電車内の激突
社長室で深沢は、ニュースを見ていた。深沢の向かいの席に男が一人、さらにドア付近に秘書の古賀がいた。
あるニュースが流れた時、深沢と男が画面を注視した。
「今朝、東京都港区に本社を置く、大手下着メーカー、ルーライン社長の大迫一郎さんが自宅で死亡しているのが発見されました」
そのニュースを確認するとテレビを消し、深沢は話し始めた。
「今見てもらった事件を起こした犯人を連れてきてもらおうかな」「はぁ〜」
男は緊張した面持ちを崩さずにため息の様な声を漏らした。
「そう緊張しないでくれよ。連れてくるだけなんだから」
「あっ!はい!!すいません。わかりました」
「うん、頼んだよ。さっ!行ってくれ、もうすぐ新大阪に着くころだよ」
「はい」
男は立ち上がり、お辞儀をしてから部屋を出ていった。
「大丈夫なのか?彼は。まあ、彼が消えてもどうって事ないが」
笑う深沢を古賀は無表情で見つめていた。
新大阪の駅には、まだ新幹線は到着していなかった。
売店で飲み物を買って一気に飲み干した時、ホールに新幹線が入ってきた。
「おっ!来た!!どんな人かな?えっと、特徴が金髪の体がゴツイだったな」
新幹線から人が次々に降りてくるが、そんな人は見当たらない。そして、降りてくる客はいなくなった。だが、男の顔に焦りの色はなかった。そして、振り返ると降りた集団の客の後を追い掛け、声をかけた。
「勝手に行かれたら困ります。案内しなければならないのに。」
すると、客の中の一人がその場で足を止めた。
「ふん、中にはまともな奴もいるみたいだな」
そう言いながら駅員の格好をした男が振り返った。
その瞬間、案内係の男は驚いた表情を見せた。「外国人だったのか…、そ、それにしても酷いじゃないですか、変装とかして。あっ、言葉わかります?」
「ゲームだよ。わからなければ、それでも良かった」どうやら、話せるようだ。それを聞き、ため息をつきながらも案内係の男は、自己紹介した。
「僕は吉岡直樹です。よろしく」
「俺は、トムだ」
「じゃあ、行きましょう」
二人は地下鉄に乗り移動を始めた。
「あの、日本は初めてですか?」座席に座っている吉岡が立ったままのトムに聞いた。
「いや、何度もある。10くらいか」
電車は次の駅のホームに入っていった。そこで、多くの人が乗ってきた。吉岡の右隣に若い茶髪のカップルが左隣には赤ちゃんを抱いた女性が座った。若いカップルの男は座ると、目の前にいる駅員の格好の外国人を発見し、彼女と爆笑している。「何やねん、コイツ。アホやな」
「キモい〜、何かめっちゃこっち見てるし」
二人の会話は、吉岡にもトムにも聞こえていた。吉岡は心配になり、トムの顔を見た。トムは笑みを浮かべながら、二人を見下ろしている。吉岡は、さらに心配になった。いや、嫌な予感がして緊張してきた。と、その時、電車が揺れた。トムは、女にもたれかかる様に倒れた。そして、起き上がり際に女の頬を舐めた。「きゃあ!!!!」女が短く叫んだ。「テメッ!、何してんねん!コラ!!!」男がトムの脚を蹴った。さらに、起き上がり胸ぐらをつかんだ。男は体格がよく腕力には自信があるタイプに見える。トムは何も言わない、まだ女を見ている。男はキレた。トムの顔面に拳を叩き込んだ。
「コイツ、でかいだけやな。しょうもな。ボコボコにしたろ」
男が激昂していても、トムは気にも止めていない。今度は、おもむろに女の胸を掴んだのだ。
「殺すぞ!!!」
男がまた殴りかかった。
吉岡は止めに行こうと立ち上がった。その時、トムが言った。
「ゲームのスタートだ」
そう言うと、男の飛ばしてきた拳を掴んだ。
