メンヘラ一家
一週間がんばったテストの結果は散々でした。
「もう少しできると思ってた」を30分くらいかけてネチネチ語ったハゲの先生に殺意が沸いたね。
ピピピピ、ピピピピガン(目覚ましを叩いて止める音)
「ふぁー。眠い」
昨日の打ち上げが長引いて、月曜なのに頭がポワーっとしているのだが、無理やり起き上がって……
「あれ?」
食卓には何もなかった。
伊織が家に来てからは、彼女たっての希望で家事全般……もはや全部と言ってもいいレベルで任しており、朝ごはんは毎日用意されていたのだが、今日はない。
一人暮らししていた頃みたいに、自分で目玉焼きとトーストを作って食べたてみたけど、食べ終わっても伊織は出てこない。
「なんかあったのか?」
気になって彼女の部屋に行ってみたら……もぬけの殻だった。
家中を探してみても、書置き一つ見つからない。
しかし、
「なんだこれ?」
手がかりは見つかった。それは、長い髪の毛。
もちろん俺のではなく、伊織は短髪で、統華は最近うちに来ていないので……肩までありそうなこの髪は、誰のでしょうか?
……攫われたと見るのが妥当かな?
一先ず、他に無くなった物はないか、もう一度家中を洗いなおしたが、金銭関係や貴金属類、ゲーム機などは全部あり、伊織だけが狙いだったのだろう。
「……あれか」
とりあえず学校に休む連絡を入れた。
◇
キー、プシュー。
新幹線で2時間、隣県のとあるマンションへと向かった。
なんでここまでやってるかは分からないが……探偵みたいな気分で楽しいからいいや。
この推理が間違ってたら速攻で警察行くけどね。
さて、メモ書きに書いてある住所に着いた。
標識を見ると、『川上』。
インターフォンを押し、
「伊織、いるか?」
「ダーリン!」
かなり逼迫した伊織の声が聞こえてきた。
やっぱりここだったか。
持ってきた針金を駆使して数分で鍵を開け、
ガリギリ
目に飛び込んできた光家は……伊織と彼女によく似た一人の女性が、カッターで斬りあっている、地獄絵図。
……帰っていい?
「ダーリン、加勢して!」
「えぇ……」
まあ、乗りかかった船だし。泥船だけど。
落ちていたカッターを拾って刃を出し、2,3回素振りをしてみる。
……いいカッターだなぁ。
「お~、やりますか?」
「よろしく」
伊織似女性が横なぎに振ったカッターを、縦振りして受け止める。
右上、右下、左下、突き!
適当に振り回されたカッターを全て捌き切り、相手のカッターを叩き落して、眉間ギリギリで止めた。
「強いですねぇ~」
「色々訓練してるんですよ」
会長に感謝。
さ、これで多少は冷静に話せるかな?
置いてあった食卓に3人で座る。
「えっと、伊織と同居している、イグノこと辰海悠馬です」
「伊織のお姉ちゃん、シェンラこと川上沙織です」
やっぱりシェンラさんだったか。
「で、さっきのカッターチャンバラは何ですか?」
「うちの家では挨拶ですよ」
「ダーリンならすぐ順応できるって」
この環境で生きていけるのはGくらいだよ。
やっぱこの家やばいよ、なんか強めの香水で誤魔化しているけど、かすかに鉄の匂いがして……絶対リスカの血の匂いだ。
メンヘラ一家か。
「そういえば、お姉ちゃんはどうして私を連れ去ったの?」
それも聞かずに戦ってたのか……。
「いえ、ちょっと恋しくなっちゃって。ほら、UAOの中でミワちゃんとイグノがキスしてたじゃないですか。寂しくなっちゃって」
「……へー(脳死)」
「もー。お姉ちゃんってば、ちょっと登校日数やばいから、休日にしてよ」
ちょっと何言ってるか分かんない。
「じゃあ、そろそろ帰っていいですか?」
もう帰りたかったのだが、
「……少し、昔話をしましょうか」
沙織さんの雰囲気が一変した。
会長やラチックに似た圧を感じる。
「昔話?」
「ええ。昔々、ある一般的な家庭に、第二子が生まれました」
うん、絶対一般的な家庭ではないよね。
「とってもとっても可愛い子でしたが、なんと小学校の時にいじめにあってしまいました。では問題1、なぜいじめられてしまったのでしょう?」
「……顔の傷のせい」
「ピンポン。かわい過ぎてと迷ったかもしれませんが、生まれつきの顔の傷のせいです」
まあそんなところだと思ったよ。
「もちろんいじめっ子達には私が制裁を下してましたが、そのトラウマで彼女は病んでしまい、不登校になってしまいます」
ある所の設定どこいった?
