1-2
「―ぃやったぁっ! 終わったあっ!」
とある教室の、夏休み明けのざわめきの中の一画でそんな声が上がる。
何事かと視線が向けられた先では長身の少女が、座席から立ち上がってバンザイをしている小柄な少女にチョップを入れている姿。
その姿が、見慣れた光景だとわかるとそれぞれに自分の時間に戻る。
「…で? 何が終わったの、聖?
始業式直前に、夏休みの宿題でも?」
「ういっ! そのとーりっ!
よく分かったね、千草っ!?」
「…分からいでか…」
周りの様子と胸を張って威張る聖と自分が呼んだ少女の答えに、チョップを入れた側の千草は疲れた声で、も一発チョップを入れる。
いつもこうなのだ。この幼馴染は。
やれば出来るはずなのに、ギリギリまでしないのは。
「千草お母さんは新学期早々、気苦労耐えないねー」
「そうねー。育て方間違ったかなー」
クラスメイトの言葉に、ショートにした頭に軽く手を当て、ため息混じりにそう答える。
聖と千草、学園内では結構有名なカップル…ではなくコンビ。
身長140cm程、ショートにしたふわふわのブルネットの髪に、翡翠のような翠と、深海を思わせる蒼の『異色虹彩』を持つ聖と、身長170cm後半でバレー部のエースとして都市代表で国際大会に出ることも少なくない千草。
アンバランスにしか見えない組み合わせなのに、ピースがはまったかのように自然な組み合わせの二人。
―もう少しやる気を出してくれればねー―
などと、ちっちゃい幼馴染に思いつつ、すでに弁当を広げている―
「―って、何もう弁当広げてるのよ?」
「ふみ?
んー。お腹空いたし?」
さも当然、と答える聖にまたため息。
「それはいいけど、またお腹空くよ?」
「だいじょぶー。も一個あるし」
「いや、それ作ったのも私だから、そんな事分かってるんだけど。
言っておくけど私のはあげないし、今日は高等部用の食堂、休みだからね?」
『食堂休み』の言葉に聖の動きが固まった。
「まぢ…?」
「まぢで。始業式だし」
「ダ…ダイジョーブデスヨー」
にべもなく切って捨てる千草の言葉に、ぎぎぃっと音を立てながら答え、それでも弁当を食べ始める。
食べ始めると、その表情はまったく変わるのだけれど。
その様子と、能天気さに羨ましさ交じりでまたため息をつく千草。
聖は本当によく食べる。
代謝が活発なのか、どれだけ食べても余分に増えることなく、常にベストを維持している。
その上、黙って座っていれば人形みたいな容姿を持っているために、服飾系のサークルが出す刊行誌のモデルとして選ばれたりもしている。
それなのに、そういった事に気を使った様子でもない。
年相応にそういったことを気にする千草には羨ましいわけで。
「そういえば、あんた。昨日テレビ見た?
『トリニティ・ブリーズ』出てたけど」
「…う~。見たかったけどさ、急な呼び出しで見てないんだよ~
予約も忘れてて~」
「そうなんだ? 珍しい」
心底残念そうな様子に、少し可笑しくなる。
件の『トリニティ・ブリーズ』とは3人組のバンドのことで、デビュー前からのファンらしく、聖の部屋にはそれ関係のものが多い。
「まあ、昨夜のだから、ログくらい幾らでもあるでしょ?」
「そうなんだけどさ~。昨日は新曲だったでしょ? そういうのは生で見てこそ意味があるんだよ~」
たった今、予約がどうとか言っていた気もするが、それはそれというものなのだろう。
「他には誰が出てた?」
「美加センパイも出てた。やっぱり新曲」
千草の言葉にさらに残念そうにため息をつく。
「んむ~。帰ったら探す~」
「そうねー。そうしなさい。
ほら、そろそろ片付けなさい。始業式、始まるよ」
千草に促され、ご飯を飲み込むと机の周りを片付ける。
この学園は人が多すぎるために、卒業式などの大きな行事などを除いては講堂などを使うことはあまりないため特に気にすることはないのだが、とりあえず躾、である。
こんなところが『お母さん』呼ばわりされる所以である。
場所は変わり、教員棟の3階。
職員室の前、自分に関わる話は早々に終わったため、廊下に出て母を待っていた楓は手持ち無沙汰になったのでコミュニケーターを取り出すと回線を開く。
旧世紀の携帯電話に端を発するそれは、高機能・多機能になっても基本は変わらない。
ちなみに、楓が持つのは同世代の少女が持つものに比べて、若干大きく無骨なデザインで、性能や実用性、拡張性で選んだらこうなった。
データを呼び出し、空間投影ディスプレイ上で入力したり何だとする。
『ね~楓。『セブンス・ベル』もう少し強化しよ?
もうちょっと撃った感が欲しいんだよねー』
「『アーリィ・ゴスペル』あるのに足りないの?
華音はほんとにあれが好きだね。いいけどポイントあったかなぁ・・・?」
いつの間にか起きていた華音と、そんなことを二人で話しながら時間を潰すことしばし。
「…?」
何やら騒がしくなった窓の外をひょいっと覗き見る、と―
直ぐ眼下に人の頭らしきものが見えた。
びっくりして反射的に避ける楓。だがあまりに慌てすぎたのか、足を滑らせてバランスを崩してしまった。
「―っ!?」
「っと…!?」
転ぶ予感に思わず目を瞑った楓の腕を誰かが取って支えた。
「…大丈夫?」
聞こえた声に、恐る恐る目を開けると、自分の顔を覗き込む見知らぬ男子の姿。
「…?」
ぱちくりと目をしばたかせ、きょろきょろと見回す楓。一体何が起きたのかが、ちょっと理解できずにいた。
「…えーと、とりあえず、ケガはない?」
少し困ったような少年の声に我に返る。
「す…すみません…っ!
