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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
1章

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4/21

奪われる記憶

その夜、山の空気が妙に重かった

木々がざわつき、影は濃く、闇が深い

エレオノールが庭へ向かうと、紫苑はいつもより早く来ていた

けれど、彼の顔色が悪い


「紫苑?どうしたのですか?」

「……だれかくる、こわい」


紫苑がそう言った瞬間ーー背後の空気が裂けた


「エレオノール」


甘く耳を撫でて背筋を凍らせる、低い声


エレオノールが振り返ると、兄がいた

オーギュストの紅い目が、闇の中で爛々と光る

月光に照らされたオーギュストは、完璧な微笑みを浮かべていた

だが、その目は氷のように冷たい


「お、お兄様……」

「ここで何をしている」


エレオノールは、咄嗟に紫苑を庇うように立った

けれど、兄の視線は、彼女の肩越しに少年を射抜いた


「………人間か」


紫苑は一歩前に出ようとして、足を止めた

体が言うことを聞かない

見えない圧が胸を押しつぶす

ーー怖い


「触れるな、エレオノール」


オーギュストは妹の前に立つ


「その花は、お前にとっては毒だ」

「ちが……!」


紫苑の声は、途中で掻き消えた


「ーー聞きなさい、エレオノール」


彼はゆっくりと指を伸ばす

白い手袋越しに、妹の額へ触れた

そして、額に触れていない方の手で、がっちりとエレオノールを抱きしめた


「不要な夢を取り除こう」


エレオノールは逃げようとした

ーー兄が、吸血鬼としての能力を使おうとしている

でも、オーギュストの手から逃れられない


「怖がることはない」


オーギュストの目が、妖しく光った

彼の能力ーー記憶操作の力


「………あ……ぁ……」


エレオノールの意識が引き摺り込まれていく


「エレオノール……!!」

「…し、お……ん………?」


オーギュストは淡々と「操作」を進める


「忘れろ」


オーギュストは微笑む


「出会った少年のこと」

「物語を読み聞かせた夜のこと」

「温かいお菓子も、白いハンカチも」


彼は1つずつ、丁寧に消してゆく


「その名を呼んだ記憶」

「心が満たされた感覚」

「ーー“一緒に生きてみたい”という願い」


ーーいたい、むねがいたい


「やめて……!おねがい、エレオノールをくるしめないで……!」


だが、オーギュストは決して紫苑を見ない


「お前は人間だ。妹の永遠に入る資格はない」


エレオノールの身体が、ぐらりと揺らぐ


「う……うぅ………!」

「大丈夫だ、エレオノール。俺がいる」


オーギュストは優しく妹を抱きしめた


「お、お兄様……?」


エレオノールの目は、虚ろそのものだった


「わたくしは……何をしていたのでしょう………?」


ーーパリン


紫苑の心が、音を立てて割れた


「何も思い出さなくていい」


オーギュストは、満足げに微笑んだ

彼は妹の額に口付けを贈る


「俺の、美しい小夜鳴鳥」


そして、踵を返す


「行くぞ」

「まって!いかないで!」


紫苑は叫んだ。でも、エレオノールは振り返らない

彼女は兄の手を取り、兄と共に去っていった


「エレオノール…!!」


紫苑はその場に崩れ落ちる

夜に残されたのは、白いハンカチと粉々に砕けた「思い出」だった


ーーーーーーー


小夜鳴鳥は去ってゆく

荒地な花は萎れ果て、ただ枯れるのを望むのみ


ーーーーーーー


山を抜け出した紫苑は、ふらふらと彷徨った

ゴミ捨て場に座り込み、息を吐く

家に帰る気なんて起きなかった。もう何もかもがどうでも良かった


「……ガキ、こんなとこで何してる」


不意に声が響く

目の前には、煙草の臭いをまとった男が立っていた

年は若くない。でも目は鋭く、どこか温かい


「………だれ?」

「俺は櫻井真一郎。隣町で店をやってる」


櫻井は紫苑の顔を見て、眉をひそめた

殴られたような痕、擦り傷、ボロボロの服、痩せこけた身体

そして何よりーー死んだような目


「家は」

「………あるけど、ない」


櫻井は短く舌打ちをし、コートを脱いで紫苑の肩に掛けた


「なら来い、腹減ってるだろ」

「べつに……もうどうでもいい。このまま……しんじゃいたい………」

「……気に食わねぇな、それ。いいから来い。腹減ってる奴の“死にたい”は信用できねぇ」

「いみわかんない」

「分かんなくて良い。お前に飯奢っても俺は死にやしねぇ」


櫻井に手を引かれ、車に乗せられる

降ろされた場所は、ガヤガヤしてゴチャゴチャしてチカチカする


「こっち来い」

「……ここ、どこ?」

「……ホストクラブ。ほら、こっから入れ」


裏口を通り、ホストクラブのバックヤードへと案内される

すると、1人の年嵩の男がやってきた


「櫻井さん?またガキ拾ってきたんすか」

「うるせぇ、俺が何をしようと俺の勝手だ。それよりも飯もってこい」

「は〜い」


紫苑は温かい食事を食べ、初めて温かい風呂に入った


「なんで、ぼくなんか」


ベッドに横になった紫苑は、櫻井に尋ねる

櫻井は、紫苑の頭を乱暴に撫でた


「うるせぇ。死にそうなガキをほっとくほど、俺は落ちちゃいねぇ」

「………………」

「ほら、ティッシュ」


紫苑は、とうとう涙腺が決壊した

それは、2回目の温かい涙だった

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