マダム・ミヤコとオーギュスト①
「タンザナイト首飾り事件」から数日
マダム・ミヤコがエレオノールに贈った宝石が、店の格を一段上げ、同時にホスト達の心臓を削った。それ以来、店は妙に“上品”になった。言葉遣いが綺麗になり、グラスの扱いが丁寧になり、なぜか全員が「背筋」を気にするようになった
そして今夜。先に店に現れたのはヴァルモン家の兄妹だった
まず入ってきたのはエレオノール
白磁の肌に紅いドレスが映える。足元は同色のパンプス。首元には深い色のルビー。鮮やかな装いだけれど、品がある
姫達は心の中で叫んだ
(今日も勝てない………)
(同じ女なのに、別種族………)
(あれ……本物のルビー……?)
続いて入ってくる男、オーギュスト
装飾品をほとんど身につけないくせに、圧がある。人間の夜の店に馴染む気もないのに、店の空気が彼に合わせて静まる
「いらっしゃいませ」
スタッフが深々と頭を下げた
オーギュストは短く頷くだけ
エレオノールは微笑んで礼を返す
その対比が、また怖い
紫苑はすぐにエレオノールの席へ向かった
彼女の前では、彼の声は柔らかくなる
「こんばんは。寒くありませんか?」
「ええ、エレンに会えたから、温かいですわ」
「……そういうこと、さらっと言うの、ずるい」
「ずるくありません。事実ですもの」
その会話だけで、周囲のホストが“尊さ”で死にかける
だが、今回の本番は別にあった
オーギュストは少し離れた席に座り、視線だけで2人を見守る
守護者の目、監視者の目、ーー兄の目
そして、彼が赤ワインのグラスに手を伸ばした時ーー
「ごきげんよう」
マダム・ミヤコが来た
黒い装い、真珠の控えめな輝き。笑みは優雅で、立ち姿は隙がない
彼女が歩くたびに、フロアにいるホストが整列する
「いらっしゃいませ、マダム」
「今夜も賑わっているわね。……エレンは?」
「すぐに」
マダムの目は、もう目的を捉えていた
フロアの奥ーーオーギュスト
そして、オーギュストもまた、マダムを見た
2人の視線が重なった瞬間、店の温度が1度下がった気がした
ホスト達も姫達も、声に出せない悲鳴を飲み込む
(来た………)
(ぶつかった………)
(ヤバ………)
(新作の予感………!)
朝凪すずだけが、目を輝かせていた
オーギュストは立ち上がり、ゆっくり歩いた
マダムもまた、歩み寄る
互いに譲らない速度で
そして2人はーー握手をした
「初めまして、ではないな」
オーギュストの声は低く、静かで、刃のよう
「ええ、あなたが噂の……」
マダムの声は柔らかく、甘く、毒のよう
2人の握手は、礼儀の形をした“同盟”だった
(怖い!!)
(握手が怖いって何!?)
(人間界と吸血鬼界の頂点が手を取り合った…!?)
櫻井は胃が痛そうな顔をしている
ホスト達は笑顔を作るのが精一杯
姫達はシャンパンを飲む手が震えている
「マダム・ミヤコといったな……」
「ええ。オーギュスト様、でよろしいのかしら?」
「構わん」
「ふふ、ずいぶんと簡潔ね」
「無駄な言葉は嫌いだ」
「では、必要な言葉だけで話しましょうか」
マダムはさらりと距離を詰める
オーギュストは、引かない
「この間のタンザナイトの首飾り、素晴らしい出来だった。久々にあのクオリティを見たぞ」
「まぁ……純血の吸血鬼にそういってもらえるなんて、光栄だわ」
マダムは胸に手を当て、上品に笑う
「職人も喜ぶでしょうね。……ええ、あの子が首飾りをつけた瞬間、確信したの。“これは正しい”って」
「同意する。あれはエレオノールのために生まれた色だ」
ホスト達が固まる。言葉が貴族すぎる。感性が王侯すぎる
マダムは視線を流し、フロアの端で紫苑と話すエレオノールを見る
紅いドレス、紅い靴。首に光る真紅
「今日のエレオノールちゃんの格好も素敵ね。紅いドレスに靴……」
そして、わざとらしく間を置く
「ネックレスは……ルビーかしら?」
「正解だ」
オーギュストは即答した
「全て私が揃えた。あの子に似合うものを1番知っているのは、この私だからな」
「……まぁ!独占欲の塊みたいな言い方」
マダムは口元を押さえて笑った
「事実だ」
「ふふ……でも、あの子を飾り立てるのは楽しいものね」
「完全に同意する」
(怖い………)
(会話が王侯貴族…………)
(あれ、本物のルビーなの?)
