5話 ありがとう、ハンドレッド
「どう?行動歴。アリバイになりそうか?」
どうしても見たくないワンスは、ミスリーとファイブルに行動歴のチェックをお願いしていた。フォーリアも手伝うと申し出たのだが、ニルドが可哀想な状態になってしまうため、ミスリーからそっとお断りをされていた。
「引くレベルですごい」
「うーん、でも所々抜けがあるのよねぇ。まだ至高の領域には達してないわ。もっと高みを目指さないと」
「ストイックストーキングぅ!」
「あとは、この行動歴を信じて貰えるかだよなー」
ワンスは思慮した。調査室も裏を取るだろうけれども、全部を丸ごと信じてもらうにはミスリーとニルドの距離が近すぎる。捏造だと思われる可能性もあるだろう。
「仕方がない。あれを使うか」
そう言うと、ワンスはフォーリアに向き直って「俺の書斎から青いファイルを取ってきてくれる?」と頼んだ。フォーリアは「はい!」と良い返事で部屋を出て行った。
バタン。
扉がバタンと閉じたと同時に、ワンスは話を始めた。
「なぜニルヴァンが拘束されたのか。その理由を調べる必要がある」
「どういう意味?」
「拘束された事実自体はどうでもいい。アリバイを証明して、泥棒野郎が提示した証拠が偽物だと突きつければいいから簡単だ」
「うん?」
ミスリーはよく分からないという顔をした。
「それよりも、こんなやり方でニルヴァンが拘束された理由だ。そこに着目すべきだ」
ガチャ。
「ワンス様、青いファイルがたくさんありました。どのファイルを持ってくればいいですか?」
「あー、右から二番目のやつ」
「はい!分かりました!」
バタン。
「というわけで、ミスリー、ファイブル。情報取りをする」
ワンスがそう言うと、銀縁眼鏡がキランと光った。
「ニルヴァン伯爵家が失墜して得をする人を突き止めればいいってことな~?」
「なにそれ、誰かに嵌められたってこと!?」
ガチャ。
「ワンス様、どの棚の右から二番目ですか?いっぱいありました…」
「左から三番目の棚だ」
「はい、分かりました!」
バタン。
「そう。嵌められたと俺は推測してる。大体さぁ、2ヶ月も前に捕縛された泥棒野郎が急に証言を変更するなんて、誰かに何かを言われたとしか思えねぇだろ」
「俺も同意~。じゃあ俺は王城の噂話でも集めればいい?」
「あと騎士団の噂話もよろしく」
「りょーかい」
「ミスリーは…」
「マッチするわ。誰とでも。ワンスに従う」
「…分かった、相手は俺に一任しろ」
ガチャ。
「ワンス様、ごめんなさい…。上から何段目ですか?殆ど全部青いファイルです~」
「そうだったか。悪いな、上から三段目だ」
「はい!」
バタン。
「ところでニルヴァンはハニトラに引っかかってないだろうな?まさかそれで手紙を書いてました~、なんて落ちだったら目も当てられない」
「安心して。ここ半年は私だけだから~♪」
「「まじ!?」」
二人とも驚きすぎである。どれだけそういう方面でのニルドの信頼が低いのかと…。
「すげぇじゃん、ミスリー!」
「ニルド相手に…神だ。あれ?そういやニルドってノーブルマッチ続けてんの?」
「俺がオーナーだって言ったら即日退会した」
「うける!そうだったんだ!じゃあ本当にミスリーだけなんだ~、へ~!なんか面白くなってきたぁ!」
ガチャ。
「やっと持って来れました~!これですか?」
「ありがと」
ワンスはフォーリアから青いファイルを受け取って、中をパラッと確認してから頷いた。
「話を戻す。アリバイの件はミスリーが持ってきた行動歴の他に、これも使う。ダブルパンチだ」
そう言って、ワンスはセンターテーブルに青いファイルを広げて置いた。ファイブルは食い入るように見て、ハッとした顔をした。
「これ……あ、そうか!これもあったんだ!」
「何なの?この資料…」
ワンスは悪戯にニヤリと笑った。
「ハンドレッドから盗った、ニルヴァンの報告書だ」
「??どういうこと?」
「オーランド侯爵の夜会以降、ハンドレッドはニルヴァンを徹底マークさせていた。その報告書がこれ。ハンドレッドから拝借しておいたんだ」
ミスリーは少し震える手で青いファイルを取った。こんな奇跡的な巡り合わせがあるだろうか。
「うそ!すごい…!行動歴が全部細かく書いてある!」
「国庫輸送までの半月程度だけどな。泥棒野郎と接触した可能性がある時期はカバー出来ているはずだ。合わせ技一本、間違いなく調査室も認めるはずだ」
ミスリーは目を潤ませて、青いファイルを抱きしめた。
「~~~~!!!ハンドレッド、ありがと~!!二番目くらいに愛してる!」
ハンドレッドも、まさかこんな事に使われるとは思ってもみなかっただろう。ミリーの二番目くらいになれて良かったね。
「さて、俺とミスリーは王城に行って調査室の文官に話をする。…と、その前に」
ワンスはそういうと、そこらへんにあった白い紙とペンを取って、一心不乱にペンを走らせた。
「??なにやってるんですか?」
「見てれば分かる」
フォーリアの問いにそれだけ答えて、ワンスはすごい速さでペンを走らせていくが…これは…。
「ちょっとワンス!こんな緊急事態のときにお絵かきしてんじゃないわよ!」
ワンスはものすごい速さで絵を描いていた。全く以て不謹慎である。
「わー、ワンス様お上手ですね~」
「まあね」
ここでワンスのベストオブザイヤー受賞犯罪を思い出して頂きたい(cf.本編84話)。ワンスは一時期、絵画贋作を描いて市場に流していたことがあるのだ。そのため、めっちゃ絵が上手かった!なんでも器用にこなしすぎである。
「って、これもしかしてニルド?うまー!えー!?すげぇ上手いじゃん!引くわ!」
「え、めっちゃくちゃ上手いわね…。ニルドかっこいい!欲しい!買うわ!」
「今度な」
そう言いながら、五枚ほどニルドの似顔絵を描いたところで「よし、こんなもんでいいだろ」と手を止めた。ニルドも身柄を拘束されている今この瞬間に、ワンスに似顔絵を描かれているだなんて思いもしないだろう。
「じゃあ俺とミスリーは王城にいく。ファイブルは情報取りよろしくな。フォーリアは…」
「はい!」
「…美味しい夕食作って待ってて」
「はい!」
うん、従順だ。
ありがとうございます。
ハンドレッドが持っていたニルドの報告書は,cf.本編60話。