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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
2章

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28/37

パトロン大戦争

ーー戦争は、銃声で始まるとは限らない

ある日、突然始まる

誰かの“本気”が世界に伝染して、気づけば周囲が引きずられている

そして一番恐ろしいのはーーそれが、本人たちの知らぬ間に進行することだ


始まりは、アルバート・エヴァンズだった

銀座の女王と夜の貴族が、才能に財力をつぎ込んでくれるーー仲間にそう話しただけだった

しかし、その話は世界各国に広まった


「優れた才能に投資するのは貴族の義務だ」

「文化はお金と才能があって初めて発展するの」


この“思想”は芸術家たちにとって麻薬だ

芸術家たちは、資金と理解者に弱い

こうして、世界は勝手に転がり出した


舞台はマダム・ミヤコの屋敷

世界中から才能が集まり、世界中から欲望が集まった

そして彼らは皆、同じ顔をしていた

「評価されたい」

「買われたい」

「才能を、理解されたい」


ーーーーーーー


とある金曜日。マダム・ミヤコの屋敷の玄関は、すでに“展示会場”になっていた

ーー大きな額縁を抱えた画家

ーー木箱に彫刻を詰めた彫刻家

ーー譜面を抱えた作曲家

ーー手製本を持った詩人

ーー香水の小瓶を守るように抱えた調香師

全員、呼ばれてはいない

しかし、全員が呼ばれたような顔をしている

使用人が淡々と言った


「本日の面会はーー」

「面会じゃないの。審査なの」


言い切ったのは、黒い帽子の女性だった

名刺を差し出す

肩書は“現代彫刻家”

彼女の後ろに並ぶ芸術家たちが、一斉に頷いた


「そう、これは審査だ」

「文化の選別だ」

「夜の王と女王が選ぶ、儀式だ」


使用人は一瞬黙り、そしてため息をついた


「……お通しします」


広間には、長いテーブルが用意されていた

そこに座るのは2人

ーーマダム・ミヤコ

優雅な笑み。そして、鋭い審美眼

ーーオーギュスト

鋭い紅い目。そして、容赦ない評価


この二人が並ぶと、もう“王族の会議”にしか見えない

そして、なぜか朝凪すずも居る

ペンとノートを手にし、目をキラキラさせている。彼女は何故か用意されて居る“記者席”に座っていた


「いや、誰が入れたの?」


紫苑は、遠い目で呟いた

隣には勿論エレオノールがいる

今日は紫色のワンピース。少し控えめな雰囲気だが、彼女の気品と妖艶さは隠せない


「紫苑、今日は何が始まるのでしょう?」

「……地獄、かな」

「まあ」


エレオノールは楽しそうに笑った

怖い。彼女は地獄を“イベント”として見ている

ーーマダムが、手を叩いた


「始めましょうか。ーー順番に前へ」


芸術家たちが、ぞろぞろと進み出る

最初の男は彫刻家

石膏の女性像を差し出した。


「夜の女神をイメージしてーー」

「骨格が弱い。やり直せ」


一言で終わり

彫刻家は顔を青くしつつ、必死にメモを取った


「こ、骨格が……弱い………」


次は作曲家。譜面を差し出す


「小夜鳴鳥の夜をーー」


マダムが譜面を眺め、少し首を傾げた


「綺麗。でも……あなた、怖がりね」

「えっ」

「安全な音しか置いていないわ。夜は危ういの。もっと踏み込んで」


作曲家は震えながらメモを取った


「安全な音……踏み込む……」


次は画家。エレオノールをイメージした肖像画を差し出す

マダムが微笑んだ


「上手。とても上手。人物解剖学もしっかりしてるわ。でもこれは“美しい女性”よね。エレオノールちゃんは“美しい女性”で終わらないの」


画家が固まる

オーギュストが冷酷に補足する


「オーラが薄い。存在感が無い。お前はエレオノールが持つ“威厳”を知らぬ」


画家は崩れ落ちそうになりつつ、メモを取った


「威厳……存在感……オーラ……」


ーーこんな調子で、審査が続く

だが、驚くべきことに芸術家たちは逃げない

むしろ、目が燃える

批評されることは、才能にとって栄養だ

そしてこの2人の批評は、甘い褒め言葉よりよほど価値がある

朝凪がうっとりと呟く


「最高……才能が削られて磨かれていく音がする……」

「どんな音を聞いてるの?」

「文化の悲鳴」


紫苑は頭痛がした


ーーーーーーー


審査は、3日続いた。

屋敷の広間には、作品の山が積まれた

通らない者は帰る

通った者は“次”へ進む

通った作品だけが、別室へ運ばれる

その別室には何があるのか?

