12
「コリントの信徒への手紙、13章でこんな一説があるぞ。」
「…ん?」
「愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。
愛は高ぶらない、誇らない、無作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで、真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。」
翔は短く息を吐き天井を見つめたまま呟く。
「ん。なるほど…。1から10まで全て受け入れる、無償の愛というわけだね。…シンプルなようでなかなか難しいよな、愛って。」
「死ぬまでにそれが得られる人間は一体どれくらいいるんだろうな。きっとほぼいねぇだろう。」
里桜が少しだけ唸ったので息を潜めた。
「・・・クマ。君は人間よりも人間のことをよく知っているね。さすが、客観的に見ているだけのことはあるよ」
ペラペラとページを捲る音がする。
そしてまたクマの冷淡な声が聞こえてきた。
「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。
…これはマタイによる福音書18章だ。聞いたことあるか?」
「いや、さすがにないね。聖書は世界で最も数の多いと言われている本だけれど、日本ではそこまで馴染みがないんだ。
けどまぁ、さっきから読んでいる言葉はなかなか興味深いね…」
「だろ。結構おもしれーぞ。
人間と神の本質、酔狂的理念だけじゃねぇもんが道徳化されている」
なかなか難しい発言をするクマに、少しだけ笑う。
「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天国に入ることはできない…か…。確かに…子供ほど澄んだ心の人はいないからな……納得だ。
でも里桜はきっと天国へ行けるだろうな…」
「お前がいることほどの天国がこいつにあんのか?まぁ里桜ほど心が綺麗な人間はおいらも知らんが」
里桜の寝息はとても静かで、そして安らかな寝顔はまるで天使のようだと思った。
翔は肩肘をついて自身の頭を支えながら、里桜とクマの方に向き直った。
「これはキリストの弟子が、天の国で誰がいちばん偉いかと聞いた時の答えらしーぞ。」
「…ふぅん?あとは?」
またペラペラとページを捲る音。
それが止まってしばらくしてからクマは少し声を大きくした。
「おっ!お前ら人間に最も効きそうなのがあったぞ。
マタイによる福音書、第5章!」
「しー…もう少し小さく喋ってくれよクマ助…」
「悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。
あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。
だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。
求めるものには与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない…」
翔は眉をひそめる。
「…ふー…それはなかなか…普通の人間には難しいな。やられたらやり返すなというのは…。
確かに悪人と同じレベルに堕ちるのは己の清らかさを保てなくなってしまうことだとは思う。でもこれが人間の本質であって本能でもあるんだ。
そしてそこから呪いが生まれるんだよ…」
「棗にはきちんと言って聞かせてるじゃねえか」
「強者は弱者に対して寛容的かつ時に耐え忍んでいかねばならないのさ。それは強者の努め。私たちも含めてね。」
妹には確かに、絶対にやり返すなとキツく言ってある。
それは己を守るためでもあるんだ。
いや、むしろそれ以外には理由などなくてもいい。