え…と、ケガとかはない…です。
助けていただいて、ありがとうございます」
素直に、礼儀よくぺこりと頭を下げる楓に、少年が手を振る。
「いやいや。礼を言われることじゃないから。
むしろ、こっちが驚かせた訳だし」
その言葉に、ようやく状況が飲み込めた。
今しがた、そこの窓から飛び込んできたのが彼、ということなのだろう。
しかし、である。
(…ここ、3階だよね…)
そう思って改めて少年を見る。
背は152㎝の楓よりもはるかに高く、けれど背の割にはすらっとしている上、無駄な肉付きがないようで、何かしら体を鍛えている様に見える。
ちょっと収まりの悪い髪形と、険のある目つきが少し怖かったが、今のやり取りで悪い人ではなさそうと思う。
そんな様子だけを見ると、そんな大それたコトをするようには見えない。
「どうかした?」
はい荷物。そう言って自分の荷物を拾ってくれていた事に慌てて再度お礼を言って、今思ったことを伝えると苦笑いされた。
「あはは…まあ、一応覚醒者だから」
少年の言葉に納得する楓。
男性の覚醒者に多い、身体能力が高いタイプなのだろう。それならばこの高さを飛べるのも理解できる。
「でも、ごめんなー。ちょっと風紀委員に追われてて。思わず逃げ込んだんだけど、人がいると思わなくて」
「あ…いえ…」
「あれ? 長森君、こんなところで何やってるの? ナンパ?」
少年の言葉に苦笑するしかない楓を助けるように、ドアを開けてそう言って来たのは楓のクラスの担任である篠宮梓女史。
つい先ほどまで話をした限りでは、ざっくばらんな物言いで、本人も覚醒者ということもあるのか、接しやすそうというのが第一印象。
「…いや、篠宮センセ。俺、まだ何もしてねーっすから」
「まだ…って事は何かする気だったんだ?
だめよー。その娘はうちのクラスの即戦力なんだから」
「いや…そんな気は…まぁ、いいや。俺教室に行きますんで。
えーっと、ぶつかってごめんな。もし何かあったら高等部3-Bの長森夏樹宛にクレームでも何でも送っていいから。
えーっと…」
言葉に詰まる少年の様子に初めて名前を言っていない事に思い至る。
「楓…です。高等部1-Aの桐生楓、です」
「…何、どさくさに紛れて名前聞いてるの? 教師の前で」
「じゃっ! そーゆーことでっ!」
ジト目になる梓から脱兎の勢いで逃げ去っていく。
「楽しそうね、楓。
有名人ですか? 先生」
「有名人、と言えばそうですね。方舟の子なんですけど。
…で? 一体、何をされたの?」
「え…?
え…と、ぶつかりかけて、転びそうになったのを助けてもらっただけなんですケド…」
何かを期待しているようなその目に、事実だけを伝える。
彼の名誉のために、窓から飛び込んできたことは内緒にして。
そんな楓を、初穂は楽しげな瞳で見つめる。
「ふーむ。ま、それじゃ、教室へ行きましょうか」
「あ、はい」
「じゃあ、いってらっしゃい。
私は帰るけど、何かあったら連絡するのよ?」
「うん。
大丈夫。 …頑張ってみる。二人で決めたから」
楓の事情は聞いているのだろう、担任は何も聞かないでいる。
「分かった。
それでは先生、娘をよろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げて踵を返す。
「…いい、お母さんね」
「はい。最高の母です」
呟く梓に胸を張り、誇らしげに答えた。
「…そういえば、何か聞きたいことってある?」
教室までの道すがらそう問われ、少し考えて、
「この学園って、以前私が通っていたところより、かなり大きいんですけど、クラスって何人くらいですか?」
「そうね…平均して大体、80~100人程ね。私の受け持ちは84人よ。
この都市には教育施設って少ないから人が多いのよ」
「…え…?」
「それじゃ、しばらく待ってて。少ししたら呼ぶから」
「え…あの」
教室に着いたのだろう、そう残して中に入っていく。
「…人、多いね…」
『そだね。ちょっと予想外。
でも、人が怖いって言ってられないけど?
何なら変わろうか?』
一人残された楓。
過去の事件によるトラウマ、後遺症と言うべきなのか、楓は対人恐怖症といわないまでも、少し人見知りになっているところがある。
1対1はまだ何とかなるが、大人数、しかも約100人というのは少しハードルが高い。
「…ちょっと怖いけど、頑張ってみる。さっきママとも約束したんだし」
『おー。やる気だねー。その意気その意気、女は度胸だよー。
でも、ママって言ってる時点で緊張しまくり』
華音の投げやりのような後押しの声と、突っ込みに顔を赤らめる。
高校生になったのだから、と母に対する呼び方を改めてはいたのだが、こういうときはつい元に戻る。
『でも、無理はしないでね。本当にきつかったら引き受けるから』
労わる声に頷き、一つ深呼吸をすると耳を澄ます。
『あー、あー。後ろ、聞こえるー?』
中から聞こえるマイクの声。人が多いからだろう。
『はーいみんな、座ってー。
久しぶりー、今日から新学期というわけだけど、転校生を紹介するよ。
男子は喜べー。女子はそれなりに喜べー。今回は女子の転校生だー!』
そんな担任の声にノリよく騒ぐ声が聞こえる。担任同様、そういうクラスのカラーなのだろう。
「先生―。美人っすかー?」
『月並みな質問ありがとー。けど、人に外見を尋ねるような失礼な質問をする前に、まず自分からどうにかすることー』
その言葉に全体が笑いに包まれ、外で聞いている楓も自然と顔が綻ぶ。
だが、次の言葉に顔色が変わる。
『―と言いたいところなんだけどね。今回はレベルが高いと言わざるを得ないんだなぁ…
黒髪美人っていいわよねぇ…』
母譲りの容貌が人目を引くのは知っている。長く伸ばした自慢の黒髪がそれにさらに一役買っているのも。
だが、こういう場で紹介されるとは思ってもいなかった。
「…華音…逃げていいかな…」
『同情するー。ハードル高くなったねぇ…』
心底逃げ出したくなったが、そんな楓に同情するという華音からは笑いを堪えているようにしか感じない。
『はい。と、言う訳で桐生さん、入ってきてー』
呼ばれたら仕方ない。軽く頭を振ると、手首に巻いたお気に入りであるイルカの文字盤の時計を触り、一つ息を吐くと扉に手をかけた。
正直なところ、倒れるかと思ったのが本音。
教壇に向かって、半円のすり鉢状に作られた教室。その作りでは自然と視線が中央へと向かう。
入り口のドアを開けて、ほんの10mほどの距離しかないのに、随分とかかった気がする。
教壇の横まで来ると、『はい』と笑顔でマイクを渡される。
その笑顔に何か言おうとも思ったが、結局礼を言って受け取る。
『…はじめまして、桐生楓です。
―以前は第2都市に住んでいました。
…えっと…訳あって、覚醒者になって、学校に行けなくなっていたんですが、何とか復学させてもらうことが出来ました』
一度言葉を切り、反応を覗う。
覚醒者であることは、担任がそうであることと、クラスにも何人かいるということもあって、隠す必要はないと聞いているがそれでも少し反応が怖かった。
だが、多少の奇異の視線は感じるものの、取り立てて騒ぐでもない様子に逆に楓が困惑してしまい、思わず担任に視線を送ると、視線が合った梓は軽く肩をすくめて見せた。
その様子に、言葉を続ける。
『…勉強とか、ご迷惑をかけることもあると思いますけど、少しでも早く馴染めるように頑張りますので、どうかよろしくお願いしますっ!』
一息にいい終え、ぺこり、と頭を下げる。
一瞬、静まり返る教室。
(…どうしよう…)
なんともいえない沈黙に、非常にいたたまれなくなってきて、今すぐ回れ右してダッシュで逃げたくなってくる。
と、誰かが口笛を吹いた。
「っしゃーっ! 先生でかしたぁ!」
「確か、新聞部が『一年コンテスト』やってただろ?
