頑張れない私たちへ
時々、無性に不安に駆られることがある。
理由は分からない。
何かが起きたわけでもない。
それでも、ふとした瞬間に襲ってくる。
周りを見れば、同年代で輝いている人がいる。
仕事で成果を出している人。
幸せな家庭を築いている人。
将来の目標を持ち、そこへ向かって進んでいる人。
そんな人たちと比べて、自分はどうだろう。
特別仕事ができるわけでもない。
誇れるような実績もない。
明確な夢があるわけでもない。
ただ何となく、今日を生きている。
それなのに、将来への漠然とした不安だけは消えない。
でも——何か行動を起こせるわけでもない。
「何とかなる。」
そんな言葉で、不安に蓋をして生きている。
30代になると、人は少しずつ差が見え始めると言われる。
20代で努力を積み重ねてきた人は、
30代になって、その結果が形として現れ始めるらしい。
それなら、自分はどうだろう。
20代、何となく仕事をして、
何となく休日を過ごしていた。
自己研鑽なんて、ほとんどしてこなかった。
本当に、それで良かったのだろうか。
今さら考えても遅いことは分かっている。
それでも考えてしまう。
あの時、もっと頑張っていれば。
あの時、違う選択をしていれば。
あの時、逃げずに向き合っていれば。
後悔に意味なんてないと分かっているのに、
人は何度でも過去を振り返ってしまう。
——皆さんは、「安定」という言葉が好きだろうか。
私は、特別好きでも嫌いでもない。
それでも何かを選ぶ時、気づけばいつも「安定」を選んできた。
子どもの頃の私は、映画制作の仕事に憧れていた。
好きだった漫画の影響で、
いつか映画監督になりたいと思っていた。
学生時代には、短いドキュメンタリー映像を制作していたこともある。
撮影した映像を深夜まで編集して、
どうすればもっと伝わるかを考えて、
完成した作品を人に見せる。
あの頃は、夢中だった。
何かに向かって悩み、考え、作り上げる時間が、確かに好きだった。
でも、いつからだろう。
自分から夢の話をしなくなったのは。
就職という現実を前にして、
私が選んだのは「安定」だった。
特別やりたいわけではない。
でも、とりあえず困らなさそうな道。
気づけば、映画のことを考える時間は減っていった。
そして、いつの間にか思い出すことさえなくなっていた。
本気で夢を追いかける人は、きっと違うのだと思う。
遠回りをしても。
時間がかかっても。
それでも、自分の目標に向かって進み続ける。
その点、私は違った。
「安定」を選び、
社会にもまれて、
毎日に追われるうちに、
かつて好きだったことさえ、少しずつ遠ざかっていった。
そんな私にも、少し前に「頑張れば結果を出せるかもしれない」と思える環境が訪れた。
成果を出せば、ちゃんと評価される。
そんな機会だった。
でも、頑張れなかった。
頑張り方が分からなかった。
いや、正確には——忘れてしまっていた。
「面倒くさい」
そんな言葉で自分をごまかして、結局、無難なところで終わってしまった。
周りには、努力している人がたくさんいる。
そんな人たちを見ると、素直にすごいと思う。
尊敬もしている。
ただ、自分がそちら側に立てないことに、苦しくなる。
なぜ自分は頑張れないのだろう。
なぜ自分は、こんなにも中途半端なのだろう。
もっと成長しなければ。
もっと挑戦しなければ。
もっと勉強しなければ。
もっと。
もっと。
もっと。
そうやって、自分を追い込んでしまう。
でも、本当にそうなのだろうか。
毎日仕事に行って、
毎日疲れて帰ってきて、
家事をして、
誰かのために動いて、
将来に不安を抱えながら、それでもまた次の日を迎える。
誰かに褒められるわけではない。
特別すごい成果があるわけでもない。
それでも投げ出さずに、生き続けている。
それを「頑張っていない」と、本当に言い切れるのだろうか。
もしかしたら私たちは、「頑張る」という言葉を、
世の中の“分かりやすい成功”に当てはめすぎているのかもしれない。
世の中の「普通」とは何なのだろう。
誰が決めた普通なのだろう。
知らないうちに、誰かが作った基準に自分を当てはめて、
そこから外れた自分を「足りない」と思い込んでいるだけなのかもしれない。
でも、本当は——
比べる必要なんて、なかったのかもしれない。
気づいていないだけで、
私たちはもう十分、何かと向き合っているのかもしれない。
「頑張れていない」と思っている人ほど、
本当は、ずっと頑張っているのかもしれない。
目に見える結果じゃなくても。
誰かに認められなくても。
それでも今、ここで生き続けている。
そのこと自体が、きっと何よりの証拠なのだと思う。
無性に湧いてくるこの不安も——
前に進めていない証拠なんかじゃなく、
ただ、「ちゃんと生きている」ということを、
教えてくれているだけなのかもしれない。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




