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1-1

とある次元のとある世界、統合管轄界と言われる世界でのこと


現代とよく似ているけれど、決定的に違う世界

細菌災害と呼ばれるもので人類というものが停滞してしまった世界線のお話

『Angels garden』本編


ACT・1


 かつて、細菌災害と呼ばれるものがあった。

 当時、人口は80億を超え、開発され尽くされた地球は荒廃の一途をたどっていた。

 望みを繋ぐべく着手した宇宙開発もさしたる成果を挙げることもなく、月面にいくつかの基地と、軌道衛星上に数機のコロニーを建設するにとどまった。

 そこに拍車をかけたのが細菌災害である。

 作物を育てるには適する環境ではなかった中東一帯の状況を好転させるべく開発に着手された『Lウィルス』。

栄養や水分のない土地でも作物を成長させることを可能とするそれは、一応の完成を見、試験運用されていたある日、その性質を変えて人間に牙を剥いた。

動植物問わず、感染すれば命を落とす。又は殺戮を撒き散らす存在へと変貌を遂げてしまうというマイナスのベクトルを促す最大の敵となってしまったのである。

 例え生き残れたとしても、ある種の後遺症として異能に目覚めてしまう側面も持っていた。

さらに追い討ちをかけるように、それは海中へとばら撒かれ、海流に乗ってウィルスは世界中へと広がってしまった。

拡大し続ける異形…『ミュータント』の被害や感染者数の増加により世界の人口は30億ほどまで減少した。

そこに至り、初めて人類は国連主導の下、おそらく後にも先にも唯一となる『地球救済決議案』を採択するに至る。

世界が安定を取り戻すまで、国家間における闘争の一切を禁止し、ウィルスの脅威に対抗するための諮問機関、通称『方舟』を設置するなどを定めた決議。

だが、その頃には人類が住める大地はあまりにも少なくなっており、巨大な外壁を建てることを基準としたドーム都市という箱庭にしか生きることしか適わなくなってしまっていた。

 種を存続させようとする希望とは裏腹に、世界には諦観が漂い、人類は緩やかにしかし確実に衰退していた。


 時は流れ、数百年。

 アジア地区東端、かつて日本と呼ばれた地域にある第4都市。

 ここで、一つの小さな物語が幕を開ける。


 ジリリリリリリ…

 薄暗い部屋に響く目覚まし時計を、ベッドから伸びた手が力なくぺしんと叩いて止めてしばらくの後、むくりと身を起こす影があった。

 逆光と、ベッドの上に長く滝のように流れる髪に隠れて表情は見えないが、体型などからして女性、それもまだ少女の域を出ていないことがよくわかる。

 目覚ましを止めたものの、まだ寝ぼけているのだろう、ウミユリのようにゆらゆらとすることしばし。

『楓~! 起っきろ~♪ 起っきろ、起っき…』

 スパーンっ!

 先ほどとは打って変わってすばらしいスピードで目覚ましを黙らせると、もう一つ今にも鳴ってやろうと意気込んでいるかのようなクマの目覚ましを止めて、目覚ましに『楓』と呼ばれた少女は目をこすりながらようやくベッドから降りる。

「6時…20分…ふぁ…」

 小さいあくびを一つつくと、窓際まで行くと仄かに明かりの差し込むカーテンに手をかけ―

 シャッ!