誰か呼びにいって来い!」
等々、誰かが騒ぎ立て始めると、その盛り上がりが教室全体に伝播していく。
とりあえず、否定的ではない盛り上がり方に梓を振り向くと、笑顔を返された。
「だから大丈夫って言ったでしょ?」
そんなことを言いながら、楓からマイクを受け取る。
『はーい、静かにーっ!
桐生さんは、学校自体が久しぶり、ということもあるから慣れるまでフォローしてあげること。女子はよろしく。
男子はそれまで近づかないことーっ!』
「ちょっ…!それは横暴だー!」
そんなやり取りに苦笑するしかない。
『さて…桐生さんの席だけど…』
「はーいっ! 先生っ! ここ空けてもらうんで、ここでお願いしまーす!」
席を探す梓の声を遮るように、教室の片隅で響いた甲高い声に視線を向け―
(…可愛い…っ!)
視線の先、ぐいぐいと隣の席の男子を押し出そうとしている少女にそんな感想を抱く。
ちっちゃい体と、蒼と翠の『異色虹彩』を持つその少女は困った顔をしているクラスメイトをさらに押し出そうとして―
ごんっ!
「むぎゅっ!」
後ろの席の少女に、拳骨で叩かれて沈黙させられた。
(…えーっと…?)
叩いた少女は、押し出されかけていた少年に手を合わせているが、当の本人はさして気にした様子でもなくひらひらと手を振っている。
『橘ー、でかした。そのまま陽山を押さえといてね。
…で、桐生さんの席はあそこね』
示されたのは、窓側の最後尾の席。
好奇の視線を浴びるのは恥ずかしかったが、席までたどり着くと、システムを立ち上げて必要な情報を入力していく。
この時代、こういったことは全てシステム化されており、加えて個人用のコミュニケーターを持ち込んでカスタマイズするのは可能である。
楓はこういったことが割と得意で、接続するとセッティングを進めていく。
と、学校側からの連絡事項などのメールの中に個人名があることに気づいた。
差出人の名前は『長森夏樹』とある。
手は休めぬまま、視線入力でメールをあけると、並んでいたのは朝の出来事に対する非礼を詫びる文面。
ちょっと怖そうな印象とは裏腹に『いい人』と感じたのは間違いではなかったらしい。思わず小さく笑みが漏れた。
そこまで気に病む必要はないとは思うが、そういった姿勢には好感が持てる。
改めて気にしていないことと、窓から飛び込んできたことは誰にもバレていない事を伝えると、逆に感謝の言葉が返ってきた。
やり取りを2・3度するとチャット回線に切り替えた。理由としては、メールだと畏まってしまうというのが理由。
そんなことをしている間に、ホームルームの時間は瞬く間に過ぎていく。
後から思えば、人見知りのはずの自分がなぜそのようなことをしたのかはよくわからなかったけれど、何となく、新しいクラスが居心地よくて、少しハイになっていたのかもしれない。
HRが終わると同時に、楓の席は沢山のクラスメイトに囲まれた。
こういったことは、転入生にとっての通過儀礼といっても過言ではないが、やはり84人もいると一部でもその人数の多さにはびっくりする。
最初は何とか受け答えしていたものの、あまりの人の多さにパニックになりかけていた。
(―か…華音~)
『はいはい、そろそろ変わってあげよかねー』
流石に限界。そう思ってそんな会話を交わしていると―
「かーえーでーちゃん!」
だきぃっ!
「ひゃあぁぁっ!?」
「ちょっ…! 聖っ!?」
ごんっ!
突然首筋に抱きつかれ、素っ頓狂な声を上げてしまう。
それに続くような誰かの声と、鈍い音に恐る恐る振り返ると、拳を握り締めた少女と、頭を押さえてうずくまる少女に気づく。
「…ったく…何やってんのよ聖。驚いてるじゃない。
ちゃんと謝んなさい」
「うう…っ。ごめんね、楓ちゃん…
そんなにびっくりするって思わなくて…」
よっぽど痛かったのだろう、涙目で謝ってくるのは先ほど隣のクラスメイトを押し出そうとしていた『異色虹彩』の少女。
「ごめんなさい、桐生さん。この子、加減ってのを知らなくて。
ほらっ、聖」
その隣で謝ってきたのは、こちらも先ほど拳骨を振り下ろしていた少女。
「ううっ…」
ますます落ち込んだ様子に、ようやく事情が飲み込め、同時に自身も落ち着きを取り戻す。
安心させるように少し微笑んで手を取る。
「私こそ、取り乱したりしてごめんね?
大丈夫だから、そんなに落ち込まないで。ね?」
楓の言葉に、ぱぁっと笑顔を取り戻す聖。そのまま再び抱きつかれた。
「ありがとーっ! 楓ちゃん!」
「だからって抱きつかないの!」
「あはは…。
私は大丈夫だから、気にしないでください。橘…さん?」
楓の言葉に「あれ?」という顔をされた。
「え…っと、橘さんと、陽山…聖ちゃん…。合ってますよね?」
確認するように言うと、二人にきょとんとした顔をされ、お互い顔を見合わせる。
小首をかしげる聖に、千草はひょいっと肩をすくめて見せる。
すると聖は「何で?」という表情で見上げてきて、その様子に楓は小さく吹き出してしまった。
表情と仕草だけでコミュニケーションが取れているのが可笑しかったのだ。
「えと、二人の苗字は先生が言ってました。
聖ちゃんの名前は、さっきから橘さんが呼んでるし。
何より最初のやり取り、インパクトありすぎましたから」
「あー…あれは忘れてくれるかなぁ?
