マダム・ミヤコとオーギュスト②
前回からの続き!
フロアの奥、エレオノール、マダム・ミヤコ、オーギュストの座る席だけ、相変わらず空気が違う
そこだけは別世界のサロンみたいに静かで、品があり、少し怖い
(あそこ、異世界……)
(ホストクラブじゃない……)
(胃が痛い……)
紫苑と、ホスト達と、姫達の心が一致団結する夜も珍しい
そんなこんなは気にかけず、マダムはふと思い出したように言った
「そういえば、あなた達は食事はどうしてるの?今度ディナーをご馳走したいのだけど」
エレオノールが嬉しそうに身を乗り出すよりも早く、オーギュストが淡々と答えた
「人間の食事も食べられるぞ。味覚もある」
「なら良かった!」
マダムの顔がパッと華やぐ
「お気に入りのフレンチレストランがあるのよ。あなた達に似合うわ」
「わぁ!楽しみです!」
エレオノールが顔を綻ばせる
(いや怖!!)
(会話が“ディナーをご馳走する”圧じゃない!)
(絶対、普通のフレンチじゃない!!)
遠巻きに見ていたホスト達と姫達が絶叫した。心の中で
「それに、血は親切な方々から献血してもらっている。人を襲うことは絶対にせん。安心しろ」
その言葉に、姫達の肩から力が抜けた
(ちゃ、ちゃんとしてる……?)
(ていうか献血……?)
(吸血鬼、モラルがしっかりしてる……)
エレオノールも兄の言葉に頷いた
「人を襲うなんておぞましいですし、野蛮ですわ……」
「そうだな」
オーギュストが即座に同意する
「人間を襲うくらいなら、舌を噛み切ったほうがマシだ」
「お兄様の言う通りです」
(倫理観が強い………)
(吸血鬼ってこう…夜に人間を襲うイメージあったのに……)
(すげぇ………)
ホスト達と姫達が、別の意味で震える
マダムは満足そうに頷いた
「それなら決まりね。後日、エレオノールちゃんにはドレスと靴とアクセサリー。オーギュスト様とエレンにはスーツと革靴を贈るわね」
「楽しみにしている」
「マダムのプレゼント、いつも素敵です!」
オーギュストは当然のように答え、エレオノールは無邪気に笑う
「……マダム、ありがとうございます……」
紫苑は丁寧に答えつつ、胃のあたりをそっと抑えた
(エレン、頑張れ……)
(後日プレゼントする量じゃない……)
だが地獄は止まらない
マダムはふと、2人の肌を見比べるように目を細めた
「あなた達の肌、本当に白いわね。羨ましいわ」
「太陽にあたれないからな」
ホスト達は身構えた
(やっぱり、灰になっちゃうとか……?)
「わたくし達、太陽に当たるとひどい日焼けをしてしまうのです。吸血鬼にとって日焼けは火傷と同じですから」
(吸血鬼ってそういうもんだっけ!?)
(もっとこう、ジュワッと消えるものかと……!!)
姫達は大混乱
「まぁ、それはいけないわ!」
マダムが即座に反応する
「今度、高機能の日傘をプレゼントするわ」
(ぜ、絶対高いやつ……)
(“高機能”って言葉からして高い………)
姫達は確信した
が、エレオノールは満面の笑みで紫苑の方を見た
「ありがとうございます、マダム!これでエレンと昼間もデートできますわ!」
「ーーっ!!」
シャンパンを飲んでいた紫苑が咳き込みかける
「エ、エレオノール」
「良かったわね、エレン」
マダムはトドメを刺すように微笑む
「は、はい………」
紫苑は返事をしながら、周囲に目だけで助けを求めた
(エレン……強く生きて……)
(頑張れ……)
ホスト達と姫達は、そっと紫苑の無事を祈った
そして、地獄の三角会話は最終局面に向かう
「ねぇ、純血の吸血鬼って、みんな見目麗しいのかしら?」
マダムは少し身を乗り出し、興味津々な声で聞いた
「ああ。純血の吸血鬼の特徴のひとつだからな。エレオノールを見ればわかるだろう」
(基準が高い!!)
(わかるけど、わかるけど……!!)
ホスト達が心の中で叫ぶ
でも、エレオノールは控えめに首を振った
「ですが、わたくし達の祖先には、神話レベルの美しい方もいたそうですわ。歩くだけで森がざわめき、笑えば人々が跪く程だったとか。わたくし達なんてまだまだです」
(いや、アンタも十分神話レベルの美女だから!!)
(その謙遜が怖い!!)
(笑っただけで人が跪く美貌って何!?)
姫達は悶絶した
「まあ素敵ね〜!」
マダムは純粋に楽しそうだ。紫苑は胃の辺りをさすってるけど
「その“絶世の美姫”について、もっと教えてちょうだいな!」
マダムの目が輝く
あと、朝凪のペンの音もする
「フランスの貴族だったそうですわ。あまりの美しさに国王からも結婚を申し込まれたとか」
「まぁまぁ!」
「でも、その方はそれを断ってーー愛していた吸血鬼の男性と恋愛結婚したそうですわ」
「素敵……」
マダムはうっとりしている
しかし、オーギュストは真顔で切り捨てた
「国王などと結婚しなくて正解だ。しきたりで煩わしい上に、大量の愛人が付いてくるんだぞ?」
(いや辛辣!)
(ロマンが死んだ!!)
「まぁ……それは確かに嫌ね」
「わたくしも、愛人を抱えた殿方はちょっと……」
(そこ、同意するんだ………)
ホスト達や姫達はガクブルしている
「でも、その美姫は幸せだったそうです。愛した殿方とーーずっと」
その優しい“ずっと”という言葉に、紫苑の胸はキュッとなる
オーギュストは、ふと妹を見る
そして、当然のように言った
「そもそもーーエレオノールの方が美しいがな」
「それは同意するわ!!」
(怖すぎる!)
(兄のシスコンが重い!!)
(マダムが即同意するのも怖い!!)
エレオノールは頬を染め、恥ずかしそうに笑った
「まぁ……お兄様ったら」
「事実だ」
「誇張しすぎですわ」
「足りないくらいだ」
「足りております!」
そのやりとりが、あまりにも“家族”で
ホストクラブの片隅で起きているとは思えない温度だった
紫苑はその会話を見ながら、心の中で静かに祈った
(俺も……混ざっていいのかな……)
そして、すぐに否定する
(いや無理だ。格が違う)
マダムは笑いながら手を叩いた
「今夜は素敵ね!シャンパンタワーをしましょう!!ここにいる皆にご馳走するわ」
結果、全員がシャンパンタワーのご相伴に預かった
泡は甘く、喉を滑り、胃を焼く
(た、助かった……)
(シャンパンの泡で現実を流す…)
(今日はヤバかった……)
姫達もホスト達も、ひたすらシャンパンを飲んでいた
そんな中、ふと紫苑は気づく
オーギュストとマダムは、ただ怖いだけじゃない
エレオノールを中心にして、笑っている
“楽しい夜”を、きちんと楽しんでいる
それが紫苑にはーー救いであり、試練であった
エレオノールが、紫苑との昼間デートを想像して微笑む
マダムが、次の贈り物を考えて楽しげの指を折る
オーギュストが、優しい目で妹を見守る
そしてその輪の外側で、ホスト達や姫達が胃を抑えつつも笑っている
ーー怖い
ーーでも、奇妙に美しい夜だった
泡の音の向こうで朝凪がペンを走らせてる気配だけが、やけに確かだった