「…雨…?」

 だがしかし、勢いよくあけられたカーテンの向こうに見えたのは刺すような8月の夏の日差しではなく、雨に煙る街と、鈍い赤色の瞳で訝しげにそれを見つめる窓ガラスに映った自分の姿。

 今になって、部屋が薄暗かったことに思い至る。

『おはよ~。楓~』

「ん…おはよ、華音」

 不意に、頭の中に響いた声に驚くことなく返事を返すと、テレビをつけてクローゼットを開ける。

 この街に引っ越してきたばかりで、荷解きはすんでいないものの、こういったところを先に片付けている辺りはやはり年頃の女の子か。

『…昨晩から停滞している前線の影響により…』

「今日一日、降り続くでしょう、か…」

 テレビに声を重ねつつ、バスタオルをもってバスルームへ入ると、シャワーを浴びる。

 汗で若干べとついていた体を流れるぬるま湯が心地いい。

 ふと、鏡を見ると、まだ少し鈍い赤色を宿した少し吊り気味の自分と目が合う。

 そのまま見つめていると、眠気が抜けていくにつれて鏡の中の自分の瞳も朝焼けのような明るい朱色に変わっていく。

 数瞬、そんな自分の顔を眺めると、こつんと額を鏡に当てる。

『雨か…嫌だね…』

「うん…」

 響く声にうなずき返すと、顔を上げる。

 再び映る顔は、表情を歪めて涙を我慢する自分の顔。

「裕ちゃん…」

 俯いて呟き、15歳という年齢には若干小柄な体の、さらに小ぶりの双丘の間に手を当てる。

 そこにあるのは右肩から、左脇腹へと走る少女には似つかわしくない大きな傷。

 痛みがあるわけじゃないけれど、痛む。

 雨の日はいつもこうなってしまう。

 生まれた日が一緒で、新生児室でのベッドも隣。利き腕が左利きなのも一緒。

 自分の半身と言っても過言ではなかった初恋の少年。

少し気にしている吊り気味な自分の瞳を指差して『全然怖くない』と笑ってくれた大事な幼馴染を、大好きな少年を失った日を、自分が人にあるまじき力を持ってしまったあの日を思い出してしまうから。

 もういないと、2年近くも過去だということも分かっているのに。

「…裕ちゃん…」

 俯く楓の顔を、膝元まで伸びた黒髪が隠す。

 その髪を雫が伝い、流れ落ちていった。


 しばらくの後―

 身支度を済ませた楓は、一階へと階段を下りていた。

 身に纏うのは、今日から通うことになっている学校の制服。

 ブレザータイプのそれは白地に淡い青色のラインを基調としており、楓の好みではあったのだが、ブルーな気分を払うには足りないようだ。

(あ…いい匂い…)

 階下から漂ってきた匂いに思わず立ち止まる。

 漂ってくるのは、楓が好きなハーブティの香りで、今日から久しぶりに学校に通うことになる自分のために母が淹れてくれているのだろう。

 その心遣いに、心が少し軽くなる。

 同様に、軽くなった足取りで階段を下りようとして―

 ヒュッ!

 残り一段というところで、攻撃的な気配と、左側から突如聞こえた風切り音に微かに頭を引いた。

「お祖父ちゃん?」

―せっかく気分が晴れたのに―

 そう思いながら少し険のある目つきと、濃い赤色の瞳になって、横を見やりながら目の前の木刀を左手で掴む。

「…どこの世界に朝から孫の頭を木刀で狙う祖父がいるの?」

「ここにおる。

 いい目覚まし代わりになったじゃろ?」

「もう…

 なりすぎ。当たったらどうするの? 痛いじゃ済まないんだよ?」

「うむ。楓なら避けるだろうと思ったからのぅ」

 信用なのかどうなのか。祖父の物言いには呆れるしかない。

 若い頃に侍だの時代劇だのといったメディアプレイヤーにはまったという祖父は剣術を習い、一代で流派を築き上げてしまったといういろんな意味での猛者である。

 反面、息子である楓の父が継いでくれなかったからと楓に叩き込む困った人でもあり、加えて残念なことに、楓にはそういった才能があったらしく、今では随分と上達してしまっている。

 呵呵と笑いながら奥のリビングへと消える祖父に深いため息をつく。

 ―なんかもう疲れた。

 もう一つため息をついて視線を上げると、あることに気づいた。

 通路側に続くフロアへのドア。

 昨日までは『立ち入り禁止』の張り紙があったのに、今はそれがなくなっていた。

(…入っていいのかな?)

