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4話 ミスリーの掲げた拳



「まじか」


 ワンスは朝早く、ニルドが調査室に身柄を拘束されたことをファイブルからの手紙で知らされた。


 調査室というのは、王城内部や騎士団等の公的機関の犯罪や不正調査を担っている部門であった。レッド・ハンドレッドが王城文官だと偽った際に使用していた部門名がこれだ。


 ファイブルによると、2ヶ月前…ちょうど国庫輸送でゴタゴタしていた時期にニルドが捕縛した泥棒の証言が原因で、調査室に身柄を拘束されているとのことだった。詳しいことはファイブルが情報取りをして、昼前にワンディング邸に向かうと書かれていた。



 ―― 一応、フォーリアに話しておくか



 ワンスはそう思って、朝食の片付けをしているだろうフォーリアに伝えにいこうと部屋を出た。しかし、そこで来客の知らせを受けた為、その足で玄関に向かった。来客は予想通りの人物であった。



「ワンス!!」


 玄関には、顔を青ざめたミスリーが大きなトランクを抱えて立っていた。きっと道すがら泣いていたのであろう、目は赤く、涙を擦った跡があった。


「おー、さすが情報早ぇな~。ニルヴァンのことだろ?」

「知ってるの?」

「さっきファイブルから連絡がきた」


 するとミスリーはワンスに向き直って、深々と頭を下げた。ここが玄関でなければきっと土下座していたことだろう。それくらいの勢いであった。


「お願いします。ニルドを助けたいの。いくらでも払う。何でもする。命もかける。ワンスの知恵を貸して下さい」


 ミスリーは震える声で、そう言った。トランクケースの持ち手をぎゅっと握って、目をぎゅっと瞑って、まるで神様にお願いするかのようにワンスに懇願した。


 神様でも何でもない元・詐欺師のワンスは、小さくため息をしながら「ミスリー」と声をかけた。


「落ち着け。まだ何も分かっていない。ファイブルが情報取りして昼前に此処に来る。それまで待ってろ。フォーリアを呼んでくるから」


 そして、ワンスの後ろに控えていたテンに「応接室に通して」と指示を出した。小さく頷いてフラフラとテンの後ろをついていくミスリーの背中を見て、ワンスはズキンと胸が痛くなった。


 別にミスリーに同情したからではない。ワンスが同情などするわけもない。


 もし自分が捕縛されたら、きっとフォーリアもミスリーのようになるのだろうと思ったからだ。青ざめて、人前では変な顔で泣くのを我慢して、夜は眠れず一人で泣いて、食事も取れず、ボロボロになりながら、ファイブルやニルドに『ワンス様を助けて』と同じように懇願するのだろう。そして助かるわけもない。



 ―― 大切なものが手の中にあるってのも、怖いもんだな


 改めて自分が立たされている危うい位置を自覚し、それをよいしょと背負いながら、キッチンにいるフォーリアを呼びにいった元・詐欺師であった。





 昼前、ファイブルがワンディング邸にやってきた。2ヶ月前まで、ワンスは屋敷に人を入れるのを嫌がっていた。そのため、こんな風に人が集まるというのも初めてのことだった。


 ハチがミスリーを見て求婚しようとしていたが、『今はそういうコメディタッチな空気感ではない!やめておけ馬鹿!』とワンスが目で殺しておいた。



「いや~、ビックリだよね!サプライズ捕縛!」

「ファイブル、早く教えて!どんな状況なの!?」


 ミスリーはファイブルを取って食うくらいの勢いで見て言った。目が血走ってる。さすが世界中で一番ニルドを愛している女である。


「じゃあ、まずはニルドの捕縛理由からな~。2ヶ月前にニルドが捕まえた泥棒が『ニルドから窃盗の指図を受けた。盗んだ宝石の一部を渡した』と急に証言を変えたんだ」

「そんな馬鹿みたいな話、誰が信じたのよ!?」


 ミスリーの目が怖い。激怒である。


「それがさぁ、ニルドが指示した手紙が出てきたんだって。事実として、泥棒が盗んだ宝石が一つだけ行方不明なまま。それで今は事情聴取中ってわけ。まだ完全に捕縛されているわけじゃなくて、半強制的な調査協力ってやつだね」


 ファイブルは紅茶を一口飲んでから「それで」と続けた。


「騎士団側はニルドの身柄拘束に抗議を出している。ニルドのパパは騎士団の上層部の人間だしね。それにニルドは人望もあるし、特に属してる第一騎士団からの抗議はかなり強めに出されているらしい」

