先生の力
「先生!武藤先生!!」
女生徒が教室の前方に集まっている。
「先生、彼女いるんですか?」
「いないよ」
「何歳なんですか?」
「30才」
「先生の他の授業も受ける〜」
「ありがと」」
生徒が矢継ぎ早に質問を繰り出していた。
「はいっ!休憩時間ももう終わるよ!授業行きよ〜、僕も用事があるから行くよ〜、ハイッ行って行って」
そう言って、生徒を移動させた。遠くからは、先生可愛い〜という声が聞こえた。
「もてますね、先生」
教室を出ると、隣の教室で授業をしていたマクロ経済学の井田寛が声をかけてきた。
「いや、最初だけですよ。あと、テスト期間中と。都合よく使われてるだけですよ」
武藤は苦笑しながら言った。
「僕もテスト期間中だけもてますね、最初は勘違いしかけましたが、今は使われてると自覚してます」
井田は肩を落としながら言ったが、すぐに笑いだした。
二人は歩きだし教員室に向かう為、エレベーターの前でエレベーターが来るのを待っていた。
その二人の様子を遠くから見つめる男がいた。いや、二人というより武藤を見ている。
エレベーターが着き、ドアが開いた。その時、武藤が後ろに振り向き辺りを見渡した。
「どうしました?」
「いえ、何か落としてないかなと思って。大丈夫でした」
「じゃ、行きますよ」
武藤はエレベーターに乗り込んだ。その顔は、一瞬厳しい顔つきとなった。
大学の経営学部棟2階2−230教室の1番後方の席に座る女子数人が困惑した表情で話し合っていた。「なあ、志保どうしたんやろ」
と一人が言えば
「なんか性格変わってない?」
さらに別の女子が言う
「いや、性格どころか服装とか髪型まで変わってるよ。そこも気になるけど、1番は何であの男なん?あんなん、最低やって言ってたのに」
彼女達の目線の先は、教室の前方窓際の席。
茶髪の男女が体を寄せ合い、いちゃついている。女の名前は牧野志保。
大学に入学して、初めのオリエンテーションの時に近くにいた女子に積極的に声をかけていた。
一人で緊張していた彼女達はその行為に助かった。
彼女は話しをしていても嫌みを感じさせない人柄であり、すぐに友達ができた。そんな彼女が…。
黒髪は茶髪にカジュアルだった服装はギャル系になっていた。
しかし、友達たちが1番驚いたのは一緒にいる男。
それが、軟派な男、林正樹だったからである。
オリエンテーションの時、その男はすでに女といちゃついていた。
そして、それから数日の間にすべて違う女を連れていた、いや、従えていた。
その様子をみんなで目の当たりにしていたのだ。
何股かけているんだろう、最低だねと言う話しを牧野も確かにしていた。
いや、まだ知り合って数週間、実は牧野はこういうことも平気な人物かもしれない。
授業が終わっても二人は席を立とうとしない。
「い…いこっか」
山口理恵が声をかけ、彼女達は教室を出た。その様子を林正樹はじっと見ていた。
次の授業の関係で彼女達は各自別れ、今日の授業が終わりの山口理恵と佐藤麻美は二人になった。
二人は牧野とは特に仲がよかった。メールもよくしていたし、学校でも一緒に受ける授業が多かった。
それだけにショックは他の子達より大きいものなのだ。
「理恵ちゃん、ちょっとトイレ行ってくる」
「わかった。待っとく〜」
山口理恵はトイレの前で脚をクロスしながら立って待っている。
そこに、授業が終わった武藤が通りかかった。
「あっ!武藤先生〜!!こんにちは!」
笑顔がはじける理恵。
「こんにちは、山口さん。あれっ、今日は一人?」
「佐藤さんと一緒ですよ〜、でも…」
一転して表情は暗くなった理恵。
「ん?どうかしたの?」
「牧野さんがなんか急に変わっちゃったっていうか…、メールも返ってこないし、学校でも喋ってくれなくなって」
「う〜ん、それは一体どうしたんやろう?あの牧野さんが」
そこに麻美がトイレから出て来た。
「武藤先生〜!!」
