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序章

「お父さん、()()()()ってあると思う?」

歩は夕暮れが差し込む車内でそうつぶやいた。


「うーん・・・天国はあるんじゃないのか、」

パパはそうつぶやいた。

「やっぱりそうなんだ、いつもみたいにおりこうさんにしてたら、てんごくにいける?」

「ああ、行けるとも。歩はおりこうさんだからね」

「パパはママに今すぐ・・・」

その先が、聞き取れなかった。いや実際には、()()()に聞き取りたくなかったのだ。


「パパ、なんか後ろの車近いよ、大丈夫なの。」

「パ。」


ドドドゴゴゴガラガッシャーーーーン。後方からトラックに追突された車は海岸線を飛び越えて、宙に舞った。その時間、車は鳥に進化したと錯覚するほどだった。滞空時間は5秒ほどだろう。


ゴボボボボポ。海は僕らを冷たく丸呑みする。どんどん意識が遠のいていき、水面が離れていく。海に入射した光が木漏れ日よりも心地の良い光を作り出している。

これがまさにみんなの言う天国かもしれない。

「歩違うわ、これは天国じゃない。天国は....」


「お母さ....」

夢か。いつもこの夢だ。あの忌々しい追突事故をきっかけにお父さんが死んだ。

僕は親戚のおじさんに引き取られた。

僕のお父さんの慰謝料がほしかっただけだ。


おじさんは口では愛してるって言ってた。

でも、僕の欲しいゲームは買ってくれなかった。

自分の息子にはプレステを買ってあげてたけど。



纏めると、僕は誰からも愛されてなかったんだ。







そして、あれから10年、僕は高校1年生になった。



キーンコーンカーンコーン。

「はい。合唱コンクール始めるよ。」


「「こころの中に、ひとつの予感」」


CDから流れるクリアな歌声と、僕たちのてんでばらばらなノイズの合唱が音楽室に響く。


「はい、ストップ。予感のところ、全然音が合ってない。歩君、ちゃんと声出してくれない?」


クラスの中心にいる倉利華(くらとしはな)が、僕を見つめる。


「お願いだから、もっと真剣にしてよ」

「華、まあまあ。もう一回合わせてみようよ」


麗奈が華を落ち着かせるようにいったがそれは徒労に終わった。練習会はめちゃくちゃ。野球部は早く練習に行きたそうだった。結局、その日はそこでお開きになった。


逃げ込むように、放課後の美術室へ向かう。


「…すーっ」

脳から動脈を伝って流れ出てきたイマジネーションを白地のキャンバスにぶちまける。

そう、男は守らねばならぬのだ、自分だけの(せかい)を。


「もう、こんな時間か」


窓の外は、夕日で黄金色に染まっていた。重い足取りで、親戚の家へと向かう。夕日に長く伸びた自分の影が、自分の中の空想の虚像と重なり合って僕は今日も安堵する。


路地裏のショートカットを抜ける。その時だった。


時が走り去るように暗くなり、建物の隙間から、ぬらっと、と緑色の何かが二体、現れた。


「ゴブリン……?」


「ほんとに、ゴブリンなのか・・・」

創作でしか見たことのない化け物に胸が躍る一方、刈り取られるかも知らない自分の命に身震いがした。


ここが、僕の墓場か。


そう諦めかけた瞬間、頭の中に直接、澄んだ声が響いた。


(祈りなさい。この世のすべてに、そして誓い、すべてを捧げなさい)


「――devote myself to yellow magic」


振り返る間もなく、聞き覚えのある声が僕の耳を駆け抜けた。


まばゆい光とともに、倉利華の制服が、美しい黒スーツへと変貌する。その胸には【φ】のワッペンが編み込まれている。手にしているのは、吹奏楽部で見たことのある、巨大なバス?クラリネットと言われる楽器だ。


「あれってもしかして……倉利さん?」


華は僕に目もくれず、楽器を器用にもち、怪物めがけて一閃を決めた。空間が切れるような鈍い音とともに一匹目のゴブリンの上半身が呆気なく宙を舞う。残る一体も、まるでウォーミングアップのように軽々と処し、彼女は静かに楽器を下ろした。


スーツは元のセーラー服に戻っている。


「……はい、処理完了。今日はこれで上がります。推しの配信あるので」


華が誰かと通信している。その姿は、まるで、駅でペコペコしてる中年のサラリーマンみたいだ。


「……今の、何? 倉利さん、一体……」

「はぁ、なんであんたが!?」


華は血の気が引いた顔で制服の中のポケットを探り、3つのダイヤルの付いたなにやら不思議な機械を取り出した。


「早く記憶を消さないと! 電磁麻酔ディストーション!」


機械から放たれた電磁波が体を駆け巡る。しかし、何も起きない。意識ははっきりしたままだ。


「え、なんで効かないの!? このままじゃ……出力全開!」


(まずい、死ぬ!)


僕が身構えたその時、二人の間に、背の高い女性が割り込んだ。


「もう、華。あんたまた始末書書きたいの」


スーツ姿の、三十代前半くらいの華奢な女性。彼女は僕を興味深そうに眺めた。


「へぇ!、すごいわね君。華の電磁麻酔ディストーションが効かないなんて。とんだ収穫だね」

(さざれ)先生! どうするんですか、一般人(パンピー)に秘密を知られたら……規則では死刑、じゃ……」

「大丈夫よ。心配しないで。この子を私たちの仲間にすればいいの」


細と名乗る女性は、僕に向かってにこりと微笑んだ。


「というわけで、君には私たちの組織、『YMO(イエローマジック・オーガニゼーション)』に入ってもらうわ。急にごめんね。脅してるわけじゃないよ?でも、君死にたくないでしょ」


うーん。死にたくはないが、なんだかめんどうだぞ。まあ死ぬよりはましか。


「……どうして、僕なんかが」

「君が『特別』だからよ。その器はなかなか手に入らないしね、それに君は天国を見たことがあるみたいだしね」


細先生はポンと手を叩くと、一枚の古ぼけた紙を取り出した。


「細かい話は追々。まずは契約。

要するに

『今日見たことは絶対に他言しないこと。

破ったら、怖~い厄災があなたを骨の髄まで焼き尽くす・・・かもよ』。

そして、『私たちの仲間として、その力を振るうこと』。いいわね?」


これ拒否権なくね。いきなり最後通牒をされた形だが、不思議と嫌ではなかった。


僕は頷き、乙の欄に『小金井歩』とサインをした。


「契約成立ね。改めて、YMO一佐の高坂細よ。よろしく。そしてこっちはうちのエース、倉利華准尉」

「……よろしく」


華は不満そうにそっぽを向いた。


「さて、歩君。急だけど来月、転校してもらうわね。合唱コンクールが終わった後すぐだけど申し訳ないね、場所はタチカワ市北東にある東京魔法工科大学付属高校、通称『東魔高』。

君の親御さん……というか保護者の方にちょっと荒っぽいやり方しないといけないかも」

「……まあいいですよ僕は別に、興味ないんで」

「そう、よかった。じゃあ、詳細はまた後で。歓迎するわ、歩君。

あと、華あんたも約束通り転校ね、これでメンバーがやっと揃ったし。いいわね。」


細先生はそう言うと、鈍い光をだし姿を消した。


気まずい沈黙の中、華が口を開いた。

「……ほんとあの人、自分勝手なんだから。ていうか、あんた私に馴れ馴れしくしないでよね」

「……わかったよ」


こうして僕の日常は、唐突に終わりを告げた。

そして、この僕が起こした(パルス)に後悔することに。
























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