わたくしの婚約者が理想の女性に出会ってしまった
わたくしの婚約者が理想の女性と出会ってしまった。
マリエルと申します。
私に婚約者ができました。
「初めまして、ダニエル・フレイです」
これは初顔合わせの時。
貴族の婚約なので、恋愛とか言うわけではないわ。
しいて言うならお見合いが近いかしら。
お見合いと違うところは当人に選択権がないということね。
家同士で話がまとまって顔合わせになったわけで、一応お見合いとは言っているけれど、すでに婚約は整ったと言っていいわけです。
よほど相性が悪くない限り決まりですね。
そして、相性ですけど、悪くはなかったとおもいます。
というか、見た目に嫌いじゃなかった。
いえ、結構好きだった。とても素敵な方だった。
顔合わせの時にあまりにカッコよかったからぽーっとしてろくにしゃべれなかったけれど、彼はそれを笑って許してくれました。
二年ほど前に学園を卒業して、今は王城にお勤めしているということでした。
いずれはご実家の伯爵家を継ぐことになるそうだけれど、今は御当主であられる伯爵さまも健在。ならば今のうちにいろいろ苦労した方がいいとお勤めなのだそうです。
この辺りの評判は父が調べてくれています。
結構しっかり仕事をしていて、将来有望。
エリートコースまっしぐら。
何の不安もなし。
いいえ、それどころかここ数代の中では飛び切り優秀とのことでした。
上の方々の覚えもめでたくて、出世するのは間違いないとか。
こんなに恵まれてていいのかしら。
いずれは彼が伯爵家を継いで、私が家を支える。
私は来年学園を卒業だから卒業したら結婚ね。
婚約が調って、正式に婚約者となると彼は仕事の合間を縫ってデートに誘ってくれるようになりました。
月に二回ぐらいかな。
「ごめんね、次期当主の勉強もしているから、暇なしなんだよ」
「大丈夫です。私もダニエルさまのお役に立てるようにしっかり勉強しますね」
「うん、そう言ってもらえるとありがたい。
貴族のぼくたちに自由恋愛なんて許されるわけもないけど、お互い支えあって、良い夫婦になっていければいいね」
うっ、笑顔がまぶしすぎる。
春にお見合いをして、今は夏です。
こうやってお互いに信頼関係を築き上げて、少しずつお嫁入りの支度も整えていく。
そして…
と思っていたのに。
「なんてかわいい、誰なんだろう、あの子」
それは彼にとって運命の出会いでした。
相手はエミリーさんという女性。
私の通う学園に今年赴任してきた教師の方。
頭が良くって仕事ができて、それなのにものすごくかわいい見た目の女の人。
あっ、お年は私の一つ上ですよ。
就職はコネです。
卒業してすぐです。
そんな彼女と町でバッタリ会って、少し話をしていたのですけど、私の隣で彼が惚けていました。
イケメンでも間抜け顔は間抜け顔だと知りました。
ちょっと何かがちくっとした気が…
その次の日、彼は平日だというのに私の学校まで迎えに来てくれました。
びっくりしたけど、うれしかったです。
場所は学園の玄関。
送迎エリア。
沢山の馬車が自分の家の御息女や御子息を迎えに来ていて、ロータリーを使ってどんどん動いていきます。
私も彼の馬車に乗り込みましたが、彼はなぜか馬車に乗らずに周辺をきょろきょろと見まわしています。
今にして思えばエミリーさんを探していたんですね。
でも、学園まで来たところでたくさんいる職員の一人に偶然会うことなんてあまりありません。
その日は何事もなく帰宅して、私はなんだったのだろうと首をひねりました。
そんな日が何回か続くと今度はダニエル様は『婚約者としてマリエル嬢の様子を知りたい』といって職員室を訪ねてきました。
私は何かミスをしたのだろうかとちょっと心配になりました。
教師の皆さんも困惑したようです。
それにエミリーさんは別に私の先生というわけではありません。
なかなか会うことは叶わなかったようです。
次に、ダニエル様は仕事で学園を訪れるようになりました。
彼の仕事は王都の都市計画をはじめとする都市建築の統括だったのです。
エリート職です。
