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生存報告的に書いてますね
昼の時間は終わりを告げ、夜の帳が降りた都市を疾る影があった。
数は二つ。
一人は方舟の『特殊装甲服』に身を包み、両腰に大型のハンドガンと背中にライフルを背負い、両腕に無骨な手甲を嵌めた収まりの悪い黒髪を持った少年。
もう一人は同じような方舟の『特殊強化服』にハンドガンと割合軽装な金髪に近い髪を持つ少年。
二人とも目元を覆うバイザーをしているため、表情ははっきりと分からないが夏樹と翔である。
今、二人が駆け抜けているのは都市外延部に広がる古い工業区域。
「リーダー。目標までは?」
『2ブロック先を最外縁部方面へと移動中
2つ先の十字路を右へ、その先の処理施設付近で捕捉出来ます。
気をつけて、アタックチームとSAT2チーム掛かりで有効打が出ていません』
「D・D2了解」
「3了解」
チームリーダーである瑞穂の言葉に返事を返し、さらに加速する二人。
準待機であった夏樹達にスクランブルがかかったのは、以上に硬くて早いミュータントの報告によるもの。
すでに一戦交えたらしいのだが、逃げられてしまっており、援護に入った聖も手傷を負ってしまっている。
夏樹はライフルを右手に持ち、翔も銃を抜いて構えて疾る。
そして、間もなく瑞穂に言われた地点に差し掛かったとき。
「―? 跳べっ翔!」
視界の端に一瞬光るものが見え、その瞬間感じた悪寒に反射的に相方に叫ぶとそのまま自らも跳ぶ。
ゴウッ!
次の瞬間、二人がいた付近を炎が嘗め尽くす。
(―待ち伏せ? いっぱしの知能を持ってやがるっ!)
「っのやろっ!」
怒鳴りながらライフルの引き金を引くが、返ってくるのは金属を叩くような硬質の音。
「報告通りかよっ!」
予想された結果にライフルを投げ捨て、手甲に包まれた拳を握り締める。
遠距離攻撃がダメなら直接叩くしかない。
「リーダー。開放許可を!」
『…40%で12分。それ以上は認めませんっ!』
「充分!」
瑞穂に答えた瞬間、翔の体躯が膨れ上がった。
耳や犬歯が若干伸び、露わなっている部分が髪と同じ金髪に近い体毛に覆われる。
変貌を遂げて現れたのは体長2・5m程の金の人狼。
翔の能力である『獣化』能力だ。
発現したものの、肉体の変質が不完全に終わった存在。
翔はその中でも、ある程度のコントロールに成功した数少ない稀有な人間なのである。
人では決して届かないレベルまで身体能力を引き上げる能力は、長時間の使用に際してリスクは伴うが非常に心強い。
『行くぞ…!』
少しくぐもった声で吼える。
あっという間に間合いを詰める二人を待ち構えるように佇むのは黒く硬質に輝く皮膚と、同色の一対の翼。炎のように輝く赤い瞳を持つ人型のミュータント。
体の大きさは『獣化』した翔よりも大きく3m以上はある。
その姿は例えるなら物語で描かれる『悪魔』の姿。
ただ、垣間見えたその赤い瞳が、過日見た楓の瞳の色と同系の色であることに夏樹は少なからず不快感を覚える。
『おおおっ!』
鋭く突き出される腕をかいくぐり、二人同時に腹部へと拳を叩き込み浮かせると、そのまま蹴り飛ばす。
(硬えっ…!)
派手に吹き飛ばしたものの、拳と脚に走る軽い痺れに内心臍を噛む。
蹴り飛ばされた『悪魔』はというと、予想通りダメージは少ないらしく、ゆらり、と立ち上がり二人を完全に敵とみなしたのか牙を剥く。
「ちっと気合い入れねぇとなぁっ!」
吼え、吐かれる炎や腕を交わしてそれ以上に拳を、蹴りを叩き込む。
夏樹の武器は体一つだが、その強化されたレベルは同じように身体能力が強化された覚醒者の中でもずば抜けて高い。
表面への打撃が通らなくとも、格闘戦に特化した二人の攻撃は衝撃も凄まじい。内側へのダメージは通るはずだ。
互いの隙を埋めるように目まぐるしく連携攻撃を仕掛ける二人に振り回されているのか事実、息を荒げ始める『悪魔』
だが、夏樹達の表情にも余裕はない。
二人が弱いわけではない。むしろAランクオーバーの二人の攻撃力はこの都市でも上から数えたほうが早い。
それでもそんな二人でもてこずるのは、ひとえに防御の硬さ。
―ァァァアアッ!