 そんなことを考えてしばし立ち尽くす。

「楓ー? 起きたのー?」

 突然背後から投げかけられた声に我に返り、振り向く。

「あ、おはよ。母さん」

「おはよう、楓。華音」

「おはよっ! 母さん」

 声に合わせて、入れ替わる。

 同じ人間であるはずなのに、もう一人の人格である華音のときはその表情は明るくて随分と変わって見える。

 そんな二人に笑顔を見せながら奥のリビングから姿を見せたのは、楓の背を少し高くして大人びさせた以外は瓜二つの女性。

 ―昔、芸能界においてトップアイドルだった。

 ―父と駆け落ちして、16歳で楓を生んだ。

 そんな嘘みたいなエピソードを持ち、それら全てが本当という経歴を持つ母、初穂である。

「中、見たいの?」

 抱きつきながら問うてくる母。

 頬ずりでもしそうなその行為は傍から見ていると怪しくてしょうがないが、楓ともう一人の人格である華音に対する溺愛ぶりは知っているし、慣れている。

 にこにこと微笑んでいる母の顔はどちらかというと宝物を見せたがっている子供みたいで可愛いくて素直に頷いてみせる。

「それじゃあ…」

「あ、その前に、今の『私』はどっちかわかる?」

 そう言って、一度まぶたを閉じてから母を見つめる。

「華音」

 ちょっと悪戯がしてみたくなって聞いてみただけだが、即答され逆に憮然となった。

「…なんでわかるかなぁ?」

「当たり前でしょ。二人とも私の娘だもの。

 はい、それじゃあ2名様ごあんなーい♪」

 嬉しそうに言ってドアを開け奥へと向かう母についていく。

「…適わないなぁ。

 楓、替わるね」

『…うん』

 苦笑しながらポツリと漏らして、再び入れ替わる。

 そして―

「わぁ…!」

 更に奥のフロアへと繋がるドアを開け、そこに広がる景色に楓の口から感嘆の声が漏れた。

 幾つものサイフォンの設置されたカウンターに、室内に備え付けられたシックな趣のある数席のアンティーク調のテーブル。

 道路に面した窓の外には今はシャッターが閉められているが、その内側は大きなガラス窓。

 そう、楓の眼前に広がるのはいわゆる喫茶店の風景。

「どう?」

「うん…凄い…」

 母の問いにも、目の前の光景に心を奪われて呆然と返事をする。

「叶うんだ…母さんの夢」

「そうね。私と、パパと、お祖父ちゃんと、楓と華音。みんなのね」

 背後から抱きつく母に呟き、目を伏せる。

 ―夢は叶えるのも楽しいけど、届きそうで届かないのも楽しい―

 それが母の持論で、この夢は後者で、それを叶えさせたのは―

「ごめん・・・私のせいなのに…」

 叶えさせたのは世界に心を閉ざし逃げ出した自分。

 誰とも触れ合いたくなくて自棄になった自分。

「何を言ってるのよ、親にとってわが子の幸せを願うのは当たり前の事。

 それが叶わない世界なんてこっちから願い下げなの」

 当たり前だからこそ難しい。けれどそれを当たり前にしてくれた家族にどれだけ救われただろう?

 楓を救う。ただそのためだけに父は約束されていたエリートコースを捨て、祖父は離れたこの土地で私財を投げ打って迎え入れてくれた。

 それだけでなく、関わってくれた沢山の人達の路が集ってこの『くろすろーど』と言う店が創られ、それらの想いに支えられて楓は少し、自分を取り戻すことが出来た。

「ありがとう…」

 沢山の想いをこめて言葉にする。

 一度壊れてしまい、二つに分かれてしまった自分のココロは元には戻らないかもしれない。

 それでも、二重人格となった楓の、二人の人格を分け隔てなく愛してくれる家族に楓は、華音はこの恩とありがとうという気持ちを返したいと思う。

 今はまだ自分という名の貯金箱に溜めることしかできないけれど、それでも、きっと。

「…それじゃ、朝ごはんにしましょう?

