表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

紫苑の決意

Nightingaleの夜は、いつも眩しい

グラスの触れ合う音、香水の甘さ、札束の匂い、作り物の笑い声

その全てが渦を巻き、店の中に“ひと時の夢”を作る


エレンーー紫苑は、今日もその渦の中心に立っていた

笑って、褒めて、グラスを傾け、客の愚痴を受け止める

息をするように接客をこなす

そうしていれば、余計なことを考えずに済む


けれど、今夜の紫苑は落ち着きがなかった


(……来るはずだ)


エレオノールと約束をしていた

次のデートの話も、クレープの話も、屋上から見た街の灯りの話もーー

あの夜が夢では無い証として、もう一度彼女に会いたかった


時計の針が進む

約束の時間が近づく

エレオノールの姿は、まだ見えない


紫苑は客に笑顔を向けながら、視線だけを何度も入り口に向けた

扉が開くたび、心臓が跳ねる

“彼女かもしれない”と期待してしまう

そして、違う客が入ってくるたびに、胸の奥が冷える


約束の時間になった

それでも、エレオノールは現れない


(……遅れてるだけだ)


自分に言い聞かせる

鳥籠の屋敷を抜け出すのは簡単では無い

彼女は慣れていない。何かあったのかもしれない

道に迷った?怖くなった?ーー兄に見つかった?


最後の答えに触れた瞬間、紫苑の背筋にゾッとしたものが走った


(………まただ)


胸の奥が、音を立てて凍る

“また”

その言葉は16年前の夜と直結している


あの庭

銀の月の夜

白いハンカチ

甘いおやつの香り

そして、紅い目


「不要な夢を取り除こう」


少女の目から光が消えた瞬間

自分だけが覚えている地獄

たったひとりぼっちで置いていかれた夜


(俺は…また奪われるのか……?)


喉が締まり、息が浅くなる

客の笑い声が遠くなる

視界がじわりと歪む


紫苑はグラスを置き、笑顔を貼り付けたまま席を外した

「少し席を外しますね」と、完璧なホストの声で言いながら

その内側で、紫苑は崩れかけていた


ーーーーーーー


バックヤードは、客席とは違う世界だった

照明は暗く、空気は冷たく、漂うのは洗剤と汗とアルコールの匂い


紫苑はペットボトルの水を飲みながら、椅子に座る

深呼吸をしても、胸の奥が満たされない

心臓がうるさく鳴り続ける


「……落ち着け」


自分に言い聞かせ、そっと目を閉じる

深呼吸をして、心を整えようとする

しかしーー疲れが、思っていた以上に溜まっていた

夜の仕事、疲労、睡眠不足。そして、エレオノールを待つ緊張


紫苑の意識は、柔らかく闇に沈んでいった

うつらうつらと波にさらわれるように、耳元の音が遠ざかり、身体の輪郭が曖昧になる

その瞬間、夢が始まった


ーーーーーーー


暗い部屋。月明かりがそっと差し込んでいる

空気は冷たく、静かで、息が詰まりそうなほど重い


ーーそこに、エレオノールがいた


ベッドに座り、膝を抱えている

ロングヘアは乱れ、指先が震え、肩が小さく揺れている

ーー泣いている


「……紫苑………」


声がする

小さく、掠れた声

自分の名前を呼んでいる


紫苑は息を飲んだ

夢だとは分かっている

分かっているのに、胸が痛いほどリアルだった


エレオノールが顔を上げる

紅い目が濡れている

その目の奥に、恐怖がある


「……ここから……出られないのです……」


彼女が囁いた瞬間、紫苑は気づいた

扉の外から、鍵の音がカチリと鳴る

ーー鳥籠の、鍵の音


紫苑はエレオノールに向かって手を伸ばす

けれど届かない

届く距離にあるのに、届かない

まるで、透明な壁があるみたいに


「…怖い………」


エレオノールの声が震える

紫苑は走り寄ろうとした

抱きしめようとした

けれど、足が動かない

体が鉛のように、重い


(エレオノール……!)


叫びたいのに、声が出ない

夢の中で、声は喉の奥で潰れていく

ーーその時、扉の向こうに影がたった

背の高い影。紅い目が、闇の中で光る


ーーオーギュスト


彼は扉の向こうから、冷たい声で言う


「エレオノール、外は危険だ。……眠れ」


紅い光が走り、エレオノールの身体がふらりと揺れた

彼女は必死に耐えようとするが、瞼が落ちていく


「紫苑……!」


彼女が最後に叫ぶ

その声が、紫苑の胸を裂いた


(うばわないで……!)


次の瞬間、紫苑の足元が崩れて世界が暗転した


ーーーーーーー


「………っ!」


紫苑は跳ね起きた

バックヤード、冷たい部屋、遠くに響く笑い声


ーー夢だった

夢なのに、心臓が痛いほど鳴っている

喉が渇き、手のひらがじっとりとした汗で濡れている


紫苑は息を整えようとした

でも、胸の奥の冷たさが消えない


(………あれは、ただの夢じゃ無い)


根拠はない

でも、確信があった


エレオノールは閉じ込められている

泣いている

自分を、呼んでいる


紫苑は立ち上がり、ロッカーからコートを掴んだ

鏡に映る自分の顔は、ホストの“エレン”の顔ではない

作り笑いが剥がれた、少年の目

忘れられない女を探す、男の目


(行く)


理屈は後でいい

確かめなければならない

もし違っていたら、それでいい

違っていてほしい


紫苑はバックヤードから飛び出した


廊下を駆け、スタッフ入り口を抜け、外の空気に飛び込む

夜風が頰を打つ

冷たいのに、頭が冴えた


「エレン、どこへ行く!?」


誰かが呼んだ気がした

でも、止まれなかった

止まったら、また奪われる気がした


紫苑はタクシーを拾い、行き先を告げる

運転手が怪訝そうに見るほど必死な顔をしていたが、そんなことはどうでも良かった


向かう場所は1つ

16年前に、エレオノールを奪われた場所


あの庭

山の中の屋敷

黄金の鳥籠


紫苑は拳を握りしめた

爪が手のひらに食い込む

痛みが現実をつなぎとめる


(今度こそーー)


今度こそ、誰にも奪わせない。誰にも

たとえ相手が、吸血鬼だとしても


タクシーが山の入り口に差し掛かる

街の灯りが遠ざかり、闇が濃くなる

紫苑の胸の奥で、エレオノールの声が響いた


ーー紫苑

ーー怖い

ーーここから出られない


昔は弱かった。でも、今は違う

戦う理由がある、守りたい人がいる


「待ってて」


誰に言ったのか分からない

エレオノールか、昔の自分か、あるいは夢の中の小夜鳴鳥か


タクシーが止まる

紫苑は代金を払うと、扉をあけて夜の山へ足を踏みいれる


冷たい土の匂い

湿った葉の匂い

そして、遠くに感じるーー懐かしい気配


紫苑は走り出した

あの庭へ

あの場所へ

ーー彼女を取り戻すために。奪われたまま、終わらせないために

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