突然、業を煮やしたように翼を広げ咆哮を上げる『悪魔』
一瞬、その翼がブレて見え―
『避けてっ!』
インカムから聞こえた瑞穂の言葉に反応する間もあればこそ。
全身に衝撃を受けて弾き飛ばされた。
「ちいっ!」
舌打ちしながら何とか二人とも堪えるものの、全身にヤスリをこすり当てられたようなひりつく痛みに一瞬動きが止まる。
コンマ数秒でもその隙は致命傷ともなりうる。
顔を上げると、ひび割れたバイザー越しに飛び掛ってくる姿。
(―間に合うかっ!?)
反応の遅れたコンマ数秒を埋めるために、自分の『力』を展開させようと―
『左へっ!』
瑞穂の声に反射的に左へ体を投げ出す。いちいち何故とは聞かない。
ドンッ!!
刹那、夏樹がいた空間を膨大な熱量を持った輝きが通り抜け、鋼の皮膚へと突き刺さると大きく吹き飛ばした。
『きゃああっ!』
派手な衝撃音とともに宙を舞う影。
一瞬聞こえた瑞穂の悲鳴は気になったが、まずは目の前の敵を退けることに集中する。
「翔! 10秒稼げっ!」
『応よっ!』
夏樹の叫びに応え、飛び掛る金狼。
激しく火花を散らす金と黒を見ながら右拳に意識を集中させる。
夏樹の強さは、並外れた身体能力や格闘センスだけではない。
意識的にも無意識にでも使える『念動力』にこそある。
手を触れることなく物を動かせる程度だったその力を夏樹はひたすら高め、相手の動きを奪い制する事や、身を守るバリア代わりにする事を可能にした。
そして、その力を一点に集中させて撃つ。それが夏樹の体のみで放てる最大の攻撃。
意識を、右拳と敵に傾け―
『夏樹いっ!』
きっかり10秒。
金狼が吠え、体制を崩した『悪魔』を夏樹へと向けて放り投げる。
「行けえっ!」
高速で向かってくる巨体に、大きく一歩踏み込んで拳を突き出す夏樹。狙うは熱線で焼け爛れた右肩部。
パンっ!
拳に込められた力に弾き飛ばされるように空気が乾いた音を立て、鳴り響き―
ゴッ!
不可視の槍と化した力が、狙い違わず貫く!
そのまま奥の施設へと吹き飛んでいく巨体を二人は追いかけた。
「…失敗したかな?」
「不可抗力だろ? 今日あの施設、稼動してないって話だったからな」
数十分後、移動指揮所を兼ねたキャリアーに背を預け、ポツリと漏らした夏樹の言葉に翔が返す。
外への排水処理施設へと追い込んだものの、肝心の姿を見つけられず、調査の末『何故か』稼動していた施設を伝って『外』へ出た可能性が高いという結論になったのだ。
外縁部付近にある施設は第4都市建設初期に建てられたため老朽化が進んでいることや、時折ミュータントが紛れ込むこと、スラムと化していることなどもあり稼動していることは少ない。
だが、稼働率を上げるためなどの企業側の理由で動かされることもある。
方舟には外縁部付近の哨戒任務などがあるため、稼動施設については通報されることになってはいるのだが、なおざりになっているのが実情。
理由として、各都市の運営というのは巨大企業が行っている側面が強いためである。
方舟にもそれなりの強権はあるものの、企業が絡むと強く出られないことも多い。
今回はそういったことの最たる例といってもいい。
「けど、随分完成してきたんじゃないか? 夏樹の『槍』」
「ん~。威力に関してはなぁ…。まだまだ改良点はあるから、完成とはいかないよ」
今回の任務に関して唯一傷をつけた事を褒める翔に、苦笑交じりに謙遜してみせる夏樹。
威力に関しては申し分ないレベルまで来ているとは思うものの、溜めがいることや連続では打てないという欠点もある故の言葉なのだが、翔から言わせればそれが出来たらただの反則だろうと思っている。
まぁ、そういった向上心が夏樹のいいところであり、翔が気に入っているところでもあるのだが。
会話を交わしつつ、戦うことが終わってしまえばさしたる出番のない二人がばたばたする周囲に取り残され、それを何とはなしに眺めることしばし。
「お疲れ様、二人とも。ケガは?」
行きかう人々の合間を縫ってやってきた瑞穂が二人にねぎらいの言葉をかけつつ、飲み物を差し入れてきた。
二人は無事を示すようにひらひらと手を振ると、礼を言って受け取る。
多少の疲労感はあるものの、ケガそのものはないに等しい。あるとすれば衝撃波を受けたことくらいだが、それも傷そのものはかすり傷程度。
「こっちは何とも。
そっちは…って、何、そのバンソーコー?」