…私のことは千草でいいよ」
「私も、楓で呼んでください。
みなさんも」
周囲のクラスメイトにも微笑んでそう伝えると、何故か喝采が(特に男子から)上がる。
その後、質問タイムは明日以降ということになり、解散となった。
「ねー。楓ちゃんはどうするの? お帰り?」
「んと、購買部です。テキストとか、揃えないといけないのあるし」
結局、横に居座ったままそう問いかけて来る聖に、コミュニケーターをチェックしながら答える楓。
すると「んーと」と聖は一瞬考え、したっと手を上げる。
「じゃ、私も行くー。千草は?」
「ん? 私もいいよ。どうせ夕方までヒマだし」
あっさりと決める二人に逆に驚く。
「…いいんですか?」
「言ったでしょ? ヒマって。どうせ聖とかとアミューズパーク寄って帰る位なんだし。
それに、この学園、広いから道案内って必要でしょ?」
確かに、人口約1000万人を抱える第4都市の教育施設は数が少ないため一部に集中しており、全ての設備を入れた広さたるや一つの街と言っても過言ではない。
案内してもらえるなら非常に心強いわけで、
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
「しゅっぱーつ!」
ぺこりと頭を下げる楓の手を、満面の笑みで聖が取った。
「でねー。あっちが学食。
和洋中華、印、伊なんでもあるよー。私のオススメはねー」
「…って、あんたは大体なんでも食べるじゃない」
「いいじゃんさっ! 好き嫌いないのはいいことだよっ!」
各部を巡る『ポートロード』いわゆる動く通路ではあるが、その真ん中でぴょんぴょんと跳ねながら楽しそうに喋る聖に、ひたすら突っ込みを入れ続ける千草。それを楓は可笑しそうに見つめる。
学内を巡る短時間で随分と打ち解けたらしく、自然と3人の立ち位置が決まったらしい。
「ほーう、好き嫌いがないねぇ…
じゃあ、今日はトマト尽くしにしましょうか♪」
「ちょっ…千草! それは反則っ!」
そんなやり取りが楽しくてしょうがない楓は微笑みながら見つめる。
と―
唐突に聖の頭が誰かに掴まれて体ごと持ち上がる。
「通路の真ん中で賑やかなのがいると思ったら、やっぱりお前らか」
「おお~。その声は夏樹センパイだっ! ちゃっすっ!」
したっと手を上げる聖と、「どもー」と同じように手を上げる千草。
その横で楓は目を丸くするが、とりあえず聖は頭が痛くならないのかが気になっていた。
「お、そうだセンパイ。新しい友達を紹介したいから、手、離してもらっていい?」
「ほいよ」
答えて離される手。とんっと着地すると振り向く。
「…って、翔センパイに瑞穂センパイも?」
聖の視線の先で、苦笑しながら手を振るのは栗色の髪を短くまとめ、黒縁の眼鏡をかけた190cmはありそうな少年と、同じくこちらは黒のハーフフレームの眼鏡をかけたセミロングの黒髪と中性的な容貌を持つ少女。
「え~と、楓ちゃん、紹介するね。こっちのメガネかけた二人が沢渡翔センパイと真鍋瑞穂センパイ。
で、こちらが桐生楓ちゃん。今日ウチのクラスに転入してきました~」
「は、はじめましてっ! 桐生楓です。よろしくお願いしますっ…!」
二人に見とれていた楓は慌てて頭を下げる。
そういった普通の所作を忘れてしまうくらい、二人は格好良くて美人で何より二人が様になっていた。
楓につられるように二人も頭を下げ、挨拶を交わす。
「瑞穂センパイは飛び級で大学部に入れるくらい頭いいんだよー。でもって、二人はいつもらぶらぶ…って痛いっ! 翔センパ…! 頭ぐりぐりは痛いっ!」
「そこは別に足さんでもいい」
しばらくして、こめかみぐりぐりの刑から逃れた聖は呻きながら向き直る。
「むー、痛い…。で、こっちが―」
「え…と、長森…夏樹さん、でしたよね?
今朝はお世話になりました」
「いやぁ、こっちこそ申し訳なかった」
訳知り顔で話す二人に、聖の頭に『?』がつく、他の面々も同様。
「あ…」
そんな様子に説明しようとちょっと考え―
「とりあえず、場所、移しません?
