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華金

夕方の17時44分。定時の一分前に鳴動する業務携帯ほど、世の社会人にとっての天敵はいない。

----お世話になっております。株式会社雪丸証券・営業部・渡瀬と申します。  


顧客からの金融商品に関する質問をメモに書き、猫撫声で「おっしゃる通りですね!」と安い共感を表しておく。

驚いた、俺はいまちゃんと仕事をしている。

両隣の同僚もまさしく鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔で俺を見ている。

当然のことだ。いつもであれば、定時の瞬間に鳴る業務携帯なんて無視して、部の固定電話に掛けさせ、その隙に退勤する。


だが、今は違う。珍しくやってやらんこともない。水を被せて弱火にした松岡修造程度のアツい志が俺の胸にある。

何故なら、本日は華の金曜日だからだ。

しかも、ただの金曜日ではない。なんと、明日からは土日祝と有給を組み合わせた7連休。ただものの金曜日ではない。普段の金曜日が華の金曜日だとしよう。そうすると、もはやこれは両手いっぱいの華ブーケで宙を舞うような金曜日、略して華金と命名していい。


「では、月曜日に担当の者から折り返しいたします。失礼いたしました」

俺は業務用携帯の電話を切り、すかさず定時の45分であることを確認してパソコンを消した。


やっとだ。待ちに待った七連休。

今日はたんまりと酒を飲み、明日は昼近くに目を覚ましてやると意気込んでいた。

俺は椅子の背もたれに体を任せ、伸びをした。周囲を見ると、もはや同じ島の社員は誰も俺を見ていなかった。


……窓際社員3年目、渡瀬幸太。幸の太さここに極まれり。


新卒で入った会社でとうとう3年目となるが、誰も俺を注目などしていない。

なんせ俺は仕事なんぞまともに振ってこない俗に言う窓際社員のため、注目されようがない。最近頼まれた一番大きな仕事といえば、顧客に提案する金融商品のマーケット分析資料の決裁だ。まあ、確認中に本資料に添付してあったエクセルの関数を誤って壊し、ミジンコくらいにあった信用もかき消えたわけだが。


……いつからこうなった?


いや、もう打刻したんだ。仕事のことは考えなくて良い。

冷めそうになった気分を振り払い、俺は床を蹴り椅子を立った。

「お疲れ様でした。お先に失礼しまーーー」


視線をあげた。目の前には、いつもの退勤時と同じく無機質なデスクが真っ直ぐ並んでいる光景がある----わけではなかった。

----え?

目の前には、あるはずの景色の代わりに、教会のような建物の景色が広がっている。

視界に映る異様な景色の真ん中で、聖職者?みたいな格好の老人が口を開いた。

「『審判の儀』の結果、彼の者の加護は----『回復の加護』。戦士にはなれぬことが決した。」

どこだここは。回復の加護?戦士にはなれない?

「なんだと!魔王軍の侵攻がこの帝都まで忍び寄っている状況で『戦士の加護』でも『盾の加護』でもない----戦闘に向かない回復の加護だと!!」

周囲には、多くの騎士や庶民が見物人みたく俺を取り巻いており、罵詈雑言を吐いている。 


おいおい、まさか。

まさか、俺はライトノベルで最近流行っている異世界転移をしたのか!?

右隣に居た俺よりもふた周りも恰幅の良い騎士が苛立った様子で見てくる。

「とんだ期待外れだ!召喚魔法で異世界から人材を呼び寄せ、才能に応じた加護を付与する「招福の儀」。その結果が、戦闘行為が出来ない「回復の加護」だと!落ちこぼれにも程があるぞ」


落ち着け、状況を把握しろ。平静を装え。

俺はダラダラと汗が身体中から湧き出ているのを感じながら、なんとか応答する。

「い、いやーそんなこと言われても」

すごいカタコトだった。

「なんだその返事は、気に食わない野郎だ。貴様のような落ちこぼれ、「招福の儀」で初めてだ。たいがいは「戦士の加護」、「弓兵の加護」、「盾の加護」が相場のこの儀式で----戦闘能力を持たない加護をまとう奴など居なかった。---- 加護と本人の器質は大きく比例する。貴様よっぽどあっちの世界で空虚な生活をしていたようだな。」


