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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役/貴族令嬢

さよなら私の魔王

 


「アデリナ・オルディントン。貴様をこの国から追放する」


 必死になって王妃教育を頑張っていた私に告げられたのは、婚約者からの非常な言葉だった。




「じゃあね、悪役令嬢サマ。あなたの出番はもうないの」


 耳元で囁かれたのは、私から婚約者を奪った聖女なんて呼ばれてる醜い女の声だった。




 そうして私の血の滲むような17年の努力は、全て水の泡になった。




 国外追放なんて言っておきながら、私は海の中へと突き落とされた。

 冷たく暗い海の底に、体は吸い寄せられる様に沈んでいく。


 こんな仕打ちがあるだろうか? 私は今まで一体何のために頑張ってきたの?


 酸素不足の脳でも、私の思考は暗い感情で埋め尽くされた。



『憎い…憎い憎い憎いっ!! アイツもあの女も、私が一体何をしたというの?! 一生懸命国のために尽くそうと努力してきたのになぜ!! ああ、このまま終われない終わりたくない…っ!!! 復讐したい…ズタズタのボロボロに引き裂かないと死んでも死にきれないッ』



 必死に足掻く。けれど体は鉛の様に重たく、少ない酸素さえも奪われるだけだった。


 ーーーなんて無念。


 神様がいるのなら…どうか彼らに鉄槌を。願わくば、最後に希望をーーー……




 〈気に入った〉




 最後に聞こえた声はとても低く、地獄の底から這い出る様な声だった。





 ーーーーー




「目が覚めたか」

「………?」


 目が覚めた私を迎えてくれたのは、天蓋(てんがい)のついた立派なベットと、ベットの傍らに佇む悪魔の様な男だった。


 ……まさか、地獄に落ちてしまうだなんて。神様は無情だ。


「残念ながら、まだ死んでいない」

「………え?」


 私から出た声はひどく掠れた声だった。それでもちゃんと悪魔の様な男には聞こえていたらしく、面白いものでも見る様に笑った。


「部屋でくつろいでいたらひどく怨念の籠った声が聞こえてな。未練がありそうだったから俺が海から拾ったのだ」

「………そ、うですか…」


 ひどく現実味のない話だった。

 あんな海の深くから私をどう拾ったというのか。


「なんだ、喜ばないのだな。死にたかったか?」

「………」


 そう問われてしばらく考える。でも、答えは一つしかなかった。


「未練を、持った人間に…死にたい人、なんて…いると思いますか?」

「ふっ、それもそうだな」


 たどたどしく答えた私の言葉に、その男はなぜか愛しいものを見る様に微笑んだ。


「やっぱりお前が気に入った。俺の伴侶になれ」

「………」


 目覚めてまだそんなに時間はたっていないのに、いきなりのプロポーズに頭が追いつかない私はただ黙り込む。


 悪魔の様な男は何も答えない私の手を優しく取ると、右手の薬指に唇を落とした。


「いッ」


 針で刺した様な痛みが薬指に走る。解放された右手を見遣れば、その薬指には黒の紋様が浮かび上がっていた。


「誓約の魔法だ。残念ながら人間界でいう指輪というのは用意できなくてな。それで我慢してくれ」


 なんて身勝手な男。まだ返事もしていないと言うのに。

 どう解釈すれば、沈黙がイエスになるのか。


 私は憤慨の気持ちを込めて精一杯悪魔の様な男を睨んだ。


「そう見つめてくれるな。お前は本当に愛らしい」


 そう言って男の唇が今度は私のおでこに落ちる。


 私は認めたくなくて、隠れる様にベッドの中に潜り込んだ。



(…認めたくない。”愛らしい”なんて…こんな初対面の男に、かけてもらいたかった言葉を言われたくらいで、こんなに胸を締め付けられるなんて…)





