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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪


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7/8

2人きりのデート

小夜鳴鳥は紫苑の花と再会します

けれど小夜鳴鳥は彼を忘れたまま

紫苑の花は悲しみを隠して

小夜鳴鳥に外の世界を教えるのです……


ーーーーーーー


「Nightingale」を出ても、街はまだ起きていた

車のライトが流れ、ネオンがアスファルトを照らす

人々の声が闇に溶け、冬の乾いた風が頰を刺した


「寒くない?」


エレンーー紫苑がそう尋ねると、エレオノールは首を振った

上質なコートのボタンをしめつつ、少しだけ目を細める


「大丈夫ですわ。……外の空気って不思議です。冷たいのに、胸がすうっとします」


その言い方が、紫苑の胸を締め付けた

彼女は屋敷の中の空気しか知らない。鳥籠の中で兄に加工された静けさしか知らない

だから、ただ夜風を吸うだけで、彼女の世界は広がっていく


(………連れ出してよかった)


この夜を彼女に与えることで、彼女はもう鳥籠に戻れなくなる

戻れなくなればーーきっと、自分のところに羽ばたいて来てくれるかもしれない

紫苑の胸には、仄暗い野望が立ち込めていた


「どこへ行くのですか?」


そんな紫苑の野望も知らず、エレオノールは問うた

エレオノールは、初めての外出に心躍らせていた


「人が多すぎないところがいいよね。……ショッピングモールに行かない?」

「しょっぴんぐ…?」

「買い物をする所。服とか、お菓子とか、色んなお店が入ってる」


エレオノールの瞳がきらりと光った

好奇心をたたえた笑みがこぼれる


「まぁ……!色んなお店……!」


その弾んだ声に、紫苑はつい笑ってしまった

彼女は、美しい

けれど美しさ以上にーー未知を前にした子どもの様な表情が、胸が潰れそうなほど愛おしい


ーーーーーーー


ショッピングモールは、夜でも明るかった

入り口を抜けた瞬間、エレオノールが息を飲む


高い天井、白い床、規則的に並ぶ照明

人の声や甘い焼き菓子の香りが混ざり、空気そのものが賑やかだ

行き交う人々の服も、靴も、笑い声も、屋敷ではみたことのない色をしている


「…………夜なのに、こんなに明るいの?」

「夜の人間は、明るい所に集まるんだよ」

「不思議ですわ。月の下ではなくて、灯りの下………」


エレオノールはきょろきょろと辺りを見回し、ひとつひとつ確かめるように歩いた

紫苑はその隣で、歩幅を合わせる

彼女が迷子にならないようにーーそんな理由をつけつつ、そっと距離を詰める


(手、繋ぎたい……)


そう思っても、簡単にはできない

今の彼女は、まだ“エレン”を恋人として見ていない

安心できる人、優しい人と言ったところか

その優しさの範囲を、まだ勝手に踏み越えたくはなかった


2人でエスカレーターに乗ると、エレオノールが小さく驚いた


「きゃっ……!」

「大丈夫、動くだけだよ」

「階段が動くのですか……?魔法みたい……!」


手すりに両手を乗せ、彼女は恐る恐る運ばれていく

怖がってても、好奇心は抑えられない

紫苑は、そんな彼女から目が離せなかった


(ずっとずっと大好きだよ、エレオノール)


喉の奥で、言葉が溢れた

声にはしない。声にしたら、今夜が壊れる


「屋上展望に行こう」


エレオノールへの愛を飲み込んで、紫苑は彼女に声をかけた


ーーーーーーー


屋上の展望スポットは、確かに人が少なかった

夜の冷気が吹き抜け、遠くの街の光が宝石のように広がっている

柵の向こうにビルの群れ、走る車の線、ゆっくりと揺れる観覧車の光

エレオノールは柵に駆け寄り、顔を綻ばせた


「わぁ……!素敵!街ってこんな風に見えるのですね!」


まるで、籠の扉が開いた鳥みたいにはしゃぐエレオノール

その横顔に、紫苑は息を飲む

“時間が止まる”ってこういうことを言うのかもしれない

ーー彼女は美しい。でも、ただ整ってるだけじゃない

世界を初めて見る瞳が、美しさを加速させる


「………綺麗だなぁ」


紫苑がポツリと漏らすと、エレオノールは振り返った


「街がですか?」

「……うん、街も……君も」


エレオノールの顔がポッと赤くなる

夜風よりも速く、頰に熱が広がる

彼女は慌てて視線を逸らし、誤魔化すように柵の向こうへ目を戻した


「そう言うこと、さらっと言うのですね……」

「そう思ったから」

「ずるいわ……」


消え入るような小さな声で呟く

その可愛さに、紫苑は心臓を掴まれた

“ずるい”のはどっちだ。こんな風に無自覚に人を惹きつけて、笑って、頰を染めて

紫苑は彼女の隣に立ち、同じ風景を見る振りをした

本当は、景色より彼女を見ていた


(ずっとずっと大好きだよ、エレオノール)