次の瞬間、男は体を一瞬ビクッと踊らせて座席に座りこんだ。さきほどから始まったこの騒ぎに、周りの乗客も気付いているが、何が起きたかはわからなかった。しかし、ただ一人、吉岡は顔面蒼白になっていた。電車は次の駅のホームに着いた。ドアが開く、何人かが駅で降りていく、目的地の人もいるだろうが、この騒動に恐怖を感じて降りた人もいるだろう。入れ代わりで何人かが乗り込みドアが閉まった。
「なあ、どうしたんよ?」女は男の体を揺すっている。女は男の顔を覗き込んだ。「ひぃ!!!」女は驚いて跳びはねる様に横に動いた。男は吉岡の方へ、だらんと仰向けに倒れた。白目を向いていた。
「うわぁぁぁ〜〜!!」
トムの周りにいる乗客達が叫んだ。すぐ横に別の車両に行くドアがある端の場所であり、さらに、多くの人がいる為、車両の逆の端にいる人達からは見えないが、何か大変な事が起こったことは、悲鳴によりほとんどの人が感じ取っていた。
「トム!なんてことを!!」吉岡は怒気を含んだ声を発した。しかし、トムは笑みを消しさる様子はない。そして、ゲームという名の惨劇は終わらなかった。
「何人生き残るかな?ハッハッハッ!」大声で笑うトムを見て、吉岡は身構える。甘く見ていたのかもしれない、目の前にいるのは、殺人犯であり、そして何より…脳力者である。こういう事態は十分に想定しておかなければいけなかった。
「グッバイ」トムは吊り革を持ち、そう言った。
次の瞬間、乗客の多くが一斉に倒れた。胸を押さえながら、痙攣している人もいる。
「加減してやったんだ、根性見せろよ。ハッハッハッ!!!」
「トム!!!」吉岡が叫んだ。その時、隣にいる赤ちゃんが泣き出した。「オイ!うるさいぞ!そうか、すぐに泣かずにすむ様にしてやろう」トムは、赤ちゃんに手を伸ばしていく。母親は恐怖で体を震わせながら、赤ちゃんを抱き抱えた。手が後頭部に触れそうになった、その瞬間、吉岡はトムの腕を掴んだ。
「やめろ!」
トムの表情が一変して不機嫌そうになった。
「邪魔をするな。お前も死ぬことになるぞ」
「関係ない人を殺すな!!これ以上するなら、止めるしかない」
トムは、笑い声を一度あげた後、冷酷な目をして言った。
「お前もゲームオーバーだ」トムは掴まれた腕から力を流しこむ。
バリッ!という音が響いた。吉岡が座席から前のめりに倒れていく。
「お前には、加減はなしだ」
「わぁぁぁぁぁぁ!」
先程、体に異変がなかった数人の乗客が叫んだ。 「今度こそ、終わりだ」
トムが手を赤ちゃんへ伸ばした。その時、車両中に叫びが響いた。
「ああああ!!!」トムのものだった。
すると、下の方から声が聞こえた。「やめろと言っただろ」
トムは、激しい痛みを感じながら下を見た。
そこには、片膝をついたままの姿勢でトムの右の足首を掴んでいる吉岡がいた。
「お前!死んでなかったのか!!」
そう言うと、左足で吉岡を蹴り飛ばした。
「許さない…お前はもう許さないぞ!!」
バチバチッ!!!という激しい音がトムの体の周りから聞こえる。段々と、青白い光りが見えてきた。それは、雷の様である。ニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がった吉岡に突進した。
「死ねぇ!」
右拳を吉岡目掛けて振るった。吉岡は拳をしゃがみ込んでかわし、トムに抱きついた。
「がああああああ!!!!!!」
トムは聞いた。この激痛の原因の音を…。ジュッ!という音を確かに聞いた。
「お前も力を持っていたのか!!」
床に崩れ落ちたトムが吉岡を見上げた。トムは、驚いた表情を見せた。吉岡の体全体を青い炎が見えたからだ。それは、一瞬で消えた。
「腕や脚の神経を燃やした。もう力も使えない。終わりだ」
「くああああああ!」
その時、電車は目的地のホームに到着した。
同じ車両の数人はドアの開くのと同時に飛び出ていった。吉岡は、ドアに向かって歩きながら言った。
「深沢には言っとく、トムさんは途中で帰ったってな」
駅のホームが大勢の人で騒然とするなか、吉岡は改札を通った。