結構、人目を集めちゃってるんで」
千草が至極まともな意見を出した。
『アミューズメント・パーク』
歓楽街の中でも一際大きな面積を持つその施設は、旧世紀のゲームセンターや遊園地などに端を発する総合娯楽施設である。
ここともう一つのレジャー施設である『アクア・パーク』の二つでこの第4都市の娯楽施設は大体カバーできる。
学園から離れ、一行の姿はここにあった。
「へぇ…夏樹センパイ、楓ちゃんを突き飛ばしたんだ…」
そこのフードコートの一角で、何故か聖が不機嫌になっていた。
したかったゲームはタイミング悪く順番待ちだったため、その間に楓と会った時の話をしたのだが、説明が悪かったのかこうなってしまった。
「突き飛ばした…って、だから違うし…。
…なあ、橘、俺間違った説明したか?」
「ぶつかりかけて、転びそうになった楓ちゃんを支えてあげた。
私にはそうとしか聞こえませんでしたケド?」
「そうそう。合ってる。
…で、どうしてこいつはこうなった?」
「さぁ? わかりませんけど、こうなったら楓ちゃんに誤解を解いてもらうしか」
苦笑しながら肩をすくめる千草に、夏樹は頭を抱える。
当の楓はというと、翔、瑞穂の二人とジュースの買出しとゲームに必要なものをレンタルしに行っている。
順番待ちをしているゲームは、人によってはかなりの運動量になるため、着替えもしくは専用着が必要なのである。
周囲を見てみると、学校が午前中で終わったために同じような目的で訪れている学生でごった返している。
そんな人混みの向こうからこちらに帰ってくる3人の姿が見えた。
それにしても…と思う。
(相変わらず、美男美女のカップルよねぇ…)
夏樹を含めた3人との付き合いは、聖が本格的に活動するようになってからだから、かれこれ4年程になるが、この二人はその頃からズバ抜けていたと思う。
夏樹も、目つきが悪いことを除けばまぁ、格好いい方なのだとは思うが、それでも相手にならないし、加えて二人の付き合いも長いらしくやり取りは仲睦まじい夫婦のそれだ。
今も二人のせいで目立ってしまっているのに、それを楓に悟られないようにしている所はソツがない。
弱点らしいところを挙げるとすれば、瑞穂の眼鏡は素通しになっておりそれを外すと実は童顔で本人はそれを気にしていること位だが、それとてさしたる弱点ではないわけで。
加えるならば、その二人の間に挟まれながらも見劣りしない楓も。
膝元までの長く少し編んである黒髪と、千草の見立てでは背丈は150cm程で決して高くはないものの全体的な作りはすらっとしている。
今日見た限りでは若干人見知りをするみたいだが、全体的に華奢な印象があるためか、保護欲を掻き立てられるところがある。
(男子が騒ぐわけだよねー)
改めてため息をつく。
実は千草は自覚がないのだが、バレーボール絡みでメディアに出ることが多く、そういった意味ではこのメンバーの中では一般に対する知名度は一番高い。
先ほどから注目を浴びている視線の中に、自分が含まれていることにまで考えが至らないという点では残念な娘だったりする。
「…あれ? どうしたんですか?」
頭を抱える夏樹を、ジト目でちくちくやっている聖を不思議そうに見る楓に、千草はため息混じりに肩をすくめてみせた。
「―あ! 順番来たよ。
行こっ、千草、楓ちゃん!」
しばらくして、手にした端末に順番が来たことを示す表示が灯ると、二人の返事を待たずに駆け出していく聖。
「もう、待ちなさい、聖ー」
慌てて聖を追っていく千草。つられるように楓も立ち上がる。
「楓ちゃん、無理して聖に付き合う必要はないよ?
あいつ、手加減ってのを知らないから」
「大丈夫です、沢渡さん。私も『キャヴァリアー・レイブ』好きですし」
「…そのカード?」
微笑んで答える楓の持つカードに気づいた翔に、
「あ…言わないでくださいね。ちょっと秘密で。
それじゃ、行ってきます」
手にした青いカードを口元に当ててごまかすように答えて、荷物を持って更衣室へと向かった。
「…あぁ…そういえば、成程」
「どうかしたの?」
なにやら一人で納得顔の翔の制服を引きながら、上目遣いに瑞穂が問うてくる。
「ん? ああ…いや、ここの誰も楓ちゃんには適わないだろうなーって」
「何でだ?」
「んー。楓ちゃんの持ってたカード、世界大会の本戦に出場した人しか持ってないカードだった」
夏樹の問いかけにさらっと答える翔。二人の目が丸くなる。
方舟の報告書にはそういった趣味に関する記述はなかったが、ゲームのヘビーユーザーである翔には今更ながら見覚えがあった。
半年ほど前に行われた世界大会の、特集が組まれた専門誌の内容を思い出す。
キャヴァリアー・レイブ世界大会、東アジア地区予選。
中量級の優勝を飾った機体名『フェザー・ドルフィン』
パイロットの名前には、確かに『桐生楓』とあった。
更衣室で専用スーツに着替え、人が十数人くらい手をつないでようやく一回りできそうなドーム上の構造物の前に立つ。
ちなみに、楓が着ている専用スーツは、アクアブルーに白のラインが入った上下セパレートになっているタイプのもので、さっき新調してみた。レンタルするよりは新調したくなったのだ。
実はこのスーツ、スポーツウェアのアンダーウェアのような作りのため、体のラインがはっきりと出てしまうのとデザインがそこまで映えないため、女性にはあまり受けが良くなく、女性ユーザーはこの上に何か着ていることが多い。
楓もそれに漏れずジャケットを羽織っている。
それでも購入するのは、ひとえに汗をかいたときの不快感がはるかに少なくなるからでしかない。
ドームの前に立ち、コンソールパネルの横にあるスリットにカードを滑り込ませ、表示された三体の機体を前に少し思案する。
『ね、楓っ! 私がやりたいっ! 出番がないんだもん。お願いっ!』
「う~ん…私もしたいんだけど…」
えぇ~っ! と騒ぐ華音。少し話し合って、結局じゃんけんになって楓が勝った。
『ぶ~。次は私だからねっ!』
不貞腐れる華音に苦笑しながら機体を選択する。
選ぶのはもちろん愛機である、サファイアブルーのシャープな体に1対の翼を持つ『フェザー・ドルフィン』
選択を終えると、ドアを開けて中に入る。
広がっているのは6~7畳程の広い空間。その中央にはフレキシブルシートと、それに直結した手足を模したセンサー―いわゆる宇宙などで使われるパワードスーツの簡易版が鎮座している。
この広い空間と、これらを使って行われるのが、現在世界規模で流行しているオンラインゲーム『キャヴァリアー・レイブ』である。
それぞれに作成した『キャヴァリアー』と呼ばれる機体を持って、様々なルールで競い合うのが基本ルール。
