脳力
「どうぞ。あっ、椅子座って!」
パソコンを操作する手を止め、武藤は立ち上がった。
テーブルがあり、椅子が4脚あった。おそらく、生徒達の訪問時の為のものだろう。
「えっと、紅茶と炭酸どっちがいい?」
武藤がペットボトルの飲み物を手に聞いた。
「すいません、じゃあ、紅茶いただきます」
紙コップに紅茶を注ぎ、武藤が向かいの席に座った。清田は、一口紅茶を飲んでから口を開いた。
「あの、僕に何か用ですか?」
少し沈黙したのち、武藤は話し出した。
「単刀直入に聞くけど、清田君。君、力を持ってるね」
清田は目を見開いて驚いた。
「えっ、力ですか?」
焦りの表情は隠しきれていない。
「隠さなくて大丈夫だよ。僕は、力について知っている。君が力を持ってることは、わかるんだ。僕も力を持っているからね」
清田は、さらに驚きの表情を見せた。そして観念した様に話し始めた。
「はい、持ってます。力っていうのは、手に熱を集中させたりするものですよね?」
「そうだね、そういう使い方もあるね。ただ、この力は多様性にとんでいるからね。使う者によっていくらでも形を変えるんだ。君にも、自分だけの力の使い方があるはずだよ」
「自分だけの使い方ですか…」
そう言うと黙り込む清田。その姿に武藤は見覚えがあった。
「苦しかった時、君も何かを望んだはずだ。君も気付いているんじゃないかな」清田が武藤の顔を見つめると、優しい笑みを浮かべていた。
「そうですね…。僕は、力を求めていました。でも、その、使い方?はよくわかりません」清田は、コップに入っている紅茶を飲み干した。
「まあ、心配しなくても大丈夫。すぐに出来るようになるよ」そう言いながら、清田のコップに紅茶を注ぐ武藤。
注ぎ終わったのを見てから、清田は気になっていた事を聞いた。
「あの、先生は僕をなぜ呼んだんですか?」
「ちょっと、学校で事件があってね。力を持ちながら、使い方を誤っていた子がいた。最初は、その彼と君に力を感じていたから、じっくり観察しようと思ってたんだけど、彼の力の使い方は酷かったから、やむなく力を奪った。そこで、被害が起こる前にこちらから動くことにした。君がどう力を使うつもりなのかを聞きたいんだ」
清田は困惑の表情の浮かべている。
「あの、僕は自分の体調を整える為になるかなと思って、訓練というか、いろいろできたらなと。なので、使うということだったら、自分が前に足を踏み出す為に役立てたいです」
それを聞いた武藤はニコッと笑顔を見せた。
「そう。それは、良い考えだね。うまくコントロールできれば、可能だよ。教えるというか、アドバイスすることはできるよ」
「本当ですか!?」
武藤は頷き、笑顔のまま少し小さな声で聞いた。「僕らの仲間に入るのはどうかな?」
「仲間…ですか?」清田は沈黙した。
「うん、力を持つ者が集まって作った集団があるんだ、ちなみにこの力のことを僕らは脳力と呼んでる」
「あ、あの、ちょっと考えさせて下さい。まだ、自分のことで精一杯なので。すいません」清田にはまだ、そんなにいろいろなことをする余裕はなかった。少し興味は惹かれたが、胡散臭さも感じてしまったのも事実だ。その為、即決とはいかなかった。
「いや、いいんだよ。それは考えてもらって。それに、集団関係無しにアドバイスはするからね」
「ありがとうございます」
「うん、今日は来てくれてありがとう。それにしても正直、こんなに近くに力を持つ者がたくさんいたのには驚いたよ〜」
清田も驚きの表情で応えた。「僕も、自分以外にこの力のことを知っている人がいて安心しました。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね。」
「それじゃあ、今日はこれで失礼して…」
「うん、ありがとう」教員室を出た清田は、部屋にいる時にポケットで震えていた携帯を取り出した。液晶の表示には、ハンちゃんの文字。
メールを開くと、「かず君、授業かな?私は、今一階にいるよ〜。暇なら来てね」と書いてあった。
清田は、エレベーターで一階まで降りた。
エレベーターが開くと、ちょうど正面にハンナが見えた。椅子に座って四人で話していた。
近くに寄ると、見覚えのある顔だ。
ハンナが清田に気付いた。「あっ、かず君!授業は?」
「ううん、無いよ。今、ちょっと先生と喋ってた」そう言いながら、他の三人にも目をやった。
彼等は、ハンナと一緒に行った留学生の集まりにいた面々だ。確か、中国の孫さんに台湾の程くん、韓国のキムさんだ。「こんにちは」清田が挨拶すると、彼等も「こんにちは〜」と返した。清田のことを彼等も覚えているみたいである。挨拶を終えると、キムさんが話し始めた。「さっきの話しだけど、恐いよね」「うん、恐い〜」ハンナが応える。「えっ、何の話し?」清田は興味津々に聞いた。ハンナが眉間にしわを寄せながら言った。「韓国で殺人鬼が出たみたい。しかも、私達の住んでる地域だから心配で…」「さ、殺人鬼!?それは恐いね…」「あと、なんかね、寮の近くで痴漢がでたみたいだし」「えっ!そうなん?それも恐いね。気を付けて帰らないと」「そうだね」ハンナも不安げだ。その時、後ろから声が聞こえた。
「あっ、ハンナちゃん!」ハンナが顔を向ける。清田も振り返る。「理恵ちゃん!あっ麻美ちゃんと志保ちゃんもいる〜」ハンナが手を振りながら言った。それから、新たに加わった女子3人を含め、清田と程くんを置いてけぼり気味のガールズトークの様相をみせ始め、笑い声が絶えなかった。