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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
2章

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18/37

マダム・ミヤコ、襲来

銀の月が美しい夜、「Nightingale」には妙な緊張が漂っていた

香水の匂い、グラスの触れ合う乾いた音、笑い声の裏にある緊張。それら全てが、目に見えないけれども張り詰めている


理由は1つ。ーーマダム・ミヤコが来る


銀座の女王

日本有数の資産家

“粋”を最も愛し、“野暮”を最も嫌う女

そしてーーエレンの1番の太客


彼女が来る日は、姫たちですら背筋を伸ばす

ホスト達は髪1本に至るまで整え、普段なら甘く囁く言葉を慎む

なぜなら、マダムの笑顔は賞賛であり、冷たい沈黙は地獄への片道切符だからだ


そして、今夜の緊張は更に理由がある


「エレンさんの本命って……あの、エレオノールさんのことですよね……?」


新人ホストのケンタが口にすると、周囲が一斉に「言うな」と視線で刺した

言わなくとも、皆が知っている


ーーエレオノール

彼女は今日も変わらず美しい。存在感が圧倒的だ

「もはや彼女自身が光り輝いているのでは?」と店にいる全員が思うくらいには

そして、“あの”エレンが彼女の前でだけ、優しい笑顔を見せてしまうーーその事実が、店にとっては大事件だった


マダムの目的は全員知っている

「エレンの本命を見定めること」

それが、今夜の娯楽であり、審査であり、狩りだった


ーーーーーーー


入り口のベルが控えめに鳴った

その音だけで、ホスト達も姫達も背筋を伸ばす

そして、入ってきた


ーーマダム・ミヤコ

黒髪を完璧にまとめ、黒いドレスと重厚なオーラを纏った銀座の女王

60代だというのに、背筋の1本も曲がっていない

“資産家”という言葉が、彼女の前では薄っぺらくなる


「ごきげんよう、真一郎」

「いらっしゃいませ、マダム」


櫻井が深々と頭を下げる

そして、マダムの視線が紫苑ーー“エレン”に流れる


「エレン、久しぶりね」

「ご無沙汰しております。お席、こちらに」

「いいの。今日はーー別の用事があるから」


マダムがそう言った瞬間、ホストや姫達の心臓が一斉に縮む

“別の用事”。それが何かは全員知っている。知らないのはエレオノールだけだ


マダムはフロア内を歩く

まるで審査員のように、フロアを“見る”


可愛い子、派手な子、賢そうな子

全員がマダムに好かれようと、笑顔の裏で息を止める


だが、マダムは誰にも長く目を留めない

そしてーーエレオノールに辿り着いた


しかし、エレオノールは騒がない

マダムの視線を感じても、顔色ひとつ変えない

背筋はスッと伸び、手の置き方ひとつとっても優雅

指先は細く、グラスを持つ角度すら美しい


(これは“本物”ね)


伊達に“銀座の女王”を名乗っていない

マダムは確信した。エレオノールの美しさは、嘘が通じない“本物”だと


マダムはエレオノールの席に向かう前に、エレンだけに聞こえる声で言った


「エレン。……今日は良い夜になりそうね」


紫苑は“エレン”の仮面を張り付けて笑った


「マダムが来てくださったら、それだけで最高の夜ですよ」

「そう。じゃあーーあなたの“本命”がどれほどなのかも見せて頂戴」


“エレン”の笑みが引きつった瞬間だった


マダムはエレオノールの隣に座る

距離を詰めるのが上手い。肌の香りがわかるくらい近くにいるのに、いやらしさがない

ただ、逃げ場がない


「ーーあなたが、エレンの“本命”かしら?」


あまりに直球な質問に、店内が凍りつく

氷がカランと鳴る音が、やけに大きく響いた

しかし、エレオノールは柔らかく微笑む


「はい。エレオノールと申しますわ」


彼女の声に、震えも恐れもない

返事は短いのに、礼を尽くしている

圧に押されていないーーむしろ、圧の“扱い方”を知っている

マダムは目を細めた


「礼儀は合格。顔は…言うまでもないわね。でも、私が見たいのはーー中身よ」

「中身、ですか」

「そう。美しいだけの子なら、いくらでも居るわ。ーーあなたはエレンの人生を変えるほどの“何か”を持っているのかしら?」


その言葉は、鋭い棘だ

“あなたはエレンに本当に相応しいの?”と聞いている

周囲のホスト達は、笑顔の裏で胃が縮む

姫達は笑顔が引きつるのを必死で耐える

しかし、エレオノールは微笑みを崩さない


「人生を変えるほどの何か……。それを持っているかどうかは、私ではなくーー彼が決めることですわ」

「ふふ。可愛い答えね。逃げたとも言えるけれど」

「逃げではありませんわ。“自分を過大評価しない”のは、私の癖ですの。それにーー」


エレオノールは、花が綻ぶように笑う


「私が自分で“価値がある”と言ってしまったら、それはもう“粋”ではありませんわ」


その一言が落ちた瞬間、空気が変わった

マダムの目が楽しげに細められる


(強い……!!)


