていた。


好きだった漫画の影響で、

いつか映画監督になりたいと思っていた。


学生時代には、短いドキュメンタリー映像を制作していたこともある。


撮影した映像を深夜まで編集して、

どうすればもっと伝わるかを考えて、

完成した作品を人に見せる。


あの頃は、夢中だった。


何かに向かって悩み、考え、作り上げる時間が、確かに好きだった。


でも、いつからだろう。


自分から夢の話をしなくなったのは。


就職という現実を前にして、

私が選んだのは「安定」だった。


特別やりたいわけではない。

でも、とりあえず困らなさそうな道。


気づけば、映画のことを考える時間は減っていった。

そして、いつの間にか思い出すことさえなくなっていた。


本気で夢を追いかける人は、きっと違うのだと思う。


遠回りをしても。

時間がかかっても。

それでも、自分の目標に向かって進み続ける。


その点、私は違った。


「安定」を選び、

社会にもまれて、

毎日に追われるうちに、

かつて好きだったことさえ、少しずつ遠ざかっていった。


そんな私にも、少し前に「頑張れば結果を出せるかもしれない」と思える環境が訪れた。


成果を出せば、ちゃんと評価される。

そんな機会だった。


でも、頑張れなかった。


頑張り方が分からなかった。


いや、正確には——忘れてしまっていた。


「面倒くさい」


そんな言葉で自分をごまかして、結局、無難なところで終わってしまった。


周りには、努力している人がたくさんいる。


そんな人たちを見ると、素直にすごいと思う。

尊敬もしている。


ただ、自分がそちら側に立てないことに、苦しくなる。


なぜ自分は頑張れないのだろう。

なぜ自分は、こんなにも中途半端なのだろう。


もっと成長しなければ。

もっと挑戦しなければ。

もっと勉強しなければ。


もっと。

もっと。

もっと。


そうやって、自分を追い込んでしまう。


でも、本当にそうなのだろうか。


毎日仕事に行って、

毎日疲れて帰ってきて、

家事をして、

誰かのために動いて、

将来に不安を抱えながら、それでもまた次の日を迎える。


誰かに褒められるわけではない。

特別すごい成果があるわけでもない。


それでも投げ出さずに、生き続けている。


それを「頑張っていない」と、本当に言い切れるのだろうか。


もしかしたら私たちは、「頑張る」という言葉を、

世の中の“分かりやすい成功”に当てはめすぎているのかもしれない。


世の中の「普通」とは何なのだろう。


誰が決めた普通なのだろう。


知らないうちに、誰かが作った基準に自分を当てはめて、

そこから外れた自分を「足りない」と思い込んでいるだけなのかもしれない。


でも、本当は——


比べる必要なんて、なかったのかもしれない。


気づいていないだけで、

私たちはもう十分、何かと向き合っているのかもしれない。


「頑張れていない」と思っている人ほど、

本当は、ずっと頑張っているのかもしれない。


目に見える結果じゃなくても。

誰かに認められなくても。


それでも今、ここで生き続けている。


そのこと自体が、きっと何よりの証拠なのだと思う。


無性に湧いてくるこの不安も——


前に進めていない証拠なんかじゃなく、

ただ、「ちゃんと生きている」ということを、

教えてくれているだけなのかもしれない。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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