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「…私…本気で人を殺しそうになったことがある」
昴の眉が僅かに動いた気がしたが、そのまま続ける。
「小学生の頃…虐められてたときに、そのいじめっ子の中心にいる男子を待ち伏せして、家から隠し持ってきた果物ナイフで刺そうとした…」
「…刺さなかったの?」
「うん。刺せなかった。すっごく憎かったのに…できなかった…やっぱ私って度胸ないんだよね…」
里桜はそう言って自嘲気味に笑った。
「あのとき…ものすごく手が震えてた。ナイフがガタガタ揺れて、落としそうだった。足も震えてて…立っているのがやっとだった…」
手を見つめて俯く里桜の顔に手を伸ばし、前髪を退ける。
潤んだ瞳が見開かれ、昴の瞳を真っ直ぐ捉えた。
「けっこー嫌な記憶思い出させちゃった感じー?」
昴の手が離れていく。
「…別に?そんなことないよ…もっともっと嫌な記憶なんていっぱいあるから。ていうか…それしかなかったし。」
薄ら笑って言う里桜に、昴は真顔で言った。
「なぁ、それでその時… 里桜は泣いたの?」
「…え?」
「涙を流して感情を表に出したのかってこと」
普段の昴からは想像もつかないほど小さく静かな声だ。
里桜はなんとなく目を逸らした。
「んー…泣いてないかな。あの頃から私、そうそう涙って出なくなったんだよね。いっぱい辛いこと経験して強くなったんだよ、多分。」
「泣かないことが強いことだとは思わねーけど?
泣いても立ち直ることが強さなんじゃないの」
「…そうかな?でも涙は自分の中の弱さが溢れた結果だと思ってるよ。だから、」
言い終わらないうちに突然昴が里桜を押し倒した。
里桜は目を見開く。
昴は宝石みたいなオッドアイでジッと見下ろしている。
初めてこんなに近くで見たと思った。
「っ……」
「どう?今泣きそう?」
覆いかぶさっている昴はいつの間にかサングラスを取っていて、冷酷でもあり美しくもある瞳が見下ろしている。
弧を描く彼の唇を見つめながら、里桜は笑った。
「なにこのベタなかんじ?」
「ベタ?熱帯魚のベタ?」
「ははっ、違うし!ドラマとかによくあるベタな展開ってこと!まさにこの状況のことだよ!」
昴は更に里桜に顔を近づけてにっこり笑った。
手首を掴まれている里桜は無抵抗だ。
「その展開ってさ、だいたいどうなる?」
「…んー…それは確か…」
顔が赤くなっていくのがわかる。
口篭る里桜に、昴は言った。
「確かさぁ、キスして、んでそのままヤッちゃうんだよね」
「し、知ってるならわざわざ聞かないでよ。
それに…これってそういう展開じゃ…ないでしょ…」
グッと押し返そうとするが、昴の力が強くて掴まれている手首はビクともしない。
「…さぁね?…
里桜の望む展開にしてあげるよ…」
「…なっ…!…」
目を見開く里桜の唇に、柔らかい唇が重なる寸前まで近づいた。
里桜はギュッと目をつぶる。
それは一瞬だった。
一瞬すぎて、掠ったような気もするし、そうじゃなかった気もして、里桜はよく分からなかった。
パチッと目を見開く。