ゲームが流行した理由には、ミッションモードにおいてミュータントに似た生物を退治していく内容があった事が大きく、そこには人類のミュータントに対する嫌悪感が見え隠れしている。
時折箱舟からチェックは入るのだが、それでもほぼスルーに近い。
そんなこのゲームには一つ難点があり、一つ一つの筐体が大きくなってしまうため、必然的に置いてある施設の面積が大きくなってしまうのだ。
シートに体を預けそれぞれのセンサーに手足を通すと、空中に直立した状態に姿勢が直される。
最後に情報投影用や入力など、全てが行われるバイザーを頭に被り微調整する。
これが、楓が好んで使用する『アドバンス・モード』である。
このモードは操縦者の体の動きをトレースし、よりリアルに自分の動きで機体を操ることが出来るモードであり、その分動く範囲や運動量が増えるために、これくらいの広さが必要となったのである。
と、床から軍用のアサルトライフルに刀身をくっつけたような妙なオブジェなどが競りあがってくる。
『アドバンス・モード』のもう一つの特徴である武器操作用のデバイス、である。
楓の目には、バイザーを通して、自分が選択した武器の映像で見える。
だがこの使用には賛否両論あり、リアリティがあって楽しいという意見や、ダサくて邪魔という穿った意見もあるが楓は前者。
メインとしている『ソード・ランチャー』のモジュールを左手に持ち、残りをシートのサイドに取り付ける。
楓がメインウェポンとしているのはソード・ライフル・バスターの3モードに切り替わる使用で、汎用性はあるが決め手に欠ける、いわゆる玄人向けと言われる武器である。
軽く動き、取り回しなどを確認すると、深く息を吐く。
『開始5分前になりました。準備はよろしいですか?』
「はい、フェザードルフィン、システムオールグリーン。
いつでもスタートできます」
『了解しました。
それでは、メンバーリスト、フィールドデータを送ります。
ご武運を』
管制室からのデータに目を通す楓。
今回参加するのは18名、ルールはバトルロイヤル方式。
若干人が多いが、ここの施設内の人だけということに少し安心する。オンラインだと、いろんな意味で自分のことを知っている人がいそうで、少し心配していたのだ。
まぁ、見る人が見ればすぐバレるだろうが。翔にもバレていたようだし。
だが―
「…ちょっときついかなぁ…」
少し苦い声が漏れる。
用意されたフィールドは1.2倍の過重力ステージ。印象としては、水辺に水没する朽ちたビルの立ち並ぶ文明跡というところか。
基本的に、機動力重視のセッティングにしてある機体のため、それが重くなるのは好ましくはない。
約半年ぶりの復帰戦にしてはちょっとハードになりそうだ。
『開始1分前』
若干、機体のパラメータを調整しているとそんな声が聞こえ、手早く済ませて、気持ちを落ち着ける。
同時に内部スクリーンが灯り、全周囲モニターに風景が映し出される。
映し出されたのは、今朝と同じように若干雨に煙るフィールド。
『10秒前。
9…8…7…』
目を閉じ、息を吐く。
集中と供に高まってくる高揚感。この瞬間が楓は好きだ。
『3…2…』
知らず、モジュールを握る左手に力がこもる。
『Get Ready…』
「…GO!」
飛翔感とともに、高揚感を空へと解き放つ。
スタートと同時に空中へと打ち出され、その際に生ずるGを堪えて翼を広げ姿勢を整えると、そのまま手にした武器を両手で構えてバスターモードで高出力のビームを放った。
そのまま着地して、レーダーに感知している最も近い敵機へと向けて疾走を始める。
刀身兼銃身が二つに割れるバスターモードから、リロードのためにもとの形に戻った武器を手に、さらに機体を加速させた。
樹木の間を駆けていると、その向こうにグリーンを基調とした4脚を持つ機体が見えた。このタイプは機動力を犠牲にする代わりに、厚い装甲と重装備を持つことが出来る。その中でも4脚型は悪路に強く、こういったフィールドでは小回りが利いて強い。
足を止めているところを見ると、遠距離から僅かとはいえダメージを与えた楓の機体を手強いと見たのか待ち受けていたようだ。
と、バイザーに木々の間を縫って飛翔してくる十数発のミサイルと、それに対するアラートが表示される。
「チャフっ!」
音声入力でチャフをばら撒きつつ、自身は真横にステップを踏みスライドして回避行動をとりながら、近くの樹木を切り飛ばし飛来するミサイルにぶつけ壁にする。
そのまま機体を前傾させつつ急加速で一気に間合いを詰めた。
最低限の回避だけでミサイルの中を突っ込んでくる楓に驚いたのか、相手は後ろへと下がりながら手にした多連装のミサイルユニットを楓に向けてくる。
当たれば撃墜必死の武器だが、この距離になれば単純に早いこっちのほうが有利。
「ちょっと、遅いかな」
呟き、引かれるトリガー。放たれたビームが狙い違わず腕ごと爆砕する。
バランスを崩した相手の至近距離まで間合いを詰め、ソードモードに切り替えて前足を切り捨てる。
「はあっ!」
そのまま返す刀で、伸び上がるように振り上げられたソードが、相手の頭部を破壊した。
「まず、1機」
期せず呟くと、通信が入る。
『楓ちゃん、凄いねぇ…!』
開くと同時にいきなり言ってくる聖。その表情は声同様びっくりしている。
周囲に多数のディスプレイがあるのを見ると、シートに座ったまま扱う『ノーマルモード』のようだ。
「ふふっ…私、弱いとは言ってないですから」
笑って答える楓に、こちらも胸を張って、
『なら、私の『トラッパー・プリンセス』と千草の『春疾風』が丁重にお相手しましょうっ!』
『ちょっと聖っ! 勝手に巻き込まないでっ!』
突然振られて、通信回線に割り込んでくる千草。
焦る千草には答えず、そのまま通信をカットしてしまった。
『…私、死んだ振りしとくから…』
しばらくしてぽつりと呟くと、こちらも通信を切る。
そんな様子に思わず笑みを漏らすと、瞬く間に1機撃墜した自分を脅威と認識したのか向かってくる2機のマーカーへと向き直った。
「綺麗な機体ね」
更に2機を短時間で撃墜し、フィールドを駆け抜ける楓の機体を見て呟く瑞穂の素直な意見に翔は首肯で答える。
楓が駆るその機体は、サファイアブルーのシャープなフォルムに、姿勢制御と追加装甲を兼ねたウイングバインダーを持つ流麗な機体である。
「速さ重視のバランスタイプだな。バスターの威力がちょっと高いか。長距離でダメージ出るみたいだし」
手元の観賞用コンソールに表示されるデータを見つつ夏樹が呟く。
瑞穂を除いて、みんながこれを好きなので、自然と熱がこもる。
