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かわいいなぁとか言いながら手を振っている翔を横目で見てから、昴は口を開いた。
「里桜がさ…泣いたんだ」
翔の手がピタリと止まり、こちらを向くのが分かったが、昴は彼女たちの方をボーッと見つめる。
「……なんだって?」
「泣いてたんだよ、里桜が。」
翔は手を下ろして短く息を吐いた。
向こうの方では水をかけ合ってはしゃいでいる里桜と瞳がいて、その傍の岩に座って頬杖をついている理玖がいる。
「なんでだと思う?」
「…なんでだ?」
「おーーーーい!!!2人ともこっち来いよーー!!!
船酔いなんてもう治っただろーーー!?」
瞳が大きな声で呼んできた。
「まーーだーーーー!!!」
昴が大声で返すと、瞳はなにやらぶつぶつ文句を言っているようだった。
「……で?」
「俺もよく分かんねぇんだけど、怖いんだってさ」
「怖い?」
「うん。今の幸せがいつか、壊れちまうんじゃないかって、それが怖いんだって、…そう言ってたぜ。」
「・・・」
2人して前を見つめたまま黙り込む。
クマが手と足で獣のように土を勢いよく掘り始め、その砂が盛大に羽実にかかっている。
それを羽実が怒ったようにクマに文句を言っているのが見え、2人同時に噴き出した。
「ーっはーウケる」
「ふっ…はは」
それを姉様にやったらしばきますよ!と叫んでいるのが微かに耳に届いた。
「私はまだ…1度も里桜が泣いているところを見たことがないんだが…彼女はどんな顔をして泣くんだ?」
「……びっくりしすぎて覚えてねぇ。
俺もそんとき初めて見たし。」
はぁ…とため息を吐きながら翔が結っていた髪を下ろした。
寝そべるのに邪魔らしい。
「幸せ…か……」
艶のある黒髪をパサッと振り払った後、
翔がポツリと言った。
「うん。」
「里桜は今、幸せなんだな。」
「らしい。幸せの絶頂…らしい。」
「ならよかった。」
柔らかい声色でそう言って、髪を上にかきあげる翔の方に、寝そべったまま向き直って昴は真剣に言った。
「 聞け、翔。
…俺はその涙を拭いてやれなかった。
なぜだか分かるよな? 」
翔の顔が向き、互いのサングラスの奥がぶつかり合う。
視線が見えないけれど、交わっているのが分かる。
「それは翔の役目だからだ。」
フッと口角が上がった親友は、
「分かっているよ。どんな涙でも……」
そう一言言った。
「そうだ。どんなに俺がそれを拭いてやりたくても、それは俺の役目じゃない。俺にはもっと別の役目があるからな。」
そう言ってまた前を向いた。
向こう側に広がるどこまでも広い、空。
空ってこんなに青くて綺麗だったっけ。
と今更感じる。
17年間も生きてきたのに、自分は空を見上げたことなんて全然なかった。
いや、全くと言ってもいい。
"余裕があるときに空を見るんじゃないよ?空を見るから余裕ができるんだよ"
そう言っていた里桜の
空に……俺は……