 その後、私の体力が回復するまで、悪魔の様な男は毎日私の元へとやってきた。

 何も言葉を返さない無愛想な私に、毎日懲りもせずいろんな話をしてくる。


 今日は従者に怒られたとか。

 今日は好物のステーキが出たとか。

 今日は市井でこんなものを見つけたとか。


 恐ろしい悪魔の様な見た目をしているくせに、話す内容があまりにもちっぽけで段々とおかしくなってくる。


「この前、また従者に怒られてな。お前の存在はその従者だけが知っているのだが…、まさか名前を聞いてないんですかと怒られた。…今更だが、名を尋ねてもいいだろうか?」


 今更そんなこと、と目を見開く。

 分かっていてあえて”お前”と呼んでいるのかと思っていた。


 悪魔の様な男は大変恥ずかしそうに私を窺い見る。

 そのアンバランスな姿に、思わず笑ってしまった。


「……アデリナ・オルディントンと、申します」

「アデリナ…アデリナか。良い名だ」


 満足そうに私の名前を繰り返す。いい加減、私も悪魔の様な男と呼ぶのは長くて疲れてしまった。


「…私は名乗ったのですから、あなたも名前を名乗るのが礼儀なのでは?」

「む、名乗っていなかったか…それはすまない。俺の名前は、ギルベニュート。魔王だ」


 その言葉に目を見開く。


「…魔王とは、あの、魔王ですか?」

「ああ、そうだ。ふっ…、恐ろしくなったか?」

「いえ…」


 ただ驚愕した。まさかあの物語に出てくる魔王が実在したなんて。架空の人物じゃなかったのか。

 同時に、だからこんな悪魔の様な見た目をしているのかと、妙に納得した。

 彼の頭には太く黒々とした立派なツノが左右から生えている。瞳孔は黒く、瞳は蛇の様に鋭く赤い。肌も浅黒く、口の中からは収まりきらなかった鋭利な牙がのぞいていた。


 まさか魔王だとは思っていなかったから、ここは地獄なのだと割と本気で信じていたが…


「…では本当に、私は死んでいないのですね」

「ああ。信じてなかったのか?」

「はい」


 間髪入れず答えた返事に、ギルベニュートは愉快そうに笑ってくれる。


「それじゃあ、アデリナにはこの魔界についてたくさん教えてやろう」



 その次の日から、ギルベニュートは魔界について色んなことを教えてくれた。


 魔界にも人間界と同じ様に生活があり、市井があること。

 ひどく凶暴な個体もいるが、魔族の大半が穏やかで優しいこと。

 魔界に通貨と呼ばれるものはなく、物の価値で取引を行うこと。

 魔王も世襲制で、ギルベニュートは第38代目ということ。


 そして、魔族は人間が嫌いなものが多いということ。



「勇者は知っているか?」

「…ええ、もちろん」

「勇者は人間だろう? 彼らは遥か昔から俺たち魔族のことをなぜか敵視していてな。現れるたびにこの魔界にやってきては、争いを繰り返す。何も罪のない魔族から命を奪い、まるで自身が正義であるかの様に振る舞う。そしてその度に歴代の魔王は戦い、そして敗れ、物語の悪役として人間界に語り継がれる。…まるで初めから負けるのは決められているかの様だ。だから魔族たちは人間が嫌いなんだ。俺たちにとっては略奪者でしかないからな」


