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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪


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1/8

運命の出会い

1羽の美しい小夜鳴鳥がいました

銀の月の夜、黄金の鳥籠を抜け出した小夜鳴鳥は

美しい紫苑の花を見つけました……


ーーーーーーー


山の中は、夜になると息をひそめる

風の音さえ誰かの囁きに聞こえるほど静かでーーその静けさの中心に、その屋敷はある


“ラ・カージュ・ドレ”ーー黄金の鳥籠

銀の月光を受けて光る金の装飾

窓枠の曲線は鳥籠の格子

屋敷全体には蔦が這う


ここに住む少女にとって、この屋敷が世界の全てであった


エレオノール・ド・ヴァルモン

肌は雪のように白く、髪は栗色で、瞳は血のような紅色をした吸血鬼の少女

まだ7歳ながら彼女の美貌は完成され、空恐ろしさを覚えるほどだった

さらに「小夜鳴鳥」というあだ名が示すようにーーとびきり美しい声も持っていた


「……外に出たいのか?」


背後から低く優しい声がする

窓辺でくつろいでいたエレオノールは、そっと振り返った

自分と同じ紅い目が、闇の中に輝く

ーー兄のオーギュスト。彼もまた美しい


「………いえ、お兄様。夜風が心地よくて……」


エレオノールは咄嗟に笑う。笑うのは得意だった

ーー兄を安心させるための、柔らかな笑み

オーギュストはゆっくり近づき、エレオノールの髪に指を通す

絹糸のような栗色の髪が、指先をすり抜けた


「夜風は冷たい、お前の肌が痛む。日焼けもそうだ。私たちの肌は人間より繊細だ」

「……吸血鬼なのに、ですか?」

「吸血鬼だから、だ」


兄は言い切る。その口調が優しさと命令の間にあるのを、エレオノールは知っていた

エレオノールは幼い頃からずっと、兄の言葉を信じて育った


ーー人間は怖い

ーー人間は残酷だ

ーーお前を奪いに来る

ーーだから、ここが安全だ。ここにいればいい


「ねぇ、お兄様。人間って……そんなに怖いものなのでしょうか?」


その問いは好奇心だった

屋敷の外が“怖いもの”で埋め尽くされているのなら、なぜ外の景色はこんなにも美しいのだろう?

オーギュストの指が、ぴたりと止まった

そして、すぐに優しい笑みを浮かべる


「怖い。だが、お前は知らなくていい」

「知りたいと思うのですわ、少しだけ」


彼女は小さく呟いた

兄の表情は柔らかいまま、どこか冷たくなる

ーーまるで、氷のように


「知る必要はない。……お前は私だけの小夜鳴鳥だ。ここで歌っていてくれ。それが兄の望みだ」


エレオノールの胸の奥で、何かが疼く。まるで鳥が羽ばたくみたいに


ーーでも、


エレオノールは、その疼きを無理やり押し込める


ーーでも、兄がそう言うのなら、ここで歌っていよう

今まで、そうやって生きてきたのだから


ーーーーーーーー


翌日の真夜中

屋敷の庭は冬の名残を抱え、花はまだ少ない

けれど、エレオノールは庭でおやつを食べるのが大好きだった

外気は冷たいが、銀色の月は優しく光を注いでくれる

月光の下に立つエレオノールは、ゾッとするほど美しい


銀のトレイに乗ったマグカップと、ところどころ焦げたカップケーキ

ケーキには生クリームがこんもりと盛られ、てっぺんにはイチゴがちょこんとのっている

マグカップの中身は、最高級のアールグレイだ


「ケーキは少し失敗しちゃったけど……きっと美味しいわ」


ポツリと独り言を落とした、その時だった


ーーカサリ


葉が擦れ合う音がする

エレオノールは目を凝らす

黒い影ーーいや、人影だ

外と庭の境目に、薄汚れた少年が立っていた

髪は土と枝葉で汚れ、服はボロボロで、肩は小刻みに震えている

寒さか、それともーー怯えか


「……どなた?」


ビクッ


少年の肩が跳ねる。少年は身を固くし、警戒した目でエレオノールを見つめる

ーー人間は怖いと教えられた。でも、この少年はとても怖そうには思えない

そう思ったエレオノールは、そっと少年に近づいた


「…………」


少年は一歩下がり、歯を噛み締める


「あなた……寒いでしょう?お茶でもいかが?」


少年はバッとエレオノールの顔を見る

ーーまるで信じられないものを見たかのように

エレオノールもまた、己の行動が信じられなかった

ーー今まで兄の言いつけに背いたことなどなかったのに


グ、グウゥゥゥ〜


真夜中に、間の抜けた音が鳴る

あまりに小さく、あまりに正直な音で


「ふふっ」


エレオノールは笑ってしまった


「お腹がすいているのですね」


少年は顔を真っ赤にして、ぷいとそっぽを向く

エレオノールは、トレイにのったカップケーキを1つ持ち上げた


「カップケーキはいかが?」


少年はギョッとしたようにこちらを見た

信じられない、という顔。罠を疑う顔

人間は怖いと兄は言ったーーけれど、この少年の顔は傷ついた小動物のようだった


エレオノールは、思い切って庭を出る

屋敷の敷地の境界を超える、初めての一歩。胸がドキドキと高鳴る


「はい、どうぞ」


少年は、恐る恐るとだがカップケーキを受け取った


ーーパクリ…………ボロッ


ケーキをひとくち食べた少年の目から、涙がこぼれ落ちる


「……っ、う、あ………」


少年は泣きながらケーキを平らげた

泣き出した少年にビックリしたエレオノールは、慌ててハンカチを取り出す


ーーエレオノールが自ら小夜鳴鳥を刺繍した、白いハンカチ


高価で大事なものにもかかわらず、エレオノールは少年の涙を拭った


「あ、あの……美味しくありませんでした……?」

「ううん、すごく、おいしかった……」

「まぁ、よかった!……なら、このハンカチとおやつ、あなたに差し上げますわ!」

「いいの?こんなきれいなの……」

「ええ!」


そう言いながら、エレオノールは自分の大胆さに驚いていた

でも、嫌な気分ではなかった


「ええと、わたくしはエレオノール。あなたのお名前は?」

「なまえ……?」

「ええ」


少年は一瞬言葉に詰まった

まるで、自分の名前が思い出せないみたいに


「えっと……ぼくは紫苑。森景……紫苑」

「紫苑……。とても綺麗な名前ね」


紫苑、薄紫の小さな花の名前

それが、エレオノールの胸の奥で花開く


「わたくし、また明日ここに来るわ。一緒におやつを食べましょう?」


少年はビックリしたように固まる

そして、しばらくしてからコクンと頷いた


「また明日会いましょうね、紫苑!」


エレオノールは思った

世界は屋敷の中だけではない

ーーそして、人間は怖いだけではないのかもしれない

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