(しかも兄が選んだやつ………)
姫達の心は追いつかない
ホスト達は“知らない世界”を見てしまった目をしている
マダムは握手を解き、オーギュストの隣に座った
「でもねぇ、オーギュスト様」
「なんだ」
「あなた、選ぶのが上手すぎてーー逆にあの子から“自由”を奪ってない?」
マダムが笑顔で刺す
挑発。上品な言葉で、傷を抉るやつ
オーギュストは表情を変えない
「奪っていない」
「言い切るのね」
「私は守っている」
「守る、ねぇ」
マダムはわざとらしく首をかしげる
「守るって言葉は便利よ。ーー檻にもなるもの」
その時、2人の近くにエレオノールがやってきた
彼女が歩くだけで、フロアの視線が吸い寄せられる
「お兄様」
「エレオノール」
オーギュストの声が柔らかくなる
エレオノールはマダムに向き直り、微笑む
「マダム、ご機嫌麗しゅうございます」
彼女のお辞儀で、空気が整う気配がする
それを見て、マダムは目を細めた
「こんばんは、エレオノールちゃん。今日も綺麗ねぇ」
「ありがとうございます。マダムも美しくていらっしゃる」
「まぁ、口が上手い」
「事実ですわ」
その“事実ですわ”が強い。嫌味がない
マダムは笑い、オーギュストは満足そうに頷く
「素敵な妹よねぇ………」
「当然だ。エレオノールは、私の誇りだからな」
「まぁ、お兄様ったら」
エレオノールは頰に手を当て、少し照れたように笑う
その3人の絵面が、あまりにも強い
(この3人には絶対勝てない……)
(“格”が違う……)
(エレンはよく平気でいられるな………)
紫苑は、内心では胃が痛い。けれど、表面では笑顔を保ったまま、3人の近くに寄る
マダムが紫苑を見た
「エレン」
「はい」
「あなた、相変わらずいい顔してるわね」
それは、褒め言葉の形をした確認だった
“本当に幸せか?”という
「ありがとうございます。……エレオノールがいるので」
エレオノールが嬉しそうに微笑む
オーギュストの目が細くなる
マダムは満足そうに頷く
「なるほど」
マダムは赤ワインを飲みながら言った
「エレンはね、昔は“愛を持てない目”をしていたのよ」
ホスト達が心の中で(やめてくれ)と祈る
でも、エレオノールは動じない
「それは……きっと、愛を知らなかっただけですわ」
「言うわね」
「だから、わたくしは……紫苑と一緒に愛を育みたいのです」
その言葉に、紫苑の喉が詰まった
“一緒に”と言ってくれたのが、この上なく嬉しい
マダムは、ほう、と息を吐く
「あなた、本当に強いわね」
「強くはありませんわ。でもーー」
エレオノールは兄を見上げた
「守られているから」
オーギュストは少しだけ表情を緩めた
「当然だ」
「あら……この兄妹は本当に厄介だわ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「ええ、褒めているのよ」
その言葉の応酬が、まるで古い宮廷の晩餐会のようだった
ホストクラブなのに
シャンパンがなぜか葡萄酒に感じる
マダムはふと、視線を紫苑に戻した
「エレン。あなた、覚悟はあるの?」
紫苑の心臓が跳ねる
「……なんの、でしょう」
「人の理を外れて生きる覚悟」
それは、優雅な口調で突きつける“現実”だった
「あります」
紫苑は迷わなかった
マダムは満足そうに頷き、オーギュストへ視線を投げる
「どう?あなたの方は」
「彼は、覚悟している」
オーギュストは当然のように言う
「ええ、見てわかるわ」
マダムは笑って、グラスを掲げた
「ーーじゃあ祝杯ね。2人に」
意味深すぎる祝辞
朝凪が(タイトルになる!)と言う顔をしている
オーギュストとエレオノールもグラスを取る
「………乾杯」
「乾杯ですわ」
3つのグラスが触れ合う音は、小さく澄んでいてーーなのに、店の全員が震えた
(怖い!!)
(乾杯が怖いって何……?)
(朝凪先生絶対書くじゃん………)
紫苑は、その音を聞いて少し安心する
少なくとも今夜、マダムとオーギュストは“敵”ではない
怖いけれど、同じ方向を見ている
マダムがフッと笑う
「でもオーギュスト様」
「なんだ」
「あなた、妹が幸せそうだと……少し、悔しい顔をするのね」
姫達が(言った!)と息を飲む
ホスト達が(刺した!)と震える
オーギュストはたった一言返した
「当然だ」
「まあ」
「妹の幸せは私の喜びだ。だがーー」
オーギュストは紫苑を見た
「それを作れるのが私でないことは、少し悔しい」
「お兄様……」
エレオノールが小さく笑い、兄の袖を摘んだ
「だが、紫苑なら許す」
「許すって何よ」
マダムは笑い、肩を揺らす
「それ、恋する兄の言い方じゃない」
「黙れ」
「ふふ、最高」
フロアに、ようやく笑いが戻る
そして、ホスト達と姫達は同じ結論にたどり着いた
ーーこの3人には勝てない
ーーそして、この3人と渡り合っているエレンは、凄い
(エレン、尊敬する……)
(あの2人と同席して、笑顔を保てるの何……)
(やっぱ本命って最強なんだな……)
朝凪だけが、すでにメモ帳を開いていた
(タイトル……“銀座の女王と吸血鬼の王”……いや違う……“握手の夜”……?)
Nightingaleの夜はまだまだ続く……
続きます