ちなみに瑞穂がプレイしないのは、運動神経にウェイトがのっているからである。
「けど、強いなぁ。ビーム切り払うとかあんまり見れない芸当だよ」
感心した様に夏樹が言っているのは、先ほど2機を撃墜したときに見せた神がかり的な回避だろう。
2機に同時攻撃を受けた楓は、並外れた回避技術に加え、ビームを斬るという離れ業をやってのけたのだ。
システム上可視調整されているビーム兵器は、実際の物理法則と違い『光速』ではなくあくまでも『高速』であり、ビーム同士の干渉も起こるために利用すれば不可能ではない。
不可能ではないが、それをやってのけるのは簡単なことでもない。
「…あの子、報告書では剣術…ですか? そういった記述がありましたが、そういうのが関係していることは?」
急に丁寧な言葉遣いになる瑞穂に、二人はどきりとする。
少しずれたハーフフレームの眼鏡の向こう、感情少なく冷ややかな瞳。
それは仕事のときの全てを押し殺した表情。
「そうだなぁ…身のこなしや、近接能力の高さはきっとそうだろうなぁ」
翔がやんわりと言って、子供をあやすようにぽんぽんと瑞穂の頭を叩いて、自分の肩口に押し当てさせる。
翔の懐で、びくっと身を震わせる瑞穂。
「あ…ごめ…なさ…」
少し怯えたような表情を見せる彼女に小さく微笑むと、ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜる。
「ちょ…翔…っ!?」
「大丈夫だな」
わたわたと翔の手を掴もうとする瑞穂に安堵の表情を見せる。
「…うん」
ようやく捕まえた翔の手を握り、小さく笑う。
そんな二人のやり取りを、夏樹は横目で見ながらやれやれと小さくため息をつくと、不意に沸きあがった歓声に3人の意識が画面へと引き戻された。
画面を見ると『フェザー・ドルフィン』が立ち並ぶビルの外壁を蹴りながら、空中戦を演じている姿が映し出されていた。
相手は紫にシルバーのラインが入った『モヴ・ネライダ』と呼ばれる軽量級の機体で、ここでは割と名前の知れた機体である。
高い機動力と、変形機構により空を飛ぶことで優位な位置を取ろうとする相手に対し、させまいと牽制の攻撃を行う『フェザー・ドルフィン』
基本的に全ての機体は人型であるために、空を飛ぶということは出来ず、高出力のバーニアで数秒浮くというのが関の山だが軽量級は耐久力を犠牲にし、戦闘機への可変機構を取り入れることでそれを可能にしている。
だが楓はそんな相手の長所を引き出させないように、入り組んだビルの間を縫い、上手く立ち回る。
「…追い込んだな」
呟く翔に、見上げる瑞穂。理由を問う前に、状況が動く。
ビルの陰に姿を消した楓を一瞬見失う『モヴ・ネライダ』。
―ッガアァァンッ!
その頭上、聳え立つビルの外壁が爆音のともに崩れ瓦礫が降り注ぐ。
慌てて飛び去ろうとするが、瓦礫と同時に撃ち込まれたグレネードの雨に動くこともままならず、瞬く間にダメージがレッドゾーンを越えた。
「ふぅ…」
周囲に敵機がいないことを確認して、一息つく楓。
機体のチェックをするとダメージそのものは少ないが、脚部のバーニアが過熱気味になっている。
今の戦い方は無理しすぎたかもしれないと、ちょっと反省。
再度周囲を索敵すると、若干ノイズの入るレーダーに映し出されているのは少し離れたところに1機。
(ノイズ…? 誰かジャミングかけてる…? 探知は…無理…)
東アジア地区優勝という肩書きを持つ楓だが、圧倒的であったわけではなく、もちろん得手不得手はある。今のように妨害をかけられている状態は苦手で、何度も痛い目にあった経験がある。
慎重に動き、位置を変えてみるが改善しないところを見ると、向こうからは捕捉されていると見て間違いないだろう。
(…でも、何で仕掛けてこないんだろう…?)
不気味な沈黙に疑問を抱きつつも、隠れているだけでは埒が明かないと判断して移動し始める。
瞬間―
ドンッ!
爆音とともに足元が盛り上がった。
慌てて避けようとしたが、極至近距離では間に合うはずもなく、
「きゃあぁぁぁっ!」
派手に吹き飛ばされて、近くの浅瀬へと叩きつけられた。
「くっ!」
何とか受身を取って立ち上がろうとするも、目の前にはビームの青い光芒。
「…っ!」
寸前で身を捻り破壊されれば撃墜扱いとなる頭部への直撃は避けたものの、体への被弾を許してしまう。
ウィングバインダーを盾代わりに展開しながら立ち上がり―
「…困ったなぁ…」
周囲の状況に、ポツリと呟きが漏れた。
ライフルモードのソードランチャーを構える『フェザードルフィン』を囲むのは多数の『ビット』と、ビームの偏光射撃用の『リフレクター』
『ふっふっふ…引っかかったね、楓ちゃん』
声に回線を開くと、ピースサインの聖。
周囲を探すが、姿はなくモニターには代わらずノイズ。特に酷いのが数箇所。
「ステルス…」
楓の呟きに胸を張る聖。
『へっへー。これが私の『トラッパー・プリンセス』だよっ』
コントロールが煩雑な特殊射撃武装を積んだ機体で、それ故の弾幕の薄さと『ノーマル・モード』と納得する。
「なるほど。さっきの爆発は地雷だね」
右脚部のダメージ表示に、あまり見たくない類の赤い文字が点滅しているのを横目に画面越しに聖を見る。
ステルスモードで身を潜め、2種類のビットを使い分けて、相手を地雷原へと追い込む。
それが聖の基本戦術なのだろう。
手間暇はいるけれど、オールレンジ攻撃と見えづらい足場からの攻撃は、楓のように機動性重視の機体には脅威になる。
『まぁね~。
私のこと探せるかなー?』
にやりとそう言って通信が切れた。
ふぅ…
自分の周囲を一定の距離をとりながら、エサを狙う肉食獣よろしく飛び回りビームを吐き出すビットを見ながら息を吐く。
「いけるよね。『フェザー・ドルフィン』」
今まで沢山のミッションをこなしてきた相棒に声をかける。
打開策はある。あとは度胸とタイミング。
右足のダメージは軽いとは言えず、盾代わりにしているウィングバインダーの強度も削られる一方。
決していい状況ではないにもかかわらず、バイザーの下の楓の口元は微笑を浮かべていた。
「楓ちゃんが不利かなぁ」
「んー。厳しいだろうな」
画面を見ながら呟く夏樹に相槌を打つ翔。
ビットに囲まれ、コントローラーの聖もステルスモードで見えないとなればそう考える。
「どう思う?」
「このまま行けば聖だろうな。あいつはカンもいいし」
翔の言葉に「だよなぁ」と返す夏樹。
聖には非常識なまでに鋭い勘と、それを生かした射撃という武器がある。
「でも、ただでは終わらんだろ」
翔の言葉は、王者の存在に気づいた者の期待。
答えるように、状況が動いた。
ドンっ!
