表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/37

決着

バー「鳥籠」の夜は、相変わらず美しかった

けれど紫苑は、その美しさの奥に“いつか来る”を感じていた

舞と亮は、必ずもう一度来る

金が尽きた時、誰かに追い詰められた時ーー彼らはいつだって“自分より弱いもの”に当たり散らして生きる

そして今、舞にとっての弱いものは、紫苑ではなく浅葱だ


浅葱が“普通”を覚えていくほど、紫苑の中で決意は固くなっていった

逃げない。曖昧にしない

今度こそ、終わらせてやる


ーーその夜、鳥籠の扉のベルが鳴った

嫌な予感は、いつも正しい


「紫苑~?いるぅ?」


甘ったるい舞の声により、店内の空気が一瞬だけ引きつる

常連たちは“また来たのか”と分かっている顔をした

紫苑はグラスを拭く手を止めず、ゆっくり顔を上げた

舞は派手な服と化粧で、さも“主役”のように歩いてくる

隣には亮。前回の屈辱を忘れたふりをして、妙に肩をいからせている


「……何の用ですか?」


紫苑は低く言った

舞はにやりと笑う


「決まってるじゃない。お金ちょうだいよーーあの子を養育できるくらい稼いでんでしょ?」

「答える義理はありません」

「はぁ?あんた何様なのよ!ねぇ、亮!」


亮が腕を組み、わざと低い声を出す


「そうそう、俺らだって生活あるんだよ。金よこせ」


紫苑は、心の中で数を数えた

怒りに飲まれないために

吸血鬼の力で“壊さない”ために


「あなた達にお金を渡すために、浅葱を引き取った訳じゃありません」

「何カッコつけてんのよ。どうせあんた、いい人ぶってるだけでしょ?そのうち捨てるくせに」


紫苑の目が、ほんの少しだけ細くなった

捨てるーーその言葉を言える口が、浅葱を傷つけた口が、まだ存在していることが許せない


「捨てません」


紫苑の声は静かだったが、店内の温度が一段下がったように感じた

舞は紫苑の肩を小突こうと手を伸ばす


「あんた、母親に向かってーー」


紫苑は、舞の手首を掴んだ

ぎり、と骨が鳴りそうなほど強くは握らない

ただ“止める”だけ

それでも舞は顔を歪めた


「痛っ!何よ、触んないで!」

「触らないで下さい……俺にも、エレオノールにも、浅葱にも」


亮が前に出る


「おい!てめぇ、女に手ぇ上げんのかよ!」

「女?」


紫苑は笑わなかった


「子どもを捨てるような人を、女と思った覚えはありません」


舞の顔が真っ赤になる


「なによそれ!!」


舞が叫ぶと同時に、亮がカウンターを叩いた


「金だよ金!!さっさと出せ!いい暮らししてんだろ!?」


紫苑は、あえて少しだけ声を大きくした

店内に、言葉が残るように

“誰かの記憶に残るように”


「お金は出しません。2度と言わないで下さい」

「はぁ!?こっちは親だぞ!」

「親なら、子どもを捨てるようなマネはしないでしょう?」


一瞬、舞の顔に“困惑”が浮かんだ

それは舞が初めて、紫苑の中に“折れない芯”を見た表情だった

舞はいつも、紫苑が折れる前提で喋ってきた

泣かせれば勝ち。怒鳴れば勝ち。黙らせれば勝ち

そういう世界で生きている

だが紫苑は、もう黙らない

舞は唇を歪め、浅葱の名を使った


「じゃあさ、あの子返しなさいよ。私が面倒見てあげる」

「……面倒?」


紫苑の声が、わずかに揺れた。怒りではなく、嫌悪で

亮が笑う


「そうそう。返せばいいんだよ。金もいらねぇしな。ーーどうせお前に子どもなんか育てられねぇだろ?」


紫苑の脳裏に、浅葱が食卓で「おかわり」と言えた日の顔が浮かんだ

布団の中で「また明日いる?」と聞いた小さな声が浮かんだ

それを、奪う?

この二人が?

