8話 ワンスのアップデート
ほんのりR15
その後、ニルドはすぐに拘束を解かれた。しかし、例の泥棒野郎が出してきた証拠の手紙とやらの鑑定結果が出るまでの間は自宅謹慎を申し付けられ、ニルヴァン邸で大人しく過ごすこととなった。
一方、ワンスたちは大人しくしているわけもなかった。ファイブルとミスリーはすごい勢いで情報取りをした。ミスリーはまだしも、ファイブルがエンターテイメント性を求めずに情報取りをしていることを、ワンスは少し意外に思った。しかし。
「なぁなぁ!さっきさー、ニルドに会いにいったらすっげぇ青い顔してた!超面白かった~!これだからニルドのお守りは止められないんだよ~!」
彼はしっかりとファイブルであった。こんな緊急事態でさえ、彼にとっては丸ごとエンターテイメントであったとは。
「あああ青い顔!?」
そして、それを聞いて顔面蒼白になるミスリーもいた。
「なんかよく分かんないけど、思い詰めすぎて死相が出てたよ。思い出しても笑える!」
「ニルド…はははやく解決しなきゃ!」
相反する2人の表情を見て、ワンスはちょっと笑った。
「それで、ニルヴァンは何か言ってたか?」
「いーや。なんで泥棒が突然証言を変えたのかもわかんないって。手紙も書いた覚えはないって怒ってたよ」
「手紙は偽物だと判断される可能性が高いってことだな。そうなると、ニルヴァンを嵌めたやつの狙いは『ニルヴァンが調査室に拘束された』という事実を作ることだけだ。冤罪だろうが何だろうが、そのスキャンダルで足を引っ張ろうとしたんだろう」
「どういうこと?何か分かったの??」
ミスリーが勢いよくワンスに詰め寄ると、ワンスは一つ頷いて話を始めた。
「お前らが持ってきた情報をすり合わせると、概要が見えてきた」
ファイブルも大体のことが分かっているのだろう。余裕綽々でソファに腰掛け、フォーリアが用意してくれたお菓子と紅茶を嗜んでいた。
「ハンドレッドが国庫輸送詐取を狙っただろ?未遂には終わったものの、事前に騎士団へ情報のリークがなければ、国庫輸送詐取は成されていた可能性が高い。騎士団はハンドレッドの計画書を見て、そう判断をした」
突然、ハンドレッドの話から始まり、ミスリーはよく分からないという表情をした。フォーリアはもはや脳みそが爆発していたし、ワンスは割とフォーリアを無視していた。
「うん?それが何か関係あるの?」
「関係がある」
ワンスはそう断言をして話を続けた。
国庫輸送詐取未遂の事件を受けて、騎士団を管轄下に置いていたオーランド侯爵が騎士団の管理権限を返上したのだ。国庫輸送のルートを素案通り承認し続け、よく理解をしていなかったことをオーランド侯爵が重く受け止め、侯爵本人から国王に返上を申し入れた。
オーランド侯爵はフォーリアの胸をしっかりとガン見するような好色オヤジではあったが、なんと決断もしっかりとしていたのだ!英断である。
「そうなると、騎士団を管轄する後釜が必要になるだろ?」
「まさか…ニルヴァン家が?」
「まぁ、俺の推測に過ぎないけど候補に上がるだろうな。代々騎士の家系だ。実務に詳しい人間が管轄すべきだとオーランド侯爵が進言でもしたんだろ」
そこでファイブルが大きく頷いた。
「俺も同意。ワンスの推測通りだと思うよ。ニルヴァン家は伯爵位だけど、その実績から候補に上げられてもおかしくない。で、もう一つ、候補に上がるだろう家があった」
「ふーん、どこの家?」
「バドナ伯爵家」
ファイブルの銀縁眼鏡がキランと光った。
「代々ってわけじゃないけど、ここ五代くらいは騎士を勤めてる家柄だ。バドナ伯爵当主は騎士団の上層部に、その息子は第二騎士団にそれぞれ在籍している。条件はニルドん家と一緒ってこと」
「となると、後釜を決定するこの時期にニルヴァン家の足を引っ張って得をするのは、そいつで決まりだな」
ワンスがそう言うと、3人は目を合わせて頷き合った。フォーリアは爆発したままポーッとワンスを見てるだけだった。相変わらずのぼんやりさんだ。
「さーて、ここからどうするかだな」
ワンスはポツリとそう言うと、腕を組んだまま押し黙って思案し始めた。
―― 泥棒が盗んだとされる宝石。これをバドナ伯爵家が保有していれば話が早い。忍び込んで…あ、ダメだ、できねぇな