麻美も笑顔が満開だ。
「佐藤さん、こんにちは」
「先生、次は授業ですか?」
理恵が興味津々な様子で聞く。
「今さっきの授業で今日は終わりだから、帰るかな」
「おっ!私達も帰りなんです。先生、駅まで一緒に帰りましょうよ」
「えっ!いや、お二人でお帰りになられたらどうでしょうか?」
独特な言い方に麻美は笑った。
「帰りましょうよ〜、女の子二人じゃ危ないですよ〜」
理恵は駄々っ子みたいに言った。
「わかりました、駅まで行きましょう」
武藤は観念した。
「ちょっと荷物を取ってくるので待っていてもらえますか?」
「は〜い、じゃあ下で待っときますね」
そう理恵が応えると、二人は階段で下に、武藤はエレベーターで教員室へ向かった。
経営学部棟の一階には、生協の売店や自販機等があり、その向かいにはベンチが何個か置かれている。
理恵と麻美はベンチに座っていた。
「武藤先生って、やっぱカッコイイよね」
理恵が興奮気味に麻美に言った。
「そうだね、優しいしね」
麻美も顔が綻んだ。
楽しくてしかたない、まさにそんな時、二人の前で足音が止まった。
武藤は7階にある教員室にてカバンに荷物をつめ終え部屋を出て鍵を閉めていた。
そこに、麻美が走って来た。
「先生!助けて!!」
必死に走って来たのだろう、息があがっている。
その様子に武藤もただ事ではないと感じていた。
「佐藤さん、どうしたの?」
「理恵ちゃんが、林って人に連れていかれたんです!!!」
麻美は泣きそうな声になっている。
「何があったの?」
武藤は厳しい顔つきで聞いた。
「林っていう人が、いきなり来て、お前ら俺の女になれって言って理恵ちゃんの腕を掴んで抱き着いてきたんです。理恵ちゃんは、暴れて振り払おうとしてたんですけど、急に動かなくなってしまって、私、なんとかしないといけないと思って、先生に助けてもらおうと思って!」
「わかった!」
麻美の必死な言葉を噛み締めながら武藤は怒りのこもった厳しい視線を前方に送った。
そこには、一人の男が立っていた。
「きゃあああ!」
麻美が悲鳴をあげた。どうやら林正樹のようだ。
林の後ろには理恵と牧野志保がいた。
しかし、二人共こちらに反応を示さない。
「君か…」
武藤はつぶやいた。
「おうおう、色男先生ではないですか、どうしたんですか?そんな恐い顔をして」
林は大きな笑い声をあげた。
「「あっ、もう色男じゃないか、全員俺が貰うからなあ、おい女!お前も早くこっちにこい!!」
麻美は震えながら動けない。
「何が目的なのかな?」
武藤は冷静な声で聞いた。
「目的?女を手に入れたいだけじゃ、この学校のやつらはお前に群がってたのがムカついたからな、俺好みの女にしてやったったんや」
「その力は…どうやって?」
武藤は無機質な声で尋ねた。
「力?そう、俺はすごい力を手に入れた。女を好きにしたいとずっと思ってたら、超能力が宿ったわ」
静かに聞いていた武藤が口を開いた。
「そうか、本来、君みたいな想いの力で覚醒はしないと思ってたんだけど、偶然なのか、それとも…」「何ごちゃごちゃ言ってんだ」
林は武藤を睨みつけている。
「とりあえず、君は使い方を間違えた。それは君には必要のない力」
武藤の視線は冷たさを感じるぐらい鋭いものになった。
「何意味わからんことゆってんねん、勝手にゆってろよ、俺はそこの女を連れて遊びに行く、お前は消えろ!」
林はそう言うと、武藤と麻美に近づいてくる。麻美は武藤の後ろに隠れて顔を伏せている。
林が武藤の前まで来た。
「女!こい!!」
そう言いながら、手を伸ばした。麻美にその手が触れそうになった瞬間、
「うっ!」
という声が聞こえた。麻美が顔を上げると林の動きが止まっていた。
林の顔を武藤が掴んでいる。
「何してんな!離せや!!」
林は顔から武藤の手を引きはがそうとするが、まったくはがれない。