「あの時の伊織ちゃんも……可愛かったですねー。親は何故か蒸発していたせいで、お姉ちゃんが面倒を見るのですが、健気で母性をくすぐられ……最っ高でした」
……目がイってらぁ。
横目で伊織の方を見てみたが、流石にちょっと引いてる希ガス。
「ですが、高校生に上がるのを転機に、引きこもり脱却を目指します。地元の学校には行きたくないから、新幹線で2時間の適当な学校にしました。お姉ちゃんは不安でしたが、その頃に発売されるVRMMOで会うことに」
あとは大体分かる。
高校も最初の方は行けなかったが、5月にゲーム内でるろ剣を勧められ、学校にいけるようになった。
「で、それがどうしたの?」
「もう逃がしませんよ、伊織♡」
「逃げるよダーリン!」
俺の腕を引っ張って、伊織が逃げようとしたが、沙織さんがいつの間にか持っていたカッターを振り降ろし……ギリギリで転がって避けた。
頭の中に某ポ〇モンの戦闘開始BGMが流れる。
一先ず俺も落ちているカッターを手に取り、刃が交わった。
「さっき俺の方が強かったでしょう?」
「あれはただの挨拶ですよ。確かにあなたが強いのは認めますが、まだあなたはこの競技の本質を理解していない」
こんなのが競技と呼ばれてたまるか。
上、左下、右腕、左足!
また振り回されるカッターに対応して、一瞬力を入れて相手のカッターを撃ち落とし……壁に刺さっていたやつを手に取って、俺の頬に傷がついた。
さらに、沙織さんは体勢を低くして下から切り上げ、受け止め……左手にもカッター!
「うおおおおお!」
左手一つで白刃取りをし、横に力を加えて刃をへし折る。
やっぱり慣れている感じはあるな。
「やりますね。こういうのはどうです?」
沙織さんは飛び上がって……天井にも十数本のカッターが突き刺さっていた。
結構天井は高かったのだが、彼女の高身長(約180)でカッターを掴み、上から投擲する。
机の下に隠れて投げられたカッターを避け、イスの足を掴み、
「オラァ!」
思いっ切り投げた。
なんとか避けたみたいだが、猪突猛進タックルで追撃する。
沙織さんは両手に持っていたカッターを投げてきたが、横から飛んで来たカッターがそれを撃ち落とし、タックルが直撃した。
「ふう。俺の勝ちだ」
「肉弾戦は禁止なんですけどねぇ」
こんな競技(?)にルールなんてねえだろ。
さて、勝利したからには、帰ってもいいのだが……チラっと背後を振り返ってみると、沙織さんがリスカ用意をしていた。
この人も自分が人質とか言い始めるのか。
「人質がどうなっても良いんですか!?」
「マジで言ったよ」
よく見ると、この人の手首もボロボロなんだよなぁ。
……よし。
ゆっくりと彼女の方へ歩いていき、隣に座って、カッターを持っている右手を上から握った。
「大丈夫です、落ち着いて」
「でも、私の伊織ちゃんが……」
「だから、大丈夫です。なにせ、沙織さんは最高の姉ですから」
「そんなことない」
「あります。確かに直接的な要因を与えたのは俺だけど……ミワに傷を付けさせたのは、功恵さんですよね?」
難しい話でもない。
普通、ゲームにコンプレックスは持ち込まない。
ミワも、俺が傷のことを笑ってしまった時はすごい剣幕で怒られて、自分から付けたようには思えない。
彼女に近しい人が、傷を付けるように指示したのだろう。
例えば、姉とか。
「それが無かったら、俺もるろ剣をお勧めできなかった」
「それは多分関係ないですよ」
「いや、るろ剣パワーだし。とにかく、沙織さんが伊織を救ったんだ」
スッと沙織さんの右手からカッターを取り上げ、頭を撫でる。
伊織もこれで安定するから、多分沙織さんにも効く……ハズ。
「……一つだけいいですか?」
「何?」
「私……可愛い?」
「うん、可愛いし、美しいよ」
安心したのか、軽く笑った後、沙織さんは眠ってしまった。
伊織も安心したら眠ってたし、もう安心ってことでいいのかな?
「ありがとね、ダーリン」
「ってか、お前もうちょっと援護してくれよ」
「ダーリンならいけるって思って。最後は援護したでしょ」
◇
次の日。
「空前から空上に繋がるよ。これが立ち回りの基本にるから」
「なるほど」
ガンツをボコボコにするために、ミワからス〇ブラを習っていると、シェンラさんがやってきた。
「ああ、シェンラさん。リスカしたりしてませんよね?」
「してませんよ」
よかった、安定してるみたいだ。
ス〇ブラに戻ろう。とりあえず空前から空上を擦って……軽装のシェンラさんが、背後から抱きついてきた。
中々大き目の彼女のアレも当たっている。
「ちょ、ミワが見てるから!」
「いやー……私も好きになっちゃって」
は?
ヤンデレが二人になるとか、冗談じゃないんだが?
「え……あなたにはギコーがいますよね?」
「あの人とはそういう関係ではありませんよ」
「大好きな妹と被っていいの?」
「むしろ3P志望です」
……一番まともだと思ってた人が、一番イカレていた件。
ミワに救援の視線を送ったが、ニコニコしていて……ダメだこりゃ。
ちなみに、川上母もヤンデレで、逃げた夫を追いかけて消えた。
出所は分からないが、毎月大金の仕送りはある。
現在地はエジプト。
再開したばかりで悪いのですが、投稿頻度が3日に一話に落ちます。
原因は……作者のマイページ見れば分かるよ。