とある記者
人類歴 117年
雄大な朝焼けが彼方へ続く夜を飲み込んでいく。
横に長い白雲に朝日が反射して、ホームを柔らかな黄金色に染め上げた。
時刻は午前六時。
ガナリア帝国が誇る北の砦――フェルトシュタイン領内にあるギルエットの町は土地の気候も相まって、まだその寒さを残していた。
重たいトランクケースを両手で運ぶ、とある記者は疲れた体を引きずるように列車から下りた。蒸気機関車での長距離移動の旅は腰や節々への疲労が蓄積していた。ほんの数十年前までは、鉄の塊が人を乗せて走るなんて誰も予想していなかったことだろう。先人の生活を思えば文句の言葉も出てこない。腰の痛みなんて些末なこと。
「うぅー! やっと着きましたね」と、彼女は誰かに語り掛けるように声を漏らした。
鮮やかな琥珀色のセミロングが風に揺れる。ガナリア帝国建国以前からこの地に住まう先住民族特有の髪質だ。
メガネの位置を正してホームの先端を見据えると、小さな改札口が目に入った。
「ギルエットの町に来るのは十年ぶりくらいですかね」
改札口で切符を駅員に渡しながら記者は答えた。
「帰省ですか?」
この髪質を見れば彼女のルーツがギルエットであることは誰の目にも明らかだ。
「残念ながら仕事です。こう見えて私、記者なんですよ~」
そう言ってトランクケースから真新しいカメラを取り出した。
「それはそれは……! 是非、空いている時間があれば町を観光していってください」
ここ数年で開発が進んで見物できるスポットも増えているのだと、駅員はそばに置いてあった木箱から一枚のパンフレットを取り出した。
『悪魔を葬った英雄が住まう町へようこそ!』
そんな大々的に書かれたフレーズに記者は思わず苦笑する。
駅員は得意げにこう付け加えた。
「パイは絶品ですよ。フィッシュフライはクソ不味いので注意」
「有益な情報、感謝いたします」
小さく敬礼すると駅員は鼻の下を伸ばしながら腑抜けた敬礼で記者を見送った。
「はぁー……」
記者は駅員にバレないよう深いため息を吐いた。昔からこの手の応対にはうんざりしている。
先住民族を伝える者――旧大陸言語で『ウェルマン』と呼ぶ。
この豊かで平和な町を築き上げた英傑の血筋であるウェルマンを民衆はもてはやす。何をしていなくても、不出来でも。
そんな環境に嫌気がさしたのが、あの活動に参加したきっかけだったかもしれない。家族からは勘当され、帰る家はこの地には無いけれど記者は後悔などしていない。
自分が信じる道を歩むことができれば、それほど幸せなことはないからだ。
■
駅のロータリーには二気筒エンジンを床下に設置したバギー型の四輪駆動車や昔情緒溢れる馬車が路駐していた。まだ人の往来は疎らで早朝のロータリーは少し簡素に映った。
「……前は早朝でもビラ配りをしている活動家の方々がいらっしゃいましたよね」
例の事件以降、世論はより一層、魔力廃絶主義に傾きつつある。活動家の行動にも治安当局から制限がかけられ、自粛を余儀なくされている。
「気落ちしてはいけませんね! まだまだこれからですよ」
沈みかけた気持ちを鼓舞するように両の手を強く握りしめた。
ギルエットの町を散策していると大きな広告看板が目に留まる。
グラマーな女性が注射を持って微笑んでいる。その横にはデカデカと『魔力吸引』による美容促進の謳い文句が掲載されていた。
今は遠い昔の話――まだ魔王による脅威が日常にあった時代。
勇者ロドニスが存命だったとされる約四百年前は『魔力至上主義』の社会だった。強い者が賞賛され、弱い者はただ片隅で細々と生きていくしかなかった。――そういう時代だ。
優劣は生まれながらに定められ、全ては力で決定される。強者と弱者の間には努力では決して埋まることのない溝が存在していた。
勇者によって魔王が討伐されたことで全人類を巻き込んだ数百年にも及ぶ争いの歴史に幕を閉じた。平和が訪れると急速に産業が発展していき、魔法に代わる新たな技術、魔術とも異なる全く新しい概念『科学』が躍進を遂げる。
魔王残党軍や危険なダンジョンを鎮圧したのは、勇者でもなければ、他の魔力に富んだ者でもなく、科学による功績だ。
徐々に科学の権威が増していき、人類同士の争いの道具としても魔法から科学を主とした戦い方に移り変わっていった。
片隅で魔王の脅威に震えて隠れていることしか出来なかった者たちが、努力によって自分自身の価値を高め、証明することができる時代。
それは素晴らしい。
……けれど、人類とはなんと愚かな生き物か。
力によって優位を得てきた者たちは自然と淘汰され……いつからだろう? 魔力とは不浄の象徴にまで成り下がった。魔力が高い人種への差別、迫害は年月が経つごとに思想が蔓延している。
勇者ロドニスが思い描いていた『平和な世界』とは程遠い。
『魔力が少ない体は美しい!』
そんな時代を象徴するような広告であった。
「……ち、違いますよ⁉ 別にグラマーなのを羨んでいるわけではないですからね!」
記者は思わず声を上げ、控えめな胸元を隠すように腕を交差させた。慌てて広告から目を逸らすと、ふと遠くを見つめるような表情になり、ぽつりと呟いた。
「――私は……勇者ロドニスが浮かばれないなと思っただけです」
記者はどこか遠い目をして役場の前に設置されたロドニスの像を見つめる。首だけが無残に砕かれた侘しい姿からは人類を救った誇り高き勇者の面影はない。まるで今の社会は『英雄』なんて求めていないという残酷な回答を突き付けているようだ。
こんな所業は英雄に対する仕打ちではない。
『ロドニスの子供たち』と呼ばれる彼の血を色濃く受け継いで生まれてきた子供たちは、もしかしたら彼の呪縛によって、突き動かされているのかもしれない。
きっとあのオリエントもそうだったように――――
十年前に起きた『血の討論会』の惨劇を思い出し、記者は唇を噛んだ。