ホストや姫達は全員そう思った


“粋”を尊ぶ女に、“粋”で返した

真正面から、でも無礼ではない

しかも、マダムに最も刺さるように


マダムは指先でグラスの縁をなぞる


「あなた、育ちがいいのね。どこの家?」

「ただのーー旅の者ですわ」

「はぐらかすのも上手いわね。でもね、私は“旅の者”は好きじゃないの。いつでも消えるから」


その言い方は、明らかに挑発だった

“エレンの側から消えるかもしれない女”と烙印を押すようなものだ

マダムはエレンの客であり、エレンを所有したい女でもある

本命を見定めるというのは、同時に“奪えないか試す”行為だ


エレンが口を挟もうとするが、その前にエレオノールが口を開いた


「消えませんわ」

「………ほう?」

「わたくしの居場所は、エレンの隣ですもの」


マダムの口元が、にたりと笑う

その笑みは賞賛に似ていて、同時に危険だった


「あなた、強いのね」

「ええ。ーー弱い時期を、エレンと一緒に乗り越えましたの」


トドメの一撃

それを聞いた姫達は、エレオノールに嫉妬を覚えつつも、敗北を認めた


マダムはにっこりと微笑んだ


「………純血の吸血鬼は、さすがねぇ………」


言った

あまりにもさらりと、上品に

「そのドレス素敵ね」と言うのと、同じくらいの調子で

店内は凍りついた


ホスト達の笑顔が固まり、姫達の心臓が跳ね、誰かが息を吸い損ねる

“吸血鬼”という言葉は、この店では禁句だった

確かに噂はあった。でも確定していないーーその“曖昧さ”が安全だった


エレオノールは、わずかに目を伏せた


「……もし、ご不快でしたら店を出ますわ」


去る、と言えるのがすごい

場を汚すくらいなら引くーーその潔さ


しかし、マダムはアッサリと首を振った


「いいえ?美しいものは大好きよ。それに“種族”で価値を決めるほど、私は浅い女ではなくてよ」


そして、隣に控えるホストに命じる


「あなた。この子にーーテディを」


その言葉が、第2の爆弾だった


熊の姿をした、あの可愛らしいお酒。値段は25万円ほど

それを、初対面の女にプレゼントするのだ


(マダムが?初対面の子に?)

(これはーーエレンの本命として“認めた証”だ)

(いや、周囲への“牽制”だろ?)

(どっちにしろ怖い)


エレオノールはテディを受け取ると、目をパチリと瞬かせた

そしてーー素直に頬が緩む


「まぁ……可愛い……!嬉しいですわ、マダム。ありがとうございます!」


その声が、子どものように純粋で

さっきまでマダムと対等に会話していたとは思えないほど、無防備で


マダムはその表情を見て、満足そうに頷いた


「エレン」


マダムが短く呼ぶ

エレンは背筋を伸ばした


「こんな子は滅多にいないわ。大切にするのよ」

「……はい!!」


その返事は、商売用ではない

どこか“誓い”のような音がした


マダムはにっこりと笑い、背を向ける


「今夜は“良いもの”を見せてもらったわ。では、ごきげんよう」


扉が閉まる

残った店内は、しばらく沈黙していた

やがて、1人の姫が震える声で呟く


「……ねぇ、今の、現実?」


櫻井は乾いた笑みを浮かべた


「現実だよ。恐ろしいくらい綺麗な」


紫苑は“エレン”の仮面を被ったまま、エレオノールの隣に戻る

彼女はまだ熊のボトルを見つめていて、嬉しそうに指先で撫でていた


「エレン、これ…すごく可愛いですわ」

「………良かった」


その顔は、明らかにホッとしていた


ーーーーーーー


黒い高級車の中

防音ガラス越しに、ネオンが流れていく


マダム・ミヤコは上機嫌だった

マダムのそばに影のように控える運転手ーー柏田が、控えめに尋ねる


「収穫があったようでございますね」

「ふふ、素晴らしい子だったわ。エレンが惚れるわけね」


柏田がミラー越しに1度だけ、マダムの目を見る


「マダムがそこまでおっしゃるならばーー本物ですな」


マダムは指先で、小さなケースを叩く

そこには、別の贈り物が入っていた

まだ渡していない。渡す価値があるか、確かめたかった


「………あの子が、人間であることを捨てるのも納得だわ」


柏田の声が静かに落ちる


「お気づきで」

「ええ、でもね」


マダムは窓の外を見た

ネオンの光が、彼女の横顔を照らす


「人の理を外れた割には、幸せそうだったわ。あの子がねぇ……」


“あの子”ーーエレン

愛を失った目をしていた頃のエレンが、マダムの脳裏に浮かぶ

笑顔は作れても、目に生気のない男

誰よりも美しい顔をしているのに、心が空っぽの男

それが今夜ーー愛を知った男の目をしていた。たった1人の女の前で


「………エレオノールちゃんに、よく似合うものを贈りたいわね。柏田、宝石商を呼んでおいて頂戴」

「かしこまりました」


黒い高級車は、夜の闇に溶けていく

マダム・ミヤコは、もう次の一手を考えていた

エレンとエレオノールという稀有な宝をーーどう守り、どう試し、どう楽しむかを

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