シャロ、勇気の一歩
いつもの初心者狩場に着いた。
武器に振り回されないように、弱めのスタンダードな剣を渡して、
「あれ倒してみて」
ラチックは頷いて、思い切り剣を振りかぶり……綺麗な太刀筋だなぁ。
この子絶対戦闘能力の方が向いてるよ。運動神経えげつないもん。
……どういう構成にしよう。早めに決めないとステータスの振り方に無駄ができてしまう。
バフにもMPはいるから、ある程度は伸ばしておきたい。
けど、この運動神経を手放すのは勿体ないよなぁ。
「強化って、自分に掛けれる?」
「試してみるわ。〈殺戮魚の声〉」
物騒なスキル名を宣言し、黒いオーラを纏った。
ど、どうやら自分にも掛けられるようだ。なら話は簡単。
「ステータスの振り方決まった?」
「なにそれ」
……余計な説明を挟んだが、どうやら決まっていない様だ。
二次元RPGくらいはやったことあるって言ってたのになぁ。
VRMMOの良さを知ってもらうために、露店を回りながら、ステータス構成について話す(止まれないからカフェとか無理)。
「タコ焼き食べれる?」
「ええ、大丈夫よ」
「おっちゃん、タコ焼き二人分」
「お、カップルか。若いっていいね~。まけておこう」
「サンキュー」
低くなった代金を払い、二箱のタコ焼きを受け取った。
カップルと言われたのが気にさわったのか、顔が真っ赤になっているラチックに片方渡した。
「ほら、奢り。ここのNPCは言うこと聞かないから訂正は難しいぞ」
「い、いいえ、訂正はいらないわ」
何故か水の中でもべちょべちょにならないタコ焼きを受け取って、口に入れた。
ちょっと口元が上がったのを見逃さない。
「でさ、ステータスの件だけど……」
自分にも強化はできるから、MPにがっつり振って、他のステータスは強化で補うか、ファニーみたいに一時的にMPで他ステータスを上げる方法で、ある程度の戦闘をできる形にする。
運動神経はいいみたいだから、攻撃力と素早さに多く振ったらいいと思うとかを言った。
「まあ、ただの慣れてるひとの一案だから、全然違うのにしてもいいんだけどね」
「とても良い案だと思うけれど」
「ありがとよ。あと、なんか得意な武器とかある?」
「槍術には多少覚えがあるわ」
なんで剣道とか柔道とかじゃなくて槍に行ったんですかね。
そういえば会長も、様々な武術が使えるけど、槍が一番得意だって言ってたっけ。
見せてあげましょうかとか言われたけど、一瞬で断った。
ちなみに次の集まりで、折り畳み式の槍を持ってきてもう一人の副会長と試合し、ボコボコにしていた。
副会長を慰めてたら、何故かもう一度しようかしらとか言われてて、めちゃくちゃ可哀そうだった。
気が付くと、もう辺りは暗くなっていた。
明日までに書いて提出する手紙とかあるから、今日はここまで。
親が海外にいる分、記入事項がクッソ多いんだよなぁ。
素人目でも分かるくらい上手く槍を振るっていたラチックに、
「悪い、今日はちょっとやることがあるから、もう落ちなきゃいけない」
「そう……。今日はありがとう。フレンド登録だけしてくれない?」
「ああ」
明日からは、ユ弐レイで活動するから、次に会うとしたらラチックがユ弐レイに来た時だ。
今でもうちのパーティで介護しながらあの山に挑んだら突破できるだろうが、適正帯の狩場がないからやめておく。
ナーフされたとはいえ、あれを突破するには2週間くらい必要だろう。
指揮系だし、その頃には仲間ができているかもしれない。
「困ったことがあったらチャットくれよ」
「ええ。……もし、あなたと同じくらい強くなったら、パーティに入れてくれる?」
「歓迎するよ。でも、たった一日の関係に縛られなくていいからな」
「一日じゃないわ」
「正確には半日よ」とかいうのかなぁ、などと考えつつ、ログアウト処理を進めて、
「じゃあなーああああ!?」
ログアウトボタンを押して、ポリゴンになりかけた瞬間に……頬にキスされた。
その後、スッと離れて、笑顔で手を振っていた。
出会って一日の人にキスするのか? そういうやつには見えなかったが……。
まあ、ゲーム内だし、キャラ作りかもしれない。
気になって、いつもの二倍書類に時間がかかった。
危ない、カフェに行かせそうになった。
ちゃんと副会長も槍の経験者です。
そこそこ強いけど、相手が悪かった。
解説
【シャチ】
能力:攻撃力と素早さを上げるバフが使える(防御は無理)
味方に遠方から声を掛けられる
シャチは頭が良く、社交的な生物で、同じ魚群の狩りが下手な個体のために、わざわざ弱らせた獲物で実践しつつ教えてあげることもある。
コールという言葉のようなものを持ち、ある程度のコミュニケーションがとれる。
これが能力の元ネタ。
自然界に天敵はおらず、海洋系食物連鎖の頂点に立つとも言われるすごい生物。