学園にはいくつかの老朽化した建物があり、その改修の話が出ていたのです。
そろそろ必要と申請を出して、入念な根回しの後で準備が始まります。そういうものです。
でもダニエル様の主張で最優先で行われることになりました。
『婚約者の通う場所だし、何より将来を担う若者たちの生活の場だ。何かあってからでは遅い』と、力説なさったと聞きました。
まあ、なんて立派な…なんて思わなくもありませんでした。
そして彼は毎日のように学園にやってきました。
後から聞いた話ですが、改装の責任者の先生と軽く打ち合わせをした後、実際に現場を見ると言って校内を〝徘徊〟していたようです。
工事が始まり、順調に進んでいくようになると、そもそも偉い人の出番はあまりありません。職人さんの花道です。
それなのに。
『私が設計した建物だ、ちゃんとできるか気になるのだ』
毎日やって来る彼の言い分でした。
そして学園内を徘徊しているのです。
さすがにここまでくると彼の行動は奇行としか言いようがありません。
そして私にはわかってしまいました。
だってダニエル様の話題は、本人が気が付いていないからこそ、エミリーさんの話題が多いのです。
乙女心と秋の空というのは『寂しい』とか『むなしい』とかの意味でしたっけ?
そして冬。
冬休み前の学園のパーティーの日がやってきました。
私は彼にエスコートを頼むべきか悩みましたが、すでに彼の心が私から離れていることは明白です。
でも彼の方から当日のエスコートの申し込みがありました。そしていつの間にか当然のようにエスコートされることが決まっていたのです。
家の両親はまだ彼の奇行を知りませんから。
でも多分これはパーティー会場に紛れ込むための作戦ですよね。
それでもおめかししてパーティーに臨みます。
パーティー自体は楽しみなんですよ。
そしてパーティーのさなか。
ダニエル様は働くエミリーさんを見つけたのです。
彼は私の手を引いて、エミリーさんの近くに進み出て、高らかに歌い上げました。
『みんな聞いてほしい。私の真実の愛の物語を。
私は夏の日差しの輝くあの日、運命の人に出会った』
なんなんでしょうコレ。それにあの日は夏のわりに過ごしやすい曇り空でしたよ。
『私は悩んだ。
私にはすでに婚約者がいる。
彼女は婚約者として何の問題もなかった。
このまま結婚したならば、私たちは何の問題もない幸せな家庭を築いただろう。
わが心の痛みを除いて』
『だが、私の心を突き刺す痛みは増していくばかり…
ああ、許しておくれ、すべて私たちの真実の愛が悪いのだ』
涙ながらに私を見つめるダニエルさま。
私は何を見せられているのでしょうか?
こんな人だったんですね。ちょっと生理的に無理な感じがします。
『許してくれマリエル嬢。君との婚約を解消させてほしい』
「あっ、はい」
思わず即答。
自分でびっくり。
『ああ、もちろん悪いのは私なのだ。人々よ、それは明記してくれ。
マリエル嬢には何の罪もない。
すべて運命のいたずらなのだ』
聞いてねーし。
そしてダニエル様はエミリーさんに向き直りました。
『おお我が運命の人、愛しのエミリーよ。
どうかこの私と一緒に生きてほしい。
私の愛を受け入れてくれ。
ともに幸せになろう!』
エミリーさんは答えました。
「え、普通にいやですけど」
見ている人たちはだいぶ前から唖然としていました。
だって意味不明ですもの。
そしてエミリーさんの返事で皆さんの顎がカクーンと落ちました。
混迷の度合いは深まります。
「は?」
今度はダニエル様の方が〝意味不明〟と言った顔で首をかしげました。
「何を言っているんだい? やっと私たちの愛が実を結ぶ時を迎えたんだよ?」
「いえ、私たちの間に愛なんてありませんよね、そもそも話したことだってないですよ、ほとんど。
なのにいつも学園に来ては物陰からじっと見てきて、しかも移動するとくっついてきて。
気持ち悪いです」
ああ、なんてことでしょう。
私の婚約者は浮気男ではなく、変態ストーカー男だったのです。
しかも声もかけずにじっと見ているって何ですか?
