国王の側妃として嫁いだら「私が愛するのは王妃のみだ、君を愛することはない。君に望むのは体の弱い王妃に代わり世継ぎを産むことだけだ」と言われたのですが、私だって会ったばかりの人を愛したりしませんけど。
「私が愛するのは王妃のみだ、君を愛することはない。君に望むのは体の弱い王妃に代わり世継ぎを産むことだけだ」
「はあ、そうですか」
レティシアは自国の国王の側妃として嫁いだ。国王の王妃への溺愛ぶりは有名で、しかし王妃は生まれつき身体が弱かった。優秀で王妃としての役割を完璧にこなすが、子は望めない王妃に代わり子を生せと送り込まれたレティシア。しかし国王の宣言に一瞬やる気がなくなる。
しかしレティシアは思い返す。そう、自分は望んで嫁いだのだ。役目は果たさなければ。
レティシアは貧乏男爵家の長女だった。子沢山の男爵家にあやかってお世継ぎを産んでもらおうと国王の側妃になる話を持ちかけられたレティシアは、心配する両親や弟妹達に微笑んで言った。
「結納金をむしり取って来るわ!」
借金こそ無いし、堅実な領地経営でなんとか遣り繰りしているレティシアの実家の男爵家。しかしいかんせん弟妹が多すぎて養育費が嵩む。弟妹達のためになればと、レティシアは望んで結納金目当ての婚姻を結んだのだ。結納金はレティシアの実家の男爵家にたんまりと払われて、これで弟妹達の養育費も心配ない。
さらに側妃となるレティシアの後見人となった侯爵家にもそれなりの額が払われたので、いくら国王の態度がアレとはいえ今更役割から逃げるのはよろしくない。
とはいえレティシアも国王……アルノーに一言言わねば気が済まなかった。
「あの、国王陛下」
「なんだ」
「私だって会ったばかりの人を愛したりしませんけど」
「……」
「……あ、もちろん国王陛下を敬愛する気持ちはありますよ。ただ恋愛感情がないだけで」
アルノーは冷や水をぶっかけられた気分だった。
「……そうだよな、すまない。酷いことを言った」
「いえいえ、理解していただければそれで」
「私が愛するのは王妃であるフェリシテだけだが、君を冷遇するのは止める。すまない、本当はフェリシテだけを愛していたかったという私のわがままで君に八つ当たりしてしまった」
レティシアは恋をしたことがない。というのも、幼い頃から日々金銭的に余裕のない両親のお手伝いをして仕事に明け暮れていたためそんな余裕はなかったのだ。けれど、アルノーが本気でフェリシテを愛しているのはよく分かった。
「まあ、失礼だなとは思いましたけど。そんな風に愛せる方がいるのは羨ましいです。その〝愛〟に免じて許して差し上げますよ」
レティシアの言葉にアルノーの表情が明るくなる。
「ありがとう。たしか、レティシアと言ったか」
「そうですよ」
「これから、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
こうしてアルノーとレティシアは、一応夫婦となった。
「ふむ」
レティシアが朝目覚めると、アルノーは居なかった。だが、レティシアはそんなものだろうなと思う。アルノーには愛する人がいるのだから。
「早くお世継ぎを産んでしまいたいな」
ちょっとだけプレッシャーを感じるから。しかしレティシアを側妃にと口添えしたお偉いさんが、男子三人女子五人を目指せと無茶振りを言ってきたので双子や三つ子でも生まれない限り時間はかかるだろう。
「でも、王妃殿下が仕事を全てこなしてくれるから私の役割は本当に子供だけなんだよね」
そう考えるといくらかは気楽だ。おまけにアルノーの方針でフェリシテとはノータッチで居られるらしい。お互い気楽で助かる。
「子供達は王妃殿下とも交流するらしいけど、まあ大丈夫でしょう。嫉妬する理由もないし」
レティシアはアルノーを愛しては居ないしこれからも愛することはないだろう。だって初夜がアレだったから。
「仕事は子供を産むこと、お小遣いも貰える、日中は自由。実家には結納金が入って余裕が出て、弟妹達を心配する必要も無くなる。なんて素晴らしい契約結婚」
契約結婚なのかはまあ置いておいて、恋も知らないレティシアにとっては最高の状況であることに間違いはない。
「でもその分、日中は何をしてお小遣いはどう使おうか」
レティシアは、贅沢過ぎる状況に逆に頭を悩ませることになった。
「おめでとうございます、懐妊です」