 遠くを見つめるギルベニュートの目は、まるでこれから起こることを分かっているかのようだった。



 ギルベニュートの話では、勇者が現れる期間は分からないのだそう。

 出現にリズムがなく、それゆえに対策が難しい。

 ある程度の対策はたてているものの、毎回意味をなさないことが多いのだとか。


 俺たちは神に見放されている。ギルベニュートは嘲るように言った。


 そうして魔王は常に強くあらなければならないんだと、教えてくれた。

 それゆえに城には数ある配下しか置けず、親や兄弟とは引き離され、ただ孤高で最強でなければ運命は覆せないと。

 それでも勇者に負けてしまうから、だからせめて必死に抵抗するのだ。たとえ悪役として語り継がれようが、負ける運命に抗うためには手段を選ばないと。


「時には人間の村を焼き払うときもある。…こんな俺を、軽蔑するか?」


 不安そうに揺れる瞳。人を殺せそうなほど凶悪な顔だと言うのに、こんな私の気持ち一つで不安になるなんて…。

 可愛らしい人だと、正直に思った。そして私はもう彼が優しい心を持っていることを知っている。


「…いいえ。私は、あなたよりも(むご)いことをする人間を知ってますから」

「ソイツも焼き払うか?」

「ふふっ。…折角だけれど、やめておきます。だって、ここは私の住んでいた世界とは、違うのでしょう?」

「…」


 沈黙は肯定と捉える。

 現に彼が”魔界”と口にしているし。

 私の世界では、魔王も勇者も架空上の人物でしかなかったもの。


「…そういえば私まだ、結婚したつもりはありませんから」

「え」


 大慌てする魔王を、私は初めて心の底から笑った。



 ーーーーー



 魔王に拾われて早3年が過ぎた。

 その日々の全てを彼と過ごせば、情や愛の一つが芽生えるのは当然だろう。


 だって彼は、私にとことん優しい。


 私が結婚したつもりはないと言ったあの日から、ギルベニュートは毎日プロポーズをしてくれた。

 時に花束を持って、時にアクセサリーを持って、毎日私に膝をつきながら。

 それでも私は強情に、首を縦に振ることはしなかった。


 そんな彼が一日だけ会いに来なかった日があった。


 たった一日。それだけで私の心は不安に覆い尽くされる。


 私がそっけない態度ばかりを取るから呆れてしまったのだろうか? 

 私への愛は無くなってしまったのだろうか? 

 私はまた捨てられてしまうのだろうか? 

