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B5サイズくらいのその紙は、翔の前にかざすと、寝息のせいでヒラヒラと揺れた。
それがおかしくって里桜は声を押し殺して笑った。
クマも笑いをこらえている。
「おい、2枚に増やそうぜ」
そう言ってクマがもう1枚渡してきた。
くくくっと笑いながら2枚重ねて翔の顔の前に晒す。
「わぁ…はは、凄いっ。まだ大丈夫そう」
翔の息と同じリズムでヒラヒラする紙を見て噴き出しそうになる。
「おい、もー1枚っ。ほらよっ」
「うぃっす」
3枚に増やす。
客観的に考えると、なんとも幼稚で馬鹿らしい遊びだ。
それでもどうにも楽しすぎてクマも里桜も笑いをこらえる。
「翔翔選手っ。3枚に挑戦中〜」
「こいつやべーな。寝息荒いんじゃね?」
徐々に笑いが堪えきれなくなってお腹を抱えたその時、
翔の瞼がついに開き、鋭い目線が突き刺さった。
「っわ!!!」
ガバッと起きて里桜が布団に引き込まれるようにして一気に押し倒された。
パラパラと床に紙が落ちる。
一瞬のことすぎて唖然としたまま目を瞬かせると、翔が口角を上げてこちらを見下ろしていてドキリとする。
「随分と楽しそうにイタズラしてくれてたね?里桜」
「ちっ、ちがっ!だってクマがっ!」
「あ?てめ、人のせーにすんなっ。ぐふふっ」
クマはついに抑えきれなくなった笑いを解放していた。
「いっいつから起きてたの?」
「んー?いつだろうね?秘密…」
「っ!あぁっちょっとまっ!」
ギュッと手を押さえつけられて乱暴なキスが降ってくる。
口内を荒々しく蹂躙され、一気に全身に熱が広がっていった。
「んっ…は…やぁ……」
逃げ惑う里桜の顔を何度も戻して情欲の籠ったキスをされ、いつのまにかそれに一生懸命応える形になってしまっていた。
クマのケラケラと笑う声が聞こえる。
「んっ…は…クマっ……」
「オイラのことは気にしなくていいよん」
キスの合間合間になんとかクマを呼ぶが、呑気な声でそう返された。
しばらくして唇が解放され、翔は里桜の濡れた口元を指で拭いながら乱れた前髪をかきあげた。
「ふ…人の顔で遊んだお返し。
それから悟の部屋で寝たお返し」
「っ……ご、ごめんっ…」
里桜は息を荒らげながらも、色気を醸し出す目の前の男から目が離せない。
紅潮している里桜の頬をそっと撫でながら翔が言った。
「これからは毎日ここで寝てもらおうかな…」
「う、うん。そ…そうする…から…許して」
どことなく嬉しそうに潤ませている里桜の目を、目と鼻の先でジッと見つめた後、翔は笑って言った。
「クマ助、君は里桜の部屋に戻ってて。」
「へーい。」
「えっ。」
クマは素直にそう返事をしたかと思えば、ひょいと背伸びをしてドアを開け、速攻出ていってしまった。
「…ふふ…安心して。まだ時間はある。」
ひくひくと身を震わせている里桜の寝間着のボタンを開けていく翔。
確かにまだ朝の5時くらいだけど…
なんとなくこの状況が恥ずかしい。
何度か肌は重ねてきたが、クマにキスを見られ、そしてまさしく今からシますみたいに宣言してクマを出ていかせたなんて、後々どういう顔して会えばいいのか…
「それにしても、許せないもんだな。人の大事なものに他人の匂いがつくっていうのは…」
目を細めて上から見下ろしてくる翔の視線が、どことなく恐ろしくて、そしてあまりにも色っぽくて、思わず鳥肌が立ってしまった。
「あの……翔……」
「ん?」
「……迎えに来てくれて……ありがとう」
少し目を丸くした翔は、ニッコリといつものように笑った。
「いつでもどこへでも、迎えに行く。なにがあっても。」
そう言って近づいてくる、優しくて大好きな顔。
私に生きる居場所を与えてくれた人が、私にとって1番贅沢な席を与えてくれた。
こんなに嬉しいことはなくて、キスをしながら瞳を閉じ、一本の透明な線が頬を伝った。
その言葉が、この現実が、いつか幻だったように消えてなくなるなんて、この時は微塵も思っていなかった。
ただただ、幸せすぎてどうにかなってしまいそうだった。




