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それは消えるために

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほう、このあたりも「ホタルの里」を作り始めたのか。確かに小川とか多いし、みんなの協力があれば実現できるかもしれないな。

 ホタルの里、というのは私の地元でのホタル増加の試みが行われている場所の名前を指す。ホタルが住みやすい環境はなかなか用意するのが難しく、水、えさ、川辺の土がいずれも好条件がそろっていないといけない。

 昨今の性能があがった洗剤たちが水に流れ込んだり、土を汚してしまったりすると、たちまちそこで生きるのが難しくなってしまうんだ。


 ホタルは卵からさなぎになり、成虫まで1年の時間をかけ、成虫になってから2週間ほどでその寿命を終える。このように繁殖できるようになってから、ほどなく命を落としてしまう生き物は自然界ではちらほらいるのは知られているな。

 本人、いや本虫たちが、このことをどのように考えているかは分からない。考える間もなく、ひたすら自分に課せられたことを本能のまま果たそうとしているばかりかもしれないな。その世界しか知らないから、迷うこともあるまい。

 人間は観察、研究をしたいという心がどのようなベクトルであれ、あるからなあ。いろいろ知ると、それがいいのか悪いのかを考えだして、にっちもさっちもいかなくなることさえある。

 何もしないのも「何もしない」というアクションを選んでいるのに、違いないのにな。消費しているものはあるんだよ、自分の命とか。

 どのように命を使うかは個人の自由。だが、使った結果で何が起こるのかは、そのときになってみないと分からないこと、しばしばだ。

 前に友達から聞いた話なんだけど、耳に入れてみないか?


 友達が大学生だったときのこと。

 アパートで一人暮らしをしていた際、すぐ隣の部屋が同じゼミの子だったらしいんだ。

 友達のほうが後から入ってきたが、その子がいることは全然把握しておらず、まったくの偶然だったとか。

 ゼミなり、一緒になった講義なりではぼつぼつ話をするものの、学部は違うので校内でともにいる時間は限られている。めちゃくちゃ親しい仲というわけでもないが、ノートの貸し借りくらいは引き受けるといったところ。

 それがお隣さん同士となれば、部屋にお互いがいるときに融通をきかせやすい。でも、互いにワンルームだし、プライベート空間に入り込まれるのはちょっと勘弁願いたい。

 なので物を受け渡ししたいときは、部屋にいるなら玄関口で本人に渡すか、ドアポストを介して渡していくかなどをしていたのだとか。幸い、間にある壁が防音にすぐれていたのか、互いの立てる音が漏れたことはなかったようだけど……それが、かえってまずかったのかもしれない。


 ある日を境に、例の子が突然、学校へ姿を見せなくなったんだ。

 友達もその子も、最初のコマがある時間や曜日が異なったし、もしかぶさっていても一緒に学校へ向かうことはなかったと思う、と友達は語る。学校や家へ向かうときは、誰に遠慮や配慮をするべきでない自由こそが一番、というのは二人の共通理念だったとか。

 当初はわけあって休んでいるのだろうし、干渉すまいと友達は思ったらしい。しかし、まるまる一週間も顔を見せないとなれば、少し心配にもなる。メールや電話にも応答はなかった。

 ドアは開けてもらえないし、ノートのページに調子などをうかがう内容を書いて、ポストに入れても返事がこない。休みの日、ためしに一日中部屋で過ごしていたものの、その子が外出する気配はみじんもしなかったのだそうだ。


 週が明けてしまい、その子が休み続けて10日あまりが過ぎたころ。

 部屋へ帰ってきた友達は、ドアポストに見覚えのある紙片を見つけた。はがきや封筒のたぐいじゃない、大学ノートの一枚。その子と連絡を取り合うときには、ほぼこのスタイルを貫いていたんだ。

 これまで、こちらが送ることばかりだったノートに返事がきた。これは進展、と友達はぱっと紙片に目をやるも、次の瞬間には顔を引きつらせることになる。


「か  え  る」


 1ページに、その三文字だけ。「か」と「る」が右寄り、「え」が左寄りで、線で結べば雑な「く」の字になるような位置取り。

 これが鉛筆やサインペン、マジックなどが成す黒や赤とか、ほかカラフルな色で書かれていたなら、それはそれで驚いただろう。

 しかし、今回のこの字。すべてが白で描かれていて、かえって「?」が頭に浮かぶものだったとか。


 ――修正液を使ったのか? いつも修正はテープ派のあいつが?


 ためしに、棚から綿棒を取り出して、文字をこすってみる。

 文字はいとも簡単に崩れ、ねばついて綿棒にとりつくばかりか、触れた部分を中心に鼻をつくような悪臭が襲ってきた。

 生ごみのそれに近い。友達はたまらず、ノートの紙片をビニール袋に突っ込んで口を縛った。直後、すぐさま隣の部屋のドアを叩いたけれど、いつまで経ってもドアの向こうからは反応がなかった。

 大家さんに無理を言って、部屋も開けてもらうと、部屋のそこかしこにはクモの巣が張ったように、あのノートにくっついて文字を作っていたものと同じ、白い粘り気に富んだものが張り付いていたんだ。

 でも、肝心のその子の姿はどこにも見られない。靴や貴重品などは置きっぱなしになっていて何かを持ち出した様子はなかった。

 どこに行ってしまったのかも分からず、その子は学校にも来ないまま、やがて籍も除かれてしまったとか。


 ……もしあれが、虫のさなぎのようなものならば。「かえった」その子はどこに行き、どのように終わったのだろう、と友達は思うことがあるのだとか。

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