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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
1章

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14/39

拒絶、そして揺るがない覚悟

紫苑が「吸血鬼になりたい」と言うまでに、丸1日かかった

言葉は喉の奥で何度も形を変え、何度も砕けた


エレオノールと過ごす夜は幸福だ

だからこそ、なんとしても吸血鬼になりたい

彼女と同じ時を、生きたい

だが、その願いが彼女を傷つける


(早く言わないと)


言わなければ、いずれ時間に奪われる

言えば、彼女が傷つく


紫苑は“いつか”という言葉が大嫌いだ

いつか奪われる。いつか失う。いつか終わる

いつか、が来る前に手を伸ばさなければいけない


その夜、2人は寝室の窓辺で寄り添っていた

灯りは控えめで、外の月光が優しく滲む

エレオノールは紫苑の隣に座り、紫苑の肩に軽く頭を預けていた


「………紫苑」

「どうしたの?」

「あなた……最近、よく遠い目をします」


心臓が跳ねた

隠しているつもりでも、彼女にはわかる

鳥籠の中で、相手の心を読むのが上手くなったのだろう

兄の機嫌を読むために、相手の事を細かく察知する術を身につけてしまった


「………心配をかけちゃった?」

「……少しだけ。あなたが悲しそうだと、わたくしも苦しいですわ」


その言葉が紫苑の胸を刺す

苦しませたくない

でも、ここでの苦しみがなければ、もっと大きな苦しみを招く


紫苑はゆっくりと息をした

そして、決めた

言う。今、言う

怖いけれど、逃げたくはない


「……エレオノール」

「……どうしましたか?」


紫苑は彼女の手を握った

冷たいけれど、優しく包み返してくれる


「俺は………君と同じ時を生きたい」


エレオノールのまつげが震える

その言葉自体は、甘い

けれど紫苑の声の底に、重い決意が混ざっているのを、彼女は敏感に感じ取った


「………それは、嬉しいですわ」


エレオノールは小さく笑った

この笑みを壊したくない。でも、壊さなければならない


「だから……俺、吸血鬼になりたい」


空気が凍りついた

エレオノールの表情が、一気にこわばる


「………え?」


聞き返す声は小さい

理解できないというよりーー理解したくない声

でも、紫苑は目をそらさなかった


「俺は人間のままだと、君より先に死ぬ。……君を1人にしてしまう」

「紫苑………」


エレオノールの唇が震える

瞳が揺れ、そこに恐怖が宿る

彼女は“死”の怖さは知っている

家族を奪われた兄の記憶を聞き、山の中で生きてきた

死は遠い概念ではない


だが今の恐怖は、死そのものではない

紫苑が“死に近づこうとしている”のが恐怖だ


「……………いけません」


声が震える


「いけませんわ……。わたくしの血で、あなたを死なせたくはありません……!」


その言葉が落ちた瞬間、紫苑は胸の奥が熱くなった

彼女は自分のことより、紫苑の命を先に考えてくれている

その優しさが、苦しいほど愛おしい


「死なない」

「……嘘でしょう。わたくしも、人間が吸血鬼になる方法は知っていますわ」


エレオノールは立ち上がり、一歩下がった

それだけの距離が、もう耐えられない


「……あなたが死ぬかもしれないのに、わたくしが平気でいられるとお思い?」

「平気でいろとは、言わないよ」


紫苑は彼女に近づこうとする。でも、エレオノールは反射的に後ずさった

その仕草が、紫苑の心臓を締め付ける


「………お願いです。そんなこと、言わないでくださいませ」


エレオノールはポロポロと涙をこぼす


「言わないと、進めない」

「……進めなくて、構いませんわ。……今のままでも、わたくしは幸せです」


その言葉は、紫苑の心を甘く惑わす

“今のまま”で済めば、どれほど楽だろう

でも、時間は止まらない

“今のまま”は、必ず崩れる


紫苑は低く言った


「………時間は、俺と君を引き裂く」


言い終えた瞬間、エレオノールは泣きじゃくる


「……いやです……!」


幼い子供のような声。あの時の、少女の声

エレオノールはそのまま背を向け、寝室から出ていってしまう


「……エレオノール!」


紫苑は追いかけた。しかし、エレオノールは自室に入ると扉を閉めてしまう


ーーカチリ


内側から鍵の音がした


紫苑は、エレオノールの自室の前で立ち尽くす

まただ、と思った

鳥籠の鍵。閉じ込められる音

ただし、今度は彼女が自分で鍵をかけた


(………追い詰めたのは、俺)


胸が痛い

それでも引けない

引けば、時間が2人を引き裂くから


ーーーーーーー


エレオノールは床に座り込んだ

背中を扉に預け、膝を抱える

涙は溢れて止まらない


(どうして……………)


どうして、紫苑はそんなことを言うの?