「ありがとうございます」
定期的な検査の結果、レティシアはアルノーに嫁いで割とすぐに子供を授かった。とはいえ、産むまで安心できないし、産んでも健康に育つよう気を使わねばならないが。
「よくやった、レティシア。助かる」
「国王陛下のおかげです」
とりあえず役割はこなしていけそうだ。レティシアはほっと息を吐いた。
だから、まさか何者かに毒を盛られるなんて思ってもいなかった。
「かはっ……」
「レティシア様!?」
三時のおやつの時間、紅茶を飲んだところで血を吐いて倒れるレティシア。素早くメイド達が対処して、治癒術師が呼ばれ聖魔力を注がれたレティシア。
「……お腹。赤ちゃんを優先して」
レティシアの言葉に治癒術師はその通りに動く。
赤子の心配をしながらも、レティシアは意識を手放してしまった。
「……レティシア」
「国王陛下、赤ちゃんは……?」
「安心しろ、宮廷に仕える治癒術師は優秀だ。腹の子には問題ない」
「よかった……」
「ただ、後遺症が心配だ。そればかりは生まれてこないとわからないらしい」
アルノーの言葉に、レティシアは微笑んだ。
「きっと元気に生まれてくれます。こんな一大事にも耐えた子ですから」
「そうだな。生まれてくるのが楽しみだな」
「ええ。……犯人は?」
「……フェリシテに仕える侍女だった。君に嫉妬したフェリシテの命令だった」
「……え?」
よくよくアルノーの顔を見れば、かなり憔悴しきっている。アルノーとしてはショックだったらしい。
「……すまなかった。フェリシテにも君にも、申し訳ない」
「国王陛下……」
「フェリシテは、表向きには療養という形で離宮に幽閉する。この事件は表向きには伏せるが、責任は取らせる」
そう言うアルノーは、辛そうな表情だ。
「国王陛下」
レティシアは弱り切った、それでも国王としてきちんと判断を下したアルノーを胸に抱き寄せる。
「ご立派ですよ。でも、辛いでしょう。泣いてもいいんですよ」
「すまない。すまなかったっ……!」
誰に、何を謝罪しているのか。泣いて謝るアルノーを、レティシアはただ慰めた。
「レティシア、元気な子をありがとう。男の子で、後遺症もなさそうだ」
「それは良かったです!」
「レティシアも抱いてやってくれ」
出産の後、疲れ切ったレティシアだが息子を抱く。可愛い男の子に胸が締め付けられる。
「可愛すぎる……!」
「本当に。我が子とはこれほど愛おしいものなんだな」
「あと男子二人と女子五人ですね!」
「宰相が言っていたノルマは気にする必要はない。子供とは授かりものだしな」
「でも、そのために嫁いできましたから。お小遣いで贅沢させてもらってますし」
レティシアの言葉にアルノーが笑う。
「私と二人で食べる高級なドルチェを買うのがそんなに重要か?」
「一応夫婦ですし、お茶の時間だけだとしても交流は大事です。ただ、今まで自由に使えた時間が王妃教育に充てられたのはちょっと不満です」
「すまないな。王妃が離宮で療養する以上、君に妃として働いてもらうほかないんだ」
「分かってますよー。それで、私は頑張っているつもりなんですが実際どうなんです?」
「王妃教育は順調だと聞いている。偉いな、レティシア」
頭を撫でるアルノーをレティシアは睨みつける。
「子供扱いしないでください」
「すまないな。五歳も年下の妻だと、つい甘やかしたくなる」
「何言ってるんですか、今までそんな素振りなかったくせに」
「それは……」
レティシアはアルノーを見つめて言う。
「私は、国王陛下が初夜に言ったことを忘れてはいませんし一生忘れません。許すかどうかと忘れてあげるかは別問題です」
「……そうだな、すまない」
「でも。その上で〝今更ながら〟国王陛下が真摯に私に向き合うようになったのは、まあ多少評価しています」
「そうか……」
「だから、ここから始めて行きましょう。夫婦としての恋愛関係も、家族としての信頼関係も」
レティシアの言葉に、アルノーは目を見開く。
「いいのか?」
「国王陛下が孤独にならないようにお支えするのも妃の役割ですから」
レティシアの優しい微笑みに、アルノーはレティシアの抱いている赤子ごとレティシアを抱きしめた。
「信頼して、愛してもらえるように頑張る」
「ゼロ通り越してマイナスからのスタートですけどね」
「……頑張る」
アルノーがしょんぼりするのを見て、レティシアは溜飲を下げた。