恐怖ですよ。
そしたら校長先生が登場しました。
エミリーさんは当然校長先生に相談をしていたらしいです。
校長先生は学園内の警備部門に指示を出しエミリーさんの身辺警護をしつつ情報収集をしていたらしいです。
しかしなんといってもダニエル様は学園に通う生徒の婚約者。
何か事情があるのかもしれないと慎重に《《見守って》》いたようです。
それでも証拠、証言の内容からもはや疑いようもないだろうということになって、しかるべきところに相談を…つい先日始めたばかりだったそうです。
学園の警備の人、そして男性教師たちがダニエル様からエミリーさん、そして生徒たちを守るように彼を取り囲みます。
「なぜだエミリー私たちは愛し合っていたはずだ」
「ひぃっ」
そう言ってエミリーさんにすがりつこうとするダニエル様
エミリーさんの反応は、まるで黒くてテカテカ光っていて素早く動く虫から逃げるようなそんな有様でした。
ダニエル様は即座に取り押さえられ、今回の騒動は幕を閉じたのでした。
彼はいつまでも会場の中心で愛を叫んでいました。
るーるーるー………。
後日談。
大迷惑なことに、私も事情聴取を受けることになりました。婚約者ですからね。
今まで相談に乗ってくれていたお友達の証言もあり、学園の調査資料もあり、私が無関係であることはすぐに証明されました。
ありがとうございます。
というか、変態に仲間なんかいるんでしょうか?
学園に駆けつけてきた父は事情を聴いて激怒、母はめまいを起こして昏倒。
私とダニエル様の婚約は当然に破棄されました。
被害者であるエミリーさんにまでご心配頂いたので恐縮するばかりです。
エミリーさんは普通に仕事に復帰しました。全然気にしてません。強いです。
対してダニエル様はすべてを失いました。
エリートとしての輝かしい未来も、貴公子としての評判も。
変態に国の重要なお仕事は任せられませんものね。
そしてお家(伯爵家)からも義絶されたそうです。
義絶というのは勘当の上みたいなやつですね。勘当は解かれる可能性もありますが、義絶は完全な縁切りです。
本当にバカ。いえ、変態。
好きな人ができたのならちゃんと筋を通して婚約を解消して、そのうえで正式に間に人を立てて縁談を持ち掛ければワンチャンあったかもしれないのに。
「えっ? 婚約者がいるのに他の女に目を向けるような男なんて無理」
とエミリーさんは言ってましたから、やっぱりだめかもです。
わたしの縁談も難しくなってしまったかもしれないですね。
「それならマリエルさんも自立したらどうです?
おひとりさまも楽しいですよ」
「それもありかもしれません」
就職はコネです。
私の成績なら学園の先生に、多分なれます。
昨日まで生徒だったのが明日から先生。
うん、そんなものです。これで私も一応エリートですね。
婚約者は失いましたが、一生の友人を得ました。
そんなに悪い人生ではありません。
それに結婚もあきらめてはいません。
きっとかっこいい同僚に出会えるでしょう。
「あら、将来有望な後輩というのもいいかもしれませんよ」
わが友エミリーは肉食だったようです。
私も見習った方がいいのでしょうか?
皆さんどう思います?
◇ ◇ ◇ ◇ 執筆後記
『おおわがうんめい』を間違えて『おおねがうんめい』と入力してしまった。
『大根が運命』に変換された。
なんてこった。
これが彼女たちの未来を暗示していないことを祈るばかりである。
ぼん@ぼうやっじ