ワンスはフォーリアをチラリと見て思い直し、今度は顎に手を当てて思慮した。
―― 不法侵入はダメだ。と、すると…バドナ伯爵家と泥棒との接点を調査するのが早いか。泥棒のオトモダチを探し出して拘束拷問して吐かせるか…あ、ダメだ、できねぇな
ワンスはまたフォーリアをチラリと見て思い直し、次はこめかみに手を当てて思索し始めた。
―― 正々堂々、調査室と騎士団を巻き込んで働いて貰うか。いや、何も疑いがない状態で公的機関が動くわけもない。ある程度はこっちでやってあげる必要があるな。いやしかし…
そしてワンスは目を暗くしながらも、思ってはいけないことを、ついつい思ってしまった。
―― あーーめんどくせぇーーー
ワンスは、『はーーぁ』と大きくため息をついた。そしてバッと立ち上がって、ポーッとワンスを見つめていたフォーリアの腕を掴んで立たせた。
「ワンス様?」
「ちょっとフォーリア来て。二人は待ってて」
フォーリアを連れて廊下に出ると応接室の隣の物置部屋に入って、いきなりキスをし始めた。何の前触れもないキスにフォーリアは『え!?』と驚いたが、もちろん抵抗などという複雑なことは出来もしなかった。
「ん……あ…」
「ごめん、ちょっと付き合って」
キスどころかそこかしこ触り始めているではないか。真っ昼間の来客時に何をやっているのか。
「…やぁ……」
くちゅ…くちゅ…と物置部屋に小さく響くキスの音に、フォーリアは耳を塞ぎたくなった。先程まで真面目な話をしていたはずなのに、何故こんなことになっているのか。そうして数分ほど色々と触られてキスで攻められたかと思ったら、ワンスは突然パッと離れた。
「よし、頭冷えた。アップデート完了」
「…え…?」
こんなことでどうやって頭を冷やすというのか。アップデートとは何なのか。脳の構成が人と異なるワンスはサッパリとした顔でサッサと物置部屋から出ようとした。扉を開ける直前に思い出したようにフォーリアをチラリと見て、小馬鹿にしながら『ふっ』と小さく笑った。
「落ち着いたら戻ってきて。…続きは夜な」
ワンスの頭の熱がフォーリアの身体に移ったのだろう、物置部屋に残されたフォーリアは溶けたようにぽーっとしていた。相変わらずのぼんやりさんだった。
とんでもない方法で頭がすっかり冷えたワンスは、応接室に戻るなり開口一番でこう言った。
「騎士団に協力を仰ぐ。バドナ伯爵家を罠に嵌めるぞ。狙うは、自滅だ」
ニヤリと笑うその顔は、真っ当な善き詐欺師の顔であった。
おまけ
夜。
コンコン。
開きっぱなしの書斎のドアを軽くノックする音。ワンスはペンを走らせるのを止めてチラリとドアの方を見た。
「ワンス様」
安心安全なナイトドレスを着たフォーリアがひょこっと顔を出していた。寝る前はいつもこうやってオヤスミの挨拶をするのだ。
「あ、寝る?おやすみ」
ワンスはフォーリアに近付いて、チュッと軽くキスをしてから書斎の扉を閉じようとした。こうやって扉を閉じておかないと、仕事そっちのけでついつい寝ているフォーリアにちょっかいを出したくなるからだ。
すると、フォーリアが目に見えて『しゅん』とした。
「??どうした?」
ワンスが顔を覗き込むようにフォーリアを窺うと、頬を染めたフォーリアがワンスのシャツを軽く掴んで「あの…」と言った。ワンスは内心『俺の嫁(予定)はどえらい可愛いな』と思っていた。
「うん?なんだ?」
「えっと…続き、しないんですか…?」
ズガーーーーン、ときた。初めてのお誘いである。ワンスは一瞬、息をするのを忘れた。
―― え、やば。え、え、可愛い。やばい
こんな可愛い子を前にしては苛めてみたくなるのがワンス。
「したいの?」
そう言って意地悪に笑うと、フォーリアはカーーッと顔を赤くしてクルリと背を向けてしまった。
「なんでもないです…!」
ワンスはクスッと笑って「フォーリア、言ってみて?」と小さく言いながら後ろから抱きしめた。
「…したい、です」
「仕方ないな、いっぱいしてあげる」
過去一、滾った。何回も言わせた。噛み締めた。結局、今日も仕事そっちのけでフォーリアにちょっかいを出す……いやいや、フォーリアにちょっかいを出されるワンスであった。
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