今度は胸の奥でしっかりと言った

声にならなくてもいい

愛の言葉が自分の中で形になるだけで、折れそうな心が持ち直す


エレオノールはしばらく黙って景色を眺めていた

やがて、ポツリと呟く


「……お兄様は、外は危ないとおっしゃっていましたわ」


紫苑の胸が、キュッと鳴る

でも今は彼女の言葉を奪わない、否定もしない

ただ、隣にいる


「危ない所もあるけど……全部じゃない」

「全部では、ない……」

「君が怖いなら、俺が一緒にいるよ」


エレオノールはゆっくりと紫苑を見た

その瞳に、わずかな光が宿る

鳥籠の中では得られなかった、安心の光


「……ありがとうございます」


短い言葉。でも、それだけで紫苑は救われた気がした


ーーーーーーー


屋上から降り、モールの中を歩く

エレオノールは何度もショーウィンドウの前で立ち止まり、ガラス越しの服やアクセサリーを見た


「これは……お洋服?」

「そう、欲しいの?」

「……欲しいと言うより……凄いですわ。こんなに色があるのですね」


彼女は本気で驚いている

鳥籠の屋敷には、兄の選んだものしかない

赤、黒、白、深い青ーー「エレオノールに似合う」と兄が選んだ色ばかり

それが悪いわけではない。けれど、選ぶ自由はない


紫苑は彼女の横顔を見つめる

自由を知った瞬間の顔は、心が痛くなるほど美しい

この美しさは、誰にも閉じ込められない


歩いていると、ふわりと甘い香りがした

砂糖の香り、焼けた生地の香り、クリームの香り……

エレオノールは足を止め、鼻をぴくぴくさせて香りを追う


「……あそこ、とても甘い香りがしますわ!」


紫苑は笑う。エレオノールの視線の先にはクレープ屋があった

丸い鉄板に生地を広げて焼き、生クリームを塗り、果物を乗せて巻いていく

スタッフの手際の良さが、魔法のように見えた


「なんていうお菓子かしら……?」

「クレープ、食べてみる?」

「ええ!」


紫苑は迷わず、イチゴと生クリームのクレープを買った

それが、彼女の“初めてのクレープ”に似合う気がした

白と赤で、甘くて柔らかい

ーーあの時のカップケーキみたいに


クレープを渡すと、エレオノールは両手で大事そうに受け取った

まるで、宝石を受け取るみたいに慎重に

……恐る恐る、ひと口

唇に生地が触れ、クリームがちょっぴり口元につく


「美味しい……!」


破壊力が凄すぎた

目がキラキラして、頰が淡く染まり、幸せがそのまま形になったみたいな顔


「っ……破壊力やばすぎ……」

「え?」


エレオノールが首をかしげる

その口元にはクリームが付いたままで、可愛らしい

紫苑はふふっと笑った


「あんまりに可愛すぎるってこと」


エレオノールの顔が、イチゴみたいに真っ赤になった

さっき屋上で頰を染めた時より、もっと赤い

彼女はクレープで口元を隠し、目だけで紫苑を睨む

まぁ、睨んでも紫苑にとっては可愛いだけなのだが


「……あなた、本当にずるいです」

「さっきも言ってたよね」

「ずるいものはずるいですから!」


怒ってるのに声が甘い

紫苑は笑いを堪えきれず、吹き出してしまった


エレオノールは拗ねたようにクレープを口に運ぶ

今度は、小さく「ん……!」と幸せそうに息を漏らす

その度に紫苑の心臓が痛い

愛おしすぎて、痛い


ーーーーーーー


ショッピングモールを出ると、音が少し遠くなる

夜の空気は澄んでいて、ネオンの光が道端を照らす


エレオノールは手の中のクレープの包み紙を大事そうに折りたたみ、胸の前で抱えた

まるで、今日の証を手放したくないみたいに


しばらく歩いた後、彼女は小さく呟いた


「わたくし……また、あなたと出かけてみたい」


紫苑の胸が跳ねた

これは彼女の意思だ

鳥籠の外を選ぶ意思

そして、“あなたと”と言った


「じゃあ、次はどこに行こうか?」


紫苑はなるべく軽く、自然に言った

でも、心の中では叫んでる

次も、その次も、ずっとーー


「あなたが……エレンさんが連れて行ってくれるなら、何処へでも」


その言葉に、紫苑は耐えきれなくなって、彼女の手をそっと包んだ

冷たい指先。でも、逃げない

彼女は目を見開いた後、ゆっくりと指を絡めてきてくれた


「……何故かしら」


エレオノールは繋いだ手を見つめ、呟く


「あなたを見ていると、懐かしい……」


紫苑は喉が鳴るのを抑えた

心臓が痛い

本当のことを、言ってしまいたい

ーーあの庭で出会った。君は俺にハンカチをくれた。おやつをくれた。本を読んでくれた

でも、今言ったら彼女を壊すかもしれない

兄の呪いが、また彼女に降りかかるかもしれない

だから、紫苑は“エレン”の仮面を被り、優しく言った


「うん、俺もそんな気がする」


エレオノールは微笑んだ

その笑みは、月の光よりも柔らかい

紫苑は、その笑みに何度でも救われる


「次も、楽しみにしていますわ」


“次”という言葉に、紫苑は胸を熱くした


「……うん、約束」


彼はそう言い、彼女の手をほんの少しだけ強く握った

指先に伝わる冷たさ。この温度を、今度こそ失いたくない


他愛ない一夜

けれど2人にとっては、何より大切な思い出だった

鳥籠の外で初めて交わした、自由な約束

そして、思い出せない記憶がーー確かにそこにあると示す、懐かしさ

紫苑は心の中でだけ、そっと囁いた


(……見つけたよ、エレオノール)


本当はどこかに連れ去ってしまいたいけど、そしたら壊れてしまうから

壊れないように捕まえるために、彼は黙って彼女の隣で歩き続けた

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