翔が気づいたのは、瑞穂の頬に貼ってある大きめの絆創膏。
その指摘に少し顔を赤らめ、声が小さくなる。
「そ…その、さっきレーザー撃ったら砲身が壊れて…そのときに少し」
さっきインカムから聞こえた悲鳴はそのときのものだったらしい。
瑞穂の様子に、大したことじゃないなと夏樹は考えに耽る。
先ほどの兵器は何とか実用までこぎつけたレーザー兵器だが、砲身等の耐久力の問題がなかなか改善されず、破損率も高いため安定して使用するまでには至っていない。
使い捨て、と割り切るのであれば十分強力なのだが…
そんなに安価ではないからそういうわけにも行かない。
結局の所、ものを言うのは夏樹たちのような現場の戦闘向きの覚醒者や、感染の危険を承知で体を張るSATの人間。
「たいしたことなければいいよ。
…すまん。逃した」
端的に言って、頭を下げる翔に瑞穂は首を振る。
「気にしないで。施設の稼動は通報がなかったのだから仕方ないわ。それに関してはこちらから抗議するつもり。
問題にしたがる困った人達もいるけど、そっちは私の仕事だし。
むしろ、二人で退けたことを感謝しないと」
「そう言ってもらえれば助かる。
そういえば、聖は?」
労るような微笑を見せる瑞穂に問うと、少し表情を曇らせた。
それに関しては夏樹も気になっていたから、耳を傾ける。
「うん…スーツの上から腕を焼かれていて…今手元に届いてる報告じゃ、酷くはないけど軽くも無いとしか…」
「そっか…帰投許可が出てるなら、俺が帰りに様子見て帰るけど?」
「ありがとう、夏樹。許可は貰ってあるから、そうしてもらえると助かるわ」
じゃあそうする。そう言ってキャリアーから背を離す夏樹。
「これからデブリーフィングあるんだろ? 翔は置いてくけど、あまり人前でイチャつくなよ?」
「いいの?」
「…いいよ…」
からかったのに、素で喜ばれて憮然とする夏樹。
呆れたように翔を見るとこちらはこちらで苦笑い。
普段からべたべたな二人だが、それには色々と理由がある。
二人は、幼少期から方舟に所属しており、幼馴染とまでは行かなくとも顔見知り程度の接点はあった。
ただ当時の二人の扱いは悪い部分の極端で、翔は数少ない因子制御者としての実験体に等しく、瑞穂はミュータント掃討のための部品としての教育をされている。
もちろんそれは方舟内部においても非合法なことで、翔にしても瑞穂にしても、救いの手が差し伸べられるまでは随分かかった。
更に瑞穂に関して言えばマインドコントロールに近しい人格制御、精神制御が大分深く施されてしまっていて、手の施しようがないとまで言われていたのだが、それを改善するきっかけになったのが、今の担当医師や翔なのである。
丁度、というか翔の能力を制御するためにも瑞穂の能力は効果があったため、二人で行動することが多くなって今の関係に至っている。
現在は、時折『氷の人形』と呼ばれた頃の冷たさがまれに出るものの、それを除けばよい意味で昇華できており、指揮官としても随分と信頼を得ている。
で、翔に対して甘えるのはそれの反動らしい。
それを知っているだけに、夏樹としてもあまりどうこういう気はないのだがこういった冗談があまり通じず、今のような返し技にあうこともしばしばだったりする。
「…まぁいいや。じゃあ後はよろしく。
聖の様子見たら、帰って休んでから学校行くとするわ」
「了解。お疲れ様、夏樹」
背中に投げかけられる声にひらひらと手を振って帰路につく夏樹。
こんな状況でも学校にいく、と言うのだから夏樹は真面目だと瑞穂は思う。
「…?
ああ、もうこんな時間か」
自分に対して真面目評価が下っているとは露知らず、白み、雲に茜色が刺し始めた空を見上げて呟く夏樹。
大分遅い時間に呼び出された上、その挙句にこんな時間までかかるとは思っていなかった。
「お~。朝焼けかぁ…綺麗だなぁ…」
夏の早い時刻の夜明けに、誰に喋るでもなく背伸びをする夏樹。
そんなことをしていたら、不意に二つの赤色を思い出した。
一つは、先ほどまで相手をしていたミュータントの瞳。
もう一つは、つい最近知り合った後輩の少女の瞳。
似たような色なのに、こうも違うものかと思う。
そして、どんなに考えても、楓の瞳の色のほうがこの朝焼けのような鮮やかな色で、好ましい色であることは間違いなかった。
追突されて、損が多いことを学んだ近況です