 とか。


 意地を張るんじゃなかったと後悔して、次の日には驚きに目を見張った。



「お前を悩ませているのはこいつらだろう?」



 そう言ってギルベニュートが手に持ってきたのは、憎き元婚約者と泥棒猫の首だった。


 さすが魔王とも言うべきなのか…。

 とても無惨なことをしているのに私に喜んで欲しくてたまらないと言う顔をする。


 ここまでしなくても、と思うと同時に胸がすく気分だった。


 私は、とうにこちら側の人間なのね、と内心笑う。


 そしてあの日のことを思い返す。私にとって、最悪なあの日を。

 今でもあの日のことを思い出すと、腹わたが煮えくり返りそうになる。

 この憎しみは一生忘れることはないだろう。


 けれど…。


 目の前に転がった2人の顔を見る。涙と鼻水に塗れた絶望しきった顔。


「………なんて、無様」


 ザマアミロ。


「ギルベニュート」

「なんだ、アデルナ」

「結婚してあげても、いいですよ」

「! そうか!」


 なんだ、してあげてもいいですよ、とは。

 もっと可愛らしく言いたかったのに、私の口をついて出た言葉は無愛想以外のなにものでもなかった。

 けれどそんな言葉にもギルベニュートは無邪気に喜ぶ。


 …これが魔王だなんて、今でも若干信じがたい。


「式はいつがいい? 子供は何人欲しい? ああそれと、いつも話している従者に紹介もしたいな?!」

「…ふふっ、興奮しすぎよ、ギル」

「! ギル…」

「ええ。その、ギルベニュートは長すぎるからギルって愛称で呼んでもいいかしら…?」


 流石に、いきなり馴れ馴れし過ぎただろうか。

 一応あざとい可愛らしい女の子を意識してみたのだが…


「…ギル、ギルか…! いいな、いい愛称だ。もちろん構わない。何度でも呼んでくれ、ギルと」

「良かった…。じゃあ、私のことはアデリーと」

「アデリー…、それがお前の愛称か?」

「はい。ギルには特別に、呼ばせてあげてもいいですよ」

「ははっ、それは光栄だ」


 ギルは膝をつくと、初めて会ったあの日のように私の右手を取る。


「相変わらず指輪はなくてな。代わりに俺にできる最大の魔法を」


 そう言って薬指に口付ける。

 ピリッとした痛みが走った後、私の右手の薬指には新しい白の紋様が、黒の紋様と絡み合うように浮かび上がった。


「今度は何の魔法をくれたの?」

「ここに刻んだのは祝福の魔法だ。一度だけなら生き返れる」

「そ、壮大ね…」


 魔法の重さにゴクリと唾を飲み込んで、私は愛しい人を見上げた。


 あの頃、ただひたすらに王妃教育を頑張っていた私が見ればきっと悲鳴をあげていただろう。


 それほどに恐ろしい顔のはずなのに、なぜこんなに愛しく見えるのか。

 恋は盲目、その意味が今ならわかる。


 愛しいその頬にキスをして、そっと願う。


 神様がいるのなら、どうかこの願いだけは叶えて欲しい。




 プロポーズを受けてから一年後。

 私たちは、従者1人に見守られながらひっそりと式を挙げた。


 ギルの両親にも、魔界の市民たちにも、私の存在は秘匿となった。

 当然私が人間だから。

 でも別にいい。

 彼との生活は今までに感じたことがないほど幸福に溢れていた。



 やがて5年の月日が流れ、私たちの間に待望の命が宿った。


 本来人間の妊娠期間は十月十日が一般的だが、そこは魔族の赤子と言ったところか。

 人間の赤子より胎内で育つスピードは早く、約三ヶ月という恐ろしく早い期間でその子は産まれてきた。


 壮絶な痛みと闘いながら、産まれてきた元気な産声。

 隣では私以上に涙を流す魔王。


「奥様、元気な男の子です」


 従者に抱き抱えられた我が子を見る。


 ああ…、なんて愛しいのだろう。


「アデリー、お前にそっくりな、美しい子だな」

「このツノは…あなたにそっくりね、ギル」


 愛しい我が子の頬を撫でて、心の中で深く神に感謝した。


(あの日、勇者が現れませんようにと祈った願いを、叶えてくださり感謝します)