すごい言われようだ。

勝手に呼び出しといて、罵声浴びせやがって。

空虚な生活をしていたか?正解だバカ野郎。気づいたら3年目の会社員、若くて尖った感性も年寄りの寛容な心持ちも無い、「ただ呼吸している大人」になってた。

俺の態度がよっぽど気に食わないらしい、目の前の騎士は腰にぶら下がる刃を抜いた。

「気に食わないやつめ、俺が腐った根性を斬り伏せてやる。」

俺は一気に距離を縮められ、首根っこをぐんと大木みたいな太い腕に持ち上げられる。

咄嗟のことで反応ができず、一瞬遅れて身体がビクつく。

やばい。異世界転移そうそうぶっ飛ばされそうなんだけどッッ----

「ライデンシュタイン様、いくらなんでもそれは!!」

「待ちなさい。ライデンシュタイン!!」


凛とした声が耳に響いてきた。その声はこの異質な教会を支配するように、みなの注目を一点に集めた。

そのみな、にもちろん俺も含まれており、声の聞こえる方を見た。ツンと伸びた耳に鋭く青い瞳、瞳と同じ純度の青さを持ったイヤリングが揺れるその女性が声の持ち主らしい。異世界転移ものでよく見るエルフそのものであり、俺は猛烈に感動した。

「勝手に呼び出しておいて、自分が望む戦士じゃないからって、本人を責めるなんて----私が彼をパーティーに引き受けるわ!」

ぐんと彼女が周囲の人々の間をかき分け、俺のほうに近づいてくる。

「てめえ、勇者なしのパーティーつくって平和だのなんだの謳ってるエルフか!何しゃしゃり出てきて----」


「タアン」と乾いた音が響いたと思ったらなんとエルフは屈強な騎士を思いっきりビンタしたのだ。

「どいて。私は彼が必要なの」

彼女のビンタの衝撃で、騎士はクラリクラリと片足を浮かせ、そのままバタンと倒れ込んだ。

俺と同じく、わけがわからない衆目は数秒間黙り込んだしまった。

「ラ、ライデンシュタイン様!!」 

慌てる衆目を気にもせず、そのエルフは俺を見つめてくる。おいおい、まじかよ。あんな男をビンタで気絶させる厳つさとは裏腹の可愛らしい女性エルフが、俺をじっと見つめてくる展開なんて、昨日の俺は一度だって想像してなかったぞ。

「なっ、ななんでしょうか。エルフ様」

またしてもカタコトで俺は言葉を投げかけた。しかも噛んでしまった。俺の言葉を受け、少しだけ彼女も驚きをみせた。

 「へえ、あなたの世界でも私たちはエルフって呼ばれてるんだね。」

すっと彼女は俺に手を差し出した。

「私の名前は、リステル。一緒に戦って、回復魔法の、最初で最後の勇者様。魔王軍との「いびつな均衡」を壊し、世界を救うために!」

少し挑戦的な笑顔、それとは別に強い意志と眩しい熱量を肌で感じる。


正直、今までいた世界から突然こんな場所に飛ばされて恐怖は感じてる。それだけじゃない、残してきた光熱費のコンビニ払いも、3日後に控える給料日の取り残しも、現実的な焦りになって頭のなかに鎮座してる。だけど、バトル漫画の1話目みたいな鬼気迫る状況のなか、のちに伝説と語られるラブコメの第1話のような鮮烈な出会いに、俺はこう思った。

とてつもない、今までで一番おもしろい華金がやってきたと。ずっと、惰性にかまけていた毎日が、変化すると。


興奮が落ち着かない。

「分かった!お嬢さん。なんなりとついていくぜ!」

今はとりあえず、状況を受け入れ、シラフで最高な華金をこの世界で迎えよう。

「お嬢さん…?私は200年は生きてるからあなたより歳上よ。」

残念だが、ラブコメにはならなそうだ。




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