突如『フェザー・ドルフィン』周囲の水面が盛り上がり水柱をなす。
同時に、周囲数箇所へとグレネードがばら撒かれた。
答えるように、ビットが集中攻撃を水柱へと行うと、虚空から放たれたビームがリフレクターを反射して同じように水柱へと叩き込まれる。
ひときわ大きくなる水柱に、湧き上がる歓声。
けれど収まった水柱の中に蒼い機体はなく―
空中から放たれたバスターモードの一撃が、回避と攻撃を行うことでステルス状態が解除された桜色の機体を打ち抜いた。
「う~…。聞いてないよぉ…楓ちゃんがチャンピオンとか~」
「ご…ごめんね。
えと…盛り上がってるのに水差したらいけないと思って」
ゲームも終わり、みんなで寄った近くのカフェにて。
机に突っ伏す聖を楓はなだめていた。
あの後、聖を撃墜した楓は千草も墜とされていたため、もう1機撃墜したところで機体ダメージも考えて投了した。
MVPではなかったものの、獲得ポイントも多かったからよしとする。
ちなみに華音はというとはしゃぎ疲れたらしく、一休み中。
ずっとエキサイトしていたため疲れたらしいが、うるさかったことは黙っておく。
「でもさ~。
私、絶対楓ちゃん倒したと思ったんだけどなぁ…どうやって避けたの?」
聖の言葉にみんなの視線が集まる。
水柱は目隠しというのはわかるが、その後のダメージの少なさとかの事だろう。
集まる視線に、顔を赤らめて恥ずかしそうに伏せると、
「えと…グレネードをリモート爆破にして、周囲にまいて水柱をあげたのは、空へ跳ぶためのカモフラージュと聖ちゃん用です。
聖ちゃんのメインがビームだったから。ビームは水中や濃い大気の中じゃ威力は大分落ちますよね。
それとある程度はバインダーや装甲で受け止められると思ったから。
後はジャミングの濃い所にめぼしをつけて攻撃することで聖ちゃんが動いてくれれば、ステルス状態なくなるから何とかなるかなぁ…って。
外れてたり動いてくれなかったらアウトだったんで、大分賭けでしたけど」
照れくさそうに話す楓に聖が噴き出した。
「楓ちゃんって、意外とギャンブラーなんだねぇ…!」
そんなことを言いながら、過ごすことしばし。
「…っと、私、そろそろバイトの時間なんで帰りますね」
千草がそう言って席を立つ。
「聖はどうする?」
「んー。私は楓ちゃんともちょっとお話したーい」
「はいはい。じゃあ、また夜ね。
ごめんね、楓ちゃん。聖の相手大変と思うけど」
ぞんざいな扱われ方に不貞腐れる聖を横目に、そのままカフェを出て行った。
「…あいつ、まだあのバイト続けてたのか?」
「夢が保母さんですもん。まだやってますよー」
大変なものを眺めるような目で呟く夏樹に、同じような目で聖も答える。
そんな二人に「?」マークを浮かべる楓。
「んー。千草のバイトって保母さんなんだけど…」
一度見に行ったこともあるのだが、無限ともいえる体力で走り回る子供たちに夏樹達も大分振り回された覚えがある。
その時の話をすると、楓は微笑む。
「それは、お二人がいい人って分かったんですよ。
子供たちって、そういうのストレートに表現できるから」
屈託なく笑う楓に返す二人の表情は微妙。よっぽどの目にあったらしい。
そんな様子にまた目を細める。
「…雨、上がりましたね…」
何とはなしに日が差す空を見上げ思わず呟く楓の声色に何かを感じたのか、聖がこれまた反応する。
「楓ちゃんは、雨がキライなの?」
まっすぐに自分を見つめて言う聖の言葉に、思わず胸元で手を握り締めて、視線を逸らす。
思い出されるのはあの日の情景。
破壊された病室と、叩きつける雨。
そして―広がる痛みと朱色に染まる世界。
「…私は…雨は、嫌い…」
ぎゅっと力の入る手と、小さくなる楓の声に「そっかー」と返して席を立つ。
「楓ちゃんは雨の日に嫌なことあったんだろうね」
蒼と翠の瞳に見つめられ、言葉に詰まる。
そんな楓に微笑むと、手を広げて街を示すようにぐるりと回ってみせる。
「でもさ、雨の後って世界が綺麗じゃない?
嫌なこととか、全部雨が洗い流してくれてそうでさ。
…だから、私は雨ってキライじゃないよ」
今までの幼いやり取りからは想像がつかないほどの大人びた表情と言葉に何も言えず、黙り込んでしまう。
不意に、世界が違うと思ってしまった。
きっと彼女も大きな傷を負っていて、それを乗り越えたことがあって。
けれど、自分は踏み出すのにも時間がかかって―
「…ちゃん? 楓ちゃんっ!?」
肩を揺さぶられる感覚と、聖の声に我に返った。
「…楓ちゃん、だいじょぶ?」
心配そうな声と頬に当てられたハンカチに、自分が涙を流していたことに気づく。
「あ…ご、ごめんなさい。大丈夫だから…」
気遣わしげに見つめる視線には気づいたけれど、今は返す言葉が思い浮かばなくて、気づかない振りをして何とか笑顔を返す。
「…それじゃ、私たちもお暇させてもらうわね」
唐突に、手にしていた折りたたみタイプのコミュニケーターをパタンと閉じて、重い空気を振り払うかのように瑞穂と翔が立ち上がる。
「真鍋さんたちもバイトですか?」
「みたいなものね。ちょっと呼び出されちゃった」
「俺らは?」
「夏樹たちはいいわ。事後処理みたいなものだから。
楓ちゃんが落ち着いたら送ってあげて」
楓の言葉に優しく微笑み答える瑞穂。
夏樹たちの言葉には手を振りながら答えて、そのまま二人連れ立って店を出て行く。
颯爽としたその姿もなんだか見惚れるしかないのだから、美男美女は羨ましい。
「…そういえば、アルバイトって…?」
「んー。方舟のちょっとしたやつかな? 後は悪いけど部外秘ってことで」
ぽーっとした顔で二人を見送りながらポツリと漏らした楓の言葉に、夏樹ははぐらかすように答え、聖はこくこくと頭を振っていた。
…予約投稿ってどうするんでしょう?