「名前は何にしようか?」

「実はもう、決めてるの。…この子の名前は、ギデオン」

「ギデオン」

「私の世界では、”最強”の意味を持ってる」

「そうか、良い名だ」


 ギルと一緒に我が子を抱きしめる。

 小さな鼓動が聞こえてきて、私は感動に胸が震えた。


 これからの人生、全てこの子に捧げよう。

 誰よりも愛して、愛しいギルと一緒に、大切に大切に育てよう。




 そう誓った、一年後。


 勇者が現れた。





「アデリー、君はここにいてくれ。大丈夫、魔王城は一度も壊れたことがない。ここは魔界で唯一安全な場所と言って良い」

「それじゃああなたもここにいて! 私たちを置いていかないでよ! ギデオンはまだこんなに小さいのよ!?」


 城の窓から見える遠い町々が燃えている。

 悲鳴が轟き、あちこちで雄叫びが鳴り止まない。


「…俺は魔王だ。この時のために存在するこの世界の王だ」

「そんなの知らないわ! あなたは私の夫で、この子の父親それ以上でも以下でもないわ!!」


「…すまない。愛してるよ、アデリー、ギデオン」

「やだッ!」


 きつく抱きしめられて、私は咄嗟に服を掴むも軽く払いのけられる。


「どうか帰りを待っていてくれ。必ず、勝ってくる」


 そう言ってギルは窓から飛び立った。

 因縁のある、勇者の元へ。


「…っ、どうして、どうしてよ…っ!!!」

「…奥様」

「私が何をしたのよ…なぜ何度も幸せを奪うのよッッッ!!!!」


 神なんて、信じるんじゃなかった。一生呪えば良かった。あの時願わなければ良かった。


 人の人生を、上げては落として、まるで遊んでいるかのように。


「私に…、私にギルと一緒に戦う力があれば…!」


 この時ばかりは何の力もない人間である己を恨んだ。



 ーーーーー



 ギルが城を出ていって2年が過ぎた。

 彼は未だ帰ってこない。


 ギデオンは3歳になった。もう言葉だって喋れる。


「早く帰ってこないと…全部見逃しちゃんだから…」


 私はまだ、彼を待っている。

 城の外ではとうに争いは止んだと言うのに。

 その結果を、彼が帰ってこない理由を、受け入れられなくて。


「…かあさま」

「…ギデオン」


 ギデオンが恐る恐る扉からこちらを覗く。

 私は近寄ると、その頬を軽く打った。


「今は勉強の最中でしょう。抜け出してはいけないと何度言ったらわかるの」

「ご、ごめんなさい…」


 ギデオンの瞳が潤む。


「はあ…。こんなことで泣いているようでは、お父様のような立派な魔王にはなれませんよ?」

「…はい、かあさま」

「わかったのなら、戻りなさい」


 ギデオンが肩を落としながら部屋を去る。その小さな後ろ姿に罪悪感で胸が痛んだ。


 でも、これはしょうがないこと。

 魔王のギルがいない今、彼を立派な魔王にしてあげられるのは私しかいないのだ。


 だから誰よりも厳しくした。

 勉強を教え、剣術を教え、マナーも教えた。魔法は専門外なので、従者の人を頼る。

 こうすることでしか私はギデオンに何もしてあげられない。


 ギデオンが誰からも認められるほど強くなれるように。

 どんな場面にも臆さない、沢山の知識と屈強な精神を持つように。

 かつてギルが語ってくれたような、孤高で最強の魔王になれるように。


 そして何よりも、ギデオンに死んでほしくないために。



「奥様、失礼ながら…ギデオン様は日々頑張っておられます。少し褒めてあげてもよろしいのではないですか?」


 従者がそんなことを言う。


「…ギデオンが頑張っていることはよくわかっているわ。でも、そんな甘い態度では、ダメなの」


 もはや私の中でその意思は強迫観念のようになっていた。


 ギデオンがただ母親の愛を求めているだけなことにも気付けず。

 ただ日々厳しくして、これは我が子のためだからと自分に言い聞かせて。



 ーーーそのツケが、回ってきたのだろうか。



 ギデオンはいつしか誰もが認める、孤高で、最強で、賢く、そして美しい魔王へと成長した。


 けれどその頃には、ギデオンはもう私を受け付けなくなっていた。


 顔を合わせても会話のひとつもなく。かあさま、はいつしか”あなた”になり。笑いかけてくれることも、抱きしめることもできなくなってしまった。


「ギデオン、今日は街にでも一緒に行かない?」

「…今更あなたと行きたいところなどない」


 そうして今更ながらの罪滅ぼしは、全て跳ね除けられた。

 当然だ。私だって、そうしていただろう。


 我が子を失いたくないあまりに、私は大きく道を間違えてしまった。


 結局最後に自分の幸せを奪ったのは、自分自身だった。




 やがて私の体は衰え、ベットから出られない日もあるようになった。


 私は彼の帰りをずっと待ったが、結局あの日別れてから50年、彼が戻ってくることはなかった。


 私はかなり年老いてしまったけれど、今でも彼は私のことを美しいと言ってくれるだろうか?


「…あなたに会いたい、ギル…ッ」



 ーーーーー



 私は外を眺めていた。あの日初めて、ギルと会ったあのベットの上から。


 外はいつかのように、真っ赤に燃えていた。

 怒号、悲鳴、金属の混じり合う音。

 そして慌ただしく近づいてくる足音。


「奥様!!」

「…………神様って、やっぱりいないわよね」



 私は従者に運ばれて、城の玄関へと向かう。

 そこには立派に成長した我が子がいた。


「ギデオン」

「……何をしにきた」


 血の繋がった親子であるはずなのに、こんなにも冷たい。


「こっちにきて」

「…」


 ギデオンは黙ってこちらにきてくれた。それがとても嬉しい。

 私はギデオンの頬に手を添えた。


「愛してるわ。今も、昔も、ずっと」

「…」


 私はギデオンの額にキスをする。


「行ってらっしゃい。…帰ってきたら、どうか私の最後のお願いを聞いて欲しいの」

「…願い?」


 ギデオンがこちらを目を細めて見る。


「あなたにしてあげたかったことが、山ほどあるの。…今更こんなこと、あなたは嫌かもしれないけど。どうか老いぼれていく私を哀れに思って…、最後にあなたの母親として死なせて」

「……叶えてやる、義理はない」


 ギデオンは私の手を振り払うと、一度も振り返ることなく、真っ赤に燃える外へと消えていった。


「…奥様」

「私、間違いだらけね。神様も…見放すわけだわ」


 私は静かに目を閉じた。










『あなたを産んだ日のことは忘れもしない。

 かわいいかわいい、私の子。

 誰よりも強くて、賢くて、美しい。


 孤高で最強の魔王。愛しい我が子。


 でも、魔王だからこそ。

 あなたはきっと、いつか勇者に倒されてしまうのでしょう。


 それでも私はこの城であなたを待っています。

 あなたの帰りを、いつまでも』











 やがて、争いは止む。

 

 一人になった城の中、私は静かに涙を流した。


「さよなら私の魔王」


 今、会いにいくわ。



ここまで読んでくださりありがとうございました!


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