紫苑は静かに息を吸った


「返しません」

「はぁ?じゃあ金ーー」

「黙れ」


紫苑は一歩出た

それだけで、舞と亮がわずかに身を引く

“何か”を本能が察するのだ

紫苑の中の吸血鬼が、怒りを抑えきれなくなる前触れを

亮が虚勢を張る


「お、おい……やる気か?ここ店だぞ!」

「店だから、これで済ませます」


次の瞬間、紫苑は亮の襟首を掴んで“持ち上げる”だけで、身体を浮かせた

亮の足が床から離れる


「う、うわっ!?」


そして、投げた

――投げ飛ばした

吸血鬼の力は、人間の常識を軽く越える

紫苑は“殺さない”ように“壊さない”ように加減した

それでも、亮の身体は宙を舞って床に転がり、苦悶の声を上げた


「がぁっ……!!」

「暴力!?何やってんのよ!!」


紫苑は舞に視線を向ける


「……次、浅葱に触れたら許しませんから」


舞は怯んだ。そしてその怯みを誤魔化すように、また怒鳴る


「ふざけないで!!私は母親よ!!」

「母親なら、最初から子どもを守って下さい」


紫苑の声は、冷たい


「本当に母親なら、子どもにみっともなく縋らないで下さい」


舞は一瞬、言葉を失った

紫苑に“正論”をぶつけられることを想定していなかったのだ

だが舞は舞だ。すぐに怒りへ逃げる


「うるさい!うるさいうるさい!!」


舞が紫苑に掴みかかろうとした瞬間、影が前へ出た

櫻井真一郎だった

背は高くない。だが、その背中には“場数”がある

夜の街で、人を守り、人を終わらせる覚悟を積んだ男の重みがある

櫻井は舞の前に立ち、低く言った


「……やめとけ。ここは店だ」


舞が噛みつく


「何よ、あんたもグルなの!?私の息子ーー」

「捨てた時点で、他人だ」


櫻井の言葉は短く、重かった

舞が一瞬だけひるむ

櫻井は続ける


「帰れ。次に来たら警察呼ぶ。……いや、俺が先に潰す」


舞は唇を引きつらせた

亮は床で呻きながら立ち上がり、舞の腕を掴む


「……やべぇ、行くぞ……」


舞は最後に紫苑を睨む


「覚えてなさいよ!!」


2人は逃げるように去っていった

扉のベルが鳴り、夜風が入り込み、そしてまた閉じた

店内に、静けさが落ちる

次いで、常連の誰かが小さく息を吐き、拍手が起きた

慰めでもなく煽りでもない、“終わった”という確認の拍手だった

紫苑はその拍手が痛かった

自分の過去が、人前で晒された気がして


「……紫苑」


櫻井が、紫苑の肩をぽん、と叩く

優しく、しかし誇らしげに


「よく言った。……よく、終わらせに行ったな」


紫苑は視線を落とし、唇を噛んだ


「……まだ終わってない。あいつらは、また来る」

「なら、終わらせる材料を揃えりゃいい」


その時、カウンターの端から声がした


「……材料なら、ここにありますよ」


現れたのは、朝凪すずだった

いつの間にか店の隅に座っていたらしい

彼女の手には小さなボイスレコーダー

紫苑は眉をひそめる


「……朝凪さん」

「びっくりしました?」


朝凪は笑う


「すごいシーンでしたね。……“捨てた母親が金をせびりに来る”って、現実の方が小説より凄い」


櫻井が苦笑する


「お前、こういうの好きだな……」

「好きというか、必要なんです。物語には“証拠”が」


朝凪は紫苑に近づき、ボイスレコーダーを差し出した


「最初から最後まで、全部入ってます。あの2人の発言も脅しも、紫苑さんの拒否も。ーー言質、完璧」


紫苑は、レコーダーを見つめた

小さな機械が、やけに重く見える

これは武器だ。暴力ではなく、言葉で終わらせるための武器


「……なんで、俺に?」


紫苑が問うと、朝凪は肩をすくめた


「守りたいものがあるでしょう?」

「……」


紫苑は、ゆっくり受け取った

指先に機械の冷たさが伝わる

それでも、胸の奥は熱い

櫻井が紫苑の肩を、もう1度叩いた


「……帰れ。今日はもう店のことはいい。家に帰って、エレオノールちゃんと浅葱の顔を見ろ」


紫苑は頷いた


「……はい」


紫苑はレコーダーをポケットに入れ、深く息を吐いた

終わったわけではない

けれど、終わらせる道が見えた

紫苑の中で、何かが確かに前へ進んでいた


――次は、役所だ

――浅葱の“居場所”を、言葉で、形で、確かにする


そう決めて、紫苑は店を出た

夜風が頬を撫でる

その冷たさすら、今は心地よかった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