ーー金がある


最高級の絵具

最高級のキャンバス

最高級の石

最高級の工房

世界トップの職人


マダムとオーギュストの財力は、才能の背中を押すために使われた

「“投資”とはこういうことだ」と証明するかのように


「あなたの筆は替え時よ。ーー最高の筆を用意してあげる」

「お前の彫刻は素材が軽い。ーーもっと重い石を使え。運搬費は私が出す」


芸術家たちは、泣いた

嬉しくて泣いた。震えて泣いた

そして誓った

ーーこの2人のために、最高のものを作る

こうして2人の存在は、芸術家たちの宗教になった


ーーーーーーー


そして、戦争の中で2人の女性が頭角を表す


ーー1人目

フランスの新人画家、クレール・ラスマリス


彼女が持ってきたのは、一枚の絵だった

まだ乾ききっていない油彩

だが、絵はすでに“完成”していた

タイトルはーー“月の女神”

絵の中で、エレオノールは月の女神として描かれていた

ーー輝く肌は月の光

ーー白い衣は夜の霧

ーー紅い目が、鑑賞者を惹きつける

森の中で寛ぐ姿は神秘的で、どこか無垢だ。だが触れてはならぬ程に色っぽい


「あら……」

「……ほう」


マダムは初めて息を飲み、オーギュストが初めて目を細めた

クレールは緊張で唇を噛み、しかし目だけは真っ直ぐだった


「彼女は……月のような存在だと思いました」


マダムが静かに言う


「ーーその通りよ」


クレールの顔が固まる

信じられない、という顔


オーギュストが頷く


「そうだな。お前は“圧”というものを知っている」


クレールは、その場で膝をついた

泣きそうになりながら、しかし誇り高く頭を下げた


「……ありがとうございます」


朝凪は横で爆速でメモしていた


(女性画家が月の女神で一発通過……!!これ、後世に残るやつ……!!)


マダムは、クレールへ微笑む


「あなた、専属契約を考えなさい。必要な工房もモデルも、全部用意するわ」


クレールの瞳が揺れる

新人画家にとって、これは夢だ

夢を超えて現実が怖い


「ーーこの絵は私のものだ。いくら欲しい」


オーギュストの言葉に、クレールがさらに固まった


(夜の貴族が買ってくださった……。人生が、変わった……)


それは、勝利だった

戦争の中で最初に旗を立てた者の勝利


ーー2人目

ドイツの宝石商、エリザベート・ローゼンベルク

彼女は芸術家というより、商人の顔をしていた

だが目が違う。宝石を扱う者の目は、光を“切り取る”目だ


彼女が持ってきたのは、小さなトランク

中には、複数の宝石が整然と並んでいる

ーー夜空を閉じ込めたような青

ーー血を宿したような赤

ーー奥深い森のような緑

ーー闇を切り取ったような黒


エレオノールが、思わず目を輝かせた


「まあ……綺麗」


エリザベートは、静かに微笑んだ


「エレオノール様に似合う色を選びました。濃色で、なおかつ澄んでいるものを。ーーあなたの肌は、光を拒まないから」


マダムが宝石を覗き込み、頷く


「いい目をしているわね」


オーギュストは宝石を一つ手に取り、光にかざした

紅い瞳が、僅かに鋭くなる


「……良い。濁りがない。そして、深い」


エリザベートは静かに言った


「石は輝きが全てです。……浅い輝きはすぐに飽きます。けれど、深い輝きは見続けるほどに人を捕らえます」

「あなた、気に入ったわ。全部買いましょう」


マダムは即断した

エリザベートの目が一瞬揺れる

しかし直ぐに平静を装った。それが商人としての矜持だ


「ありがとうございます」


オーギュストも淡々と言う


「私も買う。そして一流職人に仕立てさせる」


エリザベートは、少しだけ誇らしげに頷いた


「ええ。石は、装いを得て完成します」


こうして宝石たちは買われた

だがそれは終わりではない

買われた宝石は、最高の職人たちの手に渡る

研磨され、デザインされ、ジュエリーになる

それは“エレオノールのための宝”となって、夜の世界に生まれ直す


「……宝石商まで戦争に参戦した……。もうこれ、文化の覇権争いだ……」


紫苑は遠い目をした


「頼むから、これ以上広げないで」


朝凪は真顔で答える


「無理です。広がります。だって才能が理解者を見つけたから」


エレオノールは苦笑する


「わたくしの部屋が、宝石箱になってしまいますわ」

「もうなってると思う……」


紫苑は、胃に痛みを覚えた


ーーーーーーー


戦争は加速した

審査を通った作品は、さらに磨かれる

金が入り、技術が入り、時間が入り、完成度が上がる

落ちた芸術家は、悔しさを抱えながらもーーマダムとオーギュストの批評を宝物のように握りしめ、次の作品に活かす


「骨格が弱い」

「平凡ね。危険から逃げてるわ」

「しかし、紅の深みはいい」

「この光の描写は素敵だわ」


その一言が、才能を伸ばす


「ねえ、オーギュスト様。文化って面白いわ。お金を入れると花が咲く」

「そして才能は、血より濃い」


その言葉に、エレオノールが小さく笑った


「お兄様、また難しいことを言うのね」


紫苑はエレオノールの美しい横顔を見た

彼女は“中心”だ

何もしていないのに、世界が彼女を題材に動く

そして、この戦争の一番怖いところは、誰も悪意で動いていないことだ

全員が善意だ

ーー才能を伸ばしたい

ーー文化を発展させたい

ーー美しいものを守りたい

善意の集団は、時に怪物になる


「ねえエレンさん。次の作品決まりました。“パトロン大戦争”でどうですか?」


朝凪が、紫苑の隣で囁く


「……やめて」

「やめません。それが作家の性だから」


紫苑はため息をついた


ーーパトロン大戦争は、まだまだ序章に過ぎなかった

リアクションや感想を頂けると、作者は飛び跳ねて喜びます(*^▽^*)

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