「よっしゃー!騎士団よくやった!」


 ミスリー、一喜一憂しすぎである。

 

「そのニルヴァンが書いたって手紙は本物なのか?」


 ワンスがソファーの肘おきに頬杖をつきながら聞くと、ファイブルは「鑑定中」と答えた。


「まぁ手紙は偽造だとは思うけど、パッと見の筆跡は似ていたらしい」

「偽造だったら、すぐに身柄は解放されるわよね…?」


 ミスリーは願うように呟いたが、ワンスもファイブルも肯定はしなかった。ワンスはファイブルに向き直って「王城の調査室が他に何を調べてるか分かるか?」と聞いた。


「ニルドの行動歴だって。調査室も悪意があって調査しているわけじゃないからね。とりあえずは泥棒野郎と接触する機会がなかったか、アリバイ確認をしてるらしい」

「アリバイ確認…」

「でも、四六時中アリバイがある人間なんてなかなかいないからさぁ、正直厳し……」


 そこでワンスとファイブルは目を合わせて「「あ」」と言って、恐る恐るミスリーを見た。



 センターテーブルの上には、いつの間にかドーンとトランクケースが置かれていた。


「これ、持ってきた」


 ミスリーはトランクケースをバサッと開け放った。紙の束がドサッとワンディング家の飾り気のない応接室に散らばった。



 ガチストーカーが、ここにいた。



 フォーリアは目を丸くして、紙束の一つを見ていた。そして「これなぁに?」という強烈な質問を出してきた。ワンスは人知れず、2ヶ月前の『過去最低の悪事を教えて?』という強烈な質問を思い出していた。ちょいちょいフラッシュバックするワンスであった。



「これはね、ニルドの行動歴よ!」


 しかし、ミスリーは捨て身だった。フォーリアにバレようが何だろうがどうでも良かった。『全てはニルドの為に!』と掲げた拳は目の前のしがらみをストレート一発で叩き割っていた。


「え!これ全部…?すごい!ミスリー!」


 しかし、相手はさすがのフォーリア。動じることもなく、拍手からのまさかの賛辞。しまいには「今度やり方教えてね!」とか言ってる。ワンスはちょっと身震いした。



「これ、いつからのやつだ…?」


 触ると何かに障りそうだなと思ったワンスは、ソファに深く座り直して紙束からちょっと遠ざかるようにした。頭の書庫にニルドの行動歴を保存したくないという気持ちもあった。なるべく見ないようにした。


「とりあえず半年分はあるわ。家にはもっとある」

「そ、そうか…」


 かなり引いた。


「調査室にこれを出すと…ニルヴァンにバレると思うけど、いいのか…?」


 手段を選ばずに色々やってきたワンスでさえ躊躇するレベルの禍々(まがまが)しい紙束であった。しかし、ミスリーは仁王立ちで腰に手を当て、やたら堂々と立っていた。


「いい!!」


 そして、そう言い切った。


「ワンスは、ニルドの心がどこにあるか知ってる?」


 突然のミスリーの問いかけに、ワンスは「そりゃぁ…」と言いながら隣に座るフォーリアをチラリと見た。するとミスリーは「それもそうだけど、でも本当は違うのよ」と小さく首を振った。


「ニルドの心は『騎士』にあるのよ。あの人はどうしようもない人だけど、ずっと誇りを持ってやってきた。ずっと見てきた。こんな形で汚してたまるもんですか!絶対許せない!どんな手を使っても、私が守る。全身全霊をかけて、私が守る」


 ミスリーはぎゅっと手の平を握りしめて、ファイティングポーズを取った。


「だから、バレてニルドに嫌われたって、いい!!!」


 ミスリーの固く握られた拳は、ワンディング家の天井に向かって高く高く掲げられた。あまりの勇ましさに、ワンスは「ははっ」と声を出して笑ってしまった。ファイブルも爆笑していた。


「やっぱお前ぶっとんでんな~、すげぇわ」


 フォーリアは分けもわからず「わ~!ミスリー素敵!」と拍手をしていた。




「ところで、ニルドってどうしようもない人なんですか?あまりそういうイメージがないです」


 ファイブルとミスリーが紙束を見ながら、やんややんや言っているのを横目に、フォーリアはまたもや強烈な質問を繰り出してきた。ワンスはどこまで言及するか迷って「うーん」と唸った。そして目の前に広がる紙束をチラリと見て、銀縁眼鏡の奥にある楽しそうな目を見てから、


「大抵の人間はどうしようもない」


 とだけ言って返した。どうしようもない人間である元・詐欺師は、ふっと小さく笑った。






ありがとうございます。

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マシュマロ

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