 その前に、新しい制服姿、よく見せてくれる?」

「うんっ!」

 母の言葉にはにかんで答え、母の前に立つ。

 今度通うことになった学園は割合自由な校風らしく、制服はあるものの着用義務はない。

 行事のある日ですら『推奨』というレベルである。

 それでもこの制服が無くならないのは、普段着としても着ることが出来るデザインとなっているからで、楓としてはデザインの良さと、青系統の色を好むこともあって悩ましいところだったりする。

 そんなことを考えながら母の前でくるりとターンをしてみたり、言われて2・3ポーズをとって見せる。

「うん、可愛い。さすが私の娘。でも髪はまとめたほうがいいかな?

 いらっしゃい、結んであげる」

「本当? ありがと、母さん」

 母の言葉にうなずくと、素直に預ける。

 娘の、長くつややかな髪を、痛まないように少し編み、ある程度は流す。

「そういえば、父さんは? 奥?」

「奥よー。食材と格闘中」

 母の言葉に軽く吹き出してしまった。

 元々科学畑の父は、母と一緒になるまで手料理はもちろん家事などは殆どしたことがなかったらしい。

 結婚してからは洗濯や掃除はするようになったもの、料理に至っては未だに苦手のようだ。

「明日からは手伝うね」

「そうねー。そうしてくれると助かるわ。

 ちゃんとアルバイト料も出すからよろしくね」

 母の言葉に笑顔で答えた。


「方舟、か…」

 その後朝食を終えてしばらく、今日は自分も呼ばれているからと準備に戻った母を待っている間、テレビをぼんやりと見ていた楓は小さく呟く。

 ちなみに、華音は現在お休み中。その子供っぽさはちょっと羨ましい。

 母曰く、昔の自分はこうだったと言うが、そうだったかなぁ…と思いつつニュースの続きを眺める。

 流れているのは、都市外縁部でミュータントが暴れ、方舟の人間が退けたという今では『よくある』ニュース。

『方舟』

通称ではあるが、旧国連主導で行われた『人類救済決議案』の元に生まれたその組織は、政治、経済を含め多岐にわたる分野で発展を遂げ、覚醒者と呼ばれる人々いとってはなくてはならないものとなっている。

 そう、覚醒者は『方舟』に所属までは行かなくとも登録しなければ社会生活を送ることが困難なほどに。

 楓が覚醒者となったときにももちろん登録はしたし、さまざまな検査の過程でそちら向きの能力があるとわかったら所属するように『要請』もされた。

 それに対しては未成年であることなどや、様々な理由をつけて断りはしたけれど、簡単には諦めてくれないような素振りは見せていた。

 確かに『方舟』覚醒者にとっては安住の地になりうるのだろう。

 でも、楓にとってのその場所は方舟ではなく、もう一人の自分も含めて全て受け止めてくれた家族がそうなのだと思っている。

 そのことについて、何かをされると考えてはいないが、もしものときは自分の出来る全てで家族を守ろうと思っている。

 仮にそのことで嫌われたとしても、楓にできる唯一のことだから。

「楓ー。準備できた?

 できたなら行きましょうか」

「あ…はーい」

 母の声に応え、赤い瞳を隠すための偏光性コンタクトを着けて玄関へと向かう。

 外に出て、ふと空を見上げる。

 雨予報の空は今は止んでいるけれど、どんよりとした雲に覆われて、夏の痛いほどの日差しは鳴りを潜めている。

 けれど、遠くには光が差していていつかきっと晴れる、そんな予感。

 この街での未来がそうなれば、と少し願った。


はじめまして

齢40を過ぎたおじさんが書き連ねたお話です


読んでくださった方の記憶に残る何かがあれば幸いですm(_ _)m

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