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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
2章

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紫苑が贈るエレオノールへのプレゼント

マダム・ミヤコとオーギュストの“桁違いの財力”を間近で見せつけられて以来、紫苑の胸の奥には、冷たい焦りが沈んでいた

エレオノールに贈られるものは、いつだって眩しくて、豪奢で、完璧だ

磨き上げられた宝石達、オーダーメイドのドレスーーそれらに比べて、自分は何ができる?紫苑は笑ってやり過ごせるほど器用ではなかった

けれど、同時に思う


「俺だって……贈りたい」


値札の強さじゃない。エレオノールの心に、ちゃんと届く“何か”を

彼女がそれを眺めた時、「ああ、これは紫苑がわたくしを想ってくれた証だ」と思えるものを


ある夜、紫苑は人知れず街へ出た

煌びやかな百貨店や、有名ブランドの店は避ける。そういう場所は、どうしても“値段”が先に目に入ってしまうからだ

細い路地を曲がった先の古い石畳の通りに、小さなジュエリーショップが灯をともしていた

派手な看板はなく、窓辺に置かれたランプが控えめに光っている。店内の空気は静かで、香水ではなく、磨かれた金属と木の匂いがした

ショーケースの中を覗いた瞬間、紫苑は足を止める

そこにあったのは、深い紫ーー紫苑の名を思わせる宝石が、まるで小さな花のように鎮座していた

隣には紅。吸い込まれそうなほど濃く、優しい紅。それは、エレオノールの瞳の色に似ていた。あの、世界のすべてを許すようで、同時に誰にも奪わせないほど強い紅


(……これだ)


胸が小さく鳴った。けれど、次の瞬間に迷いが差し込む


(喜んでくれるかな……?)


エレオノールは、宝石の価値を知らないわけじゃない。けれど、彼女にとって大切なのは“値段”ではないことも、紫苑は知っていた

それでも不安だった。自分が選ぶものが、彼女をがっかりさせたくない。自分の小ささを思い知らされるのが怖い。ーーそして何より、彼女が“喜ぶべき顔”をしてしまったら、紫苑はその優しさに耐えられない


逡巡する紫苑の背後で、コツ、と杖の音がした

振り返ると、上品な老紳士が立っている。背筋はまっすぐで、白髪は整えられ、眼差しは穏やかだ。店長だろう。名札には「秋川」とあった


「何かお探しですか?」


静かな声だった。押しつけがましくなく、こちらの心を急かさない。紫苑は一瞬言葉に詰まり、それから正直に吐き出した


「あの……妻に指輪をプレゼントしたくて。でも……喜んでくれるかなって」


自分でも驚くほど、弱い声音になった

秋川は、紫苑の視線が紫と紅の宝石に吸い寄せられているのを見て、ふっと微笑む


「贈り物で大切なのは、値段ではなく相手を思う気持ちでございます」


老紳士は、まるで長い年月の中で幾度も同じ迷いを見てきたように続けた


「貴方様がそうやって悩み抜いて選んだものなら、きっと喜んでくださいますよ」


紫苑の胸の奥で、凍っていたものが少しだけ溶けた

値段じゃない。思う気持ち

ーーそれは、紫苑が1番信じたかった答えだ

彼は、迷うのをやめた


「じゃあ……この紫苑色の宝石と紅色の宝石をそれぞれ使って、指輪を作って欲しいです。リングはプラチナで」


秋川は頷き、当たり前のことのように言った


「かしこまりました」


採寸、石の留め方、光の角度、日常で引っかからない丸み。紫苑は細部まで相談した。エレオノールの指先は白くて繊細だ。美しいだけじゃだめだ。彼女が困らない形にしたい

秋川は紫苑の言葉を1つ1つ拾い上げ、職人に伝えられるようメモを取っていった


ーー後日。小さな箱が、紫苑の手に渡された。開ける前から、妙に呼吸が浅くなる

箱を開いた瞬間、紫苑は息を呑んだ


プラチナの輪は冷たい月光のように澄み、そこに紫と紅が宿っている

紫苑色の石は、紫苑の花を閉じ込めたようで、光を受けるたびに静かに表情を変えた

紅の石は、血のぬくもりに近い紅で、深く優しく、どこか危うい艶を持っている

2つの指輪は対でありながら、それぞれが“相手”を映すように作られていた


紫苑は、その晩エレオノールに指輪を渡した

彼女は箱を受け取ると、何の疑いもなく、子どものように嬉しそうに蓋を開けた。そしてーー目を丸くした


「……きれい」


その一言が、紫苑の心臓を貫いた

エレオノールは紫苑色の宝石がついた指輪を手に取り、しばらく見つめたあと、そっと紫苑を見る


「これ……あなたの名前の色みたいですわ」


紫苑は、喉の奥が熱くなるのを誤魔化すように笑った


「……気づくと思った」

「嬉しい」


エレオノールは迷わず左の薬指にそれをはめ、指先を光にかざす。紫の石が淡く瞬いた瞬間、彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ

そして紫苑は、紅い宝石の指輪を自分の左の薬指に通した

エレオノールの瞳に似た紅。ーー彼女が見つめ返してくるたび、自分の指輪がその色を思い出させる

エレオノールは紫苑の手を取り、指輪を眺めて、ふっと笑った


「わたくしの目の色……あなたが持っていてくれますか?」

「……うん。俺は、これがいい」


それから2人は、いつもその指輪をつけるようになった

紫苑は紅を、エレオノールは紫を

お互いの“色”を、左の薬指に結ぶみたいに


ーーそして、紫苑が訪れたあの小さな店は、急に客が増え始めた

口コミが広がり、「あそこに頼めば間違いない」と噂になった。派手な宣伝もないのに、静かな行列ができる

秋川はいつもと変わらぬ顔で、淡々と仕事をしていた


「ほほ、お客様が急増しましたな。しかし、私はお客様のために心を込めて宝石を売るだけでございます」


その言葉をどこかで聞きつけたのが、マダム・ミヤコだった


「……いい店じゃない」


彼女はにやりと笑い、ふらりと秋川の店を訪れる。そして、最高級のアメジストとルビーを迷いなく買った

まるで店の未来に“祝福”を置いていくように

紫苑は後からそれを知り、複雑な気持ちで笑った


(結局、マダムの財力には勝てないな…)


けれど、すぐに思い直す。勝つ必要なんてない

紫苑が贈ったのは“値段”ではなく、“悩んで、選んで、想った”という時間そのものだ

エレオノールは今日も指先の紫を眺めて、時々ふっと微笑む

そのたびに紫苑の左手の紅が、小さく熱を帯びる気がする

ーー宝石はただの石ではない

想いが宿った瞬間から、2人だけの誓いになるのだから

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