どうして、今の幸福を壊すの?

どうして、不安にさせるの?


答えはわかっている

紫苑が自分を愛してくれているからだ

愛しているから、同じ時を生きたい

愛しているから、1人にしたくない


それはわかる。わかるから、余計に苦しい


エレオノールは、ふと鏡を見る

そこに映る自分は、とびきり美しい

鳥籠で磨かれた、清らな美しさ

けれど今は、目が赤く腫れ、泣き顔で、ぐしゃぐしゃだ


(……わたくしは、こんなに弱い)


純血の吸血鬼で、不老不死に近いのに

愛する人が死ぬかもしれないだけで、何も出来なくなる


エレオノールは耳をすませる

扉の向こうに、紫苑の気配がある

彼は去らない

去れない


「………紫苑」


名前を呼びたい

扉を開けたい

抱きしめたい

でも、今開けたら、泣いてすがりついてしまう

“やめてほしい”と懇願してしまう


それは彼の覚悟を揺らすかもしれない

揺れてほしい、と思う

揺れて欲しくない、とも思う

自分の気持ちがわからなかった


ーーーーーーー


紫苑はソファに座ったまま、一晩中動かなかった。眠れなかった

目を閉じれば、未来が見えてしまう


自分が老いていく未来

エレオノールは変わらずに美しいまま、隣で笑う未来

自分がシワだらけの手で、彼女の冷たい指を握る未来

そしてーー自分が死に、彼女がひとりぼっちになる未来

その未来が、吐き気がするほどリアルだった


(……嫌だ)


嫌だ。2度と奪われたくない

幼い自分のように、手を伸ばして届かないのは嫌だ


紫苑は立ち上がり、エレオノールの自室へ向かう

もう1度、扉の前に立った


「……エレオノール」


彼女が泣いている気配がする

でも、耳を澄ましている気配もする


「俺は、君を泣かせたいわけじゃない。苦しませたいわけじゃない」


エレオノールからの返事はない。でも、続ける


「俺は……君を1人にしたくない」


声が掠れる


「俺は1度奪われた。……目の前で、君を失った」


その告白に、扉の向こうの気配が揺れた

エレオノールが息を飲んだのがわかる


「だから、今度は……君を奪わせない。時間にも、誰にも」


沈黙。それでもやめない

やめたら、覚悟が鈍る気がするから


「死ぬのは怖い。苦しいのも怖い。………でも、君がひとりぼっちになるのが、1番怖い」


扉の向こうで、小さな嗚咽が漏れる

エレオノールの涙の音

紫苑は覚悟を決めて言った


「……お願い。君と一緒になりたい」


ーーーーーーー


少しして、エレオノールはそっと扉を開けた

目は赤く腫れている

でも、その目に強い輝きがある


2人の間に、短い沈黙が落ちる

沈黙の中で、互いの傷が見える


「………あなたの覚悟は、揺るがないのね」


エレオノールの声は震えていた

紫苑は、彼女を見つめて力強く頷く


「揺るがない」

「………わたくしは、あなたを失うのが怖いですわ」

「………俺も怖いよ」

「でも、あなたは……わたくしを1人にしないために、それを選んでくれました。そうですよね」

「………うん」


エレオノールは必死に笑顔を浮かべた

それは悲しみと、苦しみと、愛と、覚悟が混ざった笑顔だった


「………なら、わたくしも選びます」

「あなたを止めることではなく、……あなたと一緒に苦しむことを」


その言葉は、紫苑の胸を熱くした

そして同時に、罪悪感で凍らせた


「……エレオノール………」

「わたくし、決めました。……わたくしが、あなたに血を差し上げます」


紫苑は息を飲んだ

エレオノールは紫苑の頰に優しく触れた


「あなたの人生を左右してしまう罪は、わたくしが背負いますわ」

「………君だけが背負う必要はない」


紫苑はエレオノールの手に触れた


「罪も、苦しみも、悲しみも、全部半分こにしよう」


2人はそっと唇を重ねる

それは、きっと2人だけの誓い

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