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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
1章

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13/37

寿命の影と、永遠の入り口

それからの日々は、幸せの絶頂だった

エレオノールは紫苑と屋敷の庭を歩き、庭の外を眺め、紫苑と並んでお茶を楽しんだ

紫苑は仕事を一度休み、櫻井には「しばらく戻れない」と伝えて屋敷に残った

ーーエレオノールのそばを、片時も離れないために


2人は、庭でお茶をしていた

エレオノールは紫苑にカップケーキを差し出した

もちろん、このカップケーキはエレオノールが焼いたものだ


「………懐かしい香り」


紫苑が呟く


「わたくしも。……まだ全てを思い出してはいないけれど……」

「わからないところがあってもいい。……思い出す速度は、君が決めていい」

「………ありがとうございます」


ーー幸福な日々、のはずだ


ーーーーーーー


ある朝。エレオノールが眠った後、紫苑は1人で庭にいた

ただ、風に当たりたかった


紫苑は、自分の手を見た

この手は人間の手だ

温かく、脆く、そしてーー時間に負ける


(………俺は、死ぬ)


唐突に、それを理解した

今までも理解していたはずなのに、今は違った

理解が“痛み”となって胸を刺す


エレオノールは不老不死

肉体は20歳で成長が止まっている

彼女はこの先何十年、何百年と夜を生きる


一方で、自分はどうだろう

生きてもせいぜい数十年

老いて、皺が増え、足腰が弱り、やがて息絶える


その時、エレオノールはどうなる?

悲しみを抱えたまま永遠を生きる?

それとも、俺ではない誰かの隣で微笑む?


(………どっちも嫌だ)


嫌だ。考えただけで息ができない

彼女が1人寂しく暮らすのも、他の男と生きるのも、想像するだけで吐き気がする


紫苑は唇を噛み締めた

昔の記憶が蘇る

エレオノールを奪われた夜

走って逃げた己

拾ってくれた手

そして、ずっと抱えてきた暗闇


ーー俺は、また奪われる


その恐怖は、形を変えて今ここにいる

今度は“時間”に奪われる恐怖として


ーーなら、どうする?


(そんなの、答えは1つだ)


紫苑は手を握りしめた


(………一緒の時を生きる)


無謀だ。あり得ない

でも、あり得ないから諦めるのは嫌だった


紫苑は部屋に戻り、エレオノールの髪をそっと撫でた

触れた栗色の髪は、さらさらとしていて冷たい

でも、その冷たさが愛おしい


「ごめんね」


眠る彼女に囁く

何に対する謝罪かは、わからない

ただ、これから自分が選ぶ道が彼女を苦しめるかもしれないーーそれはわかっていた


ーーーーーーー


その日の夜

紫苑はオーギュストの部屋へと向かった


「……何の用だ。人間。お前は今、幸せなはずだろう?」


オーギュストは皮肉っぽく言った

でも、以前のような殺意はない

ただ、棘はある。兄としての嫉妬と、プライドの棘


紫苑は椅子に座るのも煩わしいと、立ったまま言った


「相談があります」


オーギュストは、全てを見透かしたように笑う


「気づいたんだろう?……吸血鬼と人間の寿命の違いに」

「…………だから、動く」


オーギュストの笑みが薄くなる

紫苑は続けた


「俺は、吸血鬼になりたい」


オーギュストはククッと笑った


「……お前が?」

「そうです」


オーギュストは鼻で笑う


「愚かだな」

「……愚かでいい」


紫苑は動じない

愚かでいい。その愚かさがなければ、彼女と共に生きることができない


オーギュストの顔から笑顔が消えた

代わりに冷たい声が落ちる


「吸血鬼になる方法は、ある」


紫苑の心臓が跳ねた


「それを、教えて下さい」


オーギュストは机に肘をつき、指先を組んだ


「……だが、激しい苦しみを伴う。………場合によっては、死ぬ」

「構いません。エレオノールと一緒の時を過ごせるなら」


紫苑は即答した

オーギュストの目が揺れる。驚きか、それともかつての自分を見たのか


「………お前は、死ぬのが怖くないのか?」

「死ぬのが怖くないわけじゃない」


紫苑は正直に言った

怖い。死は怖いし、苦しみも怖い

でも、それ以上にもっと怖いものがある


「………エレオノールが、ひとりぼっちになるのが怖い」


その言葉を口にした瞬間、紫苑の胸が痛んだ

自分の1番弱いところを晒す言葉

それでも、これが本音だ


オーギュストは目を閉じると、ため息をついた


「………なるほど」


その声には、皮肉だけではない何かが混ざっていた

ほんのわずかな、認めるような響き


「………俺は長い間、人間を憎んできた。妹を奪うかもしれない人間を警戒していた」


オーギュストはゆっくりと言う


「だが、お前は………奪う側ではないらしい」


紫苑は唇を噛み締めた

奪う側にはなりたくない。ただ、彼女を守りたい


オーギュストは視線をあげ、紫苑をまっすぐ見た


「方法は教えよう。ただし条件がある」

「条件……?」

「エレオノールに、必ず話せ」


紫苑の胸が痛む

優しい彼女に言えば、拒絶するのは目に見えている


「………わかった」

「そして、無理強いはするな」


オーギュストの声が鋭くなった


「お前が死ねば、エレオノールはまた壊れる。……俺はもう、妹が壊れるのは見たくない」


それは、兄の本音だった

オーギュストは歪んでいる。でも、確かに妹を愛しているのだ


「………わかりました。方法を、教えて下さい」


オーギュストは本棚から古い書物を取り出した


「人間が吸血鬼になる方法は1つ。……純血の吸血鬼の血を飲むことだ」


オーギュストは淡々と言った


「だが、人間の肉体は吸血鬼の血を拒む。………拒まずに受け入れられた者だけが生き残る」

「受け入れられなかったら?」

「血を吐きながら、地獄の苦しみを味わって死ぬ」


紫苑の喉が鳴った

それでも、目は逸らさない


「はっきり言って、成功率は高くない」


紫苑は拳を握りしめた

エレオノールが嫌がる理由が、もう見えている

でも、彼女と同じ時を生きられる道が、ここにある


「……俺は、覚悟している」


紫苑の言葉を、オーギュストは鼻で笑った


「覚悟など、痛みの前では簡単に折れる」


紫苑は低く答えた


「折れない」

「……………馬鹿な男だ」

「………ありがとうございました。失礼します」


紫苑が部屋を出ようとすると、オーギュストが声をかけた


「………妹を、頼むぞ」


紫苑は一度振り返り、オーギュストに頭を下げた

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― 新着の感想 ―
心理描写が丁寧で、二人の感情の深さがよくわかる素晴らしい作品だと思いました。特にエレオノールの儚さと可愛らしさが魅力的です。二人が引き裂かれた所は、正直、うっ、となりましたが、紫苑がずっとエレオノール…
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