「君がした事は許されない、無理矢理に女の子を自分の物にしていた。僕には君を裁く権利はないけど、これから被害者が増えないように力は奪わせてもらう」
ただならぬ気配を、林はその身に感じ取り、恐怖で顔をひきつらせている。
精一杯の声を振り絞って言った。
「テメェは神かよ!!」
武藤は表情を変えずに、応えた。
「そうかもな」
そう言った直後、林は床に膝からガクッと崩れ落ちた。
「先生…どうなったんですか?」
麻美は今起こった出来事を理解できていない。
「死んじゃったりしてないですよね?先生…」
その問いに武藤は笑顔を見せた。
「大丈夫、気絶してるだけだよ、もうすぐ目覚める」
「よかった」
それを聞いて安心した麻美は胸を撫で下ろした。その時、
「先生、麻美ちゃん、私…」
理恵が二人を見つめていた。
「ここ、どこ?」
牧野志保も意識が戻ったようだ。麻美が泣きながら二人に駆け寄った。
「よかった!元に戻った!」
「私、確か、あいつに掴まれて…あかん、何も覚えてない」
理恵は苦笑しながら言った。
「先生が助けてくれたよ」
麻美がそう言うと、理恵は武藤に目をやった。
「う〜ん、よくわからんけど、先生、助けてくれてありがとう!」
理恵の後ろにいた牧野志保も何がなんだかわからないといった様子だが、
「先生、ありがとう」
と感謝していた。
「いえいえ、どういたしまして。それより、佐藤さん山口さん、なかなか信じられない話しかも知れないけど、牧野さんは彼に操られていただけで自分の意思じゃなかった。君達はそのことを知った。急に変わったことで他の子は変な目で見るかも知れない…君達が支えてあげてね」
武藤は二人の目を見つめながら訴えた。
「はい」
理恵と麻美は声を揃えて答えた。
「もちろんですよ先生、友達ですから!」
理恵は親指を立てて言った。麻美も大きく頷いている。
「っていうか私も操られてたんですね、たぶん」
理恵は笑いながら言った。
「ありがとう」
志保は嬉しそうに笑顔を見せた。
「あと、僕がしたことは…」
「秘密ですね」
麻美は言った。
「えっ、先生何したの?」
理恵は興味津々だ。
「えっとね、顔をガシッ!てやってね」
「おお〜!」
盛り上がる女子達。
「そんなミステリアスな先生も素敵です」
理恵が言うと
「右に同意です」
麻美も続いた。武藤は安堵の表情をしてから言った。
その時、林が目を覚まし起き上がった。
理恵、麻美、志保はみな鬼の様な形相で一斉に林を睨みつけた。
その視線に、林は逃げる様に走って階段を降りていった。
武藤はその様子を見てから、3人を見て言った。
「え〜っと、じゃあ、帰りましょうか?」
「は〜い!」
声が揃っている。
「今度、先生の秘密教えてくださいよ〜」
理恵が肘で武藤をつつきながら言っている。
「う〜ん、考えときます」
武藤は笑いながら応えている。
それから女子3人は駅までの帰り道、喋りっぱなしで笑いが絶えなかった。
武藤はそれを微笑みながら見ていた。こうして、大学内で起こった出来事は無事に解決した。
二日後、武藤の授業には理恵、麻美、志保が仲良く出席していた。
授業が終わり、3人は武藤な元に来て喋りかけてきていた。
武藤も応え、楽しく会話をしていたが、ある男子生徒が前を通りかかった時に言った。
「清田君」
そう呼ばれた男子性は、突然呼ばれて驚いていたが
「はい」
と返事をした。
「ちょっと話しがあるので後で教員室に来てもらえるかな?」
何の用があるのか、訳が解らなかったが清田は
「わかりました」と応えた。
「え〜、先生喋ろうよ〜」
理恵が駄々をこねだしたが、
「ほら、次授業でしょ、早く行かないと!話しはまた今度ね」
と言って武藤は教室を出ていった。
そして、休憩時間が終わった頃、清田は教員室をノックしていた。
「はい」
中から声が返ってきた。
「清田です」
「どうぞ」
その返事を聞いて、清田は、武藤真一と名札がついてある部屋に入った。